第89話 報告と反省
・転生者編エピローグその1です。
同日 ????
そこは地球のある世界とも、凱龍王国がある世界とも全く異なる世界に存在した。
その場所は地上でもなければ地下にある訳でもなく、かと言って海底に存在する訳ではない。
ただ言えるのは、そこは人里からは遠く離れたその世界の住人達には決して見つからない場所に悠然と建ち、彼らの不落の要塞として存在していた。
カツン・・・カツン・・・・・・
誰のいない薄暗い通路をカースは笑みを浮かべながら歩いていた。
その笑みは大満足とまではいかないまでも、どこか嬉しそうな、これから何か楽しい事が待っているようなそんな印象がある笑みだった。
(結局、横浜にいた“端末”は全部潰されちゃったけど、それは後でいくらでも補充が利くから問題ないんだよね。それよりも、どの世界も段々と面白くなってきたかな?かつての敵の子孫に新たなルーキー、まるで70年前に似た状況だね。それに“彼”、まるで―――――――)
今日の出来事を振り返っていたカースは途中で止め、同時に足を止める。
カースの眼前にはまだ延々と続く広い通路だけがあり、足を止める理由になりそうな物はひとつもなかった。
だが、カースは見えない何かに触れるように手を前に翳し、呪文の詠唱のように口を動かしていった。
「『創世の蛇』《ジェネラーレ》が1人、『幻魔師』カースウェル=ダルク=プライド、開門を許可されたし・・・・・」
ゴゴゴ・・・・
すると、重い門が開くような音とともにカースの目の前の空間に別の場所への入り口が開いた。
入り口が開ききると、カースはそのまま中へと入り、カースが中に入ったのと同時に入り口は閉じていった。
「やあ、全員じゃないけど結構集まっているね?」
カースが入った部屋には七本一組の円柱が左右に5本ずつ立っており、それぞれの組の円柱の1本には“Ⅰ”から“Ⅹ”のローマ数字が刻まれている。
円柱の上にはそれぞれイスがひとつずつ置かれ、そこには全部ではないが座っている者がいた。
『――――――――報告を・・・・・・・・・』
重い声が正面から響いてきた。
そこは闇に包まれ、それ以外は何がいるのか全く見えない。
ただ、闇の中からは底知れぬ何かの気配だけが伝わってきていた。
「―――――当初の目的は達成できたね。彼はこっちに戻る気は微塵もないそうだよ。最後は僕の天敵くん達の邪魔が入って終わったけど、それも想定内だから今後には影響はないよ。僕の報告は以上だけど、あえて付け加えるなら1つだけあるかな。《盟主》にではなく、君にね♪」
カースは横へ振り向くと、ある人物へと視線を向けた。
“Ⅴ”と刻まれた柱と並ぶ別の柱の上の椅子に座るその男は、カースの視線が自分に向けられても全く動じずに沈黙していた。
「・・・・天雲大吾の息子に会って来たよ♪」
「・・・・・・・・。」
その人物は、特に驚く様子もなくカースの報告を聞いていた。
今、この部屋に居るのは『創世の蛇』の幹部と組織のトップである《盟主》達だけである。当然、カースが視線を送っている人物もまた組織の幹部の1人である。
「その様子だと、ある程度は知っているみたいだね?彼、どうやら僕らのことを追っているみたいだね。彼を見ていたら昔を思い出しちゃったよ。それで、君は彼とは何時逢う気なのかな?」
「・・・・どこにでも存在しているお前には関係ないだろう。」
「ハハハ、確かにそうだね♪」
相手をおちょくるようにきくカースに、男は皮肉を込めて答える。
薄暗い部屋のせいでその顔をハッキリと見ることはできないが、声と僅かに見えるシルエットから、長身の30代から40代の男性に見える。あくまで外見上ではあるが・・・・・。
「言いたいのはそれだけか?」
「まあね、他にあるけどそれはここで話す必要はないから後で個別に話す事にするよ。じゃあ、以上で僕の報告は終わらせてもらうけど、誰か質問とかあるかい?」
「――――――ちょっといいかしら?」
先程の人物とは別の、反対側の柱の上から声が上がった。
“Ⅳ”と刻まれた柱の上に立つ白衣の女性、彼女は腰まで伸ばした髪を揺らしながら一歩前に出ると、カースを見下ろしながら質問をする。
「何かなシャル?」
「2つだけ訊きたい事があるわ。1つ目は《巫女》の件、もうひとつは――――――――の事よ。今、向こうにはそうそうたる面々が集まってきているみたいだけど、彼らは気付いている素振りはなかったのかしら?私達は研究が専門だからそちらの方には疎いのよ。」
フフフ、と妖艶に微笑む女性は心にも思っていない事を付け加えながらカースに質問した。
彼女は幹部としてはまだ新顔にあたるが、組織の中では中堅にあたる程長く係っている組織にとって、少なくとも今は欠かす事の出来ない頭脳である。
「前者の方はまず心配はないよ。そもそも、彼らは“彼女”の存在自体知らないからね。後者の方は時間の問題だと思うよ。端末が全部倒される直前、―――――――もあの場所にいたのは確認したし、彼らと付き合う以上はいずれ見つけてしまうだろうね。何せ、彼らの先代や先々代は“流れ”を見つけるのが実に神がかっていたから、彼らも同じように見つけると思った方がいいよ。あくまで勘だけどね♪」
「そう、なら少し計画を早めた方がいいわね。あなた達もそれで構わないかしら?」
彼女はこの場にいる幹部達全員に問いかけると、全員が肯定を意味するように沈黙を通した。それを確認した彼女は「フフフ」と笑いながら一歩下がり静かに椅子に座った・
「――――――他にはいないみたいだね。なら、僕はここで失礼させてもらうよ。それでいいよね、《盟主》?」
『――――――――――――――』
主君の沈黙の答えを聞き届けると、カースは何時もの様にマジシャンの真似事のような、それでいて妙に熟練された挨拶をしてその場から消えていった。
その後、残った幹部達が《盟主》の目が光る部屋の中でいくつかの議題を話していった。
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同日 深夜 天雲邸
時刻はもうすぐ日付が変わろうとするほとんどの者が寝静まった頃、勇吾達は横浜での事後処理を取り敢えず終え、ようやくガーデン内の自宅に帰宅していた。正確には馬鹿だけは剛則に捕縛されてまだ帰ってきていない。
良則は剛則の手伝いをしようとしたが、王族でも警察である剛則の仕事に無闇に身内を使う訳にもいかないので勇吾と一緒に帰宅し、今は露天風呂で今日の疲れを流している。
「フウ・・・・・・・・・。」
リビングのソファーに腰を深く沈め、溜息を吐きながら勇吾は今日あった事を振り返っていた。
最初は七海から届いた予知の報せから始まり、横浜で《大罪獣》に襲われる蒼空達と遭遇、彼らを襲っていた《虚栄の人獅子》を倒し病院にて蒼空への事情聴取、蒼空が“転生者”で前世では『創世の蛇』の研究者だと言う事と、『幻魔師』が横浜で暗躍している事が判明した。
その後、馬鹿や良則達を集めて対策会議を開いている間にも横浜の街では《大罪獣》が各所で事件を起こし、そのうちの一ヶ所にトレンツと向かった勇吾はそこで《カースウェル=フェイク》と対峙した。その場では逃がし、その後、馬鹿の騒動を経て再び対策会議をしていたところに蒼空からの連絡が入り、大規模活動を始めたカースと《大罪獣》との戦闘が始まった。
繁華街で蒼空と共に彼の知り合いの少女とその友人達を救出し、彼女の家に送ったところで今度は横浜全域をカースの霧が飲み込み、大量の《大罪獣》が同時に出現した。
馬鹿の機転により、霧も敵も勇吾達と馬鹿が創った異空間に飲まれて戦闘が始まり、当初は順調に敵を倒していったがそれはあくまで時間稼ぎの囮でしかなかった。
戦いが中盤に差しかかり、戦場にカース達が続々と現れ始める。
カースは堕天使化し、更には《真の大罪獣》とカースが呼称するレベル5の《大罪獣》が44体現れて戦況はさらに激しさを増していった。
そんな中、倒した《大罪獣》の“核”にされていた人の保護を結果的に行っていた蒼空を別の“端末”が不意打ちをして致命傷を受けるが、別の“端末”を倒した馬鹿が駆けつけて傷はすぐに完治し、後から現れたカース達も含めて一掃した。
その後、勇吾達は残った《大罪獣》やカースの猛攻で一時は追い詰められるが、何時の間にかいなくなっていたライが集めてきた救援によって助かり、残った敵も呆気なく一掃されていった。
「――――――――明日は大騒ぎになるだろうな。」
「そうだろうな。」
隣から聞こえてきた声に振り向くと、そこには黒が湯気の昇るカップを2つ持って立っていた。
黒は持っていた片方のカップを勇吾に渡し勇吾受け取って中身を見る。中身はカモミールの香りが漂うハーブティだった。
「ありがとう。」
「今日は風呂に入ってすぐ寝た方がいい。今はまだこの程度で済んでいるが、朝になれば世間もマスコミも大騒ぎになっている。」
「ああ、警察などには剛則が裏で手を回しているが、流石にこの数の被害者を隠し通すのには無理があるからな。何より、既に集団失踪とかで既にニュースになっている以上は無理矢理揉み消すのは不自然でしかない。」
「“核”や“器”にされた人間達の今後にも注意が必要だからな。今はまだ眠っているが、どこまで記憶が残っているのか、それと後遺症についてもしばらくは経過観察が必要だ。肉体的には異常はなさそうだが、それ以外は俺でも保証はし切れない。」
ハーブティを飲みながら、2人は明日以降の事を話し合っていった。
戦闘終了後、蒼空と馬鹿がいる芦垣組本家の屋敷に集まった一同は今後の事について話し合っていた。
話し合っている最中、トレンツは「俺の事放置かよ~~~?」と言っていたが、馬鹿と一緒に横に流して話を進めていった。
一番の問題は1万を超える大量の被害者達の事だった。
被害者の大半は《強欲の大群鼠》になっていた人達だったが、それ以外にも他の《大罪獣》の“核”にされていた人や、カースの端末の“器”にされていた人など、下手をすれば小さな町や村の総人口に匹敵する数の被害者の数に勇吾達は頭を悩まされていた。
幸い、被害者達は一人残らず気絶していたので時間は稼げたが、流石にこの数の人間を全員病院に送ればとんでもない大騒動に発展するのは目に見えている。かといって、勇吾達だけでこの数の面倒を見るのにも無理がありどの道公共や民間の機関を利用する事は避けられなかった。
その為、せめて対策を練るまでに騒ぎを大きくしないための策として、まずは横浜市内のいくつかの救急指定病院に時間を空けて――5人から10数人の――少人数をベッド数の数も確認しながら何度かに分けて急患として送ることで多少なりに騒ぎを和らげる手段をとっていった。
だが、それでは1万人以上の数を捌くのには時間が限られるので被害者の中でも横浜市街の人間を剛則達、凱龍王国の警察官達が使う相手の個人情報を詳細に見る事の出来る《個人情報閲覧魔法》で分別し、強引ではあるがそれぞれの地元の病院に同じように運ぶことにした。
これは単に騒ぎの範囲を広げただけの様にも見えるが、「横浜だけで1万人の急患」と「横浜を含めた東京近郊で合わせて1万人の急患」とでは印象が全く異なる。少なくとも事件の中心が何所なのか誤魔化す事ができる。
もちろん、警察がしっかり捜査すればいずれ被害者全員が横浜にいた事はすぐに分かるだろうが、1万人以上の人間に聴取を行うとなれば必然的に時間はかかってしまう。
見方によっては警察に対する捜査妨害でしかないが、勇吾達にとっては“この世界”に対して異世界や『創世の蛇』の存在を気付かれないようにする方が優先事項なのである。多少は強引でも時間を稼ぎ、その間に事後処理を行ってこの世界への影響を最小限に抑えなければならないのだ。
次の問題は事件の目撃情報である。
今回の事件はその一部がマスコミによって報道され、ネット上でも様々な情報が流出する事態となった。特に《大罪獣》の目撃情報は凄い勢いで広がっていき、中には鮮明ではないが写真などもアップされて海外からもマニアがアクセスしてきている。
だが、この問題は意外とあっさりと解決した。
主に動いたのはギルドと飛鳥家、つまり悠であった。
悠は馬鹿の異空間が解除された後、すぐに実家や親戚、あとパイプが繋がっている関係各所に連絡をし、ギルドと連携して世界規模での情報操作を開始した。
ネットに流出した情報は、ギルドや飛鳥家の保有するスーパーコンピュータをフル稼働して手当たり次第消去し、代わりに『別の話題』の情報を流出させるなどをしてネットユーザーの興味を反らし、《大罪獣》の写真や目撃情報に対しては、本物の熊を山や動物園から連れてきて街中でしっかりと目撃させた。(なお、こっちの都合で連れて来たので、射殺される前に手を回して保護させた。)
そして、被害者を始めとする目撃者に対しては荒業ではあるが《催眠魔法》や、蒼空が開発した一部の記憶を曖昧にする魔法薬、後は勇吾達が日本に来た時に使った龍族固有の特殊能力などを併用しまくって人々の記憶から直接記憶を消去―――――――ではなく、正確には事件を「不思議な事件」と認識するように誘導する事で解決したのだった。
「今考えたら、かなり強引な事をしてきたな、俺達・・・・・。」
「だが、これで少なくとも《大罪獣》の存在だけは隠蔽する事はできるだろう。残ったとしても都市伝説の中に埋もれるだけだ。」
「・・・・・事件の被害者達は納得しないだろうな。中には真相も明かされないまま泣き寝入りする者も少なくないだろう。結果的に言って、俺達は『創世の蛇』に負けたんだな。」
「――――――今回は、だ。それに、被害者側にはギルドや本国、飛鳥家が時期を見て他言無用を前提で1人ずつ真相を説明しに行くと言っていただろう。なら、それは今のお前が悩む事ではないはずだ。今は明日に備えて休息を取る事だけ考えればいい。それでも納得しないなら、何時もの様に俺が何時でも相手をしよう。」
「黒・・・・・・・」
黒は勇吾の肩をポンと優しく叩く。
まだ終わってはいないが、今回の一件は勇吾にとって自分の力不足を再認識させるものとなった。戦闘力だけならもはや贅沢になるかもしれないが、予言で事前に事件が起きる事は知っていたにも拘らず、結果的に軽く1万人以上の被害者を出した挙句、最後は後から来た助っ人に助けられてしまった。
事件に関わるきっかけとなった七海の予知は回避可能が前提のものである以上、今回の結果を失敗と言うなら、それは勇吾が自分で選択を誤ったと言う事になる。かと言って、勇吾だけを責める者は彼の周りには居ない以上、自分一人で抱え込むしかない悩みだった。
そんな勇吾の肩を叩く黒王、その目には決して同情や憐れみなどはなかった。ただ、踏み止まりそうになる勇吾を優しくも厳しい手で少しだけ前に押す、そんな目だった。
「――――――――飲んだら、後は風呂に入って寝ろ。明日は朝から忙しくなる。」
「・・・・・うん。」
勇吾は残ったハーブティを飲み干すと、カップを片づけて入浴へと向かった。
残された黒王は、少し冷めたハーブティを飲みつつ、今後の事を、事件の事とは別に自分達の今後について1人黙考していった。
(―――――一度、凱龍王国に戻るのもいいかもしれないな・・・・・・)
・第8章のエピローグその1です。
・カースサイドではいろいろ伏線が出てきましたが、他の幹部たちが動くのが何時になるのかは秘密です。
・勇吾サイドでは、最後の黒のセリフで分かるようにいよいよ異世界が舞台に入ってきます。まあ、その前に番外編をいくつか載せますので、数日ほどお待ちください。




