第84話 3人目
――――――――時は10分ほど遡る。
爆発が収まり戦闘が再開される光景を蒼空は屋敷の屋根の上から眺めていた。
カースが堕天使化した直後や爆発の直後は敷地内はちょっとしたパニックになった。
ある者はたったまま失神し、またある者はその場で嘔吐したりなどで敷地内は混乱した若い組員達の叫び声で溢れかえった。
そこに組長の慶造現れ、一発喝を入れるとその場は呆気なく収まった。これは偏に慶造の威光あったとも言えるが、単にパニックを起こしたのが一部の若い組員で古株の面々が正気を保っていたことと、既に蒼空やアルントの件で多少の耐性があったからなのかもしれない。それでも爆発の光景は流石に衝撃が強かったらしく、ほとんどの組員が冷や汗を隠せないでいた。
「――――――だが、それでも短時間で持ち直したのは称賛に値するな。その辺の金や力に固執する組織なら、こうはいかなかっただろうな。まあ、何所にでもいる烏合の衆だったなら関わる気もなかった訳だが――――――。」
『全くだな。』
蒼空が感心しながら庭の方を見下ろしていると、さっきまで庭にいたアルントが蒼空の横に降りて来た。
アルントも蒼空と同じ心境らしく、地上で慶造達によってまとめられていく芦垣組の面々の姿を感嘆の眼差しで見ていた。
『最近の人間はどうも道徳心に欠ける・・・・と言うのはここではおかしいか。だが、社会の表裏関係なく己の欲に歯止めのきかなくなる人間が後を絶たないようにしか見えない。勝てば官軍、負ければ賊軍とでも言いたいのか、とにかく自分が勝者になる事しか考えてないような連中ばかりが目立っているな。』
「・・・・・嘗ての俺も歯止めがきかない人間の1人だったな。」
『――――お互いにな・・・・。だが、今の俺達はそれを背負って生きている。過去の業は消えなくても、確実に前に向かって進んでいる、そうだろ?』
「・・・・そうだな。」
アルントの話に蒼空は思わず綻び、同時に相棒の変化に感嘆としていた。
嘗ての、蒼空がライナーだった頃のアルントだったら今のような言葉を口にすることはまず無かったかもしれない。あの頃のアルントは今では考えられないほど血の気が多く、戦場などで召喚した際は本人でも歯止めがかからい程暴れに暴れまくり、その姿を見た一般人や組織のメンバーからは《戦場の暴獣》、《乱世の破壊獣》、《空を翔ける狂戦獣》など、中二病みたいな二つ名で呼ばれていた。
それがどういう訳か、ライナーが死んでからの約半世紀ほどの時間で随分と大人しくなり、さっきのような事を言っても違和感のない貫禄を持っていた。
おそらく、この半世紀ほどの時間でアルント自身にも蒼空には想像の出来ない事がたくさん起きたのだろうと、蒼空は前世からの契約を未だに続けてくれている相棒を見つめていた。
『――――まあ、その話はいいとして、実際の所、芦垣組の連中は大したものだな。元は寄る辺の無い連中の集まりだったのにも係わらず、パニックになってもすぐに平静を取り戻せるほど成熟した組織はこの世界じゃそうそうあるものじゃない。』
「そうだな、だからこそ俺はココと契約を結び続けているんだがな。」
敷地の外では未だに戦闘が続く中、感慨深そうに芦垣組の面々を眺める。
すると、アルントはからかう様な目つきで蒼空に話しかけた。
『――――――本当にそれだけか?』
「・・・・何のことだ?」
『―――――いや、お前にも色のある話があるんだなと思っただけだ。さっきも下で聞いたんだが、すっかり噂になってるじゃないか。』
「だから、何の話だ?」
『紫織の事だよ、みんなお前の事を陰で「お嬢の未来の旦那」って呼んでたぞ?』
「・・・・・・・・・初耳だな。」
この時、その場に馬鹿コンビがいなかったのは蒼空にとって本日最大の幸運だったのかもしれない。もしいれば、この時の蒼空の顔を撮影して永久保存していたに違いない。
『――――で、実際の所はどうなんだ?』
「どうもこうも、アイツはココの組長の娘で顧客の1人だ。それ以外に何もない。』
『数時間前、お前を見て大泣きしてたの忘れたのか?』
「・・・・・・・・・・・向こうはどうか知らないが、少なくても俺にはそんな意識は微塵もない。」
『どうだか、お前って基本的に精神年齢は不老になった頃から進んでないだろ?なら、彼女に―――――――――――』
と、アルントは言葉を途中で止める。
その視線の先には、屋敷の中から見慣れた少女が庭に出てきていた。
『・・・噂をすれば何とやらだぜ?』
「・・・・・・・。」
蒼空は僅かに視線を逸らす。
それを見たアルントは、ニヤリと音をたてずに蒼空の背後に移動する。
『――――――隙アリ♪』
「あ――――――!」
ドン、と空を突き落した。
丁度同じタイミングで、馬鹿はカース(1人目)と大技を放ちあっていた。
「タタタ・・・・・・・、アルントの奴・・・・・!」
「な、何よ―――――!?」
紫織の眼前に突き落とされ、蒼空は久しぶりにアルントに対して恨みを覚えなが起き上がると、目の前で混乱している紫織と向き合った。
「(――――おい、お嬢と蒼空の旦那が・・・・・!)」
「(どうなる、どうなる・・・・・!?)」
「(お嬢~~~~!決めてください!)」
「(―――――なあ、あの2人はどうなるんだ?旦那×お嬢か?それともお嬢×旦那?)」
周りからは、組員達が小声で不穏な事を話し始めていた。
(聞こえてるぞ・・・・・。)
「ちょっと!さっきからいないと思ったらどこ行ってたのよ!?」
「―――――ああ、屋根の上で戦場を眺めていた。お前こそどうした、危ないから中にいろと言づけておいたはずだが?」
「危ないも何も、何が起きてるか分からないからあんたを探してたんじゃないの!さっきの爆発は何!?その前の嫌な感じは!?」
「・・・・答えてやるから静かに話せ。鼓膜が破れそうだ。」
「そ、そんなの自分で治せるでしょ!」
「・・・・・・・確かにそうだな。」
紫織の反論に納得しつつ、蒼空は彼女から視線を逸らして戦闘の続く敷地外の方へ視線を逸らした。
周りでは「夫婦喧嘩始まった」などと言っている連中がいたが無視した。
突き落とされた瞬間、外で巨大な力同士が衝突するのを感知していた蒼空は自分の感知能力を《強化魔法》で底上げして戦場全体の戦況を確認していった。
再開された時と比べ、敵側の数が確実に数を減らしていくのを感じ取る。特に、馬鹿がカース(1人目)を倒したのをハッキリと認識した。
(・・・・まずは“端末”の1つを片づけたか、《大罪獣》の方も順調に倒して行ってるが、特別強いのがまだ5体いるか――――――――)
蒼空は意識を外にだけ集中させながら、もう一度屋根の上に跳び上がろうとした。頭を見上げれば、屋根の上からアルントがニヤつきながらこちらを見下ろしていた。
(アルントの奴、ああいうところは全然変わってないな。)
自分同様、丸くなっただけで中身が老いていないのだと呆れながら確認し、周囲の小言に気が逸れそうになりながら屋根に向かって跳躍した。
その瞬間、彼は自分の死角に立っていた敵に気づくことができなかった。
―――――――隙あり♪
跳躍した瞬間、蒼空の耳にそんな声が確かに聞こえていた。
『蒼空―――――――――――!!』
「え・・・・・?」
ビュッ!!
必死な声をアルントが発した瞬間、蒼空の胸を一筋の光が貫いた。
光が見えたのは一瞬、すぐに消え、その直後に胸に開いた穴から赤い鮮血が噴き出した。
(何だと・・・・・?)
胸から噴き出した自分の血の色を見て、蒼空はようやく自分が攻撃を受けたのだと理解した。
そして不思議な事に、魔法を使っていないのにも係わらず、自分の見る世界がスローモーションのようにゆっくりと動いていた。
まるでマンガのような状態の中、蒼空はその事に気を向けず、ゆっくりと頭を後ろに回して自分を襲った敵の姿を目に映した。
だがその姿を見た直後、蒼空の思考は氷のように硬直する。
「――――――――――紫織?」
蒼空の視線の先で、紫織は人差し指でこちらを指しながら嬉しそうに笑みを浮かべていた。
その笑顔は、普段の彼女のものとは全く別の、それでいて見覚えのある邪悪にも似た笑みだった。
「結局、最後まで気付かなかったみたいだね♪」
紫織の口から出たその声は彼女のものではなく、決して忘れることができない声だった。
その事に本能的に気付いた瞬間、硬直した蒼空の意識は融解して再び動き始めた。
「カース!!」
その名を口に出した直後、紫織の半身から藍色の霧が噴き出し彼女の姿は霧の噴き出した半身だけが別人の姿へと変貌した。
『久しぶりだね、元ライナー=レンツ♪』
紫織に寄生したカースは、対をなさない6枚の羽を広げながらニコッと笑みを浮かべながら蒼空との再会の挨拶を告げた。
・次回は久々に蒼空視点が入ります。




