第69話 対峙
・ちょっとペースが落ちましたが何とか書けました。
・そろそろ番外編なども挟まないと書ききれない部分とかも増えてきました。この章の完結後にでも書けたらいいと思っています。
ラース・ガルーの倍以上を超える巨体、その五体はまるで熊のようにも見えた。
だが、その両肩からは鋭い岩石のような角が突出し、口から伸びる牙は熊にしては明らかに大きすぎる。耳も丸みを帯びたものではなく犬や猫のような鋭い三角型をしており、背後には何やら細長い尻尾のような物が見えていた。
「佐須、さん・・・・・・!?」
「違うよお姉さん?この子はもうお姉さんの先輩刑事ではなく、今は僕に忠実な使い魔だよ♪」
目の前の光景に絶望の顔を浮かべる遥花、その目は勝機を失い、現実以外の遠くを見ているようだった。
カースはそんな彼女の顔を嘲笑うように2体の大罪獣の間に立ち、恐怖をそそるように笑みを浮かべた。
「お姉さんも仲間に入れたかったけど、どうやら時間切れみたいだね?」
「――――――え?」
「ハハ、遅かったね♪」
カースの視線は外の方を向いていた。
そこには、険しい表情でカースを睨みつける勇吾とトレンツの姿があった。
「『幻魔師』カース・・・・・!」
勇吾は胸の奥から沸上がる感情を必死に抑えながらカースに向かって話しかける。その一言には、簡単には言い表せないような様々な思いが込められていた。
だが、カースはそれを見越しているかのような笑みを浮かべながら勇吾に言葉を返す。
「フフ、僕の自己紹介は必要ないみたいだね。まあ、どのみち挨拶は後になるから関係ないんだけどね?」
「何・・・・?」
「態々異空間を張ったようだけど、お姉さん達まで巻き込んでたら意味はないね。」
「クッ――――――――。」
「まあ、巻き込む様に僕が細工しておいたんだけどね♪」
ハハハと笑いながら、勇吾を挑発するような言葉を並べるカース。
勇吾はここに来る前、何時もの様に《スローワールド》を発動させ、自分達と敵だけを異空間に閉じ込めようとした。
だが、実際はカースと大罪獣だけでなく、遥花や気絶している被害者達までもが異空間の中に捕り込まれていたのだった。
「勇吾、今は挑発に乗ったら終わりだぜ?」
「――――――分かってる。」
昂ぶりそうになる心をトレンツの声で落ち着かせると、勇吾はカースに布都御魂剣を突き付けた。
「へえ、直に見るのは初めてだけど、それが布都御魂剣かあ!確かに、この僕だと危ないけど、君達が今やるべきことは別にあるんじゃないかな?例えば、今にも息絶えそうになっている彼らの治療とか・・・・・」
「――――ッ!トレンツ!!」
「ああ!!」
カースが店内に転がる若者達に視線を向けると、それに合わせるかのように2体の大罪獣も足を一歩前に動かす。
勇吾はトレンツに声を掛けながら前に跳び、トレンツも返事をする前に跳んで若者達のそばで未だ呆然としたままの遥花の前に並んで立つ。
だが、それを見たカースは視線を送るだけで何もせず、それどころかイタズラが成功した子供のように笑い出したのだ。
「ハハハハハ―――――――♪嫌だな~~、冗談に決まってるじゃないか。ここではもう手を出さないし、僕らも一旦退かせて貰うよ。君達もその方がいいよね?」
「幻魔師っ・・・・・・・・!!」
「じゃあ、僕はこれにて失礼♪ショーの本番を楽しみに待っていなよ。」
パチンッ!!
右手の指を鳴らし、ショーを終えたマジシャンが観客にするように、カースはその場にいる全ての人間に頭を下げる。それと同時にカースの周囲に藍色の霧が発生し、カースと大罪獣の全身を飲み込んでその姿を勇吾達の前から消していった。
「あ―――――――、佐須さん!!」
佐須だった大罪獣の姿も消えるのを目にし、ようやく正気を取り戻した遥花は、立ち上がって霧の中に飛び込もうとした。
「駄目だ!」
勇吾は無謀な行動に出ようとする遥花の前を布都御魂剣で遮って無理矢理制止させた。
「―――――どいて!!」
「刑事なら私情で動くな!他にやる事があるだろ!!」
「――――――――――――ッ!!」
勇吾に怒鳴られ、遥花はその足を止める。
勇吾が彼女に言ったのは、彼女が佐須を含めた同僚達からよく言い聞かされていた言葉だった。
遥花はようやく自分の理性で私情を抑え、目の前で霧の中に消えていくカース達の姿を見つめた。
それからすぐ、霧は周囲に霧散して跡には誰の姿も残っていなかった。
「・・・・解除する。負傷者を運ぶぞ。」
「おう!」
カースが消えたのを確認すると、勇吾はスローワールドを解除する。
次の瞬間、遥花はいつの間にか静寂に包まれた世界が一瞬にして騒がしくなるのを目の当たりにして驚愕する。
「え、ええぇ・・・・!?」
「いたぞ!こっちに回せ!」
戸惑いを隠せない遥花をよそに、現場に駆けつけた救急退院が次々に店内に押し寄せてきた。
勇吾とトレンツは一般人を装い、気絶している負傷者を運ぶ手伝いをしていく。
「君たちは?」
「たまたま通りかかった者です。助けを求める声が聞こえたので、思わず入ってしまいました。それより、あっちの人が大変です!」
「―――――!わかった、君達は危ないから外に出ていなさい!おい、あっちに重傷者がいるぞ!!」
救急隊員にその場を任せ、勇吾は立ち尽くしている遥花の元へとより、周囲には聞こえないよう小声で呟いた。
「(――――――さっきまでの事は、今はまだ誰にも言うな。)」
「――――――!」
「(・・・話しても信じて貰えず、捜査から外されてしまってもいいなら好きにすればいい。それだけだ。)」
それだけ言い残すと、勇吾はトレンツとともに現場を離れていった。
遥花は、どうすればいいのか分からないままその場に立ち尽くす事しかできなかった。
「記憶を消しとかなくてよかったのか?」
市街地を歩きながら、トレンツは勇吾に問いかけた。
「今回に限っては無意味だろう。一応、俺達の顔をハッキリと思い出せないように《認識阻害魔法》は使っていたが幻魔師のことだ、記憶を消したところでまた巻き込んだ挙げ句、俺の魔法を解除するに決まっている。なら、記憶を消さないで奴に対する危機意識を残しておいた方がまだいい。」
「ま、確かにそうだな。けど、また一般人を巻き込んじまったな。さすがに、そろそろギルドや国が睨んでくるんじゃね?」
「・・・馬鹿がいる時点で、同情されて問題扱いはされないだろうがな。」
「うわっ!簡単に想像できるな。」
2人は複雑な表情をしながら歩いて行く。
冒険者は基本的に異世界では一般人を巻き込まないのが暗黙のルールであり、今回のような事件に巻き込まれた現地の被害者に対しては例外を除いて、基本的に記憶消去などの処理を行うことが法でも定められている。
勇吾が日本に来た初日にやったように、これらは文明レベルが一定以上の世界に異世界の存在を知られないための対策である。ただし、例外として事故や事件に巻き込まれて異世界に転移――所謂異世界トリップ――した場合や、重大な事件に巻き込まれた可能性のある関係者――慎哉や亮介達がこれに該当する――や、ある程度使用でき無闇に他言しない事を承諾した者――ガーデン住民のみなさんが該当する――に関してはこのような処置は強制されない。
最も、勇吾達がどんなに慎重に動いても”馬鹿”は勝手にばらしまくったりと、ルール無用な行動を取ったりするので、最近はあまり意味がないのではないかと言う疑問の声も少なくはない。
(それに、組織がここまで派手に動き出してきた以上はギルドも各国政府も既に―――――――)
ましてや、カースが首謀者である事が確実な今回の件に関しては勇吾や馬鹿云々どころの話ではないので、異世界側も早急な手立てを打って来るだろうと勇吾は考えていた。
「―――――一度ガーデンに戻るか。」
「そうだな、ヨッシー達の方も何か分かったかもしれないしな。」
そして2人は《ガーデン》へと帰還した。
同日 《ガーデン》
帰還した勇吾が目にしたのは、巨大な銀色の龍の姿だった。
全長200mを超える細長い胴体、いわゆる東洋龍の姿をしていた。
『ガオオォォォォォォォォ!!』
「ハハハハハ!!我らこそは千界の覇者、その名は―――――――――――」
「何してんだあああああああああああああああああ!!!!!!」
ズドド――――――――――――ン!!!!!
銀色の龍の頭の上に乗った馬鹿に、勇吾は必殺技を打ち込んだ。
地上に落下した馬鹿は水切りの様に地面を何度も跳ねていった。
「ハア、ハア、ハア・・・・・・・・!!少しでも目を離せばお前は~~~~~~!!」
「おい、落ち着けよ勇吾~~~~~!」
大噴火した勇吾をトレンツがどうにか抑え、そこに良則達も駆けつけてきた。
「ちょっと、また馬鹿が何かやったの・・・って、銀洸まで一緒に何やってるのよ!?」
リサは目の前の龍、銀洸を呆れながら見上げた。
『ん~~~~~~、スッゴイ暇だったんだよな~~~~~~俺。』
見た目に反し、銀洸は気の抜けた子供のような声で喋り始めた。
すると、一同の頭上に龍の姿になった黒王が降りて来た。
『――――久しぶりだな、銀洸?』
『あ、黒じゃん!久しぶり~~~~~~♪』
「あ、相変わらずだね・・・・・・・・。」
良則は苦笑を漏らす。
集まった面々も、勇吾と遠くに転がっている馬鹿以外は同じように苦笑していた。
そこに、家の中でゲームをしていた筈の慎哉達もそこに集まってきた。
「お~~い、さっきの勇吾がやったのか?」
「慎哉、お前もあの馬鹿とグルだったのか・・・・・?」
「何か犯人みたいな言い方だな。俺は別に何もしてねえぞ?龍星がドラゴン見たいって言い出したら、丈の奴がノリに乗って―――――――――――――」
「―――――悪乗りしたのか・・・・・。」
「全く・・・・。」
勇吾は呆れながら馬鹿が跳んで行った方を睨んだ。
すると、馬鹿が両手を振りながらこっちに走ってきた。
「お~~~~~~~~~い♪」
「「「――――――――――――――――」」」
誰もツッコむ気力の無い勇吾達、そこに慎哉は「あっ!」思い出したかのように勇吾と良則の方を見ながら話し始めた。
「そうそう、言い忘れたけど、さっきお前らがいない時に電話が掛かってきたぜ?」
「電話?」
勇吾は不思議そうに訊き返した。
勇吾の家には固定電話も設置してあり、携帯やスマフォが使えない時は使用できるようになっている。
だが、その電話番号を知っているのはあくまでここにいるメンバーだけであり、他に家の電話番号を知っている
者はいないはずである。ギルドにさえ、番号は通知していないのだから。
「――――――誰からだ?」
勇吾が不審に思いながらもう一度訊くと、慎哉は何の疑問も抱かずに答え、その内容に勇吾達は驚愕するのだった。
「――――確か”飛鳥”って言ってたぜ?」
・久しぶりに出て来た”飛鳥”、覚えてない人は今すぐチェックしてみてください。




