第66話 蒼空(ライナー)と龍星
・蒼空の告白の話です。
横浜市 秋本家
ヴァニティ・ライオネスとの戦闘後、勇吾達は現実世界の良樹の家に移動した。
蒼空の懸念したとおり、家の周りにはパトカーや消防車、救急車が集まる大騒ぎになっていた。
通報したのはやはり近隣の住民らしく、突然の破壊音に驚いて外に出ると家の屋根の一部が吹っ飛んでおり、その直後に聞こえた猛獣の叫ぶ声にも驚いてすぐに警察に通報したとのことだ。
幸いだったのは、警察が到着したのがついさっきで、先に到着していた救急隊員と共に家の中に侵入しようとする直前だったことだ。
蒼空は勇吾と人型になった黒王に龍星を預け、良樹と気絶したままの春子と共に家の中へ転移した。龍星を預けたのは、出来る限り関係者は少ない方がいいという判断からだ。
家の中に突入した警官達が最初に見たのは階段の上に散らばる瓦礫の数々だった。
警官達は慎重に2階に上がり、一体何が起きたのか見当のつかない光景に唖然とする。
ドアや壁が無惨に破壊され、寝室だった場所は家具らしき残骸が散らばっている。あまりに無惨な破壊の爪痕に、警官達は最悪の状況を想像し始めた。
「誰か来て――――!!」
「「―――――――!?」」
最悪を想像した直後に聞こえてきたのは子供の声だった。
警官達が慌てて声のする部屋に突入すると、そこには床に倒れて気絶する母親とその息子らしき子供の2人がいた。
警官達はすぐに待機していた救急隊員を呼び寄せ、親子をすぐに病院へと搬送させた。
その後、警官達は家を封鎖し、応援を待って捜査を開始するのだった。
最も、一部の証拠が素早く改竄された現場からは、警察が事件の真相に辿り着くことは決してなかった。
横浜市 某病院
1時間後、勇吾達は市内のとある総合病院のラウンジに集まっていた。
あの後、良樹は母親と共に医師の診察を受け、良樹は見た目通りの無傷だったのだが母親の方は未だ意識が戻らず衰弱もしている事からすぐに入院となった。
勇吾達は医師や看護師から解放されたところを見計らい、周囲に気付かれないようにしながらラウンジに移動した。
「しかし、大したものだな。本来は詠唱を必須とする魔法を完全無詠唱で発動させるとはな。」
黒王はブラックコーヒーを飲みながら周囲を見渡し、同じようにコーヒーを飲む蒼空に正直な感想を述べた。
ラウンジの中には勇吾達以外にも十人ほどの客が居たが、その誰もが勇吾達の存在には気付いてはいない。何故なら、今、勇吾達の周りは蒼空のかけた隠蔽魔法によって他の一般人達の認識の中には入っておらず、視界に映っても意識されず、会話も周囲には他愛無い雑談に変換されるようになっていた。
「それほど驚く物でもないだろう。完全無詠唱は難易度こそ高いが、難しいだけで修業すれば大抵の者にもできるはずだろ?」
「だが、少なくとも一朝一夕で習得できるものではないだろう。まして、この世界の民間人の子供にはまず不可能な技能である事には変わらない。」
「・・・・・・・。」
黒王の言葉に、蒼空はコーヒーを飲みながら沈黙する。
勇吾ち黒王は今、蒼空達と少し早めの昼食を食べながら、彼ら――――――正確には蒼空個人から事情を聴き出している。
あの後、勇吾は事態の危険度を考えてイベントに行っている馬鹿達も含め、今日は朝から別行動中の良則達にもこの事を伝え、ギルド側にも現段階で把握している情報と共に報告した。
良則からは仕事が終わり次第すぐに向かうとの内容のメールが届き、リサ達からはギルドに寄ってから向かうと連絡がきていた。
馬鹿達からはまだ連絡はないが、ギルド側からは【緊急依頼】として蒼空からの事情聴取を行うようにとの連絡が帰ってきた。
そして今、勇吾と黒王はラウンジのテーブルを挟んで対峙していた。
「―――――話してもいいが、弟と良樹には出来る限り関わらせたくはない。が、こういう事態になった以上は無関係ではいる事はまず不可能に近い。だから、交換条件になるかもしれないが、今回の事態が収束するまでの間まででいいから、そちらで2人を保護して貰いたい。」
カップを置き、蒼空は低く頭を下げながら勇吾達に頼み込んだ。
「その点は問題ない。事件関係者を保護する事はギルド側からも指示が来ているし、俺達もお前達を見放す気は毛頭ない。お前達の事は俺達が責任を持って保護する。」
「――――感謝する。」
蒼空はさらに深く頭を下げながら、勇吾達に感謝した。
その様子を、蒼空の隣で見ていた龍星と良樹の2人はキョトンとしながら見ていた。
「兄ちゃん、何の話をしてるの?」
龍星の問いかけに、蒼空は穏やかでありながらどこか悲しげな顔をしながら弟の頭を優しく撫で、覚悟を決めたように口を開いた。
「・・・・龍星、俺は今までお前だけじゃなく家族のみんなに隠してきた事があるんだ。これを聞いたら、もうお前とも兄弟でいられなくなってしまうかもしれないが、落ち着いて最後まで聞いてくれるか?」
「・・・・・え?何の事なの兄ちゃん?兄ちゃんは僕の兄ちゃんなんでしょ?」
「・・・・・・・・。」
蒼空の言っている事の意味が分からないと言う顔の龍星に、蒼空は目から今にも溢れ出しそうな物を必死に抑えながら勇吾達の方へ振り向いた。
「少し長くなるが、いいか?」
「問題ない。こちらこそ、会話の内容は全て録音させてもらうが――――――」
「ああ、問題ない。俺の事は一個人だけで判断を決められる範疇を超えているだろうからな。」
そして、蒼空は目の前の勇吾達や隣にいる龍星達に自身の事を語り始めた。
「――――――薄々気付いているかもしれないが、今の俺は見ての通りの小学生だがそれはあくまで現世での側面にすぎない。俺は、ある組織の実験で前世の記憶と能力を持ったまま『諸星蒼空』として再び生を受けた存在、《転生者》だ。」
「―――――――やはりか。」
「黒、気付いていたのか?」
「―――――ああ、俺の《龍眼》は相手の魂も見通すからな。こいつの魂が普通の人間と違う事は一目で分かっていた。」
黒王は納得した表情で答えた。
蒼空も黒王には気付かれていたであろうと予想していたのか、あまり驚くような顔はしていなかった。
「かつての俺の名はライナー=レンツ、『創世の蛇』において当時の最高幹部の1人、ギルバート=D=ブライトの側近官をしていた。」
「何っーーー!!」
「・・・・・・・。」
「「???」」
蒼空の告白に、勇吾は驚愕して思わず立ち上がり、黒王はそれも見通していたかのように沈黙してた。
龍星と良樹に至っては、言っていることの意味が分からないと混乱し始めていた。
「当時の俺は世界の行く末になど歯牙にも掛けず、己の好奇心の赴くままに研究に没頭していた。家族を早くに亡くしていた俺は故郷を何の迷いもなく捨て、組織の膨大な知識に魅了され、不老の身にまでなって研究を続けていった。あの、この世界の時間で66年前の『あの日』まではな・・・・・・・・。」
「それは、組織が半壊近くまで追いつめられた、「D.C.決戦」のあった日の事か?組織の当時の最高戦力達を、連合軍と『空の翼』が倒したと言われている世界的大事件のあったーーーー!」
「勇吾落ち着け。今は彼の話を黙って聞くのが冒険者のお前の仕事だろ?」
黒王に諭され、勇吾はまた自分の悪い癖が出てしまったと恥じ、「すまない。」と蒼空に謝り、それを横で見ていた黒王はやるせない表情で見つめていた。
(無理もない。勇吾にとって奴らは・・・・・)
僅かに目を細め、黒王は勇吾と契約した日の事を思い出していた。
そんな黒王の様子の変化に気付きつつも、蒼空は自分の話の続きを語りだした。
「いや、別に謝らなくてもいい。これ位の反応は最初から予想していた。しかしそうか、あの日の事はそう言う名で呼ばれていたか。おそらく、俺達が造った『時空の円環』から付いたのだろうな。」
蒼空はどこか懐かしく、それでいてどこか悲しげな、曇った表情をしていた。
「知っているなら細かい部分は省くが、あの日、俺達はとある世界の“ある海域”に巨大な時空干渉装置、『時空の円環』を使って世界の境界線を破壊する実験を行おうとし、それを阻止されて敗北した。ギル達も“3人の王”に破れた直後、組織に処分された。」
「「!?」」
勇吾と黒王は共に驚愕の眼を開いた。
(この世界の時間で)66年前、世界そのものを崩壊させかねない実験を阻止するために発生した『創世の蛇』とリンク・ワールドの各国の軍隊と”ある小規模組織”の連合軍との戦い、結果は連合軍側が勝利して実験も無事に阻止されたのは勇吾も知っていた。
あの大決戦は歴史的大事件として扱われ、今では勇吾の故郷である凱龍王国を始めとするリンク・ワールドの世界各国の歴史の教科書にも載せられている。
だが今、勇吾が目の前の当事者から聞かされた内容は、教科書には勿論の事、ギルドのデータベースにも残っていない新事実だった。
(処分・・・殺されただと!?確かに、あの事件で倒された幹部達のその後については今でも行方不明とされているが―――――――)
「その後まもなく、俺自身も幻魔師の手で急所を貫かれて死んでしまった。あの時の奴の言葉をそのまま信じるなら、どうやら俺達を強制的に転生させる実験だったそうだ。結果はこの通り、俺はライナー=レンツから諸星蒼空に転生したと言う訳だ。」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・。」」
その後も多少の補足は付いたものの、そちらはそれほど重要ではなかった。
蒼空の話が終わり、一同の間にしばしの静寂が生まれた。
「―――――以上が俺の過去だ。今日の事は、俺も良樹からのメールが届くまで全く気づけなかった。」
「幻魔師の居場所については?」
「それは、どっちの方の居場所についてだ?冒険者なら、”奴の能力”の事は知ってるだろう。奴は何所にでもいるし、殺す事もまず不可能に近い。奴の存在は人間よりも天災に近いものだ。現れたら過ぎ去るのを待つしかない。防ぐことはできても、奴そのものを消すことはできない。そういう存在だと言う事は、お前達の世代にも伝わってるんじゃないのか?」
「――――――――ああ。」
蒼空の言葉に勇吾は肯定するしかできなかった。
勇吾もまた、蒼空が言いたいことを嫌と言うほど理解している。
『創世の蛇』を追う事を決めた際、勇吾はギルドのデータベースから可能な限り組織に関する情報を閲覧したが、その中でも幻魔師に関する情報は異常な内容ばかりだった。
幻魔師の存在は、他の異世界でも怪談に近い内容で多くの人々の心に恐怖として刻み込まれている。この世界に来るまでの間、勇吾も直接会った事はなくてもその異常性や危険性は嫌と言うほど思い知らされ、時には意志を挫けさせられそうになった事もあった。
「・・・・兄ちゃん、いなくなったりしないよね?」
「龍星?」
静寂を破ったのは、蒼空の隣で呆然としながら聞いていた龍星だった。
蒼空の話を最後まで聞いていたにも拘らず、龍星は蒼空に対して恐怖も嫌悪も抱いてない目で彼のことを見つめていた。
「兄ちゃんの話、難しくてよく分からなかったけど兄ちゃんは昔、僕の兄ちゃんになる前は悪の組織の一員だったってことだよね?」
「―――――そうだ。直接手に掛けた事はないが、俺の研究は結果的に多くの悲劇を生んでしまった。あの時も、あのまま成功していれば最早数えることができない程の犠牲が出ていた。例え死んで生まれ変わったとしても、被害者の中にはそれで納得しない者も必ずいるだろう。それだけ、俺のしてきたことに対する罪は重い。」
「兄ちゃん・・・・・・。」
「―――――確かに、俺はお前達の前からいなくなった方がいいかもしれないな。幻魔師がこの街に現れた以上、俺の事もとっくに気付かれていると考えた方がいい。今更組織に戻る気はないし、これからの周囲への被害を考えるとどこか遠くへ消えた方が賢明だろうな―――――――」
「嫌だ!!」
「龍星!?」
蒼空の言葉を遮るように龍星は涙を浮かべながら叫んだ。
「僕、兄ちゃんが何者でも、いなくなっちゃうのは嫌だよ!兄ちゃんはカッコいいし、頭がいいし、料理もおいしいし、それに、それに――――――――――!!!」
ポタポタと涙を流しながら、龍星は自分でも次第に自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。
その姿には、ただ純粋に大好きな兄を引き止めようとする弟の必死の訴えしか感じられず、間近で見ていた蒼空は自分がまた短慮であったと思い知らされた。
「龍星・・・・・・お前、本当は分かってたのか?」
「うっうっ・・・・・・・!」
(こいつ・・・・・・俺が思っていたよりもずっと―――――――)
自分に泣きつく姿を見ながら、蒼空は自分が弟の事を過小評価していたことに気付いた。
龍星は蒼空が考えていた以上に賢く、先程までの蒼空の話もちゃんと分かっていたのだ。
「・・・・悪かった。龍星、俺はお前の前から勝手にいなくなったりはしない。」
「・・・・・・グスっ!本当?」
「ああ、本当だ・・・・・。」
涙で汚れた顔を上げる龍星を、蒼空は優しく両手で抱きしめた。
その時の蒼空の顔は、前世も罪も関係ないただの弟を愛する兄の優しい笑顔をしており、先程までの曇った表情は何所にもなかった。
その様子を見ていた勇吾は、弟を抱きしめる蒼空の姿に自分を重ねていた。
(兄弟・・・・・か。)
勇吾は故郷にいる2人の姉の事を思い出していた。
そして、今は俺のいない家で新しい家族として暮らしている、ある1人の男の子との出会いの事を思い返していた。
『・・・・置いて・・行かないで・・・・。』
まだ幼く、物心が付き始めたばかりの小さな男の子、弱々しい手で勇吾の服の裾を掴んでいた時の顔はまだ記憶に強く焼き付いていた。
(ロト―――――――――――――)
無意識にその名を心の中で呟いた事に、勇吾は気付く事はなかった。
・年末年始ですが、いろいろ忙しくなりそうで1日2話更新は難しそうです。それでも1日1話を目標に更新を続けたいと思います。




