第63話 魔手
・今回は蒼空サイドになります。今までは蒼空の主観で書いてましたが、今回だけはちょっと変えてみました。
「俺の勝ちだな。」
「兄ちゃん、子供だけど大人げないよ!」
(まさにその通りだな・・・・。)
昼食後、3人は2階の蓮の部屋でゲームを楽しんでいた。
部屋の主である蓮は、いつものように弟2人にかまって貰おうとしたが、友人からの呼び出しにあい、昼食後から外出している。
「龍星の家っていいよね。こんなにゲームが揃ってるんだから。」
「良樹の家にはひとつもないの?」
「前はパパがDSを買ってくれたけど、今はママに取り上げられちゃったんだ。代わりに、難しい本がいっぱい部屋にあるんだ。」
「ある意味、絵に描いたような母親だな。」
蒼空は呆れながら呟く。
彼の価値観は前世の、ライナー=レンツの時からのものと基本的には変わらないが、現世での約12年
の人生でこの世界の人間の価値観も理解できるようになっている。その上で見ても、良樹の母親には年長者として呆れかえっていた。
彼の前世の故郷でもあのような母親は一部にはいたが、その多くは都会に暮らす一部の貴族などの特権階級の人間だけだった。それでも、良樹の母、春子みたいにあそこまで暴言を吐き散らしすような恥知らずの人間を、少なくともライナーの時はあの世界で見たことはなかった。
(物質的に豊かになった分、精神的には貧しくなってきているのかな・・・・・・。自分でも自分が分からず、自分以外に自分の価値を、アイデンティティーを見出そうとするか・・・・。)
「兄ちゃん、どうしたの?」
「――――いや、もう一勝負するか?」
「うん!!」
「今度こそ僕が勝つよ!!」
3人はコントローラーを握り、目の前のテレビに表示されたゲーム画面に集中していった。
もし、蒼空が街に張っていた結界が外部からの侵入者探知と外部からの探知妨害に加え、結界内部の状況探知の効果があれば気付いていたかもしれない。
もし、蒼空が毎日街全体に探知魔法を使う習慣があれば、誰よりも早く異変を察知し、素早く対処する事が出来たのかもしれない。
しかし、彼の事をずっと見ていた幻魔師はそれは決してないという確信を持ちながら平然と”種”をばら撒いていった。
夕方になり、良樹は途中まで蒼空と龍星に見送られながら帰宅の途について行った。
良樹にとって、今日は久々に楽しい時間を過ごせた1日だった。
家では母親の目が光り、常に勉強やバイオリンなどの習い事ばかりをさせられてきていた。
良樹には何かと優しい父親も、今は国政進出を目指して最近では深夜に帰宅する事が増え、母親の事を相談する機会もほとんどなかったので家庭での良樹は孤立しがちだった。
そんな時、同級生の龍星と仲が良くなり、今日は互いに苦手だった水泳を一緒に蒼空に教えて貰った今日の出来事は久しぶりに彼の気持ちを清々しくしてくれ。
「ただいま!」
「お帰りなさい、良樹さん。」
帰宅すると、母親ではなく家政婦の田中直美が良樹を出迎えてくれた。
「・・・田中さん、ママはどうしてますか?」
「・・・・そのう、言い難いのですけど、お昼頃からお酒を持ってお部屋にこもったまま、一度も出てきてないんです。」
「お酒!?」
本当に困ったような顔で言う直美の言葉に、良樹は母がどれだけ蒼空に叩きのめされたのかようやく気付いた。
良樹の母である春子はプライドが高く、例え他人から罵倒されようとも高慢に振る舞い、家では相手の愚痴を零す事はあっても酒に逃げる事は決してなかった。
しかし、午前中に学校であった事は余程彼女の心に深く突き刺さっており、良樹は初めて母親が昼間から酒を飲んで部屋に引きこもるという事実を知る事になったのだった。
「先程お伺いしたら、お夕食は結構だそうなので、今晩は良樹さん1人で食べるようにと仰ってました。どういたしますか?」
「そう・・・なんだ。じゃあ、そうします。」
「畏まりました。あと、旦那様は予定通り今夜はお帰りにならないとの事です。」
「うん、わかった。」
そして良樹は水着一式の入ったリュックを直美に預け、そのまま自室へと向かった。
もし、ここで良樹が母親を心配して寝室に様子を見に行ったなら母親の異変に早く気付く事が出来たのかもしれない。
もし、自室に戻る際に1度でも背後を振り向いていれば直美が不気味な笑みを浮かべていた事に気付けたのかもしれない。
もし、良樹が家の異変に気づき、それを蒼空に報せていれば空も事態が悪化する前に手を打つことができたのかもしれない。
だが、最近の母親のヒステリーに恐怖を抱いていた良樹が母親の様子を見に行く事は限りなく零に近く、その後も翌朝まで母親に近づく事は決してなかった。
―――――さあ、ショーの幕開けだ!
幻魔師は誰からの邪魔を受ける事もなく、人間も人間でない者も巻き込んだ盛大なショーを始めようとしていた。
2000年以上も様々な世界に暗躍してきた怪物、『創世の蛇』の《最高幹部》にして《真なる眷属》の1人、『幻魔師』カースウェルが再びこの世界そのものに魔手をのばしていった。
2011年7月30日 横浜
一夜が明け、朝食も食べ終えた蒼空はいつもの日課通りに龍星の宿題の面倒を見ていた。
面倒と言っても、小学校低学年レベルの宿題なら蒼空が教えなくても龍星1人でもできていた。それを態々教えるのは、あくまで自分の面倒から逃げるための口実であった。
「くっそ~~~!今日も龍星と勉強かよ?」
「いいから、蓮は夏期講習に行きなさい!母さんも、そろそろ仕事の時間だから行ってくるわね。」
「ほ~~い!蒼空、龍星、兄ちゃんは受験生の試練に行ってくるぜ!!」
蓮は弟達との僅かな別れを惜しみながら家から出ていった。
夏休みが始まってからと言うもの、蓮は朝食を終えるとすぐに蒼空と龍星に構いに行った。
それを回避する為、蒼空は龍星の勉強を見るという口実で朝食後はすぐに龍星の部屋へと直行して行ったのだった。最も、今日の午前中は蓮の夏期講習だったため、逃げなくても向こうから家から出て行ってくれた訳だが。
「――――まったく、気のせいか今年になってからアイツのブラコンは悪化している気がするな?」
「連兄ちゃんも、きっと勉強が大変で苦しいんだよ。」
「だとしても、あれを毎日素直に相手していたら俺の精神の方が先に参ってしまうだろ。龍星はまだ分かってないが、世間から見ればあれは結構な生き地獄なんだぞ?」
「ふ~~~ん?」
”あれ”が何を指すのかは不明だが、今の蒼空には人生1番の試練のように聞こえた。
「それよりも、今日の分をちゃんとやれ。終わるまでは遊び禁止だからな。冷房も頻繁に使えないんだから、少しでも涼しいうちにやっておけ。」
「は~~~~い!」
気を取り直し、龍星は机の上のドリルと向き合い、蒼空はベッドに腰を掛けながら両親の部屋から借りた現代小説を読み始めていった。
そのメールが届いたのはそれから15分ほど経ってのことだった。
龍星のスマフォ――諸星兄弟は全員スマフォを持ってる――がメールの着メロを鳴らし、龍星は持っていた鉛筆を置いてメールを確認し、その内容に大きな声を上げた。
「―――――兄ちゃん!!!」
「ん?どうした?」
「こ、これ見て!!」
龍星はメールを表示させたスマフォを蒼空に見せる。
その内容を見た途端、蒼空はさっきまで読んでいた本を床に落として立ち上がった。
「な―――――――――――!?」
From:秋本 良樹
Sub:たすけて!!
ママのへやから怪物がでてきた!
こわいたすけて
2行だけの文章だったが、非常事態である事が蒼空には伝わった。
もし、龍星がこのメールを見せたのが普通の一般人だったら誰も本気にはしなかっただろう。
だが、現実を知る蒼空にはこのメールは無視する事の出来ないものだった。
(馬鹿な!結界は何も・・・・・・・!?)
蒼空はすぐに街一帯を覆っている結界を確認したが、結界は異常なく作動している。特定の誰かが侵入した形跡も、干渉された形跡も見当たらない。
(―――――――まさか・・・・・・・!?)
この状況で結界に引っ掛かる事もなく異変を起こす事の出来る存在、蒼空は前世の記憶の中にある『奴』の事を思い出した。
「兄ちゃん、どうしよう!?」
「龍星!お前は家で待っていろ!あと、このことは誰にも言うなよ!いいな!」
「え、警察も?」
「警察が、こんなメールを相手にする訳がない。良樹の所には俺が行く!お前は俺が連絡するまでここで待っているんだ!!」
当たってほしくないが確実に当たっているであろうと確信し、蒼空はすぐに部屋を飛び出しそのまま夏の日差しが照りつける外へと出ていった。
「(《マナ・サーチ》!)」
周囲に誰もいないのを確認すると、《マナ・サーチ》を使って良樹の魔力のある位置を確認する。
「―――――――これは!?」
良樹の魔力を捉えるのと同時に、蒼空は良樹のすぐ近くにある異質な魔力に気付く。それは人間の魔力にしては明らかに禍々しく、生物としても異質な正体不明な魔力だった。
「まさに怪物の魔力だな。一気に跳ぶか!」
良樹の位置を正確に把握すると、蒼空はすぐに瞬間移動をしようとする。
そして移動先を正確に認識し、転移を発動しようとした瞬間だった。
「兄ちゃん!やっぱり僕も行く!」
「なっ――――――龍星!?」
良樹の方に集中するあまり、玄関から飛び出してきた龍星に気付くのが遅れた蒼空は驚きのあまり、そのまま転移を発動させてしまった。
「しまっ――――――――――――――――!」
「えっ――――――――?」
次の瞬間、2人の姿は家の前から跡形もなく消え去っていった。
・次回は蒼空の視点からの話になります。
・ご意見・ご感想お待ちしております。




