第51話 蛇の影
・本日1話目、これでこの章も終わりです。
勇吾はアベルに次の質問をはじめた。
「2つ目の質問、今日事件が発覚した殺人事件の犯人は何者だ?」
「「「「―――――――――――!」」」」
「フフ―――――――――。」
勇吾の質問に、良則達は息を飲む。
覚醒者達のほとんどは意味が分からないといった顔だが、当事者の姉妹はビクッと震えながら傍に付いていた琥太郎にしがみ付いた。
亮介もまた、勇吾達から聞いて知っていたので同じように息を飲んで聞いていた。
「―――――誰なんだ?」
「――――――『創世の蛇』は御存じですね?」
「「「「「――――――――――!!!!」」」」」
アベルの言葉に反応したのは勇吾達異世界組だった。
網の中の馬鹿も、一瞬大人しくなってアベルの方を睨んだが、すぐに陸の上の魚のようにピチピチと跳ね始めた。
「奴らが―――――――!!」
勇吾が興奮した声を上げるが、アベルはそれを止める。
「早まらないでください。直接、あの組織が関わっている訳ではありません。ただ、実行犯の協力者が、少なくとも肩書き上は構成員だと言う事です。」
「肩書き上・・・・・・?」
「ええ、彼の異名は冒険者なら聞いた事があると思います。彼の二つ名は『蛹屋』、あの風来坊です。」
「何っ――――――!?」
「おい!アイツかよ!?」
「SS級の大物じゃない!!」
「うわぁ――――――――。」
「・・・・・・・・・。」
「わお♪」
アベルの口から語られた二つ名に、6人は驚愕する。
リサが口にした「SS級」と言うのは、冒険者ギルドでのランク付けである。
それは冒険者のランクだけではなく、依頼の難易度、討伐対象の強さや危険度にも使用される。
討伐対象には魔物だけでなく、人間やそれ以外の種族、さらには神が含まれる場合もある。冒険者はギルドのランクを目安にして相手の強さを測る訳だが、その中でもS級以上の強さは別格であるとされている。
例えるなら、良則でも一対一でギリギリ勝つ事ができるかどうかと言うクラスである。アベルの口から出た『蛹屋』はそれすら越えるレベルにあたり、もはや勇吾達のかなう相手ではないのであった。
そんな事など全く知らない慎哉は、他の者達と同じ疑問を勇吾にぶつける。
「なあ、俺達にはよくわかんないんだけど、その『蛹屋』って、そんなにヤバいのか?」
「ああ、強さのランクだけで言えば、ここにいるアベルと同格になる。」
「マジで?」
「それはあくまでギルドの格付けでの話ですよ。総合力で言えば、彼は私より上ですよ。私など、世界全体から見ればあなた方と同じ若輩者にすぎませんから。」
「確か、奴の実年齢は優に100を越えていたな?」
「ええ、私の記憶では136歳だったはずです。あくまで、記録上でのことですが。」
「ひゃ、ひゃくさ・・・・!?」
慎哉は驚いてハッキリと喋ることができなかった。
「魔力は命にも直結しているが、大抵の人間は魔力を垂れ流しにしているせいで燃費が悪く他の種族より老化も早いから本来の寿命すら全うできていないんだ。だが、俺達のように魔力の扱い方を知っていれば燃費も良くなるから老化も遅くなるし、寿命も全うする事ができるんだ。」
「私の場合は、生まれつきの体質もあるのでしばらくは老いることはありません。あと、これは個人差がありますが、魔力が一定以上ある人の中には極めて長命な方もいます。長生きな方ですと、軽く千年以上生きていますね。」
「もう、話の次元が違うな・・・・。」
「そ、そうだね・・・・。」
勇吾とアベルの話を前に、晴翔と琥太郎も苦笑しながら聞いているしかなかった。
「――――――話を戻すが、”肩書き上”と言うのはどういう意味なんだ?俺の知る限りでは、奴は組織の正規構成員――――それも、幹部クラスだったはずだ。」
「立場上はそうなりますが、彼は知っての通りの風来坊です。組織に所属こそしていますが、基本的には一ヶ所には留まらずに世界中を放浪しているんです。組織も、彼の放浪癖には困っているようですが、必要なときはしっかり働く上、その能力の高さからあまり強制はできないようですね。まあ、面白がって放置している節もありますが・・・・・・・。」
アベルは微笑を浮かべながら話すが、聞いている勇吾の表情は険しくなっていた。
勇吾がこの世界に来た理由、そのひとつが『創世の蛇』を追う事だった。
この世界に来てからと言うもの、勇吾は毎日のように組織の手がかりを集めてはいたが、今日まで見つかった手がかりは、今ここにいる慎哉だけだった。
勇吾は慎哉の持つ《魔法耐性》は組織との接触による後遺症であると予測し調査を続けていた。だが、手がかりになりそうな情報は全くなく足踏み状態であった。
「――――詳しいんだな。やはり、蛇の道は何とやらか?」
「ハハ、私達はどちらかと言うと蛇ではすみませんが・・・・・。」
どこか意味深な笑みを浮かべるアベルだったが、勇吾はあえてそれ以上は追及はせずに最後の質問へ移った。
「最後の質問、お前達の今回のの目的は何だ?」
「黙秘します。」
一瞬、勇吾はアベルを睨むが、アベルの方は涼しそうな笑みを浮かべていた。
そこに、網を抜け出した馬鹿が割り込んできた。
「なあなあ兄ちゃん、”ういろう”やるから教えてくんね?」
馬鹿は何所から出したのか、小皿に乗せた3色のういろうをアベルに差し出す。
だが、馬鹿がやる事に慣れている勇吾はそれをすかさず止める。
「待て馬鹿!!お前、それに何か仕込んでるだろ!?」
「おい、失礼じゃねえか!兄ちゃんのには何も入ってねえよ!お前らのには入れてあるけどよ!」
「「威張るな!!」」
勇吾だけでなく、リサも一緒に馬鹿を蹴り飛ばした。
馬鹿は100m程先でコロコロと転がっていった。
「―――では、記念に頂きましょうか。」
「食うのかよ!」
「食べ物を粗末にしてはいけませんからね。」
アベルの手には何時の間にかういろうの小皿があり、彼は慣れた手付きでういろうを食べていった。
「美味しいお菓子のお礼に、少しだけ先程の質問にお答えしましょう。私の今回の目的は、天使としての役目であると同時に、将来の為の布石を置く事です。」
「布石だと?」
「――――これについて、これ以上はお話しできません。あと、最後にこれはサービスですが、組織の情報をお求めなら首都圏の東京以外を探す事をお勧めします。そうすれば、あとはあなた方の交渉次第で重要な情報を得る事が出来るでしょう。」
「何!?」
「――――――では、私はこれで。ういろう、ご馳走様でした。」
その言葉を最後に、アベルの姿は目の前から消えていた。
アベルが立っていた場所には、ういろうの無くなった小皿がポツンとだけ置かれていた。
(東京以外か・・・・・・・。)
カァァ―――――――――――――
それから数秒後、周囲の景色が真っ白に染まって彼らの視界を奪っていった。
さらに数秒後、勇吾達はアベルと接触した現実の通りに立っていた。
――イタリア 首都ローマ――
アベルが勇吾達の前から消えたのと同じ頃、観光客で賑わうローマの郊外に建つ一軒のカフェで1人でティラミスを堪能していた幻魔師はスプーンを持っていた手を止めた。
「―――――――結局、彼とは接触しなかったみたいだね。」
遠く離れた異国の地での出来事を途中まで観ていた幻魔師は、少し残念そうな顔をしていた。
「彼らが僕らを庇う理由はないから、何か余計な入れ知恵とかしたかもしてるかもしれないね。」
止まっていた手を動かしティラミスを口に運んで食べ、幻魔師はこれからの事を考えていた。
まだ午前中言う事もあり、カフェの中はまだ人が疎らで誰も幻魔師の独り言に気づく事はなかった。
「彼らは僕らの事を捜しているようだし、彼から情報を得たとしたら・・・・・。」
僅かな無言の後、幻魔師は悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべる。
彼(?)を知る者が見れば間違いなく不吉しか感じないであろう笑みを浮かべ、幻魔師は残ったティラミスを食べ終え立ち上がる。
「―――――さあ、どうしようかな♪」
幻魔師はテーブルに代金を置くと、誰にも気づかれる事無く、幻のように消えていった。
――日本 名古屋某所――
高層ビルの屋上、仕事帰りのサラリーマンが集まり始めたビアガーデンの一角でライは生ビールを飲みながら地上を見下ろしていた。
「プハァ!やっぱ夏はこれだなぁ~~~♪」
「全くだ、これがなくちゃ夏はやっていけねえな!」
テーブルを挟んでライと反対側に座っていた中年の男もジョッキを一気に空にしながらライに同意する。
「向こうも終わったみたいだし、今日は俺は戻らなくても大丈夫だな。にしても、あの天使も随分派手に暴れてたな?結界の中じゃなかったら、お前らも相当大変だったろうな。なあ、スサノオ?」
「まあ、俺は今更人間がどうなろうと知ったこっちゃねえけどな。いつの時代も、人間どもは散々好き勝手してきたんだ。人間の問題は人間でどうにかしろってんだ!姉ちゃんは未だに擁護しようとしてっけど、俺は積極的に助けようとか思わねえぜ?」
「ま、確かに俺らって都合のいいように扱われてきたからな。俺も、勇吾みたいに面白そうな奴らじゃなきゃ手を貸そうとか思わねえし!」
「そう言う事だな!俺も俺の好きなようにさせてもらうぜ!例え、奴がこの世界をどうにかしようたって俺には関係ねえな。逆に応援しちまうかもな?最近の人間どもは、随分と調子に乗っちまってるからいい刺激になるだろうし♪」
スサノオは2杯目のビールを注文すると、ツマミを食べながらゲラゲラと笑いながら話を続けていった。
「お前もネレウスもあんまりあのガキ共を優遇しねえことだな。契約していても所詮は人間だぜ?深入りすると面倒事に巻き込まれるぞ。」
「お前が言うなよな?今日はお前のせいで面倒事になるし、しかも途中で拉致りやがって―――――――」
「お蔭で面白いもんが観れたんだからいいじゃねえか!あいつ等にとってもいい修行にもなったんじゃねえか?」
「相変わらずいい加減だな・・・。まあ、この国の神はみんなそんなのばっかだから今更だけどな。」
「そう言うこった!おい、お前もドンドン飲め!今日は夜更けまで飲みまくるぞ!!」
ウェートレスが運んできた2杯目を手に取ると、それも豪快に飲んでいく。
それを見ていたライは、これ以上はあんまり考えない事にして飲みかけのビールを口にした。
「ま、それもそうだな。店員さ~~ん、焼き鳥の盛り合わせセットお願~~~い♪」
「あと、から揚げも頼むぜ!」
その後、2柱の神は店の閉店時間直前まで飲み続けたのだった。
翌日、彼らはそれぞれ別の神々にOSHIOKIされる訳だが、それはまた別の話である。
青の賛美者編 完
・長くなりましたが、ようやく「青の賛美者編」もこれで完結です。
・次回は番外編と言う訳ではないですが、登場人物の1人の視点でのお話にしたいと思います。その後は、新章「転生者編」に入りたいと思います。




