第50話 海神ネレウス
・祝50話!!プロローグを加えれば52話になりますが、細かい所は気にしない事にします。
・今日は少し貯まってたので2話目投稿です。
大海蛇―――――――海洋で目撃される巨大な未確認生物(UMA)の総称であるが、その目撃例は20世紀以降でも数千件にも及ぶとも言われているが、その歴史は紀元前にまで遡る。有名なのでは旧約聖書に登場する海獣レヴィアタン(リヴァイアサン)もこれに含まれるとも謂れ、現代でも一部の生物学者の間では研究テーマにされている。
『大海蛇――――いや、ネレウス!?』
目の前に現れた巨大な海獣の前に、アベルは視線の全てを奪われていた。
その横を、「あれぇ~~?スル~~~~~!?」と言いながら馬鹿が地面に向かって落下していったが誰も見てはいなかった、と言うより全力で無視した。
『ネレウス――――――この神威はまさか、古き海神、あのネレウス!?』
「ああ、俺が契約したもう1柱の神、ネレウスだ。」
『これは―――――――まさか、『海の老人』の異名をもつ神と契約しているとは―――――!』
アベルは今日一番の驚愕に身を震わせていた。
大海蛇の姿をした神、海神ネレウスはゆっくりとアベルを見下ろす。ワニのような顔とは裏腹に、その視線や纏っている空気は比較的穏やかなものだった。
ネレウスはジッとアベルを、正確には彼の中の天使を見つめながらその大きな口を開いた。
『――――ほう、お前が今のイェグディエルか……』
穏やかな、それでいてどこか父性に満ちているかのような声が周囲に響き渡る。
「観ていただろネレウス、奴の動きを封じる。力を貸してくれ!」
『――――――――――!』
『いいだろう。だが、今回はこれだけだ――――』
『な―――――!?』
直後、アベルの眼前に巨大な津波が突如として出現した。
高さは100mは越しそうな大津波は、天使の兵も、氷の龍も、そこにいた4人を全てをのみこもうとしていった。
「おいおいおいおいおいおいおい!!??」
「―――――勇吾!」
ネレウスの容赦ない攻撃に、トレンツは当然慌てだし、良則は勇吾に声をかけながらトレンツの方に最速で飛んでいった。
勇吾はその場から動こうとはせず、両手で布都御魂剣を握りしめながらアベルの方を睨み続けた。
『―――《聖光の防壁》―――』
羽の青い輝きと共に、球状の障壁がアベルを覆う。
その直後、大津波がその場の全てをのみこんでいった。
町があった場所は、一瞬にして海と化していた。
大きな波音をたてながら荒れ狂う海面の上を、トレンツは良則に支えられながら飛んでいた。
「おい、ネレウス!!久しぶりに逢ったと思ったらこれかよ!?」
「確かにこれは無茶苦茶な……」
『――――――今のイェグディエルには、これ位が丁度いいだろう』
荒れ狂った海面に体の半分だけ出していたネレウスは、ある場所を見つめながら2人に言った。
ド――――――――――――――――――――――ン!!!
轟音と共に、水中から2つの影が飛び出してきた。
ひとつは青い光に包まれた天使、もうひとつは漆黒を纏った少年、後者の少年は大剣を振り上げながら天使に渾身の一撃をぶつけに行った。
「オオオオオオオ―――――、《黒光神龍波斬》!!」
『ウオォォォォォォ!!』
漆黒の斬撃が青い光を一刀両断し、アベルはその衝撃で後方に吹っ飛ばされていった。
『――――クッ!もう、これ以上は―――――!?』
「これで、ゲームセットだ!!」
もう防御を張る余裕のないアベルに、突っ込んでいく。
あとは指一本でもアベルに触れる事が出来れば、このゲームは終了する。
そん時だった。
ドババァ―――――!!!
『「―――――――――!?」』
突如、勇吾とアベルの間に水柱がたった。
勇吾はアベルの数m手前で止まり、アベルも思わず静止してしまう。
「一体、なん…………!?」
次の瞬間、勇吾もアベルも絶句してしまう。
水柱から現れたのは―――――――
「ジャ――――ン!金鯱タ~~~~~ッチ!」
ズゴ!!
シャチホコの着ぐるみを着て飛び出してきた馬鹿を、勇吾は条件反射で足蹴にして海底に沈めた。
「ぶぼっばぶぼ~~~……!?」
「漁礁になってろ!!」
『………………』
その光景を、アベルは呆然としながら見ていた。
おそらく思考が数秒間停止していたのだろう、その時の彼は本当に隙だらけだった。
どこか似た者同士にも見えた馬鹿とアベルだったが、やはり馬鹿ではない分、結局は別物のキャラなのであった。
「―――――――――タッチだ。」
『――――――――あっ!』
勇吾の右手が肩に当たった事で、ようやくアベルの思考は再起動した。
勇吾が不服そうに表情をしていたのを、アベルはしっかりと視ていた。
ネレウスの力によってようやく海水が引き、本当に何もなくなった地表の上に一同は集まっていた。
「まあ、いろいろありましたがゲームは皆さんの勝ちです。」
天使化を解除し、仮面も外した普通の青年姿のアベルは少し疲れた顔で勇吾達に宣言した。
海水が引いた後、アベルはすぐに天使化を解除して地上に降り、安全が確認したのと同時に避難していた慎哉達や、亮介をはじめとする覚醒者達を魔法でこの場に強制転移させた。
突然の瞬間移動に覚醒者達は驚いていたが、その直後に今度は目の前に悠然としているネレウスの姿を目の当りにして絶叫の声を上げた。
『――――失念してた。これなら大丈夫だろう?』
悲鳴を上げる子供の姿に心を痛めたネレウスは全身を光で覆うと、次の瞬間には初老を過ぎた人間の男性の姿に変わった。
彼らも後で勇吾から聞く事になるが、ネレウスはギリシャ神話に登場するかなり古い海神である。大地の原初神であるガイアと海の原初神ポントスの間に生まれ、予言と変身の能力を持つ穏和で聡明な神と言われ、その能力ゆえに神話の中でも多くの英雄に予言を乞われてきたが、ネレウスは得意の変身能力でいろんな姿に変身して逃げてたとされている。
先程までの大海蛇の姿もまた、相手を欺くためのネレウスが変身した姿のひとつにすぎず、本来の姿は今目の前にある初老を過ぎた男性の姿が本来の姿なのである。
現代人からすれば、『海の老人』という異名には少し違和感のある外見かもしれないが、人間の平均寿命の低かった古代の人間からすれば十分に老人に見えたのかもしれない。
「ゲームに勝ったんだ。質問の続きに答えてくれるんだよな?」
「―――――ええ、私の答えられる範囲でよければですが。私にも職務上の守秘義務がありますので、その辺りを考慮してくださると助かります。」
「わかった。」
勇吾は頷き、早速聞きたかった質問をぶつけていった。
「まず1つ目の質問、お前、ルビー=スカーレットの仲間だな?」
「ハイ、その通りです。」
「なっ―――!」「エッ!?」「――――――――」「おい!?」
「おいおい、あのおっぱいの姉ちゃんの知り合いかよ?」
「お前は黙ってろ!!!」
「グホッ!!」
網にかかっている馬鹿の腹を踏みつつ、勇吾は話を続けていった。
「お前のステータスに、ルビーと同じ《王の加護》というのがあった。加護がそうそう何人もかぶる事はない以上、お前達は同じその《王》の元にいる仲間だと予想していたが、やはりそうか。」
「ええ、付け加えるなら、ワザと気付かせるために開示設定をONにしておいたのですが――――どうやら、あなたの使っているシステムでは全部は見れなかったみたいですね?」
「…………」
「おいおい勇吾!おめえ、もしかして『アップデート版』使ってね~~~の?」
「黙れ馬鹿!」
「ぐ……神さま、お助け~~~~~~!!」
「―――――必要ないだろう?」
再び踏まれて苦しいフリをする馬鹿を神様は普通に流した。
そこに、慎哉が勇吾に質問をする。
「勇吾、『アップデート版』って何のことだ?」
「……後で話す。」
「よろしいですか?次の質問があるなら早めにお願いしたいのですが?」
「―――――わかった。」
どうにか気を取り直し、勇吾はアベルへの質問を続けていった。
・ネレウスはギリシャ神話に登場する神さまです。普段はエーゲ海のそこで家族と穏やかに暮らす船乗り達の守護神でもあります。
・ネレウスのエピソードで有名なのは、英雄ヘラクレスの11番目の試練で助言を授ける話です。普段は他人に予言や智慧を授けないネレウスですが、海岸で昼寝をしている所をヘラクレスに襲われて無理矢理吐かされ、試練である「黄金のリンゴ」の場所と採り方を教える事になります。
・ギリシャの海神にはネレウスと同じ特性の神が多く、予言を聞き出すにはヘラクレスのように寝込みを襲うといいそうです(笑)




