第457話 違和感
――????――
「――――想像以上だな」
勇吾の前に現れた『神話狩り』ペリクリス=サルマントは、顔色を一切変えないまま勇吾を評価する言葉を零す。
対する勇吾は想定外の大物の登場に一瞬動揺するも、瞬時に迷いを捨てて剣を構え直す。それは時間にして1秒と掛からない僅かな間ではあったがこの状況においては痛いほど大きな隙であった。
だが、何故かペリクリスはその隙を一切突こうとはせず、その後も暫く勇吾を観察する様に視線を向けるだけだった。
(何故、奴が此処に……?)
勇吾はペリクリスの登場に疑問を抱かずにいられなかった。
《真なる眷属》の第二柱であるペリクリスは『創世の蛇』の最高の戦力、それも対人・対神戦における無類の達人。直接的な戦闘力に限って言えば第一柱で『幻魔師』すら凌駕する。間違っても勇吾1人の為に差し向けられるレベルではないのだ。普通に考えるならば。
(ロトの父親にも動いて貰っていたというのに――――)
「何故、自分の下にやって来たか、とでも思ったか?」
「!!」
心を見透かしているかのように、ペリクリスは勇吾の内心を言い当てた。
勇吾は自然を装いながら動揺を隠すが、その行為を無意味と切り捨てるように彼は勝手に話を進めていった。
「始めに言っておこう。此処に居るのは分身体だ。お前が考えている通り、本来ならばお前程度の子供を始末する為だけに私が直接赴く事など有り得ない。だが、お前とは過去に因果の糸で結ばれている。一度は『鬼神』を退けたとも聞くので最後に顔を見ておくのも悪くないと判断したのだが――――見事なものだな」
「……何がだ?」
「本来の因果であるならば、お前は怨嗟の刃を向けている筈だった。他の例に漏れず、親の敵である我等に対し、憎悪の炎を纏いながら刃を揮い志半ばで散っていく、ありふれた最期を終える筈だった。しかし見てみれば、お前は予定調和を覆し、微塵の狂気も宿らぬ剣を向けてきている。これは十二分に称賛しうる偉業だ」
「……」
ペリクリスの言葉には一切の皮肉は無かった。
心から勇吾を称賛しているのだ。
勇吾も最初は目を丸くしかけたが、直ぐにペリクリスの言葉に納得する。彼の言うとおり、本来ならば分身体とはいえ仇敵に遭遇してこうまで落ち着いている事など有り得はしなかった。
あの日、目の前で父親が殺されるのを目にした勇吾は本来なら復讐の炎で身を焦がす存在、何時でも復讐の鬼に堕ちかねなかった。
幾ら黒王と契約し、心身を鍛え上げて来たとしても心の奥底にある闇を払拭する事など容易くは無かった。
だが、今の勇吾はペリクリスの言うとおり仇敵を前にしても復讐心を燃やす事無く落ち着いており、怒りと憎悪で自滅するような素振りは一切見せていない。復讐に身を落として破滅する姿など想像できないのだ。
「知っての通り、我等が《盟主》の1柱、『無限神』ウロボロスは世界の“始まり”と“終わり”を司り、それは即ち時の移ろいを――――『運命』を司る神でもある。如何に古の封印が堅牢であろうとも、下位存在の『運命』を縛る事など造作もない。我等に対する復讐の因果を背負った者の末路を等しくする事も」
「その神格も絶対では無い様だが?」
「否定はしない。何時の時代にも『運命』を覆す大特異点は存在し、神代ではその者達によって《盟主》は封印される結果となった。昔の話ではあるが」
つまり、現代では『運命』を覆す者は昔ほど多くは無いとペリクリスは告げた。殆どの者は《盟主》によって『運命』を縛られているのだと。
だからこそ、《盟主》の用意した『運命』から解放された勇吾は称賛するのだと、ペリクリスは告げる。
「――――我々に一度でも恨みや憎しみといった負の思念を向けた者ほど『運命』の束縛は強くなる。しかし、お前からはその残滓すら見当たらない。あの時の幼児がどうすればこの様に至れるのか理由を聞かせて貰いたいものだ」
「今此処で話す事は何も無い。それだけの用事ならさっさと消えろ。生憎と、俺達は立ち話をしていられるほど暇じゃないんだ」
「そうだろうな。だが、此処より先を生かせるつもりは此方にもない。全体から見れば“中の上”程度の戦力ではあるが、不確定要素は小さなものでも潰しておくに限る。何よりお前の剣にも少しばかり興味がある。私の『魔剣』とどちらが上か、手合わせ願おう」
直後、周囲の空気と共にペリクリスが一変した。
まるで重力が100倍に上がったかと思える重圧が怒涛の如く降り注ぎ、それがペリクリスが放つ威圧であると認識するよりも早く眼前に立っていた筈のペリクリスの姿は消えていた。
思考するよりも早く剣を握る手が動く。
「―――――ッッ!!」
2本の剣が衝突する。
その一太刀を受けた瞬間、勇吾はその重みに精神を大きく揺さぶられかけてしまう。全身の骨も粉砕されそうになってしまった。
それほどまでに、布都御魂剣が受け止めたペリクリスの剣は重く、そして速かった。
「――――それが十握剣の一振りか。此方の情報よりも若干、神格が増しているか。『神器』の中でも上位の部類に入るだろうが――――それだけか?」
「!!?」
勇吾の身体が弾け飛んだ。
胴体にバネでもついているのかと思うほど勢いよく後方に弾け飛び、それが単純な剣圧だと気付かされる。
「如何した?先を急ぐのならば、この分身体を倒さねばならない。来ないのならば、此処で屍を晒すだけだ」
「……ッ!!」
「それが嫌なら、必死に抗う事だ」
「クッ!!」
そこから勇吾の必死の剣戟戦が始まった。
勿体ぶる事無く全力の身体強化を施し、全ての感覚を限界まで研ぎ澄まさせる。それに比例して勇吾の時間は加速していく。
この場に彼等以外の人間が居れば確実に戦慄していたであろう戦いがそこには在った。
(其処ッ――――!)
「それはブラフだ」
「ガッ!」
必死にも拘らず戦況はペリクリスの優勢だった。
勇吾がどれだけ押し切ろうとしてもその度に痛い反撃を喰らい、技の駆け引きでも児戯の如くあしらわれてしまう。
「――――『鬼神』を退けた実力はその程度か?」
「クッ!」
地面に叩き付けられるのを避けながら剣先から魔力を放つ。
複数属性を融合させたそれはペリクリスの右肩に向かって奔るが、直撃寸前に何かに阻まれ、直後に弾けるようにして消滅する。
(無効系か!)
それが対象を無効化させる効果の能力、または加護であると即座に理解する。
《魔力無効化》、《負傷無効化》、《攻撃無効化》の何れかだと勇吾は加速し分裂させた思考で推測するが現状に確証を得る事は出来ない。
相手との力量の差以前に、ステータスを閲覧させる隙など見せないペリクリスの前では能力の確認などする余裕など皆無に等しく、更には今の攻撃を防いだ以外にも不可視の力が彼を護っているようでどの道確認の使用は無かった。
(黒も誰も居ない現状じゃ、俺だけの力で凌ぎ切るしかないか。いや待て、個人……?)
思考の大半を戦闘に費やしながらペリクリスの猛攻に耐える中、勇吾は彼の戦い方にある違和感の存在を、僅かに残していた別思考で見抜く事が出来た。
(奴は自身をペリクリスの“分身体”だと言った。奴ほどの力の持ち主なら本体と殆ど違わないレベルの分身を創る事が出来る筈。現に剣技だけで俺は圧倒されている。無効系の能力で防御をしているとはいえ、他の能力は一切使っていない……)
勇吾は自分でも恐ろしく冷静になっていくのを感じていた。




