第456話 急変の前触れ
――インド 北東部――
「―――――え?」
“それ”に最初に反応したのは女の方だったが、丈と銀洸もほぼ誤差なく反応した。
「……」
『……状況が変わった。少し、悪い方向に』
「此処で時間を浪費する余裕も無くなったな。さっさと終わらせて行くか」
『ラスボス狩りに』
「……!!??」
恐怖からか女の思考は現状の変化に追い付かず、ただただ混乱する事しかできなかった。それ程までに彼女には精神的に追い詰められていたのだ。
彼女は決して弱い訳ではない。上級とまではいかないまでも、それなりに名のある神を2柱もその手で弑し、手に入れた力もそれなりに使いこなしていた。この世界の大国の軍事力すらも個人で壊滅させる事だって可能だった。
だが、彼女は根本的な処で勘違いしていた。目の前に佇む2つの存在はその程度の「神殺し」でどうにか適うほどの次元に立っている。その本当の実力を認識されないよう、普段の所業の数々で少なくとも半分ほど意図的に誤魔化されていたのだ。多分。
「じゃあ、さよならだ」
『《断罪の銀閃》』
銀色の光線が一瞬にして反時計回りに放たれる。
軌跡も一瞬しか残らず、次の瞬間には一帯に居た全ての敵が消滅していた。
「フウ、綺麗になったぜ♪」
『終了~♪』
そして何時の間にか普段の雰囲気に戻っていた丈と銀洸の2人。彼らは周囲を見渡して敵兵が1人も残っていないことを確認すると、銀洸は背中から生やした翼を羽ばたかせて飛翔を始める。
「さ~て、俺達はあっちに行くか!」
『瑛介ぱぱんの処じゃなくて~?』
「取り敢えず、勘で」
『勘か~』
何も知らない人間が聞けば能天気すぎる子供の会話に聞こえただろう。
しかし、能天気そうに聞こえて2人が話しているのは至って真剣な話だった。それこそ、洗濯を間違えれば今の戦況を悪化させかねない程の……。
『じゃ~、僕らはあっちだね~』
「そ!あっちへGO-!」
目指すは丈の指さす方角。
銀洸を再度両翼を大きく羽搏かせ、地平線の彼方へと飛翔していったのだった。
その方角は――――
---------------------
――日本――
「――――《漆黒の大地》」
黒翼の幻獣にまたがった少年は上陸した魔獣達に向け無慈悲に魔法を放つ。
闇色の火花に似た現象を起こしながら超高重力が猛威を奮い、空や東京湾から都心に上陸したばかりの魔獣の大軍勢を圧殺していく。魔獣達は断末魔を上げる間も与えられる事無く赤黒いシミと化していくのだった。
その一方的過ぎる蹂躙劇に、運悪く遭遇した一般人は嘔吐感を抱く余裕すら無く青褪め、魔獣達を率いていた者達は呆然としながらも5秒と掛からずに再起動していた。
「……お前がっ!!」
「《嘆く大地の呪縛》」
「ガッ!?」
「この魔法はっ……!?」
「創作……魔法っ!!」
3人の兵達は大地から伸びる魔力の束縛に捕まり地面に叩きつけられる。
それは兵達にとって完全に初見の魔法だった。魔術書等で一般的に知識が出回っている魔法でも無く、神や精霊などから与えられる魔法とも異なる、独自に研究して創作された完全オリジナル魔法。未知の魔法である。
完全に初見の魔法故に対処しきれず、彼らはあっという間に窮地に立たされた。
「……誰が!?」
「《時を巡る石像》」
「が―――――………」
兵達は最後まで少年――――蒼空の姿を見る事は無く沈黙した。
彼らは例外なく石像と化していた。
「……」
『顔見知りでもいたか?』
石像と化した兵を見下ろす蒼空に幻獣の王は問い掛け、彼はその問いに対して静かに首を横に振って答える。
「全員知らない顔ばかりだ。ここ数十年の内に入った者達だろうな」
『……やり難いか?』
「今更だな。既に《蛇》とは縁を絶っている。例え顔見知りに遭遇したとしても、今はもう敵だ。戦う事に迷いは無い」
『……そうか』
契約者の返答に対し、アルントはそれ以上問い詰める事は無かった。
(「戦う事には迷いは無い」か……。「殺す事には迷いは有る」とも受け取れるが……考えても無駄か。少なくとも、この期に及んで愚かな事をするほど分別が出来ない男では無いからな)
言葉の裏に隠れた蒼空の本心に気付きながらも、敢えてそれを指摘する事無くアルントは彼を乗せて都心の空を飛んでいく。
蒼空の前世――――ライナー=レンツが『創世の蛇』に加入した経緯についてはアルントも知っている。だからこそ、今戦っている敵兵に多少なりとも過去の自分を重ねている事にも気付けていた。
《盟主》が降臨した現状において敵に下手な情けをかける事は自身のみならず、味方にも取り返しのつかない事態を齎しかねない危険な行為だ。しかも《盟主》は最高位の神々、この世の生と死の理すら司る存在である以上、敵は徹底的に倒さなければ即復活する場合もある。ただ石化しただけでは安心できないのだ。
アルントは蒼空がこの先、取り返しのつかない過ちを犯すのではないかと危惧したのだが、直ぐにその考えを振り払う。それはあくまで彼の前世、ライナー=レンツのままだった時の話だ。諸星蒼空である現世と繋がってはいても違うのだから。
「――――どうした?」
『……いや、何でもない。次に向かおう』
相棒の様子に違和感を察したのか蒼空はアルントに話しかけるが彼はさらりとかわす。その顔は何処か上機嫌だった。
多少の迷いが残っていたとしても、現世を生きている蒼空の生き様をアルントももう受け入れている。甘いのかもしれないが、至らないところは自分が補えばいいのだと覚悟を決めたのだ。
1人納得したアルントは若干訝しんでいる蒼空を余所に翼を羽搏かせ加速していく。その動きは何時になく軽かった。
「『―――――ッ!』」
彼らが“それ”に気付いたのはその時だった。
風に紛れて伝わってきた“それ”の気配に彼らの表情に緊張が走る。
『……早いな』
「『天界神』だけで無い事は分かっていたが、こうも早く第二陣が来るのは……友軍は全滅したのか?」
『黒王達もまだ戻っていない。これは急いだ方が良いかもしれない』
「……此処は他の奴等に任せて、俺達は―――――行くぞ」
『(チッ!あの黒蜥蜴が……)致し方あるまい!』
アルントは内心舌打ちしながら進路を変更しながら高度を上げていく。
目指すのは西北西、中国地方日本海側である。
(さっさと戻って来い!俺達だけでは万が一にも討滅までには持っていけないのだからな)
心の中で腐れ縁の龍王へ愚痴を零しながらアルントは進んでいった。
そしてこの約1分後―――――――――第二の《盟主》が降臨した。




