第447話 弱者達の決意
――《ガーデン》――
創造された直後とは最早比べるべくもない規模に発展した異空間の街並みを、眉間に皺を寄せた双子の兄弟が歩いている。兄の方は先日『創世の蛇』に拉致監禁された北守慎哉、弟は佐須冬弥。世にも奇妙な運命に愛され、今では兄弟揃って人間を卒業していた。
学校が冬休み中の2人だが、今日は家族の誰よりも早く起床し、今の今まで日本や近隣の国々を文字通り駆け回り、再び発生した異変の調査を行っていたのだが、何処もかしこも混乱一色に染まっていて強靭になった(?)筈の彼らの精神も疲弊させていた。
「カオスだ……」
「ああ、本当にカオスだったな……」
双子ならではの息の合った溜息が零れる。
世界はどこもかしこも混乱の渦中にあった。2人が見て回った地域も例に漏れず、民衆による暴動が発生していたり、怪しい宗教団体が人類滅亡の前触れだと騒ぎ、軍や警官が騒ぐ民衆に暴力を揮ったりなど、先日の事件のまだ癒えていない傷を抉る様に人々の不安や恐怖を肥大化させていく光景が各所に広がっていた。
クリスマスに発生した『鬼神』の一派による侵攻、多くの死傷者を生んだ一連の事件は地球全土と言っていい規模で深い傷跡を残していた。
科学技術を主体としながらも巨大宗教を始めとする数多くの宗教信仰が根付く現代社会には非科学的且つ神話的な信仰は核兵器に匹敵する威力を発揮し、事件終結直後はクリスマス当日だった影響――その他にも龍族達のささやかなアフターケア――もあって一先ずの落ち着きを取り戻したが、クリスマスが過ぎると再び混乱が再発、そして新たな事件が発生したとなれば世界規模で大パニックが発生するのは必然であった。
特に日本人以上に信心深い人の多い地域では連日教会や寺院などが満員御礼状態となっており、真実を知らない殆どの聖職者達は寝る間も削って信者達の対応に追われている。中には心労に耐えかねて暴走する者も出る始末である。
「ここぞとばかりに詐欺師も動いていたな。今なら霊感商法もし放題だから当然といえば当然だけど……」
「その商魂をまともな商売に活用しろっての!」
「落ち着けって」
「けど、冬弥!」
慎哉が憤るのも無理も無かった。
先日の事件は多くの龍族の協力もあって敵を退ける事に成功したが、その2日後からアメリカやヨーロッパを中心に龍族を非難する声が各所から出ている。龍を神や守護獣として崇める東アジア圏とは異なり、西洋では古くから龍を“悪”の象徴として扱われているケースが多い。特にキリスト教では聖ゲオルギウスのドラゴン退治の伝承、「七つの大罪」の象徴の1つである事ももあって敬虔な信者には龍族に対する忌避感が強く、各地で龍族を「悪魔の使い」「滅びの使者」として大々的に罵倒する運動が起きていた。今では事件の黒幕説まで上がっている。
「何も知らないからって、これは酷過ぎだろ!明らかに面白半分で煽ってる連中もいるし!」
慎哉はストレスがマッハでMAXで大変な状態だった。そうなってしまう程に今の情勢はかなり悪く、今の2人でも嫌悪と失望を抱いてしまうのも無理も無かった。
「どうどう、兎に角落ち着けって。これも敵の目論み通りだったと割り切れって勇吾達も言ってただろ?」
「……人間の最大の敵は、何時も人間である、か。本当に皮肉だよな……」
不満を沢山吐ききる事で慎哉はようやく落ち着きを取り戻していく。
既に勇吾達にも各地で起きている事はPS等を通して連絡しており、その際に一言「今は割り切れ」と言われていた。もっとも、当の勇吾自身も心の奥では慎哉同様に納得しきってないのだが。
それはさておき、今のこの世界の情勢は元凶である『創世の蛇』側の目論み通りだと言うのが勇吾達の総意だった。
彼の組織には現状の世界を嫌悪、忌避、失望した者達が多く集まっており、その中には自分達の思想や活動を正当化する様に現状の世界を勝手に自滅させる戦略をとる派閥が存在している。敵対勢力に対して「そんなものに価値などあるのか?」と誇示するような行為が過去にも多くあり、そう言った者達の中には精神が幼稚な者も混じっていたが大半は底知れぬ憎悪や絶望が根幹に根差しているので説得の一切が通じない。結果、誰も救われない結果が慎哉達の知らない処で幾度も起きていた。
そういう者達からすれば、前回の事件で龍族全てを敵に回し多くの構成員を失ったとしてもそれ程の痛手にはならない。例えるなら自爆テロをして世論を引っ掻き回したようなもので、戦いでは負けてもこの世界の人々の心に消えない傷を刻み込んだ上に、龍族批判論を勃発させられ重畳の結果を得られたと言えるのだ。
慎哉達日本人組には受け入れがたい話だが、良くも悪くも慣れてしまっている勇吾達は不快にはなっても彼らほど動揺する事は無かった。
ただし、約数名は逆に嬉々としたテンションになっていたが。
「“脳たりんな地球人は勝手に醜態を晒して自滅するぞ~作戦☆”って、丈は嬉々としていたっけ?全部片付いた後に全世界にドヤ顔するとか言って叩かれたたな」
「“来るならドンと来い!”な感じだったよな。銀洸も“未来の龍殺しカモ~ン♪”だったな。過激派が襲ってきても返り討ちにする気満々だろ、アレは?」
「実際返り討ちだろうな~。普通に考えて、現代兵器が龍族……それも『龍王』に通じるとは思えないし」
「銀洸なら相手のプライドを遠慮無く粉砕して世間に曝しそうだよな。理不尽だし、世界中の核兵器を塩に変える位は余裕でするだろうな~」
話が某バカコンビの未来の所業についてになり2人の間の空気は一気に緩み始めた。彼ら、というよりはあのバカコンビを知る者達からすれば、『蛇』の脅威よりもバカコンビの日々の所業の方が頭痛の種なのだからしょうがない。誰も責めようが無い。
「それならまだマシな方だろ?“早く倒さないと世界の歴史スキャンダルをバラすよ~♪”とか言って国家単位で煽った挙句、“ハイ神召喚!特別ゲストのみんなの神様だよ~♪”とか言って全人類の心を圧し折る様な所業を連発しそうだ」
「“Let’s最後の審判☆”とかやりそうだな。ブッダとかキリストとかも連れてきて雀卓囲んでいる光景を世界生中継に、とか」
「信じない連中には直接神オーラを浴びさせて強制的に理解させたりとかな。絶対碌な事にならねえ……」
神を殺せるので文字通り神をも恐れないコンビだ、と言ったところで2人は揃って溜息を吐いた。
本当の敵は『蛇』ではなく身内じゃないかと錯覚しそうになるのを無理矢理振り払い、改めて今後の事について2人は語り始める。
「……《盟主》との全面戦争は確実だとして、俺達はどうする?」
「最強で最狂の邪神が相手で俺達が戦力になるかって言われれば……言えないよな。最近負けっぱなしだし」
「勇吾達はその辺りは何も言わなかったよな。あれって、自分で決めろって事だろ?」
「……っ」
冬弥の言葉に慎哉は歯をかみしめる。
理解はしている。
つい最近まで只の一般人だった自分達が短期間で別格の力を得たとはいえ勇吾達と比較すればまだまだ未熟であるということを。それは《ガーデン》で幾度と繰り返してきた模擬戦闘の結果でも明らかだ。今まで戦ってきた雑兵共が相手なら今まで通り一緒に戦う事は出来る。だが、『幻魔師』や『神話狩り』、そして『鬼神』と言った《真なる眷属》、そしてそれらを束ねる7柱の神々が相手ではそうはいかない。
その事を一番に理解しているのは慎哉自身だった。
(ほとんど無抵抗で拉致られた俺じゃあ確実に足手纏いだ。この前の二の前になるのは目に見えてる)
瑛介と一緒に拉致されたからこそ分かる圧倒的な力の差。
それは数日だけでは決して埋められないものであると理解できてしまう。それこそ常軌を逸した能力を持っているか、又は神にでもならない限りはどうしようもない。
この世界には居ない仲間のように日々理不尽と非常識を積み重ねる事は自分達他の日本人組には真似できない。
闘えば間違いなく負けて死ぬ。その事が深夜に重くのしかかる。
その上で慎哉は考えを巡らせて口を開いた。
「多分、実際に戦うのは勇吾達だけだ。俺達が入ったら絶対に足手纏いになる」
「……そうだな」
慎哉の言葉に冬弥は俯く。
自分達が足手纏いである事は解っていた一方で、内心ではそれを認めたくないと葛藤していた。だからこそ慎哉が否定してくれることを僅かに期待していただけに落胆してしまうが、それはあくまで自分の我が儘だと顔に出さないように気持ちを抑えた。
だからこそ、慎哉の次の言葉に驚愕を隠せなかった。
「けど、俺は戦うぜ!」
「え!?」
冬弥が驚いて顔を上げると、そこには自分と瓜二つの顔に強い闘志を宿しながら笑みを浮かべている慎哉の姿があった。
「……慎哉、ついさっき足手纏いになるって自分で言ってなかったか?」
手の平を返したかのような物言いに、当然の如く冬弥は問い質した。
「ああ、言った。俺は《盟主》や《真なる眷属》とは戦わない。けど、敵はそいつらだけじゃないんだから、俺はそっちと戦う。勇吾達が存分に戦えるように!」
「あ……」
言われてハッとする。
冬弥は今の今まで『創世の蛇』そのものではなく《盟主》と《真なる眷属》と戦う事ばかり考えていた。自分達の次の敵は《盟主》と《真なる眷属》であると無意識の内に思い込み、それ以外の敵の存在を意識の外に追いやっていた。ゲームのようにラスボスだけとの戦闘だと、有り得ない状況を想定していた。
(何考えてるんだ俺!ついこの間の事も忘れてたのかよ!)
そう、それはつい最近経験したばかりの事だった。
《真なる眷属》の『鬼神』の侵攻の際、相手は多くの配下を各地に放ち大軍で攻めてきた。配下達は世界各地で悪魔や吸血鬼等を復活させ、数の暴力でこの世界を恐怖と混乱に陥れた。
『創世の蛇』はこれまで個人の能力の高さから軍隊のように集団ではなく個人個人で動くケースが多く、慎哉も冬弥も集団戦らしい経験は無かった。精々、『幻魔師』が生み出す大罪獣などの量産兵器との乱戦の経験が無い。それ故に『創世の蛇』との戦闘において、軍隊と戦うという発想は思い浮かばなかったのだ。
それは『蛇』側からすれば地球世界は個人の武力――正確には幹部級の能力――でも十分に侵略も滅亡も可能だという軍事力の低さと、普段『蛇』の戦力の多くは他の世界に向けられていた事が起因していた。
他にも『黎明の王国』との決闘など、戦いと言えば一体一か多対一といった、何処か優しいルールの下での戦いが多過ぎた事もある。あとは本物の戦争に対する知識不足もあげられるが、普段は日本の学生である彼らに軍事関係の知識が欠けているのは仕方が無いのだが。
「次の戦場が何所になるとしても、奴らの頭が動けばこの前以上に大勢の敵が動く筈だ。そうなれば俺達以外にも異世界の軍隊とか傭兵とか冒険者も大勢動いてぶつかるに違いない。文字通り、本当の大戦争の開幕だ!その中で俺達が敵の頭と戦うなんて現実的に無理な話だ」
「確かにそうだな。絶対乱戦になって、戦う以前に辿り着く事も難しい」
「だろ?」
冬弥は慎哉が自分以上に考えを巡らせていた事に驚愕しながらも、この先に起こる大戦の光景を頭に描いていく。
敵である『蛇』の戦力は兵器や魔獣等を除いた人間、及び人間以外の種族――人間と同格かそれ以上の高い自我と知性をもつ生物――だけでもかなりの数が存在する。それこそ末端や非正規の構成員を含めれば軽く億を超えるとされている。
全面戦争が勃発すれば数多の世界や国家に分散するだろうが、それでもかなりの人数が慎哉達の居る地球世界にも侵攻してくる事は想像に難くない。この世界の大国と同規模の人員とまではいかないかもしれないが、少なくとも10人や100人という小国規模ではない筈だ。
だが、《盟主》が地球の神話由来の神ばかりだと言う点を考えればこの世界が戦場の中心地となり敵勢の大半が攻めてくる可能性も決して低くは無い。そうなれば(一部を除き)地球側の戦力だけでは対応しきれず、必然的に異世界の勢力も『蛇』と戦う為に集結する事になり大乱戦が予想される。その中で未熟者達が思い通りに動けるかと考えれば――――普通に無理だと言える。
(この前は出てこなかったけど、『黎明の王国』も率先して参戦するだろうし、真っ先に《盟主》に辿り着くだろうな。うん、俺が着いた時には全部終わってるな。口には出さないけど)
色んな世界の最高戦力、それこそ自分達など吹いて消えるほどの猛者達――良則や丈の一族や各龍王、神獣や聖獣、神殺し等――が居る中で上手く立ち回りながら《盟主》に辿り着くなどまず不可能、味方勢力を出し抜くような行動などとればその味方に捕まって強制退場させられるのが容易に想像できた。
そしてその戦いには確実に『黎明の王国』も動く。勇吾と黒王を圧倒したあの王や赤の龍王、そして王の側近である六星守護臣も前線に出てくる。彼らと同等に渡り合えるのは勇吾達だけ。自分を含めた日本人組は真っ先に置いていかれるのは容易に想像できる。
「勇吾は間違いなく前線に向かう。奴が居るからな」
「……親の仇、だな」
「『神話狩り』ペリクリス……奴が動けば絶対勇吾は動く。勇吾が動けば良則達も一緒にだ。けど、そこに俺達は行けない」
「……」
『神話狩り』ペリクリス=サルマント。
《真なる眷属》の第2柱にして勇吾の父親を殺した因縁の相手だ。
《盟主》が動けばペリクリスも必ず動き、勇吾達は因縁に決着をつけるべく《盟主》よりも優先して狙うのは慎哉達にも理解できる。同時に其処へは彼らが一緒に行けない事も理解できた。圧倒的に力が足りないから。
「正直言って凄く悔しい。けど!」
慎哉は悔しさを滲ませながらも笑みを浮かべる。
「――――俺達には俺達にの戦いが出来る!最後まで一緒に行けなくてもな!」
「慎哉……」
「俺は、彼奴らが存分に敵をボコれるように邪魔する敵を一掃する!仲間の邪魔をする奴は俺の爪で細切れにしてやる!それが俺の戦いだ!冬弥はどうするんだ?」
「俺は……」
冬弥は困惑した。
先程まで世界の現状を前にストレスが溜まって精神が疲弊し一緒に暗くなっていた筈の兄が一瞬にして立ち直り、自分よりも強い意志を表した。まるで別人と入れ替わったかのような錯覚をしそうになる。
だが、その考えは直ぐに振り払われた。
(違う。兄さんはずっと悩んで考えて来ただけだ。そしてとっくに答えを出していて、今日の事でまた考え直したけど結論を変えなかったんだ)
おそらくは先日の事件で拉致監禁された事が切っ掛けで助けられた後もずっと悩み考え続けてきたのだろうと、冬弥は直ぐに兄の考え理解し納得、そして同時に自身の気持ちにも整理を付けた。それはとても不思議な感覚で、一瞬で数日分の思考を終えたかのようだった。
(双子だから……白狼だからか?)
これも双子特有の絆の力かと、何処か単純な自分に苦笑しつつ、冬弥は隣の兄と視線を合わせた。
本人達は気付いていないが、その時の2人の顔はまさに双子らしく鏡写しのようだった。
「勿論、俺も兄さんと同じだ!」
「なら、他の皆も集めて作戦会議しようぜ!」
「おう!」
2人は勢いよく互いの拳をぶつけ合う。
自分達は自分達の戦いをして仲間を助ける。決意を固めた双子は直ぐに行動に移り、駆け足でその場から去っていった。
物陰から聞いている者が居るとは気付かずに。
『…………愚を繰り返し滅びの道を進む者もおれば、勇と縁を以って正道を探り続ける者も居る。果たしてどちらが人の世の本質なのだろうな』
一切の神気を抑えながら2人の様子を覗っていた神――――国之常立神は自嘲するような笑みを浮かべながら彼らの背中を見届けていた。
そして不意に上を見上げる。
『先の大戦より幾星霜。人は一部でも次の進化を始めたか。天之常立神よ、其方は動くのが少し遅過ぎたかもしれぬぞ?』
悠久の神は独り言を零すと静かに《ガーデン》から消失していった。




