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第446話 プロローグ2

――東京 某所――

 東京の観光名所の1つに数えられる某超高層ビルの屋上に天雲勇吾(あまぐも ゆうご)は立っていた。

 その視線の先にあるのは空を覆い尽くす暗雲。真昼だというのに陽の光が雲によって遮られ、まるで夕方のように暗い。首都中の街灯が点灯しており、公道を走る車両は例外なくランプを点灯させ昼だというのに夜の様相を呈していた。


「赤い空の次は暗い空か――――」


 先日の昼夜問わず世界を覆った「赤い空」の異変から数日、クリスマスも終わり世間は年越しに向け例年通りの忙しさに追われている最中に新たな異変が世界を震撼させていた。

 今度は昼夜問わずに暗雲が光を遮り、場所によっては昼間でも照明が無ければ100m先も見えなくなる「暗い空」が世界を()()()()()()()あった。正確に言えば勇吾達の居る東京の一部を始め、地球上の幾つかの地点では暗雲が薄い場所があり、その地点に限っては普通の曇天程度の明るさはあったが、全体的に見れば世界中で日照時間が()()()()になったも同然なので各国の政府機関も対応に覆われていた。

 特に先日の『鬼神』一派による襲撃で大きな爪痕を残した地域の中には只でさえ未だに被害の全容が把握できていない時に更なる事件が重なって泣きっ面に蜂状態だった。

 日本もまた、今回の件も含め、この1年の間に発生した“非常識な事件”の数々に頭を痛め、()()()()()()()の一部にはいっそのこと「本当のこと」を全て発表すればどうかという、半ばヤケクソ気味な意見も上がってはいるが多くは発表後のリスクに尻込みして消極的であった。

 現状、地球の各国は公式上ではこれらの異変を異常気象としか発表していなかった。


「……いい加減、隠し切るのは限界だな。この世界も望む望まないに関係無く次の段階に進むだろうな」

「突き落とされるの間違いじゃね?」


 1人溜息を吐いていると、後ろからトレンツが苦笑しながら声をかけてきた。

 暦の上では12月の下旬だというのに薄手の格好のトレンツは寒空の下でも平然としている。まるで冬の寒さを感じていないかのように見えるが、実際に彼は寒さを感じていない。「神人」へと至った影響で環境に対する適応力が上がった事で冬でも東京程度の寒さは苦にもなっていないのだ。それでも季節感を大事にしているのか、彼の両手には中華まんが握られていた。器用に魔法を使って出来立てをホカホカを維持している。


「ホイ♪」

「ああ、サンキュ」

「で、何処も結果は同じか?」

「……ああ、日本(ここ)だと西の方がかなりマズイ」


 受け取った中華まんを食べながら、勇吾はつい先程まで行っていた調査の結果を伝えはじめる。

 「赤い空」と慎哉・瑛介の拉致誘拐から始まった一連の事件から10日と待たずして発生した「暗い空」事件には発生直後から勇吾達は別々のルートから調査を開始した。

 その結果、この「暗い空」の外には先日と同じ「赤い空」が再び発生している事が判明し、地球全土を覆う暗雲は「赤い空」の光すらも飲み込んで世界中を暗くしているということが判明し、またその暗さの度合いは地域によって極端に異なっている事も判明、日本では近畿から中国地方が特に光が遮断されており、最早1日中が深夜のように暗くなっていた。


「伊勢神宮の方もか?あそこは天照大神(アマテラス)の本陣だろ?」

「流石に伊勢やあの神を祀っている神社周辺は他よりマシだったが、あくまでマシ程度だ。実質9割以上は加護を削がれていた。天岩戸(あまのいわと)並みに太陽神の力を遮断しているとみていい。けど、一番ヤバいのは出雲方面だ。あそこは人工の光すらも影響を受けている」

「この国の宗教の元祖総本山がか!?」

「主神どころか天津神も国津神の力も押さえ込まれていた。にも拘らず、元凶の力は感じられなかった。いや、()()()()()()()()()()()()()()()

「っ!」


 トレンツは言葉の意味を理解し息を飲む。

 ()()勇吾の能力を以ってしても認識できない程の力ともなればかなり限られてくる。それを更に現状から絞れば、それはもう確信といって良い答えに辿り着く。


「「《盟主》」」


 2人は口を揃えていった。


「認識する事すら憚れるほどの圧倒的な力と言えば、『無限神』ウロボロス。だが、日本の出雲を狙うとすれば……」

「『天界神』天之常立神(アメノトコタチ)――――」

「「……」」


 2人の間に僅かに沈黙が生まれる。


「あれ以降、国之常立神(クニノトコタチ)からは何の音沙汰も無いな?」

「そもそも、「常立」を名に持つあの2柱については本当に情報が少ない。記紀神だけでなく民間信仰を隅々まで調べたがめぼしい記録は無かった。あったのは精々胡散臭い宗教団体が関わった事件程度だ」

「“格”はかなり高い筈なのにマイナー過ぎるんだよな。主祭神にしている神社(とこ)も殆ど無いし、存在自体怪しまれたりして二次創作扱いしている処もあるし」

「または()()()()()()()()()とかだな。神話の中でも最古の神には2柱1対の神が多い。伊弉諾尊(イザナギ)伊弉冉尊(イザナミ)がいい例だ。あの2柱が()()()()()()()()、1対だったか……どちらも十分に有り得るな」


 中華まんを食べながら思考を巡らせていく。

 7柱存在する『創世の蛇』の《盟主》、その内の1柱が勇吾達が滞在する日本に手を出す事は最初から想定していた。想定はしていたが相手の情報が想定以上に少なく、未だに具体的な対抗策が打てずにいる。

 直接知っている神に聞けば早いのだが、現状はそれを許さないと言わんばかりに事態は急激に悪化の一途を辿る。いや、そもそも神に訊いたところで正解に辿り着けるとは限らない。人ならざる神は超常の力を揮う一方で、その性質を変質させ易い側面もあるのだ。


「神って、ほんとに信仰の影響をモロに受け易いからな。冥府の神が太陽神になったり、2本腕が100本に増えたりとかしてさ」

「一種の天災の様なものだからな。環境が変われば規模も性質も変わる。1日……1年や2年で変わる訳じゃないが、古い神ほど時代の変遷の影響を受け易いからな。海神ポセイドンも元々は大地の神だったし、悪魔も一部は異教の神だったり元・天使だったりするのは有名だな」


 絶対の存在と思われがちな神も決して完ぺきではない。

 自我が無いとされる一部の神を除き、大半の()()()()()()()()()は人間を始めとする知的生命体からの信仰を己が糧とする。より多くの信仰が集まれば力を増し、誰からも信仰されなくなれば消滅して只の“概念”に戻ってしまうのだ。それと同時に、信仰の内容がその存在を変化させてしまう事もある。動物がエサの種類で別の種に枝分かれし、別の進化をの道を辿っていくように。

 良い意味では神格の増強、悪い意味では神格の弱体化や変異。その様な変化を旧い神である《盟主》が上けていないと、原形のままだと断言できる根拠は何処にもない。


「……結局、殆ど前情報無しで戦う事になりそうだな?」

「ああ、少なくとも『天界神』についてはそうなるだろうな。推測は幾つか立てられるが、あまりあてにはならないからな」

「出来たんだ?」


 トレンツは興味深そうに勇吾を見る。


「殆ど思い付きだから、あまり当てにはならないぞ?日本の神話の特徴から考えれば、やっぱり2柱の常立神(とこたち)は元々1柱で、何らかの切っ掛けで分裂、国之常立神は和魂(にぎみたま)――その神の穏やかな側面――に、天之常立神は荒魂(あらみたま)――その神の荒々しい側面――となった。そして前者は善神として現代まで信仰され、後者は悪神や邪神として恐れられ淘汰された」

「お前と慎哉達が最初に戦った荒神(こうじん)と似ているな?」

「この国の一霊四魂(いちれいしこん)という考え方を元にした……まあ、こっちは話すと長くなるから省くが、これが1つ目の推測だな」

「他には何があるんだ?」


 勇吾は指を2本立てて次の推測を語り始める。


「2つ目は、何処にでもある話だが政争を含めた戦事だな。国之常立神を祖神(そじん)とする派閥と天之常立神を祖神とする派閥が戦争をして前者が勝った。そして負けた方の神が抹消された」

「ああ、よくある負けた方が習合されたり悪役にされたりするアレだな」


 日本に限らず、宗教戦争は世界各地で何度も繰り返されてきた。

 敗戦した勢力の信仰はその多くが歴史から抹消されるか勝者の宗教に吸収され、現代に残る宗教や神話はこれの繰り返しの果てに生み出されたものである。日本人に馴染み深い仏教に出てくる仏の中にも元は古代インドや中国で信仰されていた神々を取り込んだものが多く、仏像のモチーフにも異教の神を踏みつける姿をモチーフにした者が多い。それ程、宗教戦争の歴史は根深いのだ。

 しかし、この考えには1つの疑問が生まれる。


「けど、天之常立神って天津神――――勝ち組の神連中の仲間だろ?」

「正確には別天津神だな。一応は天津神の中でも最上位の神とされているが、天之常立神に関して言えば事情が少し異なるな。諸説の1つだが、別天津神は元々は今の5柱ではなく4柱、または3柱だったとされている。天之常立神は後付された神らしい」

「は?」

「これもよくある話だが、宗教の中には元は異教の神だったものを自宗教の中に取り入れているものも多い。ギリシャのオリンポス十二神も、元は異教の神だったものが多い。今でこそ大神ゼウスの身内扱いだが、軍神アレスあたりは元は蛮族の神だとされている」

「あ~、不遇な逸話が多かったよな~」

「強い信仰のあった敵の神を吸収しつつも不遇な扱いをする事は決して珍しくは無い。あと、名前を改変する事もな。

「確かに、“()之常立神”って、如何にも天津神っぽい名前だよな?」

「そういうことだ。天之常立神の立場の高さに反する知名度や信仰の低さからその可能性はゼロじゃないと考えたんだ。他の別天津神は皇祖神として天皇家でも厚遇されているのに落差が大きすぎる」


 これもあくまで推測だ、と最後に付け加えてから更に指を1本立てる。


「――――3つ目、信仰されてきた者達に裏切られ神格を奪われた」

「!?」

「侵略者との戦で敗れ貶められたのではなく、自身を崇めていた筈の人々によって貶められた神も多くいる。《盟主》の1柱、『混沌王』アポフィスのようにな」

「……太陽神アトゥムとの因縁だな」

「ああ、アポフィスは元は太陽神だったが後に誕生したアトゥムにその神格を奪われ闇と混沌を司る神になったという一説が残っている。更に言えばアトゥムもアポフィスも共に「原初の水(ヌン)」から生まれ、その本性は共に蛇だ。まるで兄弟みたいだろ?」


 そして天之常立神は天――神々の住む高天原――の、国之常立神は地――この場合は日本の国土そのもの――の恒常性、即ち永劫存続し続ける事をそれぞれ司っているとされ、光と闇をそれぞれ司るアトゥムとアポフィスに類似する部分がある。

 つまりそれは――――


「勇吾、それはつまり、天之常立神もアポフィスと同じ……」


――――天之常立神もまた、後から誕生した国之常立神に()()()()()()()()()


「あくまで推測だといっただろ?けど、そう考えればあの神がアポフィス達とつるんでいる理由も説明がつく。今のこの世界に対する憎悪も、な」


 勇吾は空を見上げながら告げた。

 それはどれも勇吾個人の推測に過ぎない。

 根拠となる証拠は何も残されてはおらず、あくまで(一応)神ならざる身の浅はかな頭が生み出した戯言に近い話なのだ。

 だが、同時に()()()否定する証拠が無いのも事実である。もしかしたら当たらずとも遠からずかもしれないという思いが勇吾の中にはあった。


「……どちらにしても、もう、時間はない」

「勇吾……」


 勇吾の表情が険しくなっていく。

 この暗き空の影響は今も現在進行形で発生し続けている。

 そしてその頻度は時が経つにつれ激しくなってゆき、その時が来るまでもう殆ど時間が残されていない事を勇吾もトレンツも理解していた。



「――――真の《盟主》が、顕現する!」





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