第441話 エピローグ1
打ち切りではありません。
――凱龍王国 海門――
日本と同じく冬の季節を迎えた漁業都市にこんこんと粉雪が振り続ける。
海流などの影響で冬でも豪雪地帯と比べれば温かい気候である海門にも、この時期になると足元が埋まるほどの雪が降り、庭先や公園などでは無邪気に雪で戯れる子供達の姿が目に映るのがこの都市の冬の定番となっている。
厚い雲に覆われた空を見上げれば風や氷の精霊が戯れ、氷雪竜などこの季節に活性化する魔獣の姿もあったが、それらは人里を襲う事は決して無いので冬景色の一部として住民達の間では愛されている。住民のほぼ全員が強いので野生の魔獣も本能で地上には近付かないのだ。
そんな例年と変わらない冬景色が広がる海門だが、今日この日は異世界の文化に都市中が彩られていた。
「「「ジングルベ~ル!ジングルベ~ル!」」」
「「「鈴が鳴る~!」」」
真っ白に染まった道を歩きながら子供達は元気よくクリスマスソングを歌っていた。
まるで地球世界のクリスマスの様な一面だが、これは海門に限らず凱龍王国中で見られる光景の一部だった。
元々は地球世界の文化であるクリスマスは凱龍王国には無かったが、この数百年の間に地球世界の文化が流入するにつれ浸透してゆき、近年になると王族の一部が積極的に布教し、そこに目を付けた各企業が民衆の購買意欲を煽るなどして今では王国でもクリスマスが一般的になっていた。ただし、改宗したりする者は殆どでていない。あくまでイベントのみが受けいれられているのである。
「サンタさん来るかな?」
「煙突から侵入して来るんだよね?」
「真っ赤な服を着てプレゼントを持ってくるの!」
「真夜中の住居侵入犯の遺失物を横領~♪」
「……?何よそれ?」
「クリスマスの連続準拠侵入事件の概要~!お祖母ちゃんが言ってたー!」
最近生まれた子供達は何の違和感も無くクリスマスを祝っており、イブである今日はサンタクロースがプレゼントを持ってくるのを今から楽しみにしている子供で一杯だった。
一部、子供らしくない会話をしている子供もいたが誰もツッコんだりはしなかった。
折角の楽しい日に小難しい大人の話を子供に話すほど空気の読めない大人はこの国には居ないのである。多分。
「あ、パパだー!じゃあ、僕行くね!」
「「バイバ~イ!」」
「自宅に到着!我、突入を開始!さらば!」
「バイバ~イ!それ、誰の真似なの?」
「さあ?」
「そこの坊主ども~早く家に帰りな~!」
「「は~い!」」
日が大分沈み、子供達は各々の家に帰っていく。
今夜は家族でクリスマスパーティがある。子供達の多くは家族と一緒に御馳走を食べ、親からのプレゼントを貰ってイブの夜を過ごすのだ。
「お肉が俺を待ってるのだー!」
「ケーキ!ケーキ!ケーキ!ママの特製ケーキが待っている~♪」
「じゃあね、ロトくん、アリアちゃん!」
「うん!バイバイ!」
「明日見せっこしようね!」
「しようしよう!」
殆どの子供達が家に帰っていき、残った2人の幼児、ロトとアリアは互いの手を繋ぎながら友達に手を振って別れると仲良く歩きながら自分達の家へと向かった。
「お腹減ったね」
「うん!もうぺこぺこ」
「帰ったら御馳走だね。何が出るんだろうね?」
「分かんない。けど、きっと凄いんだよ」
「お兄ちゃんも来るかな?」
「きっと来るよ!さっき、丈お兄ちゃんが教えてくれたもん!スッゴイプレゼントを持って来るから、みんなでさぷらいずの準備していてねって言ってた!」
「やった!」
まるで小さなカップルのように仲の良い2人は今夜の御馳走に胸を躍らせ、また久しぶりに会える義兄の帰りが待ち遠しくて同じくワクワクしていた。
2人にとっては今日は初めてのクリスマス、パーティもプレゼントもサンタクロースも全てが初めてで新鮮なものであり、特に友達から聞いたサンタクロースの下りでは何時も目をキラキラと輝かせていた。既に2人の部屋にはビッグサイズの靴下(*手編み)がスタンバイしており準備は万端だ。
「汐南お姉ちゃんは素敵な人を連れてくるって言ってたけどどんな人だろ?」
「パン屋にお兄ちゃんは“わるいむし”って言ってたけど、どんなムシ?ムシ〇ング?」
「野菜みたいな人じゃない?“あおにさい”って近所のおじちゃんが言ってた」
どうやら今夜のパーティは随分と賑やかになるようである。
一方で、この界隈には小さな子供には教育上よろしくない火種が燻っているようだが、2人は幸いにも気付いていなかった。余計な言葉を覚えていっているようだが。
間もなくして2人は自宅――――天雲家に到着した。
「「ただいま~!」」
元気な声が家中に響いていく。
雪の降る中を歩いてきた二人の体を心地好い暖気が包み込み、二人はマフラーや帽子を脱ぎながらリビングへと向かい、其処にエプロンを身に付けた女性、この家の女主人(?)が迎え入れる。
「お帰りなさい!もう少しでご馳走ができるから、その前にうがいと手洗いをしてきなさい」
「「は~い!」」
母親代わりである夫人に言われるまま、2人は来ていた子供用の外着を壁に掛けると手洗いとうがいをしに向かう。バシャバシャという音がしばらく続いた後、バタバタと元気な足音が家の中を駆け巡っていく。
「お母さん、終わったよ!」
「洗ってきた。お腹空いた」
「あらあら、じゃあ、もう少ししたらお姉ちゃん達が来るからそれまでに料理を運ぶのを手伝ってくれる?」
「うん!」
「は~い!」
2人は元気よく声を上げお手伝いを始める。
オーブンで焼き上がったばかりの肉の臭いが食べ盛りの子供の鼻孔を刺激するが、ロトもアリアも我慢しながらテーブルの上に運んでいき、10分とかからずで豪華なパーティ会場が完成した。数々の手料理の中央には王国産の苺が沢山盛り付けられたケーキが置かれ、初めて見るクリスマスケーキにロトもアリアも目をキラキラさせていた。
「うわ~!」
「美味しそう~!」
「フフフ、食べるのはもうちょっと待ちましょうね」
「「ただいま~♪」」
「お姉ちゃんだ!」
「帰ってきた!」
ロトの口から涎が零れ落ちそうになると、玄関から2つの声が聞こえてきた。
この家の長女・汐南と、次女・鈴音が帰宅してきたのだ。
ついさっきまで食欲に支配されていたロト達は元気よく飛び出して義姉達の下へと駆け出していった。
「お姉ちゃんお帰り!」
「お帰りなさい!」
「キャ!ロトちゃん、可愛い!?」
「わわわ!?2人ともどうしたの、その恰好!勇吾のお古にあったっけ?」
仕事から帰ってきた2人の美少女?は、飛び出していたロトとアリアの姿を見て黄色い声を上げる。
今の子供達の格好を一言で言い表すなら「小さなサンタクロース」そのものであり、それぞれサイズがピッタリの真っ赤な衣装を着ており、2人の幼さもあって義姉の2人は母性本能も擽られて思わず抱きしめたくなる衝動に駆られていた。
「フフフ、2人には初めてのクリスマスだから、近所の奥さん達と一緒に作ってみたのよ。とても似合ってるでしょう?」
「流石、ママ!」
「凄い出来栄えね!普通にプロ並みよ!」
「褒めてくれて嬉しいわ。けど、褒めるより前に後ろに居る人達を中に入れた方が良いわよ?」
「「お、お邪魔します……」」
女主人(万能?)が視線を娘たちからその後ろに移すと、其処には彼女達よりも少し年上の男性2人がすっかりほったらかしにされて立ち尽くしていた。
彼らは汐南と鈴音それぞれの婚約者であり、今夜は婚約者の実家への挨拶も兼ねて天雲家のクリスマスパーティに参加しに来たのだが、当の婚約者達は自分達をそっちのけに小さなサンタクロースに夢中になってしまって挨拶のタイミングを逃していた。
もし、此処に某バカ2人がこの場面を目撃していたら間違いなくSNSなどを通じて盛大に弄られた挙句に不特定多数の人達から同情を集めることになっていたのだろうが、幸運にもこの時はバカ2人はいなかったのでその事態は回避することが出来た。ある意味でクリスマスの奇跡(笑)である。
「さあさ、どうぞ中に入ってください!パーティの準備は万端ですから」
「くぁわい過ぎるぅぅぅ!」
「ちょっと鈴音!私にもロトくん成分(クリスマスver)を!」
「むふ~お姉ちゃん苦しいよ!」
「こら!いい加減にしなさい!」
すっかり萌えている娘達を怒鳴る声が外にまで響き、娘2人はその両手に小さなサンタクロースをガッチリとホールドしたまま家の中に引っ張られ、残された2人の婚約者達は微妙な空気になりつつも遅れて中に入っていった。
そして少しばかりの小言や挨拶を終えた後に、天雲家のクリスマスパーティは開幕する。7人で乾杯を行い、ロトを筆頭に御馳走にかぶりついていく。汐南と鈴音はロトとアリアにプレゼントを渡し、続いて婚約者の2人もプレゼントを渡してさり気無く好感度を稼いでいった。
家中に賑やかな声が絶える間もなく湧いていく。子供達による合唱に大人達は拍手を送り、若い2組のカップルの馴れ初め話にも当人達の意志に関係無く花が咲いていく。
気付けばパーティが始まって1時間以上が経過していた。
「そういえば、我が家のロトくん達はサンタさんに何かお願いしたのかしら?」
お酒が入ったせいか、気付けば汐南はロトにそんな質問をしていた。
ローストチキン――という名の上位魔獣の肉のロースト――をモグモグと食べていたロトは口の中のものをゴックンと飲み込んだ後、ニカッと笑みを浮かべながら答える。
「あのね!」
「うん!」
「お父さんに会いたいってお願いしたんだ!」
「「「!!」」」
大人達の酔いが一気に醒めてしまった。
訊いてしまった汐南の顔には冷たい汗が幾つも浮かんでは流れ落ち、酒の勢いでマズイ質問をしてしまったと激しく後悔してしまう。
天雲家の人間は勿論のこと、汐南と鈴音の婚約者達もロトの出生を含めた一通りの事情を把握していた。無論、父親であるシド=アカツキの現状についても。
故に、彼女らは微塵も疑う事無く「父親に会いたい」とサンタクロースにお願いをしたと答えるロトにこの後どんな言葉を向ければいいのか直ぐには解らなかった。
「あのね、学校の先生が、僕が良い子にしていたらサンタさんもスッゴイプレゼントをくれるって言ってたんだ!」
「……」
「隣のタカトくんもね、去年は迷子になっていた鳥さん(孔雀)が靴下の中に入ってたんだって!教頭先生も花嫁さんをサンタさんに貰ったんだって!」
「「……」」
無邪気に語るロトに大人達は何も答えることが出来なかった。教頭先生の話についても、「それはそういうサプライズ」だとツッコむ事もなかった。
この時、大人達の考えは寸分違わず一致していた。
幾らサンタさんでも、その願いは叶えられないと――――
――――ピンポ~ン♪
来客を報せるインターホンが鳴ったのはそんな時だった。
夢中になって語っていたロトはインターホンの音を聞くと同時に話を止め、次の瞬間には満面の笑みを浮かべながら玄関の方へと飛び出していった。
「お兄ちゃんだ!」
「―――――え!?」
「……勇吾?」
聞き慣れたその音が大人達を正気に戻り、1人駆け出していったロトを見て慌てて椅子から立ち上がるが、同時に頭に疑問が生まれる。
「あれ?勇吾が態々インターホンを押すかしら?」
「え、でも、勇吾の気配はするわよ?」
そう、来客の正体がこの家の長男である勇吾であるなら態々インターホンを押す必要は無いのだ。
しかし、他の凱龍王国民と違わず気配察知能力を持つ彼女達の感覚には確かに弟の存在を捉えていた。
「あ、でも……ロトの為にサンタの格好をしてサプライズ?」
「あ、それはあるわね!」
少なくとも家の前に弟が居るのは確実なので、2人の姉らは弟がロト達を驚かす為にワザとインターホンを押すような真似をしたのだろうと判断した。自分達の弟が2人を可愛がっているのは誰よりも理解しているから。
結論を出した2人は互いにニッコリと笑みを見せながら一緒に玄関へと向かってい、其処では丁度ロトが玄関の扉を開けている処だった。
「お兄ちゃん!!」
ロトは勢いよく扉を開けた。
そして、扉を開けた向こうに立っていたのは―――――




