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黒龍の契約者―Contractor Of BlackDragon―  作者: 爪牙
第16章 創世の蛇編
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第438話 《盟主》と《眷属》の密談

戦闘終了直後の話です。


――『創世の蛇』ノ界 深奥部某所――


『……消えたか』


 地上の光の届かぬ地の底にある玉座に腰を下ろしながら、『天界神』天之常立神(アメノトコタチ)は己の化身が消滅したのを確認し、小さく溜息を吐いた。


 《神意代行(マホメット)》発動当初は“器”である『鬼神』オウキ=カグラマが主導権を握り、鬼人の身でありながら《盟主》の力を使役して見せたが、敵である天雲(あまくも)勇吾(ゆうご)の一味の前に結果的に敗北――殺さずに去って行ったので正式な敗北では無いと天之常立神は判断している――し、その後は天之常立神の化身が表に出て主導権を奪って動いたが半死半生の状態で入れ替わったのが仇となったか、手負いの獣のようになったオウキの意志が中途半端に介在した影響で十二分に力を揮う事が適わなかった。


 最後は『創世の蛇』が最重要危険対象に指定している『戦慄の剣聖』シド=アカツキと『天嵐の飛龍王』ヴェントルに一方的に切り捨てられる形で化身は消滅した。



『面倒な者達が解き放たれたものだ。『龍神』どもめ、相も変わらず尖兵を差し向けるのに抜かりが無い。“金”を失ったのはやはり痛いか……』


『――――それは当てつけか?』



 天之常立神の独り言に割り込む声が地下に響く。


 闇の奥から妖しい光を放つ3つの瞳を覗かせながら、天之常立神よりも大きい巨体を持つ《盟主》が苛立ちを隠しもせず己よりも小さい《盟主》を睨む。



『バロール……。何、今世は神代の頃と比べても稀有な事が多過ぎると思っただけだ。貴様を責めている訳ではない。むしろ、残り少ない《眷属》を無駄遣いした我の方こそ責めを受ける身だ』


『心にも無いことをほざく。サマエルはどうした?奴等(・・)の始末はサマエルの役目だろう』


『サマエルは別所で荒れ狂っている。自慢の「神毒」が破られた事と、仇敵が我等の足元で好き勝手に暴れたられた事が相当頭に来ているらしい』


『殺すか消滅させるかすれば良いものを……。悪趣味が仇となったか』


『そう云う事だ』



 此処には居ない《盟主》に悪態を吐きながら2柱の会話の内容は今後の事へと移っていく。



『――――決行は人間達の時間で5日後、全ての世界に対して侵攻を開始する。貴様は彼の世界(・・・・)で良いのだな?』


『無論だ!愚孫を含め、あの『大特異点(イレギュラー)』の勢力は我が討つ!彼奴らだけはこの手で必ず葬ってくれる!異論は認めん!』


『異論をするつもりは無い。あくまで確認だ。過去の聖地(エリン)のある世界も狙うのであれば、獲物が我と被るからな。あの世界は我とサマエルが征く。既にハデスからも了承を得ている。それでも貴様が欲を張ると言うならば、此方にも考えがある』


『……好きにしろ。だが、何度も言うが、我が獲物には手を出すな。それだけは守れ。それさえ守れば、我も其方に一切手を出さん』


『よいだろう。契約成立だ』



 2柱の間に火花が走る。


 それが神同士の契約なのか、2柱は互いの獲物に手出し無用の契約を成立させた。



『――――で、邪魔者どもはどうする?』


『《眷属》と配下に片付けさせる。我は直接『高天原(タカマガハラ)』を落とし、そのまま中つ国(日本)からあの世界を滅ぼす』


『その《眷属》が、邪魔ものに敗れたのを忘れたか?』


『忘れてはいない。だが、邪魔者どもはいずれも甘さが抜けきってはいない。一番の障害たる“英雄”も第二柱(ペリクリス)にやらせる。今回は痛み分け(・・・・)だが、次はサマエルの“器”として戦わせる。『神器』も好きな物を全て与えさせれば確実だろう。アレと第一柱(カースウェル)は《眷属》の中でも格が違う。第三柱(オウキ)の二の前になる事はあるまい』



 彼らの言う“英雄”とは、『戦慄の剣聖』シド=アカツキと『天嵐の飛龍王』ヴェントルの事を指している。


 それは敵に対する皮肉と、実際に各世界で民衆が彼らをそう呼ぶことから《盟主》らも便宜上で呼んでいるのである。


 『創世の蛇』は近日中に大規模作戦を開始し、《盟主》の7柱全員が直属の配下を率いて各々の狙う世界へ侵攻する。その先にあるのは既存の世界全ての滅亡、そして終焉、其処から始まる新たなる世界の創世である。


 神代の時は数多の神々と、脆弱と彼らが扱き下ろした人々の中から生まれた英雄達によって計画はとん挫し、彼らはこの狭間の世界へ封印され、永い雌伏の時を過ごす事となった。


 だが、次も同様の結果にはさせないと天之常立神は言い、自らが描いた最強の布陣で侵攻を決行するとバロールに告げた。



「――――やれやれ、そんなに僕に期待されても困るなあ♪」



 其処に、荘厳な空気には不釣り合いな声が響く。


 天之常立神とバロールが視線を移すと、そこには手品師(マジシャン)の様な格好をした少年が彼らの前に立っていた。



第一柱(カースウェル)……』


「うん♪《真なる眷属(オリジン)》が1柱、『幻魔師』カースウェル=ダルク=プライド、《盟主》の要請に従い此処に参上いたしました」



 『創世の蛇』の最高幹部にして《真なる眷属》の1人、通称『幻魔師』カースは主君達を前に、笑みを浮かべながら綺麗なお辞儀をする。


 それはかなり洗練された動作だったが、一度お辞儀を済まさせた後は直ぐに気楽な体勢に戻って主君との会話に入っていった。



『侵入者には逃げられたようだな?』


「ハハハ、分かってはいたけど、彼らは逃げ足も速いよね♪白の龍王もだけど、一緒に大暴れした龍族御一行さんにも全員逃げられちゃったよ」



 参ったよと笑いながら語るカースに2柱の《盟主》は何も言わない。


 何も知らない者からすれば大分ふざけた態度のカースだが、最高幹部の頂点に立つ彼の今の態度こそが自然体であり、尚且つ彼の行動には無意味な点は少ないのである。


 今回、カースは姿を消しながら脱出を図る侵入者を追撃し、結果的には全員を外へと逃がしてしまったのだが、決して何もしていないわけではなかった。



「――――でも、タダで逃がすのもなんだから、ちょっと(・・・・)悪戯を仕掛けておいたんだけどね♪」



 そう笑いながら語るカースの顔が一瞬、悪魔よりも邪悪な笑みを浮かべていた。


 まるで誰にも気付かれる事無く相手の心臓を掴んでいるかの様な、掴んだ心臓をどの様にして遊ぼうかと楽しみにしている様な、人間には決して出せない様な恐ろしい笑みがそこに在った。



『布石は無事に打てたか』


「ハハハ、そんなに期待されるほどのものじゃないよ?それよりも、一応“これ”を回収しておいたけど、如何致します?」



 カースがパチンと指を鳴らすと、彼の横に白煙が舞ってその中からボロ雑巾のような姿となって死にかけている1人の鬼人(・・)の体が現れた。



『ほう?』


『……よく回収できたものだ』


「人体消失マジックは手品の定番だからね♪」



 造作も無かったと遠回しに告げるカースはその鬼人――――『鬼神』オウキ=カグラマの体を宙に浮かばせながら天之常立神の前に差し出す。


 ボロボロになったオウキの白衣には彼自身の血がべったりと付いており、体の方も数えきれないほどの切り傷が刻まれ、それらの傷はゆっくりと再生はしているのだが別の力に阻まれて出血すら完全には止まっていなかった。



『よくやった。貴重な《眷属》を無駄に失わずに済んだ』


「どういたしまして♪」



 未だ意識を失い起きる様子のないオウキを見下ろしながら、天之常立神はそっと右手を前に翳す。


 すると、右手から神々しい光を灯す靄が吹き出してオウキの全身を飲み込んでいった。



『――――暫し眠れ。そして戦に備えよ』



 その言葉を告げられるのを最後に、オウキの姿がこの場から消え去っていった。


 殺したのではない。その時(・・・)が来るまで休息を与え、また《眷属》として更なる力を与えさせるために移したのだ。


 《盟主》の言うとおり、『蛇』の創設当初に居た《眷属》達はこの100年の間に急激に数を減らし、今では片手の指で数える程度しか残っていない。


 欲を言えば7人以上欲しかった、と天之常立神もバロールも内心では思っていたが誰も口は出さず、今残っている《眷属》と当代の幹部達で数合わせをする事にした。


 その後も《盟主》とカースの間で話し合いが進み、重要な案件を全て話し終えると天之常立神は玉座から立ち上がりカースに告げる。



『カースよ、お前が打った“布石”、決行の時に合わせ芽吹くよう(・・・・・)育んでおけ。我等はこれより暫しの眠りに就く。目覚めるまでの間の全ての権限はお前達に移譲する』


「――――我等が《盟主》の神意のままに」



 その言葉を最後に、天之常立神とバロールの姿は消え去った。


 残ったのはカース、そして最後まで姿を見せなかったもう1人――――



「―――だそうだよ?」


「……気付いていたか」



 闇の奥から足音も立てずにペリクリスはカースの前に現れる。


 その姿は着替えを済ませてきたのか今朝とは異なる装いをしており、左手には包帯が巻かれていた。



「うわあ、君が手負いの姿を見せるなんて何時以来だろ?メイドさん達の治療でも治らなかったの?」


「やらせれば治せたのだろうが、敢えてこれを残させた。どうやら()も大分前から停滞していたらしい。あの2人に見事にやられてしまった」


「君は相変わらず戦士だねえ~。それと、君が持っていた神器の1つは……」


「この左手の傷を付けられた時に奪われた」


「『悪龍殺しの刃(リジル)』、貴重な『滅龍神器(ドラゴンスレイヤー)』だったのに勿体無い。しかもそれで日本の天之常立神(化身)が滅ぼされたとなったんだから、君からすれば大失態だね♪」



 カースが面白そうに言うと、ペリクリスは特に起こる訳でも無く「否定はしない」と素っ気なく答えた。


 数百年に及ぶ付き合いのせいか、ペリクリスはカースの嫌味には一々反応を見せないようだ。



「それはそうと、君が何年か前に見逃した少年が第三柱(オウキ)を倒したみたいだよ。正確には黒の龍王や龍神、その他大勢の共闘によるものだけどね」


「……そうか。あの時はつまらないと思ったが、あの時の無力な子供がそれ程までに化けたか。ならば、その子供の相手も俺がするのが良いだろう」


「へえ、君が興味を抱くなんて彼ら以来だね?」


「あの時は不完全燃焼だったが、次は満足のいく戦いになりそうだ。他の取り巻き達は配下の者達に任せれば問題はないだろう。カース、お前は興味のある獲物いないのか?」


「う~ん、何人か仕返しをしたい子達はいるけど、君ほど執着はしてないかな?まあ、当日面白そうなのが居たら相手をすると思うよ♪」



 まるで小学生が遊園地に行く感覚で物騒な話をするカースに対し、ペリクリスは既に獲物を定めていた。


 『蛇』にとっての仇敵であり、自分は久方振りに昂ぶらせた好敵手、『戦慄の剣聖」と『天嵐の飛龍王』、そして8年前に第四柱シャルロネーアと共に暗殺した男の息子である天雲勇吾と『黒の龍王』、その契約神達、ペリクリスは戦いに備えて既に牙を研ぎ始めていた。



「じゃあ、決まりだね。表の(・・)指揮は君に任せるよ。僕は裏方の方の指揮をするから、ね?」


「了解した。主力戦闘員を大分潰されたが、其処は今から即戦力を育成すればいい(・・・・・・・)。数日有ればどうにでもできる」


「流石だよ。じゃあ、僕は先に失礼させてもらうよ。盛大に盛り上げるには準備が肝心だからね♪」



 そう言い残し、カースもその場から去っていく。


 1人残されたペリクリスは暫しの間立ったまま黙考した後、同じようにその場から去って行った。


 誰も居なくなった玉座の間は闇と静寂に包まれていくのだった。









『鬼神』は生き延びていました。

他の《眷属》も無事のまま事態は進んでいきます。


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