第436話 天之常立神
――暗き世界――
一時的に復活した神剣『天之尾羽張剣』がオウキの全身を縦に斬り裂いた。
同時に彼の持っていた二振りの剣も砕け散り、勇吾達を狙っていた数多の術も余波で全て消え去っていく。
『――――ガハッ!!』
オウキは吐血する。
切り口からも鮮血が吹き出し、オウキの姿がノイズが走ったかのように歪む。
(上手くいった!)
初めてのオウキへの大打撃に安堵しながらも、油断せず攻撃の手を緩めることなくオウキを追い込んでいく。
『おおおおおおおおお!!』
持ちうる全ての力を出し切っての猛攻は確実に敵を追い込んでいく。
それでもオウキは反撃をしてくるが、回復しない深手のせいで攻撃の精度は下がってゆき、オウキは防戦一方となっていった。
(お前の中の神を全て削り落としていく!)
オウキの左腕を斬る。右腕を斬る。袈裟を斬る。足を斬る。
勇吾達がオウキを斬る度にオウキの中にいる神々が悲鳴を上げるようにしながら消えていくのが神剣を通じて伝わってくる。
彼が取り込んでいた100柱の鬼神らは瞬く間に勇吾達の剣舞の餌食となって討滅されていき、数が減るのに合わせてその力は質も量も減っていく。
(やはり、この剣は奴と相性が良い)
正確には奴だけではないがと思いながら神剣を振っていく。
勇吾達の持つ天之尾羽張剣は正確には神話に出てくるそれとは別、より正確には不完全な物である。
かつて神代に存在した伊弉諾命の得物であった天之尾羽張剣はある日を境に世界から消え、代わりに幾つもの神剣『十握剣』が生まれ、天津神や国津神の手に渡っていった。
代表的なのは須佐之男尊の『天羽々斬剣』、武御雷神の『布都御魂剣』である。
勇吾の持つ二本の神剣もその一部である。
数多ある十握剣、その正体は幾つもの破片に砕け散った天之尾羽張剣の欠片そのものの成れの果てであり、勇吾はその事を京都の一件で確信したが、同時に完全な天之尾羽張剣を復活させるのは不可能に近いことも悟っていた。
その最大の理由は欠片である十握剣の正確な数がハッキリしておらず、尚且つ判明している十握剣の中には所在が不明のものもあるからである。
勇吾以外で所有が判明しているのはシド=アカツキと、『黎明の王』エリオットだけである。
少なくとも今は完全な天之尾羽張剣の復活は無理と判断した勇吾だったが、それとは別に一時的にでも完全に近い状態を再現出来ないかと考え、その結果誕生したのが今回の神剣であった。
もっとも、此処までの完成度を引き出せたのは今回の初めてであり、神人への進化と黒の龍神との契約の恩恵である事は明白である。
(一時的とは言え、流石は神殺しの神剣だ。100もの神と融合した奴にとっては天敵だな)
『グッ……貴さ……!』
『終わりだ。『鬼神』オウキ!《千早振る勇傑剣舞》!!』
その瞬間、オウキの視界から天之尾羽張剣が消える。
否、オウキですら視認できない速度で剣が振るわれたのだ。
そして剣が消えると同時に顕現するのは百や千、万を超える刀剣、それらは勇吾達の周りに円列を幾重に作りながら現れるとその刃先をオウキへと向ける。
『……ッ!』
息を飲むオウキ。
避けようにも融合させていた鬼神の多くを失い、それによる急激な能力の低下で心身の均衡が崩れている今の彼にはこれから起こる事を避ける事は出来なかった。
そして刀剣の群が嵐となって一斉に襲い掛かる。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
直撃。
回避が出来ないオウキは一身に全ての刃を受けながら絶叫を上げ、勇吾達の視界からその姿を消していく。
最早、如何に『鬼神』と呼ばれた男でも無事ではいかないだろうと勇吾達は思う。
この何千万もの刀剣全てには、勇吾達の持つ属性、概念属性を含めた全ての属性に加え、あらゆる能力が付与されている。
勇吾自身は無論のこと、黒王や龍神、ネレウス達神々、そして神剣達の権能も含まれているので、全ての刀剣が神器と遜色ない力を持っており、何より「神を滅する力」を持っている。
天之尾羽張剣になっている神剣の片割れである神度剣には龍神の防御さえも祓う、神に対して特化した攻撃能力を持っており、布都御魂剣と融合することでその特性は更に引き上がっている。それと同じ力が今、何千万もの刀剣に付与されてオウキに襲い掛かっているのだ。
既に武器を失っているオウキに、この刀剣の嵐を防ぐ手立ては残っていない。
例え《不老不死》であっても、これらの刀剣はそれさえも破っていく。布都御魂剣には「不死殺し」の剣の能力も取り込まれているのだから。
『……脱出するか』
刀剣の嵐は未だ続いているが、これ以上留まると脱出が厳しくなる。
オウキ自身が創造し、オウキによって崩壊していく「暗き世界」は既に半分以上が外へと排出されている。
このまま全てが排出されれば残るのは何も存在しない“無”だけであり、その中で勇吾達が無事でいられる可能性はゼロではないが決して高い訳でも無い。天之常立神の権能で崩壊している分、未知の危険が有る可能性さえあるのだ。
勇吾達は刀剣の嵐を一瞥だけし、後は一直線にこの世界の外へと飛翔した。
外界から隔絶されている世界だが、崩壊の始まっている今ならば境界も脆くなっているので天之尾羽張剣で突破する事は容易だと考えたのか、神剣を正面へと突き出す。
『突破しろ!天之尾羽張剣!』
そして、世界の境界へと突入した。
------------------------------
――日本 九州沖――
雷鳴の如き轟音と共に空に大穴が開く。
突如として開いた穴からは暴風と瓦礫が噴き出し、平穏を取り戻しつつあった海を再び荒れ狂わせていった。
『―――――っ出た!!』
穴から1つの人影が飛び出してきた。
身の丈を遥かに超える大剣を持っていたその人影はそのまま荒れ狂った海に放り込まれる。
巨大な水飛沫が上がる。
――――時間切れだな。
誰かが呟いた。
その直後、眩い光と共に海中から6つの光が飛び出し、荒れ狂う海の真上で静止すると各々の姿に変化していった。
『ふひー!抜き打ちでの呼び出し、マジきっつー!』
『無事に戻れたわね』
『うーむ、この様な現象が起こり得るとは、興味深いものだ』
『……』
『ほう?随分と面白い顔ぶれが揃ったものだ。なあ、我が末よ』
『ハァハァ……無駄に元気なジジイだ。少しは疲れたフリをしたらどうだ!?』
『未熟な汝が悪い』
水飛沫をシャワーのように浴びる天神雷鳥。
安堵の息を零す魔術の女神。
今回の一連の出来事を思案し始める海洋の神・
無言を通す黄金色の龍。
面白げに周囲の面々を見渡すのは黒の龍神。
極度の疲労に襲われ息を切らしている黒の龍王。
「ぶはっ!!」
最後に海から顔を出す勇吾。
「暗き世界」から脱出した勇吾達は能力の限界を超え、元の5柱と2人に戻った彼らは互いが無事であることを確認すると、次に通ってきたばかりの空の穴に目を向ける。
穴は勇吾達が抜けると次第に小さくなってゆき、暫く経つと跡形も無く消滅した。
「ふう……」
『消滅したか』
『お~い!勝手にエピローグな空気になってるところ悪いけど、あそこには俺達以外にも誰か居なかったか~?堕天使とか~幻獣とか~?』
『「あ!」』
「暗き世界」が消滅したのを見届けていた2人の顔色が変わる。
戦いに集中するあまり、途中から彼らの事が頭の中から抜けていたようだ。
「――――心配は無用だ」
『やっぱりバカだったか』
「―――!蒼空!アルント!」
『……生きてたか』
蒼空を乗せたアルントが勇吾達の下へと下りてくる。
勇吾は海面から黒王の頭に飛び乗り、下手な誤魔化しをする事無く無事を喜びあった。
「シェムハザは?」
「知らないが、アレが素直に死ぬとは思えないな。俺達よりも先に去ったんだろう。元より最後まで見届ける気は無かったように見えたからな」
「そうか……一応、加護の礼はしたかったんだが」
礼も挨拶する間もなく消え去った堕天使の長の事を考えながらも、勇吾は直ぐに思考を切り替えて今為すべき事にした。
「戻ってきたばかりだが、こっちの方はどうなっている?冬弥や琥太郎達は……」
『案ずるな』
「!」
地球世界に残してきた仲間達の生存確認をしようとした直後、今まで無言だった黄金色の龍が口を開き勇吾の疑問に答え始めた。
『お前達の仲間なら誰も欠けてはいない。我が加護を受けた者も、そうでない者も含めて』
「『凱龍王』……!本当に!」
黄金の龍――――凱龍王国の建国の始祖である龍王にして神、『凱龍王』は荘厳な雰囲気とは釣り合わない高い青年の声で勇吾の仲間達の情報を伝えていく。
『直系の者が1人、戦の前から呼びかけてきたのでそれに答えたまでだ。それに、《盟主》は欠片であろうとも現世に存在する事を見逃す訳にはいかない。彼の神達は、今の世界にとっては禍にしかならない。直接葬るには相応の“器”が必要だった為、その意味でも都合も良かった』
『うむ。我等は最早、契約者や庇護者といった“器”が無ければ現世に干渉する事は適わぬ身であるからな』
凱龍王の言葉に龍神も同意する。
それでも加護しか与えていない者に対しては行き過ぎた配慮である事には変わらず、勇吾は頭を下げて感謝した。
「今回は、本当にありがとうございました!」
『俺からも、心から感謝する』
黒王もまた凱龍王に頭を下げて謝辞を述べた。
だが、感謝された凱龍王は険しい表情のまま視線を勇吾達から空へと逸らした。
他の神々もまた、同じように視線を空へと向ける。
『礼はまだ早い』
『そうだな。まだ気を抜くには早すぎだな♪』
『ホント、しつこいわねえ』
『故に封印しか手立てが無かったのだ』
『「……!」』
神々の言葉の意味を瞬時に察した勇吾と黒王。
直ぐに臨戦態勢に入る。
――――バキッ!!
そして、穴が消滅した筈の蒼空に巨大な亀裂が走る。
一同の間に緊張が張り詰めた。
――――まだ、終わってはいない。
――――前哨戦は、まだ終わってはいない。
亀裂の向こうから2つの声が聞こえてくる。
直後、亀裂は轟音と共に破裂して、奥から巨大な影が飛び出してきた。
天を飲み込むほどの巨体を呻らせながら海上に浮かんでいる勇吾達を見下ろすそれは、殺意と憎悪を容赦なく現世に放っていた。
『『――――我等の敵よ、此処で滅びよ』』
それは巨大な大蛇だった。
空を覆い地上を夜に変えるほどの巨体を呻らせる闇黒の大蛇、否、《盟主》の1柱である『天界神』天之常立神の化身はその本性を露にした。
「蛇の……神!」
『あれが奴の本性らしいぜ?『創世の蛇』って名前も、《盟主》が揃いも揃って“蛇”が多いし全然おかしくないけど』
天之常立神の本性を目にして驚愕する勇吾に対し、ライは雑学を話すように説明していく。
『創世の蛇』の《盟主》は“蛇”の神。
混沌王。無限神。楽園の蛇。 そして天界神。
確かに《盟主》には蛇の神が多かったが、今はそれを考えている場合ではなかった。
天之常立神の化身は口を開き、世界中に届くような声で告げる。
『我が名は天之常立神。我は《盟主》。我は別天津神。我は創造神。我は維持神。我が真理。定命で在りながら我に牙剥く被造物よ。穢れた世界に蔓延る逆賊よ。我は、創世の7柱の神意を以って古き現に終焉を齎そう』
天之常立神の神威に、世界が震撼した。




