第429話 神龍禁術
――暗き世界――
(アルント!?)
オウキがアルントに剣を振り下ろす瞬間、勇吾は咄嗟に動きそうになったが彼を護っていた黒王によって止められてしまう。
(黒!?)
止めるなと声に出しそうになるがそんな時間は無かった。
思考が加速し世界が鈍足に認識されているにも拘らず、オウキの剣を振り下ろす速度は勇吾に対応できるものではなく、仮に最大全速で動けたとしても間に合わなかった。
(くそ!まだ上があったのか……!)
ようやく黒王と合流出来たと思った矢先での窮地に、絶望よりも先に悔しさを膨らませていた。
幾度と反撃を試みる度に相手は更に上の力を見せつけていき、その力の前に勇吾は何度も窮地に立たされ、1度は殺されてしまった。
そして今も、目の前で仲間が殺されそうになるのを見ているしかない状況に立たされている。
これまでも窮地に立った事は何度もあったが、今ほど力の差と己の無力さを突きつけられ悔しい思いをした事は無かった。
(やめっ――――)
絶叫を上げそうになるが思考速度に対して、今の勇吾の口や声帯がついていけなかった。
為す術も無く剣が振り下ろされるのを見ているしかなかった。
(……)
そして血の涙でも流しそうな勇吾の苦痛に満ちた顔を見下ろしながら黒王は沈黙を通す。
自身も“破壊”の力で斬られた傷口から血と共に魔力も漏出が続き、しかもその傷は龍族の再生力や“神龍”の力を持ってしても今だ塞がりそうには無かった。
ステータスの一部を破壊された為、再生・回復系の補正の恩恵を受けられないのだ。
(……俺の読みが甘過ぎた)
勇吾以上に思考を加速させた状態の中、黒王はこの窮地が自分の怠慢が招いたと後悔していた。
自分が『鬼神』オウキの実力を大きく見誤りさえしなければ此処まで追い込まれる事は無かったのだと。
『創世の蛇』の他の幹部と《真なる眷属》との間にどれ程の差が存在するのか、もっと冷静に熟考するべきだったと。
そもそも、勇吾と引き離されてジルニトラと共に羅刹王と戦っていた黒王がどうやって「暗き世界」に来られたのか、そこから説明するには少し時間を遡る必要がある。
勇吾と引き離され、彼がオウキと共に別の時空に消えた後も黒王とジルニトラはラーヴァナとの戦闘を継続していた。
他の鬼神達よりも多くの力を貸し与えられたラーヴァナの力は凄まじく、黒王の息吹を何度も受けても致命傷を与えるには至らず、無駄に時間と力を浪費するしかなかった。
『――――此処までしぶといとはな』
『流石は維持神の化身でなければ退治できなかった王様ね。私の魔法だけだとじり貧になってたわ』
ジルニトラの魔法も効果が無いわけではないが、与える効果に対してラーヴァナの再生力の方が上だったので焼け石に水といった具合なのである。
そして戦いは長期戦に突入しようとした時、それは起こった。
――――《停止する幻想世界》
黒王達の居る世界が一転、彼等以外の全てが停止した白と黒以外の色彩が焼失した世界へと変貌する。
ラーヴァナも石像のように動かなくなり、丁度ラーヴァナの剣が掠りそうになっていた黒王は世界の変貌に動揺する事無くラーヴァナから距離をとると、其処に誰が居るのか知っていたかのように空を見上げて口を開いた。
『――――アルント』
直後、突風と共に黒王の視界を埋め尽くすほどの量の漆黒の羽根が舞い、それらが渦を巻きながら一点に集まると、其処に黒王にも劣らない美しい黒を全身に纏った幻獣の王の姿が現れた。
『あら、『幻獣王』?だけど本体ではないわね?』
『俺の本体は蒼空と一緒に向こうに行っている。何分、此処に挨拶しているほど今は余裕が無いからな。それにしても、随分な様だな、『黒の龍王』?』
『……何の用だ』
一瞬で世界の空気が険悪になった。
黒王とアルント、当代の龍王と幻獣王である2人は200年前から仲が悪く、命を奪い合う程までには悪化しないものの、出会う度に口喧嘩の絶えない関係にあった。
ちなみに、最初のきっかけがどちらにあったのかについては当人達は既に忘れ去っており、兎に角気に入らない相手として互いを認識していた。
『この特殊時間の世界も長くは保たないから端的に言う。あの羅刹は術者である『鬼神』の力の一部を分け与えられている。このまま倒すと力が本体である『鬼神』に戻ってお前達の契約者は一気に苦戦してしまう。これは俺の契約者からの情報だ。前世で知る機会があった』
『――――ッ!なら……』
『そうだ。奴の核にある『鬼神』の力ごと奴を消滅させないとマズイ。だが、奴が追い詰められると同時に『鬼神』は奴ごと力を回収する。此方に優位な状況で倒すには、全てを欺きながらやらなければならない。手段を選ばずに、だ!』
『……』
アルントの意味ありげな言葉に黒王は無言になる。
だが、時間が惜しいアルントは黒王の意志に関係なく話を進めていく。
『――――これは蒼空にも黙っていることだ。これから俺は“夢幻”属性を使う。お前達も禁じられた属性を使い、奴をさっさと倒せ!』
『アルントッ!!』
『ちょっと、何を……!?』
『文句を聞いてやる時間は無い!』
アルントの指示に黒王のみならずジルニトラも声を荒げて叫ぶ。
「概念属性」を解放し、ラーヴァナを倒せ。
アルントはそう言っているのだ。
だが、「概念属性」の存在は例え契約者であろうともそれを持っていない限りは決して話してはいけないというルールが存在する。
黒王もジルニトラも、勇吾と契約して以降は一度たりともこの力を使ってはおらず、それは蒼空と契約しているアルントも同じはずだった。
『バカ黒が!お前の目は節穴か!『鬼神』も俺等と同様にあの属性を複数持っている!!』
『なっ―――』
『嘘でしょ!?何も視えなかったわよ!』
怒りの混じったアルントの言葉に今度は目を丸くする。
2人は『鬼神』オウキと接触した際に各々の方法で相手の情報を確認していたが、そこには概念属性の表記は無かった。
『忘れたのか?そんな目先の情報は、同格以下になら幾らでも偽装できる。現状、奴らはお前達より格上だってことだ。《眷属》をその辺の幹部級と一括りにしてんじゃねえ!!兎に角、直ぐに全てを使って敵を倒して契約者と合流しろ!奴らはお前の従兄を半殺しにした『神話狩り』と同類だ!!全員でかからなければ確実に死ぬぞ!!』
『……ッ!!』
『“禁”を破れと言ってるんじゃない!今なら誰も見ていない!使うなら今だ!』
一言も言い返す事が出来なかった。
何処かで慢心していたのかもしれない。
黒王自身にその気は無くても、京都の事件での第四柱の幹部シャルロネーア相手に善戦した事で、例え相手が《眷属》であったとしても第三柱の『鬼神』なら勝てないまでにも負ける可能性もそれほど高くないと無意識に考えていたのかもしれない。
だが、《眷属》とは『創世の蛇』の創設メンバーであると同時に、入れ替わりの多い他の幹部とは違って数百年もの間討伐される事無くその座を維持し続けた真の猛者ばかりであり、《盟主》らに最も近い存在でもある。
対して勇吾は人並み以上の才に恵まれ、多くの苦難と修羅場を乗り越えてきた自分達が誇る契約者ではあるが、まだ15歳の未熟な少年でもある。
『鬼神』にも善戦できると思う方がおかしかった。
『返す言葉も無いわね』
黒王に代わってジルニトラが俯きながら返事をする。
『時間だ。奴らの認識は俺が全力で騙す。その間にお前達は自分達の主の為に動け!』
その言葉を最後にアルントの分身体は羽根の束と化して散っていった。
『『……』』
2人の間に数秒の沈黙が過ぎていく。
そして停まっていた時間が再び動き始めた時、何も解らないラーヴァナは剣が宙を掠めたのに微かに表情を訝しめながらも迷う事無く2人へと斬りかかった。
それに対して黒王は一歩も動こうとはしない。
『諦メタ――――』
『――――《闇黒聖暈》――――』
ラーヴァナが何かを言いかけた瞬間、ラーヴァナを含めた周囲一帯が漆黒の煌きに飲み込まれていった。
光の無い闇でありながら世界を照らす漆黒の太陽がそこには在った。
『――――ガ………ア……………』
『不意打ちみたいになったけどゴメンなさい。でも、私達は試合をしに来た訳じゃないから許してくれるわよね。《深淵魔導技巧》』
『―――――――』
漆黒の太陽の中に沈んでいくラーヴァナにジルニトラのとどめの一撃が墜ちる。
ラーヴァナは為す術も無く闇の奥底へと消えていく。
その際、ラーヴァナの中から何かが抜け出そうとしたが闇の引力に抗う事が出来ず、ラーヴァナ諸共消えていったのだった。
終わってみれば呆気ない終わり方だった。
あくまでラーヴァナの不意を付けたという要因もあったが、最初から2人が全てを出し切っていれば羅刹王が相手でも苦戦する事は無かったと思わずにはいられない結果だった。
『……』
敵を倒したというのに黒王の表情は曇ったままだった。
しかし、今は苦悩している時間も惜しかった。
『行こう』
『ええ』
一時の感情を抑えつつ、黒王とジルニトラは勇吾の下へと向かう。
だが、彼らが勇吾達がいた場所に向かった時には既に「暗き世界」が創られた後であり、外界から隔絶されたその世界に侵入するのに苦労することとなる。
その際、思わぬ協力者の登場に驚き、状況から彼らを先に突入させる事となったのが勇吾の命を救うことになったのは幸運としかいいようが無かった。
そしてジルニトラに侵入口を開けてもらい、ようやく黒王は勇吾と合流する事が出来たのだが、その時は既に窮地の真っ只中だった。
(「概念属性」の存在を俺の方から話しておくべきだった。天照大御神も“禁”がある故に教える事が出来なかった以上、勇吾に話せるのは何時も傍に居た俺だけだった。外では弟妹達が奮闘しているというのに、王である俺はこの為体……挙句にアルントに負担を掛ける始末……)
アルントは黒王達の下に分身体を送った後も“夢幻”の力を使い続けていた。
オウキほどの男が何度も意表を突かれ続けたのは偏にこの“夢幻”の力の御蔭であった。
そもそも「“夢幻”を使っていないという状況」が現実であるとオウキに認識させなければこの戦術は成功する事は無く、代償としてアルントは力の大部分を“夢幻”に費やしながら蒼空と共に戦闘をしなければならなかった。
(不甲斐ない)
勇吾は過去のトラウマを乗り越えて更なる先へ歩み出したというのに自分は無意識の内に慢心してしまい彼の足を引っ張っている。
龍族の中では若輩者ではあるが、勇吾達からすれば頼りになる年長者だった。
それなのに今は足を引っ張っている。
考えるだけで後悔の念に押し潰されそうになる。
(だが……)
だが、だからこそと――――
微かに弱まりつつあった黒王の瞳、それが次の瞬間にはより強い光を宿しながら腕の中にいる勇吾を見下ろしていた。
その光は、黒王が此までにない覚悟の意思を秘めた強い闇色の光だった。
(俺も、真の意味で全てを賭けよう。それが“禁”を破ることになったとしても、同胞から責められることになったとしても。俺は勇吾、お前と結んだ真の契約と絆に報いろう)
そして加速していた黒王の時が現実の早さに戻り始めていく。
同時に黒王は、龍族の間で永らく禁じられていた“秘術”を解き放った。
全てを賭けて。
――――神龍禁術《龍神招来》




