第428話 急転、窮地
――暗き世界――
『――――――――何!?』
『鬼神』オウキの口から激しい動揺を思わせる声が発せられる。
クロウ・クルワッハの分身体を消し、次にシェムハザにトドメを刺そうとした矢先、オウキは想定外の事態が発生してしまったという表情のまま一瞬固まってしまい、追い詰めていたシェムハザに隙を見せてしまう。
無論、好機を見過ごすほどシェムハザは抜けてはいない。
『……ッ』
『クッ!』
閃光と衝撃がオウキに襲い掛かる。
一瞬の隙を突き、反撃に見せかけた一撃を与えて距離をとり、不覚を取ったオウキは舌打ちをしそうになるのを堪えながら直ぐに体勢を取り直した。
『どうした?外で異常でも起きたのか?』
『シェムハザ、貴様……』
つい先程まで追い詰められていたとは思えないほどの平静さを見せるシェムハザに、オウキは一段と強い殺意を込めた視線を向けるが柳に風の如く流されてしまう。
それだけでオウキは理解した。
この事態、『創世の蛇』本土に結社の天敵であるヴェントルとシドの2人が襲来し、短時間で防衛線を壊滅させたという、オウキ個人にとって大きな誤算を相手にとっては想定内であるということを。
(両方とまではいかないまでも、片方だけは此方に来ると予想していたが……)
当初のオウキの想定ではヴェントルとシドの何れかは自分の下に攻めてくると考えていた。
だからこそ力の消費を抑え、勇吾達と戦っている間も最低限の力だけ行使して始末しようと考えていたのだが、目の前の闖入者を始めとした誤差範囲内の誤算に加え、自分が始末するはずだった2人さえ揃って本拠地へ向かった事で計画が大きく崩れてしまった。
正確に言えばオウキもこの事態を考えていなかった訳ではない。
本拠地には自分が拉致した人質、『白狼』の神子である慎哉と、『天嵐の飛龍王』の嫡男である瑛介が居るのでヴェントルだけは確実に向こうへ行く確率が高く、また、別の理由からシドは此方に来ると踏んでいた。そう誘導する仕掛けも用意しておいた。
だが、蓋を開けてみればオウキの予想は次々と外れていく。
そして目の前では冷静な目で自分を見る堕天使の長の姿が。
(奴も、共犯か)
証拠は無いが確信はあった。
シェムハザは今の状況を予め知った上でこの場に立っているのだと。
策士策に溺れる。
色々と自分達に優位になる策を巡らせていたつもりが、逆に敵側の策に嵌められてしまったのが現状であると理解し、その上で更に策を巡らせる。
(……いや、もしかすると『神話狩り』も何かしたか。奴は――――いや、それは全てが終わった後にすればいい。今はこの無駄な戦いを早々に終わらせる事が優先)
オウキが動く。
黒焔の剣を上に掲げ静かに振り下ろす。
『――――《終焉黒焔界》』
『―――ッ!!』
その瞬間、オウキの立っている場所を除くこの世界の全てが超高密度の黒焔によって飲み込まれていき、暗き世界は一瞬にして灼熱地獄にも優る超高熱の世界へと化したのだった。
『先程からコソコソと密談をしていたようだが、気付かれていないとでも思っていたか?“禁忌”を知ったようだが、それは一朝一夕でどうにかできるものではない。だが、お前達の中には常に定石を壊す輩が複数人存在する。念の為、シェムハザと共に消させてもらう』
それはシェムハザにではなく、蘇生され拘束からも解放された勇吾達に向けられたものだった。
拘束が破壊された時点でオウキは勇吾達の動きは気付いてはいたが、今の今までシェムハザとクロウ・クルワッハに集中していたので敢えて放置していた。
会話の内容も全てではないが筒抜けであり、勇吾達が「概念属性」の存在を知った事も、それを元に打開策を練ろうとしている事も気付いていたが、知った処でどうする事も出来るものではないと、その時点では闖入者達の始末の方を優先していたものの、状況の変化により不安要素は小さいものも含めて全て消すべきと判断を改めたのだった。
『如何に『神器』の“神剣”属性や『幻獣王』の“夜”“幻想”属性でもこれを防ぐ事は不可能。随分と足掻いたようだが――――これまでだ』
『鬼神』オウキは勇吾達の全てのステータス情報を看破していた。
凱龍王国から複数の世界にまで普及した汎用能力をオウキは取得していない。
だが、代わりに汎用版では視れない情報さえも視抜く事の出来る固有能力を所有しており、それにより勇吾側の能力は武器も含め、一部を除いて全て看破済みだった。
情報の面でも優位であった為に勇吾達は此処まで追い込まれた訳だが、オウキからすればこれだけの優位があったにも拘らず此処まで手古摺った事の方が信じ難かったのだが、その事を知るのはオウキ本人だけである。
兎にも角にも、ようやく戦いはオウキだけを残して幕を閉じようとしていた。
全てを焼き尽くす破壊の炎の前では人間はおろか、堕天使も幻獣も生き延びる事は出来ない。
これまでも、オウキはこの焔で数多くの神や悪魔、天使、堕天使、聖獣、幻獣を葬り続けてきたのだから。
『……』
だが、オウキの顔は中々晴れる事は無かった。
(……何?)
黒焔の中に違和感を感じた。
微かに、だが確実に存在する違和感がそこにはあった。
それだけでオウキは警戒度を上げ、どんな事態にも即座に対応できるよう瞬時に備えを整えていき、同時に外界からリアルタイムの情報を集めていく。
(ペリクリスらが2人と接触、始まったか……)
その中に本拠地の最新の状況を見つけ、因縁の戦いが始まったと知る。
本来なら自分が相手をする予定であった警戒対象の両方を別の《眷属》に盗られたと憤る様な感情は持ち合わせていないオウキだったが、過去に一度接触した事があり、一部ではあるが互いに手の内を知られている者同士の戦いの行方が少々気になっていた。
自分よりも序列が上であるペリクリスが負けるとは思わないが、相手はその辺りに転がっている様な有象無象とは違うという事も理解している為、想定外の結末を迎える可能性もあると考え始めるが、直ぐに思考を切り替える。
それは、今の自分がするべき事ではない、と。
(――――何も起きない、か。新たな闖入者……“銀”の者達だが、その割には静か過ぎる)
今の状況でオウキにとって最も嫌な展開のひとつは“銀”の龍族の乱入だった。
龍族の中でも『銀の龍神』応龍を頂点とする彼の氏族は一部を除いて全てが破天荒、いや、破天荒すら通り越した存在そのものが非常識であり、尚且つ自我を持った天災、直接関わったが最後、碌な最期を迎えられないと言うのがオウキの認識であり、同時に彼らを知る人類全ての認識でもある。
現に絶対不可侵であった『創世の蛇』の本拠地へも子供の悪ふざけの感覚で侵入され、好き放題に暴れられてしまった前例がある。
それ故、オウキはこの状況で銀の氏族、より正確には勇吾達の仲間である当代の『銀の龍王』には余計な邪魔をされたくないのだが、同時にそれは淡い希望でしかないとも割り切ってもいた。
そして当代の『銀の龍王』、即ち銀洸とその契約者である丈にも警戒していたのだが、彼らが乱入してきたにしては現状は静か過ぎた。
彼らがこんなに静かに行動するとは考えにくい。
『……』
オウキの表情が一層険しくなる。
この暗き世界全体を黒焔で飲み込んでいる現状で勇吾達が五体満足で生きている可能性は決して有り得ないのだが、彼の直感が「奴らが1人も死んではいない」と結論付けていた。
オウキにとっては過去を含めて初めてと言ってもいい状況を創りだす“要因”は何か?
未知の状況に陥る経験は過去にも幾度となくあったが、今起きている状況はその中でも相当厄介な部類である事は確実だった。
だが、だからと言って怖気付くようなオウキではなかった。
『果たして神が出るか龍が出るか、久方ぶりに冒険させてもらうか』
そう独り言を言いながら黒焔の中へと飛び込んだ。
自ら生み出した焔故か、オウキは黒焔の中でも苦も無く進んで行き、違和感のある地点を目指していく。
敢えて一直線に進むのは自信からか、それとも罠か。
オウキは一切迷う事無く目標の地点へと突き進んで行き、違和感のある地点、つい先程まで勇吾達が居た場所へと辿り着いた。
(……成程)
同時にオウキは得心した。
先程から感じ続けている違和感の正体、そして想定外の事態の幾つかの説明もそれで8割以上は納得がいった。
『――――若輩者でも、やはり古代種の血脈に連なる者という訳か』
一切の加減無しに剣を振るった。
目の前の黒焔ごとその者の胴を斬り裂いた。
その場所だけ黒焔が消し飛び、そこに居た者は漆黒の巨体から激しい血飛沫を上げながら腕の中で自身の契約者を庇いながらオウキを睨んでいた。
『――――『黒の龍王』よ』
『……』
“破壊”の力で切り裂かれた胴から流れ続ける血に目を向ける事無く、『黒の龍王』黒王は静かな瞳をオウキから逸らさず睨み続ける。
『よく、此方側に気付かれる事無く羅刹王を討滅する事が出来たものだ。アレも我が力の欠片のひとつ、消えれば権限の維持に使われた魔力は我が元へと戻る仕組みになっていた。お前の“闇黒”での飲み込んだか』
『……』
黒王は無言だった。
“闇黒”とはオウキの持つ“暗黒”とは似て非なる概念属性、黒王を始めとする黒の氏族の中でも王族に当たる一部の龍だけが先天的に持つ属性である。
その特性を一言でいうなら「邪悪ではない最高位の闇」である。
黒王はこの“闇黒”を普段は一切使わず、勇吾と契約して以降は今の今まで一度も使ってこなかったのだが、オウキは黒王の持つ概念属性全てを知っていた。
『そして、お前の“夢幻”をもって二重の細工を施したという事だな。『幻獣王』』
オウキは視線を僅かに横にずらす。
其処には虹色の光に包まれた『幻獣王』アルントが周囲の黒焔から契約者の蒼空を護りながらオウキに対して威嚇をしていた。
アルントの持つ概念属性“夢幻”、幻獣の中でも最高位の者しか持てない属性の1つであり、その特性は読んで字の如く夢や幻を見せて自他の認識に干渉し、時には非現実な現象を現実にするが、代わりに直接的な攻撃力は皆無の属性である。
オウキはアルントが自分だけでなく世界全てを“夢幻”の力で欺き、あたかも羅刹王が黒王らと今だ苦戦を強いられているという夢を現実として認識させ、その上で黒王が“闇黒”の力を解放させて羅刹王を残滓も残さず消滅、本来ならオウキに戻る筈だった魔力も一緒に消滅させた。
そして、オウキが自ら創造した「暗き世界」で勇吾達と戦っている間に既に決着を付けていた黒王らが陰で小細工をし続けていたのだと結論付けたのだった。
『概念に対抗できるのは概念のみ。警戒はしていたつもりだったが、その考えさえも夢幻だったのか、それともお前達には他の手札が有ったのか。まあ、それはもうどうでもいい。シド=アカツキを向こうへ向かわせたのもお前達だろう。恩を無下にしない奴がお前達の助けに来ないという事はそういうことだ。その点に関しては完全に嵌められた。――――見事だ』
『褒め言葉には聞こえないな。まるで冥途の土産だ』
オウキの言葉に対し、アルントは唾棄するように吐き捨てる。
黒王は今だ黙ったままだ。
『――――その通りだ』
『!!』
アルントは飛んだ。
だが、次の瞬間に彼が見たのは、二振りの剣を躊躇なく振り下ろすオウキの姿だった。
――――絶死之黒双剣




