第427話 因縁の再戦
――『創世の蛇』の界――
「父さん!!」
瑛介は再度声を上げた。
ペリクリスの屋敷の上空で黒く雄々しい両翼を広げる飛龍の王。
6年前に家族にも何も話さず死を偽装して姿を消した父、『天嵐の飛龍王』ヴェントルが彼の記憶とは異なるもう1つの姿で息子の前に現れた。
「えええええ――――っ!あれが瑛介の父さん!?覇気が半端無さ過ぎてラスボス!?」
瑛介の隣では慎哉が心の叫びを越えに出していたが、今の瑛介の耳には届いておらず、それどころか思考全体がパニックを起こしていた。
そして現状を顧みず、感情のままに父親の下へと飛んで行こうとするが、それを見ていた父親によって制止される。
『――――瑛介、そこで待っていろ』
「!!」
懐かしい父親の声で正気を取り戻した瑛介は変身するのを止める。
ヴェントルは成長した息子の顔を一瞥し、直ぐに視線を息子の近くに居る仇敵の方へと向け、互いに沈黙したまま10秒ほどの時間が過ぎていった。
「――――無事、行きて此処まで辿り着けて何よりだ。そうでなければ失望していた」
沈黙を破ったのはペリクリスだった。
表情を一切崩さないまま、相手を挑発するような口調で自分に恨みを持っている筈の相手に話しかける様は間近で見ていた慎哉からすれば冷や汗ものだった。
(おいおい、何で堂々と上から目線なんだよ。俺もそこまで詳しくは知らないけど、途轍もなく空気が悪いだろ、これ!)
死ぬかもしれないと、慎哉は半ば本気で思った。
一触即発のこの状況、瑛介は父親を信じているからか慎哉程この状況に狼狽えてはいなかったが、それでもこの場の空気の悪さを前に生きた心地はしていない様子だった。
すると、ヴェントルの頭上から誰かが飛び降りてきた。
飛び降りた人物は風に流される事無く真っ直ぐと庭園に向かって降下し、音も立てずにペリクリスの前に着地した。
「久しいな、『神話狩り』」
「シド=アカツキ。見違えたぞ。あの時とは、まるで別人のようだ」
空気がより一層重くなる。
決して再会を喜び合う中では無いというのに、2人ともお互いに数十年ぶりに出会った知己のような挨拶を交わし、同時に殺伐とした空気が一帯を飲み込んでいく。
「此処へは何をしに来た?人質の保護か、それとも結社への報復か?」
「愚問だな。その答えはお前自身がよく理解しているだろう?」
「フ、確かにその通りだ。だが、久しぶりに相見えた好敵手と言葉を交えてみたくてな」
「好敵手になった覚えはないが?」
「だが、貴様等以外に我と互角に渡り合える者などそうはいまい。好敵手と称えたところで何も不都合はあるまい?」
「互角?“ほぼ”が抜けているようだが?」
「日ノ本風に言えば、謙虚な対応なのだが?」
「謙虚?傲慢の間違いだろ。全身が錆び付いているのがハッキリと見えるが、気付いていないのか?」
言葉の応戦に一帯の空気が見る見るうちに重く、そして冷えていく。
シドの真上ではヴェントルが彼と同じ目でペリクリスを見下ろしており、相手が話しかけてくれば同じように言葉の応戦に加わるのは必至だった。
傍から見ている元・人質2人にとっては堪ったものではないが。
「(瑛介!お前の父さん怖すぎだろ!あと、空気がっ!)」
「(俺に言われても困る!あんなにブチギレ(?)ている父さんは俺だって初めて見た!)」
2人ともビビっていた。
そして睨み合いが更に続くのかと思われたのだが、不意に慎哉と瑛介を何者かが拘束する。
「「むが!?」」
〈しっ!僕だよ、2人とも〉
「「!?」」
突然拘束されて抵抗する2人だが、直後に脳内に届いた声で驚愕すると同時に抵抗を止めた。
〈〈ヨッシー!?〉〉
〈……すっかりその呼び方が馴染んでるよ〉
2人を拘束したのは良則だった。
幼馴染の1人が呼び始めた渾名で呼ばれた事に苦笑しながら、良則は姿を消したまま2人を抱えたまま移動を開始する。
2人の姿も消し、周囲に警戒しながら宙を蹴りながら光速でペリクリスの屋敷から離れていく。
そして彼らがペリクリス邸の敷地から脱出して数秒後、屋敷の方からミサイルが直撃したのかと思わせる爆音と衝撃が発生した。
〈……!〉
〈どうやら戦いが始まったみたいだね。多分、僕達が離れるのを待ってから戦闘を開始したんだと思う〉
〈って、ヨッシーが居た事に気付いていたのかよ!〉
《念話》での会話の中で慎哉は驚愕の声を上げる。
良則が2人を拘束して脱出するまでに5秒と掛かっていない筈なのに、あの場に居た猛者全員が彼の存在に気付いていたという。
〈あのクラスの人達の前だと、僕の隠形は素人技と変わらないんだよ。ハッキリ言って次元が違い過ぎる。兄さん達よりも強いよ。もしかしたら父さんよりも……〉
〈〈マジで!?〉〉
良則の言葉に慎哉も瑛介も驚きを隠せない。
良則は凱龍王国の王族、現国王の王弟であり、先王の四男でもある。
そして彼の国の王族は例外なく能力が高く、それこそ彼ら兄弟の末弟を除けば全員が「神殺し」を達成しているほどの猛者揃いであり、当然親や祖父母も同様である。
にも拘らず、良則はあの場に居たシドとヴェントル、ペリクリスの強さは親兄弟よりも上であると判断した。
それがどういう意味なのか知る2人は次のには息を飲み、とんでもない敵に捕まっていたのだと改めて理解するのだった。
〈――――で、ヨッシーが此処に居るってことは、他のは?〉
〈そうだ!あの野郎が言ってたが、勇吾が『鬼神』って奴と戦ってるんだろ。戦力の分散とか大丈夫なのか?〉
〈粗方の事は知っているんだね。こっちには主力だけで来ているから半分以上は日本に残ってるよ。勇吾の方はアルビオンが保険を用意してあるからまず大丈夫。それよりも、今は此処から脱出する方が先決だから〉
〈そういえば、アルビオンは?〉
心配は無いと告げる良則とは別に、慎哉はアルビオンがまだ気配すら見せない事に疑問を抱いた。
流石にアルビオン程の龍王ともなれば隠形の腕も桁外れなので慎哉程度では気付けない事は理解できたが、未だ《念話》でも話しかけてこないのは少し変だと思ったのだ。
〈アルビオンなら今は――――〉
良則が疑問に答えようとした直後、遠くで閃光を伴う大爆発が発生した。
〈な、何だ!?〉
〈アルビオンだよ。今、同胞達と一緒に別の場所で暴れているんだ〉
〈同胞?〉
〈瑛介なら解るんじゃないかな?〉
〈これ……まさか、龍族の大軍!?〉
爆発が見えた方角から沢山の龍族の気配がするのを感じ取った瑛介は、その数が生半可でないことに気付くと絶句してしまう。
瑛介の感覚通りならば、数千もの龍族があの方角で暴れているのだから。
〈2人を助ける為に、大勢の龍族が協力してくれたんだよ。“黒”と“白”、“飛龍”と……“銀”も少々……〉
最後の処で言い淀んでしまったが、幸い2人は気付いていなかった。
良則はハッキリと伝えられなかった。
皆の意志に反して、“銀”の氏族が独自の情報網で事態を把握し、頼んでも居ないのに参戦し始めているという事を……。
〈陽動はアルビオン達に任せて僕達は急いでこの世界から脱出するよ!皆の足手纏いになったら悪いからね!〉
〈……!〉
〈足手纏い……〉
良則はハッキリと2人に告げた。
現状を考えれば慎哉も瑛介も一緒に戦いたいというのは目に見えたが、此処は敵地なので地の利が圧倒的に自分達に悪い上に、ペリクリス以外にも《眷属》も居る。下手をすれば敵の頭目である《盟主》と遭遇しかねない。
そんな状況下では自分ですら足手纏いになりかねないと冷静に判断していた良則は、2人が感情的に動かないようにハッキリと釘を刺しておいた。
特に父親が戦っている瑛介には念を入れて。
〈瑛介のお父さんは今世で最強とも言われている『天嵐の飛龍王』だよ?今の僕達が行ったところで戦力のプラスになるどころかマイナスになるのが目に見えているのは解るよね?この状況で敵に有利な状況を作るのは愚策でしかないよ〉
〈……解っている〉
理屈では分かっていても感情が追い付かない事は多々ある。
瑛介は良則から直接言われる事で今も膨張しつつあった感情を押さえ込み、慎哉と一緒に良則に抱えられながらこの世界からの脱出に向かった。
(父さん。無事に帰ってきてくれ)
一度だけペリクリス邸の方を一瞥し、以降は振り返ることなく前だけを向いていった。
そして、3人の少年達は急ぎ脱出ルートに向かって加速していった。
――――けど、無料で見逃したりはしないけどね♪
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「――――息子を放っておいて良いのか?」
数度刃を交えた後、ペリクリスはヴェントルに向かって話しかけた。
既に彼らの戦っている場所は邸宅の在った中央部から西に50㎞以上離れた山岳地帯になっており、此処でなら周囲を気にせずに済むと両者ともに抑えていた力を出し始めている。もっとも、その気であればどこでも全力を出していたのはどちらも一緒ではある。
『問題無い。息子には優秀な仲間達が付いている。それに、純粋な戦いを求める貴様からすれば、用済みの人質が自分から去っていく事は好都合だろうに』
「フッ――――否定はしない」
ペリクリス顔に獰猛な笑みが浮かび上がる。
其処にシドの一刀が襲い掛かる。
「はあああああああああああああああああああああ――――っ!!」
「くっ――――!」
重い一閃をどうにか受け流しながらもペリクリスからは笑みが消えない。
そして刀と剣による猛攻が繰り返され、周囲の大地は瞬く間に切り刻まれ、そこに暴風が吹き荒れ稲妻が乱舞していく。
その嵐は秒単位で大きく成長してゆき、次第にはこの世界唯一の大陸のほぼ全域を飲み込むほどにまで巨大になっていくのだが、それは未だこのひとつの決戦の序章に過ぎなかった。
「見せてみろ。お前達の全ての力を!」




