第423話 急変、襲来
――『創世の蛇』の界~サルマント邸~――
「――――『鬼神』と天雲勇吾が接触した」
「!?」
穏やかな庭園の中を渋々散歩していた瑛介の耳にその情報が届けられたのは、勇吾達が『鬼神』の創造した「暗き世界」に閉じ込められてから数分後の事だった。
本当に暇なのか、それとも瑛介を自ら監視するのかは不明だが、朝食以降も『神話狩り』ペリクリス=サルマントは瑛介から一定以上離れる事無く、気付けば庭の各所で椅子に座りながら読書をしており、その事を告げた時も視線を本に向けたまま声だけを瑛介の耳元に届く様に魔力を操作していた。
「他にもお前の仲間達が地球各所に配置した『鬼神』の配下達を撃退しているそうだ。珍しい事に、龍族の各氏族が大軍を成してやってきたらしい。その中には飛龍氏族も含まれている」
「――――ッ!」
「場合によっては、お前の身内も駆除される事だろう。『鬼神』からすれば神殺しも龍殺しも大差ない作業だ」
「お前ら……!祖父さん達も……」
「お前の父方の叔父の姿も確認されている。お前が攫われた事に激昂しているらしく、此方が送った援軍も壊滅状態に追い込んでいる。まあ、主力の多くはまだ此処に残してあるから問題は無いが」
仮にも同胞である『鬼神』の勢力が次々と追い込まれているにも拘らず、ペリクリスは至って平静だった。
最初からこの事態を想定していたのか、はたまた同胞の被害も対岸の火事に過ぎないのか、瑛介の目には彼が動揺しているようにも悲観しているようにも見えなかった。
『鬼神』が敗れても自分に危害が及ばない自信があるのか、その真意を測る事は瑛介にはできなかった。
「それはそうと、来客が来たようだ」
「客?」
意味が分からず頭を傾げていると、2人の下に執事とメイドが誰かを伴ってやってきた。
何処か見覚えのある顔立ちをしており、長い白髪を後ろで束ね、着慣れていないのが一目で分かる上等な欧州貴族風の礼服を着ている。
その少年は両脇をメイドに挟まれながら歩き、周囲を警戒しながら瑛介の下へと近付いてゆき、瑛介の姿を目にすると両目を大きく見開きながら声を上げた。
「瑛介!!」
「慎哉!?」
白髪の少年は慎哉だった。
最後に出会った時とは随分と雰囲気が変わった事に驚きつつも、共に拉致されていた仲間の無事に心から喜んだ。
「無事だったのか!って、何だその恰好?それに髪!」
「そっちこ……いや、これは……ハハハ」
「?」
再会を喜び合う2人だったが、瑛介が髪の色の変化について訊ねると何故か目を泳がせながら誤魔化そうとし始める。
再び首を傾げる瑛介に苦笑する慎哉、微妙な空気に包まれる中、未だ読書を続けているペリクリスは視線を動かさずに瑛介の疑問に答える。
「――――『鬼神』の術式により全ての力を封じられているにも拘らず半ば暴走状態を引き起こし白狼化、監禁場所を全壊、見張りに置いてあった霊鬼を喰らうだけじゃ収まらず、他の監視用の使い魔も喰らい続けながら周辺一帯を絶対零度化においた。執事達が着いた頃には300人ほどの兵が氷像となっていたそうだ。もっとも、兵達は全員が《不老不死》な上に、施設も魔術により構築したものだから物理的な損害は軽微だったが」
「……慎哉、何やってるんだお前は……」
視線を逸らす慎哉をジト目で睨む瑛介。
尚、暴走後は駆け付けたペリクリスの側近である執事やメイド達が慎哉を無力化、慎哉は暴走の影響で毛髪が白くなりついでに衣服も襤褸切れになったのでつい先程までメイド達によって強制的に入浴洗浄、着慣れない服を着せられて今に至っている。
「此処は変だ。悪の秘密結社とか関係無しに変だ……メイドが強い……ラノベみたなメイドがマジで居るんだ……」
「おい、しっかりしろ!正気に戻れ!」
一体、慎哉の身に何があったのか瑛介にはわからない。
ただ言えるのは、この場所では自分達の常識は一切通じないという事を再認識できたという事だけである。
「『鬼神』が知れば再度監禁を命じるだろうが、その狂犬を大人しくさせる事は奴の配下には荷が重いと思い、勝手に拾わせておいた。奴の意には反するだろうが、狂犬を舐めすぎていた奴に非がある以上は文句は言わせん。何より、今の奴に『白狼』の相手も務まるとは到底思えんからな。悪いが、残った警戒対象は此方で始末させてもらう」
「狂け……!?お前は―――」
自分がしでかした事が原因とはいえ、ペリクリスに「狂犬」と呼ばれた事に腹だった慎哉は噛み付く様に叫ぼうとし、言葉を途中で止める。
何時の間にだろうか。
今の今まで椅子に座って読書をしていたペリクリスの姿は椅子の上には無く、呼んでいた本も栞を挟まれて椅子の上に置かれ、2人が気付いた時には完全武装した姿のペリクリスが彼らの視界の中に立っていた。
その鋭い視線が2人を貫き、慎哉だけでなく瑛介も言葉が出なくなる。
「――――数時間前より地球世界において“制約”が解かれた。これにより現世での活動に関する制限がなくなり、『白狼』を始めとした彼の世界の神々が我等に対抗するべく動き出した。『鬼神』の働き具合にもよるが、間もなく奴らは此処へと侵入して来るだろう。お前達を救出するべく」
「「!!」」
「このままならぬ事態に《盟主》達は大分苛立っている。想定外の事態が複数の世界で発生し、結社にとっての仇敵が楔より解き放たれた。間も無く因果の糸に引かれ、奴らは此処へ来るだろう。過去の因縁との決着と、嫡子を取り戻す為に」
「は?」
ほんの一瞬、ほんの一瞬だけペリクリスの視線が瑛介にだけ向けられた。
視線を向けられた本人は数秒ほど呆けてしまったが、その後すぐに言葉の意味を理解し顔色を変えていく。
「まさか……」
「来たな」
「「!?」」
思わず相手の襟首を掴みそうになったその時、ペリクリスが小さく呟くと同時に遠くから沢山の爆音が発生する。
――――ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………!!
遅れて多くの怒号や咆哮が大気を轟かせ、強風となって彼らのたつ庭園を駆け抜けていく。
突然の出来事に困惑する慎哉と瑛介。
対してペリクリスと彼に仕える使用人一同は至って平静のまま爆音の発生源を一瞥し、直ぐに視線を元に戻している。
「確率としては決して高い訳ではなかったが、お前達の仲間は随分と大所帯で戦争を仕掛けに来たようだ。まあ、最初に宣戦布告したのは此方側なのだが」
「「まさか!」」
「天雲勇吾は未だ『鬼神』と戦闘中のようだが、残りの戦力の大半が攻めてきたか。それも特大の戦力ばかりを引き連れて」
まだ完全に理解が追い付かない2人を置き去りに、ペリクリスは視線で使用人達に指示を出しながら冷静に現状の把握を進めていく。
彼の広域感知の網には多くの敵対勢力の反応が示され、その中でも特出した戦闘能力を持つ個体のうち2つが自分の下へ向け一直線に向かってくるのが伝わってきた。
それは懐かしい嘗ての宿敵達のものだった。
「――――あの時着けられなかった戦の続き、今日此処で着けさせて貰うぞ。我等の好敵手達よ」
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――『創世の蛇』の界~外縁部~――
時は少しだけ遡る。
『創世の蛇』の本拠地である人工大陸の沿岸部から5㎞沖の海域、此処は《盟主》により創造されたこの世界の外縁部にあたるこの場所には外部との出入りが可能な転移地点の1つがある。
下部構成員の多くはこの外縁部の転移地点から他の世界へ移動し、帰還する時もこの転移地点かを通って本土へと向かう。万が一の侵入者対策の一環である。
これとは別に、大陸本土中央にも転移地点が存在するがこれを利用できるのは幹部階級以上の構成員か、緊急時に一時的に特権を与えられた構成員のみである。帰還する際に追跡者がいても独力で確実に始末できる者のみが利用できるのだ。
話を戻す。
現在、この外縁部の転移地点は厳重警戒態勢が敷かれていた。
通常でも十二分に厳重な警備が敷かれているが、現在は本土の主戦力の2割以上を集中させ、侵入者が現れれば即時排除する手筈が整えられている。
現場指揮官の大半が幹部候補級以上で占められ、他にも《盟主》に従う様々な種族の構成員が警戒に当たっている。
「……」
「……お聞きになられましたか?」
侵入者への警戒が続く中、指揮官の1人が別の指揮官に質問をする。
本来ならば指揮官は各々の担当する部隊の下に居るものだが、彼らの場合は集団の指揮や制御に長けた固有能力や魔法を所有しているので特定の場所に留まる必要は無かった。
移動も転移系魔法で一瞬なのだ。
「サマエル様の「神毒」で封じられていた『天嵐の飛龍王』と『殲滅の剣帝』が参戦したそうです」
「……『蒼穹の覇王』と『龍王の盟友』か。久しく聞いていなかったな」
「『蛇の駆除人』とも呼ばれてましたね。今更ですが、あの者達は異名が多過ぎですね。全て物騒な上に、全部その通りですし。あ、『終焉存在』というのもありました!」
「物騒という割に、貴殿は殺る気に満ちているようだが?」
「当然じゃないですか!その様な猛者と直接殺し合いが出来る機会なんてそうそうありませんよ!大抵はペリクリス様達の獲物になるんですから!」
外見青年の司令官は戦闘狂だった。
『蛇』に入った動機も全ての世界の猛者と命を賭けた戦いが出来るからというものであり、事実、彼は今日まで『蛇』に入る以前とは比べ物にならないほどの頻度で各世界の猛者と戦い続け、気付けば本人の意思に関係なく幹部候補級にまで上り詰めていた。
当の本人は己の戦闘欲求を満たしているに過ぎないのだが。
さておき、色々と個性豊かな『蛇』の戦闘員達は何時来るか分からない侵入者に備えて警戒を続けていた。
この世界に侵入者が現れる事はほんの数ヶ月前まで一度も無かったが、最初の侵入者が現れて以降は全ての転移地点で警戒レベルを引き上げており、侵入者が現れる訳がないと高をくくっている者はこの場には無かった。
「日本の八百万の神々が制約を解いて動いているそうです。一体、何人の神殺しが生まれるんでしょうね?」
「お前にとって、神は全て攻撃対象か?」
「そんな事はありません。同じ神でも戦闘系でない神は食指が動きません。自分の好みは主に軍神・戦神、次いで武神ですね」
「肉の好みみたいだ………気付いたか?」
「来ましたか?」
その変化に気付けたのは壮年の指揮官だけだった。
青年の指揮官は気付けなかったが、ほんの一瞬、転移地点の空間に微かな揺らぎが発生した。
大きな広大な水面に砂粒1つが落ちた程度の小さなものだったが、繊細な探知に秀でた壮年の指揮官はその変化を見逃す事は無かった。
そして瞬時に戦闘員全員に情報が共有され、全員の神経が研ぎ澄まされていく。
指揮官達も武器を抜く。
そして、その時がやってきた。
――――神風怒涛
風が――――吹き抜けた。
備えていた全員の肌を撫でるように風が過ぎ去っていく。
刹那、警備に当たっていた戦闘員全員に戦慄が走った。
だが、その時にはもう全てが遅すぎた。
「「「ぐああああああああああああああああああああああああああああ!?」」」
大絶叫。
一瞬にして8万人を超える戦闘員達が放射状に吹き飛ばされた。
誰一人として抗う事を許されず、圧倒的な力の前に木の葉のように空へと舞っていく。
それでも流石は『蛇』の主戦力というべきか、相手の初手で吹き飛ばされなかった者達は直ぐに体勢を立て直し、早い者は即座に相手の位置を捉えて即攻撃に移っていく。
だが――――
「《螺旋昇龍覇斬》」
何の気配も無く1人の男が海面に立ったのと同時に、海そのものを雲上へと巻き上げる竜巻にも似た現象が発生し、攻撃に移ろうとした者達だけでなく最初の風で吹き飛ばされた者達も巻き込んで彼らの全身を無惨に切刻みながら強制退場させる。
そして更なる追い討ちが防衛線を襲う。
――――天覇咆哮
空からの一閃。
流星の如き一撃が海に放たれ大爆発を起こす。
突風に竜巻に大爆発、直撃を受けた者は例外なく戦闘不能に陥り、直撃を避けた者も大半が防御を紙のように破られ深手を負わされてしまう。
そして一番後方に控えていた指揮官を始めとする最終防衛ラインを守護する者達は爆発により視界を奪っていく水飛沫の奥に浮かぶ2つの影を息を飲みながら捉えていた。
影を見て、誰かが無意識の内に呟く。
「『天嵐の飛龍王』ヴェントル……『戦慄の剣聖』シド=アカツキ……!」
『創世の蛇』の本拠地に、彼らの天敵が襲来した。




