第422話 概念属性
――暗き世界(仮称)――
巫女姿の少女から放たれたドロップキックを、勇吾はモロに受けてしまった。
それはもう、ズゴーン!と。
「グボッ―――!?」
少女の怒りをまともに受けてしまった勇吾は色々と大変な事になった。
『――――愚か者め!もっと早く呼べば良いものを!呆気なく死ぬわ、童を忘れてそこの小童と無駄話をしているわで“カムド”と共に待ち惚けを食ったわ!』
「……わ、悪ぃ…!すっかり『鬼神』の奴に気を取られてた」
『未熟者め!そんな体たらくでは父親を超える事など夢のまた夢じゃ!何の為に妾達がおると思う!?』
「悪い。本当に悪かった」
巫女姿の少女もとい、神剣『布都御魂剣』の意志そのものである布都御魂は激昂していた。
勇吾の腕ごと斬りおとされてから今の今まで忘れ去られていたのだから無理もない。
『まだ戦いは続いておる!直ぐに戦線復帰するのじゃ!』
「そうしたいのは山々だが、この黒焔の拘束が――――」
『ふん!こんな物はこうじゃ!』
スッとフツノミタマは手刀を振った。
直後、勇吾だけでなく蒼空やアルントの拘束も一瞬にして解けて消えたのだ。
「「!?」」
黙考を続けていた蒼空と共に勇吾は目を丸くしながら驚愕する。
『ハァ――――やっと解放されたか』
念話でも無く大人しかったアルントも安堵の息を零すが、それに対してフツノミタマは怒りを露にする。
『貴様も無様じゃぞ。当代の幻獣王!其方が“禁”を無視しておればとっくに抜け出せたものを!』
『無茶を言うな。剣の精よ。その程度の事、奴も想定済みだろ。今こうして会話をする余裕があるのも、ひとえに運が良かっただけだからな』
叱られたアルントは視線をある場所へと向ける。
其処はもうこの世のものとは思えない程の、神々の戦場と言っても過言ではないほどの惨状が広がっていた。
『ギョガアアアアアアアアアアアアアアア!』
『アアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
『キィィィィィィィィィィィィィィィィィ!』
見た目が悍ましい獣達、近い者で例えるならば合成獣に似た巨大魔獣がオウキと共に戦場で暴れており、獣達は主にクロウ・クルワッハに襲い掛かっていた。
傍目から見ても龍王クラスではないかと思われるその強さに、もし自分達の処にも来てたら不味かったかもしれないと勇吾達は思った。
『流石の奴も、今はあの2人の相手で手一杯なんだろう。何しろ。この後には更なる難敵が待っていると想定しているんだろうからな』
『『天羽々斬』の主か。確かに彼奴らも相手をしなければならぬと……って、そうではないわ!幻獣王よ、何故さっさと“禁”を破らぬのじゃ!そうすれば多少は違ったであろうに!』
『お前……俺にだけ禁忌を犯せと?それを言うなら、貴様が勇吾に全て話せば済む話だろうが?』
『ム……!それはそれじゃ。妾は主に呼ばれねば話す事もかなわんのじゃ!常時喋り放題の貴様が言うべきなのじゃ!』
「「待て!何の話をしている!?」」
何故か喧嘩腰な2人の会話に勇吾と蒼空が待ったを入れる。
「布都御魂!一体何の話をしている!聞くからに、人間には知られてはいけない禁忌の情報の話みたいだが……」
「アルント、説明しろ?もしや……」
『お主がそこの小童と話とった“未知の属性”の話じゃ。結論から言えば、それは存在する。ただし、盟約により神ならざる者共には教えてはならん禁忌となっておる。理由は、その身を以って知っておるの?』
「強過ぎる、だろ?」
『うむ!』
勇吾の回答に「流石に解っておるの」「解ってなければ絶交じゃった」と機嫌良く頷くフツノミタマ。
『“未知なる属性”――――妾達は便宜上それを「概念属性」と呼んでおる。読んで字の如く、特定の概念そのものを司る属性じゃ』
『広義的には基本12属性も概念属性とも呼べるが、俺達の間では「通常属性」と分けて読んでいる。通常、人間はどの世界においても通常属性しか持っていないから問題無いが、極稀に後天的に概念属性を発現させるものも少なくは無い』
『身近な者でいえば、丈の祖父じゃな。剣の中から幾度か見ておったが、あの曲者は確実に持っておったし理解もしておる。《神眼》の御蔭じゃな』
「ああ……やっぱりな」
『後は、あのシドという剣豪じゃ。あれは相当な傑物じゃな』
「!」
「……成程。オウキと同種の力を持っていたのか。道理で《眷属》も潰されるわけだ」
フツノミタマの爆弾発言に勇吾は目を丸くし、蒼空は得心がいったと異なる反応を見せる。
そして話は進む。
概念属性は通常属性に比べて強力である一方で使いこなし難く、下手をすれば甚大な被害を及ぼす代物である為、神や龍王、幻獣王といった一部の領域に立つ者達が過去に話し合って禁忌に指定してその存在を教える事を例外を除いて固く禁じたのだという。
その例外というのは、後天的に自力で発現させた個人――神話に登場するような英雄等――に限っては秘密厳守の制約を課した上で情報を与えてもいいというものだった。
ちなみに、人間を辞めてしまった者に関しては今の処縛りは無いらしい。
「そうか」
『話は戻すが、あのオウキという異世界人はもまた“鬼神”“信仰”という概念属性を持っておる。それに加え、暗黒神と融合することで“暗黒”“破壊”“創造”の3つの概念属性も扱えるようになってる上に、それらを属性融合させてさえておる。流石にこれは通常属性全てを属性融合させても敵わん』
各属性の詳細については説明は省くがと付け加え、簡潔には彼の神の権能を含めた特徴そのものだと言って概念属性に関する説明を終えた。
だが、概念属性の存在を知ったからと言って何の打開策は思い浮かばない。
『『あるぞ?』』
「「え!?」」
にも拘らず、フツノミタマとアルントはあっさりと覆す。
『簡単じゃ。敵と同じ事を、概念属性を持つ者と融合――――武装化すれば良いのじゃ。この幻獣王のようにの』
「――――そうか!概念属性には概念属性で……なら、もしかして布都御魂も?」
『察しが良いのう。妾にも“神剣”“神聖”、それと“滅龍”といった属性がある』
「――――!まさか、『滅龍神器』というのは!」
『うむ。“滅龍”という概念属性を持った神器を『滅龍神器』と呼ぶのじゃ。そして妾はこの属性を余所の神器から剣性を複製することで獲得した』
『だからだろう。布都御魂剣の力を把握している『鬼神』は万に一つの危険も冒すまいと、剣の方ではなくお前の両腕を先に斬った』
「……」
脳裏に一度死ぬまでのやり取りが再生される。
思い返せばあれ程の死闘にも拘らず、勇吾はオウキの黒焔の剣と刃をまともに交えていない。
布都御魂剣は刃を交えた他の刀剣の能力を複製し獲得する力がある。
その力をオウキも知っていたのだろう。
下手に危険を冒すまいと直接刃を交えず、トドメを刺すより先に両腕を斬り落としたのも急所を刺す時に剣で防御され、その際に剣性を複製される可能性を避ける為だと考えれば納得できた。
魔剣グラムから“滅龍”の属性を獲得することで滅龍神器の力を獲得したように、もし黒焔の剣と布都御魂剣が交えていれば剣の持つ概念属性を獲得していたのかもしれない。
「――――で、腕を斬りおとした後に直ぐに剣を始末しなかったのも何が切っ掛けで力を複製されるか分からなかったからか。まあ、回収される前にトドメ刺されたけど……」
『未熟者なのじゃ!』
『否定は出来ないな』
「アルント、あっさり無力化された俺達に言う資格は無いだろ。それはそうと、話の流れからするとお前も持ってるんだろ?」
『……ああ』
蒼空のツッコみの後の質問に対し、僅かに間を置いてから肯定する。
その答えだけで納得したのか、蒼空はそれ以上アルントを追求せず「そうか」とだけ返した。
『概念属性は高位の神はほぼ全員持っておる。龍族でも神龍に至った者ならば王でなくても持っておる。当然、黒王もじゃ』
「けど、黒は……」
『海神も主の身代わりになってしもうたからのう。妾達だけでは未だ心許無い。どうしたものかのう~』
「それ以前に、条件が同じになった処で優勢になれる保証は無いがな。そもそもな話、今知ったばかりの属性を直ぐに使いこなす事など、余程の規格外でもなければ無理だろう。黒王なら同調すれば可能だろうが、布都御魂剣だと同じ様にはいかないだろう?」
「確かに付け焼刃も良い処だな。けど、このまま――――」
幾ら今は対等に渡り合っているとはいえ、シェムハザとクロウ・クルワッハ(分身)だけのオウキを倒すにはまだ厳しい。せめてもうひと押しが欲しい。
そう、勇吾は蒼空に言おうとした。
その時だった。
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一方、自ら創造して生み出した世界を崩壊させるほどの攻撃を出し続けながら闖入者の2人と戦い続けている『鬼神』オウキには若干の余裕が生まれ始めていた。
戦闘開始当初は事前情報よりも力が増しているシェムハザとクロウ・クルワッハに勇吾達以上に警戒を配り、確実にダメージを与えられる攻撃や戦術を選んでいたが、次第に優勢になるにつれて精神に余裕が生まれ、力の消耗も想定よりも抑えられ始めていた。
(金の龍神の方は分身体の事もあってもう長くはもたないだろう。シェムハザの方はアザゼル以上に厄介だったが――――もう底は見えた。契約者も無しにどうやって此処まで力を発揮させられたのか気になったが、成程、擬似的に契約者が存在する状態を維持する術式を開発したか。だが、そのような裏技程には限度がある。他にも手札があるようだが、此処までだ)
分身体であるクロウ・クルワッハは本体と離れすぎている事と、分身であるが故に本体よりも力が劣っているのでそれほど脅威ではなかった。
今の本体であれば極めて厄介だったが所詮は分身、本体からの力の供給が無ければその質を維持することも困難である事は必然であり、鑑定系能力でも解析したが本体の様な非常識な能力をこの分身体に限っては持っていない。
元よりこの隔絶された世界に侵入することに力を割き、尚且つ最優先する目的が勇吾達への救援だったので戦闘力は二の次だったのだろうと判断した。
そういう意味では本体そのままのシェムハザの方がオウキにとっては厄介だった。
堕天使の長にはシェムハザ以外にもアザゼルと呼ばれる者も居たが、今のシェムハザの強さはそのアザゼルを凌駕する者だった。
天使と同様、通常は契約者や憑代が居なければ十二分に力を揮う事が出来ない堕天使である筈のシェムハザは独自に開発した術式で擬似的に契約者の代用品を生み出しているのだと、その目を妖しく光らせながら看破していた。
だが、それはあくまで代用品に過ぎず、何処かに無理が生じてしまう。
結論から言えば、オウキはこの術式を直接破壊する術を既に戦いながら生み出していた。
惑星を複数破壊――即席で創造したので地球よりは二回り以上小さい惑星だったが中心核も含めてオウキの攻撃の道具とされて消滅した――する程の力を消耗したが、今は回復速度に追いつく程度にしか魔力を消費していないので問題は無かった。
(――――此処までだな)
無論、優勢になったからと言って油断はしない。
数多くの修羅場を潜ってきたオウキからすれば、手負いの獣や追い詰められ過ぎた弱者が油断ならない事は最早常識であり、最後に敵味方関係無く巻き込んで自爆する等定石とすら思っている。
特にクロウ・クルワッハは分身体であり、最新情報の厄介さからも最後に手痛い攻撃をするのは容易に想像できた。
だからこそ、生まれた余裕を無駄無く有効活用しながら決着を付けようと動く。
『一つ訊く。何故、お前達はあの者達に中途半端な助勢をする?』
周囲に大小無数の黒い刀剣が何重もの円を描くように出現する。
その刃先を敵に向けさせたまま、唐突にオウキは2人に対して今更の様な質問をする。
無意味な質問とも取れるが、実際には相手の思考を僅かでも乱せれば重畳という考えがあった。
『俺は“白”の奴に頼まれただけだが?』
『例え僅かな物でも借りを何時までも残すつもりは無い』
対して2人は隠す事無く答えた。
クロウ・クルワッハは『白の龍皇』アルビオンに要請された為、元より個人的にも『創世の蛇』に対して因縁のあるからという理由もあったのだろうとオウキは察した。
シェムハザの方もアメリカの一件でのやり取りを借りが出来たと思っていたのだろう。
良い機会だから借りたものを返そうと思って自発的に動いたのかと推測した。
オウキ個人にはどうでもいい事情ではあったが。
『成程。――――残念だったな』
『『!』』
オウキは動く。
周囲に出現させた刀剣と共に一瞬にして100以上に分裂し、多少のズレを入れながら刀剣を一斉に放ち、同時に空間を操作して相手との距離を詰める。
(まずはお前だ。龍神)
最初に狙ったのはクロウ・クルワッハだった。
だが、普通ならば反応できないオウキの動きに反応したクロウ・クルワッハはすかさず避けて尾でカウンターを放とうとする。
(それも囮だ)
『なっ――――』
何が起きたのか分からないという表情をクロウ・クルワッハは見せた。
直後に起きたのはクロウ・クルワッハの肉体の崩壊、分身体だったそれは純粋な魔力エネルギーに分解され形状を維持できずに崩れ去っていった。
『自ら宣言した通り、大人しく消えるがよい』
『………(ニヤリ)』
不敵な笑みを残しながらクロウ・クルワッハの分身は消滅した。
オウキは気にせずに、次はシェムハザを狙う。
『――――《暴走加速》』
放ったのは攻撃ではなく付与、シェムハザの特定の時間を急激に加速させていく。
そして、急速にシェムハザの力は減衰していく。
『……偉大なる時間』
シェムハザは目を細めながら呟いたのは、オウキが纏う神の名前の別訳だった。
「カーラ」とはサンスクリット語で「暗黒」以外にも「時間」を意味する言葉であり、その名の通りマハーカーラには時間に干渉できる権能も存在したようだ。
それによりシェムハザの防御を貫通させるほどの加速効果が発生した。
『お前の術式には時間制限が存在する。流石に1日2日できれる事は無いのだろうが、その術式の時間を加速させれば直ぐに時間切れだ』
『……大した男だ』
シェムハザではなく、彼の強さを維持し続けている“術式の時間”を急激に加速させ時間切れにした。
あれだけの激戦を繰り広げながらも冷静に相手の弱点を看破した事に、シェムハザは素直に称賛の言葉を贈る。
それを受け止めたのか無視したのか、オウキは迷う事無くトドメに移る。
『お前の権能、我等の大命の糧として使わせてもらう』
そう宣言した直後だった。
〈―――――――――――!!〉
『――――――――何!?』
オウキは嘗て無いほどの動揺を見せた。
概念属性については別作品でも終盤に登場しましたが、こっちでは滅多に存在しない扱いです。簡単に手に入れられたらその人は人外です(笑)




