第420話 死
――???――
勇吾達は別世界に立っていた。
空は無限の星空が広がり、下には大海原ではなく果てしない大地が広がっていた。
「これ――――」
疑問を口に出すよりも遥かに早く、三叉槍が勇吾の喉元目掛けて襲いかかってきた。
直後に幾つもの魔法、蒼空が予め仕掛けていた百近い術式が発動してオウキの邪魔をするが、その全てが効果を発揮するよりも早くガラスのように砕け散って消滅する。障害が無くなった槍は一直線に獲物の首を穿とうとした。
――――エッケザックス!
勇吾は心の中で大声を上げる。
それと同時に何もない場所から少年の体には不釣り合いな程の大剣が突き上がり、槍の穂先と衝突して凄まじい火花を生み出した。
「――――今!」
誰かが叫んだ。
そして激しい攻防が始まる。
火花を隠れ蓑に勇吾は分身を十数体生み出して跳び、無数の鎖と刀剣を出現させて乱舞し、その間を縫うように蒼空の魔法が抜けてオウキへと襲いかかっていく。
同時にアルントの風と幻影を組み合わせた攻撃も戦場を踊るように暴れていった。
「――――効くか」
「「『!!』」」
一閃。
漆黒の軌跡が3人の中を走り抜けていった。
直後に舞う、3人分の血飛沫。
「………っがは!?」
『こっ……!!」
「化け……っ物が……!!」
勇吾には一瞬だけ見えた軌跡以外、オウキの動きが一切見えなかった。
ただでさえネレウスとの武装化が解除され戦闘力が格段に下がった状態での負傷、属性攻撃に対して高い耐性があるにもかかわらず、無視するように深手を負わせる『鬼神』オウキの強さに対して初めて戦慄を抱き始める。
しかし、此処で折れる訳にはいかないと神剣を握る手に力を込め立ち上がろうとする。
が、
「無駄だとわからないか?」
「ああああああああああああああっ!?」
抗う全ての行動を踏み潰すと告げるかのように、勇吾の利き腕は黒焔の剣により切り落とされる。
嘗てないほどの激痛の前に彼は絶叫しながらアルントの背中に倒れる。
ステータス上の耐性が一切意味を成していなかった。
まるで紙をナイフで裂く様に斬られた彼の右腕が視界の外へと落ちていくのを眺めながら、勇吾はグッと歯を食い縛りながら全身を襲う激痛に耐える。
「――――随分と時間をかけさせてくれたものだ。お蔭で大分魔力が減ってしまった」
視界の端にオウキの足が映る。
勇吾は反射的に残った手で神度剣を振るおうとするが、激痛のせいで剣筋は揺らぎ、何より力も早さも格段に落ちていた。
そんな剣がこの相手に通じる訳も無く、彼の剣はキン!と相手の剣に弾き返されてしまう。
「無駄だと、何度言わせれば解る?」
そして残った腕も呆気なく斬りおとされた。
「――――――ッッ!!!!」
「《ステータス》に頼った処で無駄だ。根本的な処をお前達は勘違いしている」
「……?」
「根本的?」と訊こうとするが口が開かない。
気付けば勇吾の全身をオウキの剣から放たれた黒焔が拘束し、顔も口を塞がれて言葉を吐けないようにされていた。
だが表情に出ていたのか、オウキはその疑問に少しだけ答えた。
「闇属性ではない、ということだ」
「!?」
「それ以上は死に逝くお前達に語る必要は無い」
勇吾は目を丸くた。
オウキの纏う暗黒神の黒焔はその特徴から見ても闇属性だと確信していたのが一瞬で否定されてしまう。
(闇……じゃない?なら、融合属性……いや、それよりも今は……)
混乱しそうになるのを抑えながら、どうやって今この状況を打開するか思考を巡らせていくが、考えれ考えるほど今のこの状況がどれ程悪いのかを理解させられてしまう。
自分を背に乗せているアルントは何時の間にか完全に自由を封じられ、その周りは何柱もの鬼神が囲んでおり、その中の1柱は蒼空を宙に張り付けにして押さえ込んでいる。
引き離された黒王とも未だ合流するどころか《念話》で連絡を取ることすら出来ない。
そして自身は両腕を斬りおとされ身動きが取れない。
元より勇吾は『鬼神』オウキに単身で勝てるとは思っておらず、あくまで“その時”までの時間稼ぎ、一番厄介な敵を地球世界に釘付けする為の囮役を努めるのが1つ目の役割だった。
だが、その役割は最後の処で果たせなくなりそうだった。
「話はもう終わ――――」
『――――オウキ!ソイツのトドメを寄越せ!それだけは譲れん!!』
オウキの言葉を遮り、鬼神の1柱ナラカが吠える。
勇吾達に恨みを持つナラカは自らの手でトドメを刺そうと割り込んできたのだ。
それに対し、オウキはナラカへ視線を向けず、しかしトドメを刺す手を止めて意識だけを向けているのが勇吾にも分かった。
『おい!その小僧を――――』
「阿修羅――――――還れ」
『なっ――――やめ――――ッ!!』
世界の全てが凍り付くような声だった。
勇吾自身も全身が凍り付きそうな錯覚を覚える中、オウキの背後に立っていたナラカを始めとした一部の鬼神達、アスラ神族の神々に異変が起きる。
全身が仄かに光る砂のように崩壊し、その砂塵は竜巻となって空に舞い上がって渦を巻きながら一つにまとまっていく。
そして一筋の奔流となって真下に流れ込み、瞬く間にオウキの体内へと吸い込まれていった。
その直後、オウキの全身を包み込んでいた魔力が一気に膨れ上がった。
「口煩い駒は要らぬ」
周囲に重い緊張が走る。
残る鬼神達、羅刹と夜叉から恐怖に似た感情が伝わってくる。
オウキは鬼神達を完全に支配下に置いているのだと改めて思い知らされるのだった。
(鬼神達に分散させていた力を回収したって事か……。にしても、出血は気の操作で止めてはいるが、このままだと流石にマズイ……)
追い込まれている中でも状況を分析し続けるが独力で打開する術が思い浮かばない。
「――――でその目はまだ諦めていないようだな。父親同様、根性はあるようだが実力が足りなければそれも無意味だな」
「……っ!?」
「簡単に動揺を見せるな」
不意に出された“父親”という言葉に思わず動揺してしまい、そこを容赦なく突かれてしまう。
振り下ろされる凶刃、今の勇吾には回避が不可能だった。
黒焔の剣が振り下ろされるまでの僅かな時間の中、勇吾はせめて急所だけを死守しようと魔力と闘気を集中させていく。
「無駄」
だが、その抵抗すら踏み潰すように剣は勇吾の体を貫く。
刺されると同時に全身の魔力と闘気が体外へと流出してゆき、それが残らずオウキの中へと流れ込んでいくのを消えかかった意識の中で見ていた。
(クソ……あと、あともう少しだったのに……)
生に対する執着が無くなった訳でも諦めた訳でも無い。
しかし、目の前まで迫った死に対する恐怖よりも、役割を中途半端に終わらせてしまう事に対する後悔が真っ先に湧き上がってくる。
あと少しだった。
あともう少し、“その時”に至るまで時間を稼げれば大成功だったというのに――――
「――――魂諸共消えるがいい」
心臓の鼓動が弱まっていく。
勇吾の命の灯が、今まさに消えようとしていた。
「さらばだ、我等の“敵”よ」
そして、勇吾の意識は闇の奥底へと沈んでいった。
どこまでも、どこまでも深く――――
『――――まあ、普通の人間は死ぬよな。こう言う場合は。俺の契約者が例外過ぎるだけで!』
『……誰の話をしているのかは知らないが、確かに普通ならば此処で終わっているところだろう。過去に『鬼神』に敵対した者達ならば』
誰かが勇吾の意識の手を掴み、力ずくで引き上げていった。
温かい、黄金の光が差す場所に向かって。
まだ終わってはいないと彼に告げるように。
そして、その先で彼が最初に目にしたのは――――
「次から次へと……それも、お前達か」
隠しよう無いほど苛立ちに満ちたオウキの顔と、彼と対峙する2つの影だった。




