第418話 復活の鬼神
古代インドの神話において「鬼神」には複数の種類に分けられる。
1つは軍神インドラ率いるデーヴァ神族と争った末に負けた「阿修羅」。
2つ目は軍神インドラを退けるも維持神ヴィシュヌの化身であるラーマ王子に負けた「羅刹」
3つ目は羅刹と争っていた毘沙門天を王とする「夜叉」
これらの多くの鬼神は後に仏教に取り込まれ仏教を守護する善神として扱われ、また別の宗教では守護神や正義の神として祀られているものも存在するが、多くの場合で鬼神とは破壊や滅亡、死を司る闇の神として扱われている。
人々を守護する正義の神であり、同時に破壊と死を司る闇の神、鬼神は正反対とも言える2つの顔を持つ神なのである。
「数と質、両方で攻めてきたか……!」
100を超える鬼神の軍勢の前に息を飲む。
『鬼神』の周囲には古代インドに縁を持つ数多の鬼神が顕現していた。
その中には見覚えのある神の姿も複数あった。
「奈落の神に不死の神!?奴らは俺達が討滅した筈だろ!」
顕現した神の中には以前起きた《大罪獣》事件の際に遭遇した悪神達の姿もあった。
彼の事件の際に確実に討滅したにも拘らず、彼の神々は何も無かったかのように五体満足とした姿、いや、以前よりも明らかに力の増した姿で立っていた。
勇吾は『鬼神』の方に視線を向ける。
「全ての鬼は我が従僕。幾度滅ぼされようとも、支配者たる我が身がある限り、幾度でも黄泉返り我が剣となる」
「……あの時点で既にお前の支配下にあったってことか!」
〈そして、例え討滅されたとしても直ぐに復活させる……か〉
「神は基本的には不滅だが、再度復活するまでには相応の時間がかかる。神格の高い神なら尚更……それを短縮、いや限りなくゼロにする力か!」
「答える義務はない。何より、お前達は此処で――――死ぬ」
勇吾を冷たく見下ろしながら、『鬼神』は錫杖を縦に振る。
まるで処刑の合図の様に。
――――シャン!
そして100を超える神が雪崩れ込み、『鬼神』の姿は大軍の影に消えていった。
その全員が“戦いの神”でもある鬼神の軍勢は即座に加速して勇吾の視界から消え、炎や雷、風や氷といった様々な自然の力を暴力に変えて放ち、他にも神話の中に登場する神々の武器『神器』を最初から抜いて振り下ろしてくる。
これだけの数の神が同時に攻撃を行えば互いが邪魔になりそうになるのだが、驚くべき事に味方同士で体が衝突しそうになっても幻の様にすり抜けていき、攻撃も衝突して消えたりする事無くすり抜け、中には衝突した攻撃同士が融合してより強い攻撃になって襲い掛かってきた。
これには勇吾達も驚愕を隠せない。
「……マジか!!反則級の能力じゃねえか!?」
〈愚痴を吐いてる暇は無いぞ。敵は一切容赦はせず殺しに掛かっている〉
「かってるって!」
あれは十中八九、固有能力の類だろうと頭の中でネレウスが呟くのを聞きながら鬼神の軍勢を相手に剣を振るっていく。
多対一の戦闘が苦手という訳でも無く、むしろそう言った状況を想定した訓練を日々熟してきた勇吾は自分も分身を沢山生み出して鬼神の軍勢に善戦していくが、只でさえ『鬼神』によって数段階強化されている上に、敵は同士討ちが皆無になるという有利な状況にあるので必然的に勇吾は追い詰められていった。
『ハハハハハハ!久しぶりだな、人間の小僧!』
「……ナラカ!」
『あの女神も近くに居るな?あの時の借りも含め、たっぷりと甚振ってやる!』
(此奴!自我が消されていないのか!?)
鬼神の1柱、悪神ナラカは数ヶ月前に倒された事を根に持っているらしく、追い詰められていく勇吾の姿を見て嬉々としていた。
そして過去の恨みを晴らすべく勇吾の首を斬りおとそうとする。
そこへ、獲物を横取りするように1頭の巨大な獅子が割り込んでくる。
『貴様の首は我の物だ。同胞とはいえ、これは譲らん』
『邪魔するなマヒシャ!』
『邪魔は貴様だ。契約上、奴の意には従うが、貴様の都合に付き合う必要は無い』
獅子に化身した悪神マヒシャはナラカの凶刃を阻み、それに苛立ったナラカは躊躇なくマヒシャごと勇吾を斬り捨てようとする。
だが、同士討ちが出来ない状況なのでナラカの攻撃はマヒシャを傷付ける事無くすり抜けていき、勇吾も紙一重で避けた。
『チッ!面倒な制約だ!』
『バカな同胞だ。そしてそれはお前も同じだ小僧。この圧倒的な力の前で抗うなど、無意味と知れ!』
「マヒシャ……!」
『今度は女神の助けも無い。奴の首も欲しかったが、アレはラーヴァナにくれてやる。貴様の相手は我だ!』
勇吾自身に私怨を抱く2柱の鬼神は我先にと襲い掛かってくる。
必死に抵抗するが、マヒシャは「女性以外には殺されない」という限定的な不老不死の体を持っており、前回も女神であるジルニトラの力を借りる事で討滅することが出来た。
だが今回、頼みの綱であるジルニトラは黒王と共に引き離されており、不死身であるマヒシャを倒す術が無かった。
直ぐに合流するべきなのだが、それを目の前の鬼神達が許す筈が無かった。
『合流は不可能と思え!』
「そうかよ!」
『ム!』
『何!?』
勇吾の全身から膨大な魔力が爆発する。
(ネレウス、お前の力を俺に全部寄越せ!)
〈寄越せとは、随分と強気になったものだな。良かろう。元より今のこの世界は古の制約より解放されている。好きなだけ力を持って行け。そして、京や『黎明の王』の時と同様、存分に戦え〉
(言われるまでも無い!)
〈フッ……〉
ほんの数ヶ月前とは別人のように強気になった契約者に笑みを零しながら己の力の全てを託していった。
同じ海の神であるポセイドンに比べると神格こそ低いがネレウスもまた海洋を司る神の1柱であり、その力は海の力そのもの、四方を海に囲まれたこの場所でなら十二分に発揮できる力である。
そしてその膨大な力が勇吾の中で彼自身の力と共に1つに融合されていく。
「属性融合」――――複数の属性を融合させる高等技法であり、勇吾はここ最近の修業の末に神も含めた他者の力も効率よく融合させる技術を身に付けており、それはネレウスであっても例外ではない。無論、一番相性の良い黒王との方が精度は上であるが、それでも絶大な力を彼に与えてくれる。
「《偉力合一》!」
『『『!!』』』
その瞬間、ナラカとマヒシャだけでなく、彼の分身を相手にしていた他の鬼神達も勇吾に反応し視線を向けた。
視線の先には、何処までも澄んだ海色の魔力を身に纏い、瞳の色も魔力と同じ色に染まった勇吾の姿があった。
その姿を目にして何柱かの鬼神は、強化されているにも拘らず後退ってしまう。
「――――行くぞ!」
『『なっ――――』』
直後、鬼神達は勇吾の姿を見失ってしまう。
それは即ち、一瞬で神の速度を凌駕したということだ。
そして速度に比例してその一撃の重さは増していく、
「――――《夜斬り-双-》!!」
『がああああああああああああああああああ――――ッッ!?』
一瞬でナラカの腕が全て斬りおとされた。
次いで他の鬼神にも襲い掛かる。
「《海刃暴嵐》!!」
全方位から海色の海色の斬撃が嵐となって鬼神の軍勢へと襲い掛かる。
ある鬼神は避けようとするが勇吾の分身に邪魔されて回避することができない。
そこでその鬼神は気付く。
既に半数近くが消えた数十の分身達もまた本体と同様に海色の魔力を纏っている事に。
分身達は本体に同調して強くなっている事に。
『―――――っ小僧が!何!?』
怒りで頭が沸騰したナラカは口から高密度の魔力を発射する。
特大の光線となって発射されたそれは、勇吾が暴れている場所を海ごと抉って弧を描きながら空へと上っていった。
「《海神太極閃》!!」
だが直後に海色の螺旋がナラカを近くにいた鬼神達諸共飲み込んでいく。
「縛れ!布都御魂剣!」
分身も含め、勇吾は海に神剣の片方を突き刺しながら叫んだ。
すると海面から無数の鎖が一斉に飛び出し、鬼神達を拘束するべく襲い掛かる。
大技を受けて負傷したナラカは一番最初に拘束され、他の鬼神達も半数近くが体の一部を拘束されていった。
そして鎖の効果が発揮される。
『クッ……力が……!』
『封印か!?』
鬼神達の力が急速に減衰していく。
布都御魂剣の鎖の効果により封印が始まったのだ。
「幾ら殺しても復活するなら、封印するしかない」
鬼神達は何度でも復活する。
主である『鬼神』が健在である限り何度でも。
「だけどこれも一時凌ぎだ」
内側からは破れなくても外側からなら封印を破ることは不可能ではない。
「だから、封じている間にお前を――――」
勇吾が分身達と同時に動く。
その先に居るのは冷徹な眼で勇吾達を見下ろす『鬼神』だ。
だが、それは《幻術》で作られた囮の1つであり本体は別の場所に居ると勇吾は見抜いていた。
そして勇吾の剣は正確に標的を捉え――――
「――――斬る!」
鬼神の1体の中に隠れている『鬼神』本体を斬った。
敵は同士討ちが出来ない状況下にあり、例え味方同士でぶつかったとしても互いの体をすり抜けていく。
これを利用すれば鬼神の中に隠れることも可能だと、相手能力に気付いた段階で考えうる戦術の1つとして予想していたのだ。
そして予想は当たり、鬼神ごと『鬼神』の本体を無数の斬撃が襲――――
――――稚拙だな
冷徹な声が大海原に響き渡る。
勇吾の攻撃は『鬼神』本来に届くことは無かった。
代わりに、勇吾の体を漆黒の焔が矢となって貫いた。




