第415話 接触、そして開戦
――日本 九州南西部――
「『!!』」
勇吾と黒王は同時に反応した。
自分達が今居る場所より遥か西の方角から並々ならぬ気配が発せられ、それは遠く離れた日本にいる2人にの下にまで届いた。
その気配の主を2人は直ぐに確信した。
「……ここまでかよ。しかも、これでもまだ全開じゃない」
『越えてきた修羅場の数と質の違いだろう。だが、確かに今まで見てきた人間の中でも格が違う。これ程の覇気を持つ人間は、それこそこの世界では人の指で数えられる程度だろう』
「誰とは言わないんだな?」
『言わなくても解っているだろう』
誰の事を言っているのか、それは2人ともあえて口に出さない。
下手に出せば面倒事に飲まれると確信しているのだから。
『他の者も順調に進めているようだな。空の色も若干ではあるが和らぎ始めている』
黒王は今朝よりも赤みが引いて来た空を見上げながら、世界中から敵の気配の数が急速に減ってきているのを感じ取っていた。
同時に、自分達に向かって急速に接近する、一番強大な敵の気配も捉えていた。
それは勇吾も同じだった。
既に彼は敵を迎え撃つ準備を整えていた。
「――――魔術の女神」
勇吾がその名を呼ぶと、彼の背後に巨大な影が現れ中から黒王に引けを取らない大きさの黒龍が出現する。
『私を最初から呼ぶなんて珍しいわね?女神に飢えているのかしら?」
「熟女は対象外だ。それに異性なら既に間に合っている」
勇吾、さり気無くリア充宣言である。
現在独身期間の長い(*神基準)のジルニトラにとってはあまり触れられたくない、というより自分で話題を振っておきながら言い返されて逆ギレしそうになる。
『あ゛!?』
『勇吾、からかうのは別の機会にしろ。ジルニトラも場を弁えろ。――――来るぞ』
「!」
『ちょっと!……覚えてなさいよ。もう』
このまま喧嘩に発展しそうになるが、黒王の言葉でジルニトラも頭が冷えたのか前の方へ集中する。
現在、勇吾達は九州の北西部の東シナ海を臨めるとある海岸付近を低空飛行しながら“敵”が来るのを待ち構えていた。
海岸周辺に暮らす住人達には既に(半ば強引に)避難をするように勧告し、老人などの移動できない一部の人々は強制転移等で避難を済ませてあり、現状ではこれから起きる戦闘での民間人の被害は最小限に抑えられるようにしてあり、あとは敵を待つだけだった。
視線の先、水平線の向こうには未だに敵の影は視えないが、黒王の瞳は“敵”の姿を確かに捉えていた。
『…………自身の姿と気配は消せても、その身に纏わり続ける怨念は完全に消し切れていないぞ。―――『鬼神』』
その位置を睨みつけ、黒王は漆黒の息吹を放った。
「やれ!ジルニトラ、海洋の神!」
勇吾も合図を出す。
黒王の真上にいたジルニトラは自身の目の前と海の上空に巨大魔方陣を出現させて多重属性――複数の属性を融合させた力――による広域殲滅魔法を放ち、海面からは海水による無数の竜巻が突き出して、その場所へ猛攻を仕掛ける。
そして、隕石が墜落したのでは思わせる大規模な爆発が海上に発生した。
――――シャン!
耳元に錫杖の音が届いた。
まるで直ぐ近くを修行僧が通り過ぎたかのように聞こえるその音は、勇吾の意識を一瞬だけ海から逸らす。
彼の背後に人影が現れたのはその直後だった。
――――シャン!
次に錫杖の音が聞こえた瞬間、彼の真横から暗い影が襲い掛かってきた。
常人の嗅覚を狂わすほどの死臭を放ちながら。
『―――――意識を逸らされる事と、無防備になる事は別よね』
ガゴン!という轟音と共に、勇吾を潰そうとした拳はジルニトラが出した障壁に阻まれて止まった。
それと同時に勇吾の鋭い一閃が逸れの拳を斬る。
「――――ッフウ!あれが直撃してくれれば楽だったんだが!」
『そんな上手い話はそうそうないわよ』
「その通りだな。けど、初撃は防いだ」
先制攻撃は不発に終わった。
狙いこそ外してはいなかったが、相手の何らかの術か能力によって回避され、逆に此方側が大きな一撃を貰う処だったが予め想定していた通りなので無事に防ぐ事が出来た。
だが、初撃を防いだ程度で安堵できるほど今回の相手は生易しくは無い。
――――シャン!
『来るぞ』
「ジルニトラ!」
『分かってるわ』
ジルニトラは周囲に沢山の魔方陣を展開させ攻撃魔法を乱舞させていく。
勇吾も両手に神剣を握り締め、耳に直に届く錫杖の音に今度は惑わされずに敵の位置を探りながら斬撃を放っていく。
海面からも何本もの水柱や氷柱が立ち上っていき、黒王は急上昇しながら海上目掛けて闇の砲弾を連射していった。
(――――そこだ!)
敵の位置を勇吾は捉えた。
相手の気配ではなく、相手に付き纏う怨念を中心に探りつつ黒王とジルニトラの攻撃で相手の移動範囲を絞っていく。
単純な策ではあるが、今は下手に複雑な策よりも高火力を利用したシンプルな戦術の方が有効であると彼は考えていた。
そしてその考えは間違いではなかった。
勇吾の剣が相手の武器と交わる。
「成程、『幻魔師』と『神話狩り』の言葉は過言ではなかったか。確かにお前達は我等が《盟主》の“敵”になりえる危険因子だ。大命の為、この場にて抹殺する」
「お前が……『鬼神』!」
勇吾の2本の神剣を錫杖1本で受け止める白衣の男。
その姿を目視すると同時に桁違いの覇気が勇吾に向かって降り注いできた。
同じ《眷属》でも『幻魔師』や『神話狩り』とは異なる覇気は、勇吾の精神を急速に削る様に奔流となって襲い掛かるが、今の勇吾には格上の覇気を浴びた程度で慄く程軟ではなかった。
「――――はあああああ!!《双黒覇》!!」
「ほう」
剣に力を籠め相手を押し飛ばした。
神剣から放たれた衝撃を受ける『鬼神』だが、傷どころか白衣にすら疵が付いていなかった。
その一方で、相手の『鬼神』は感心したような声を漏らしていた。
「非常に残念だ」
「……」
「抹殺対象でなければ、もう少し楽しめられたのだが……」
「!」
急加速して『鬼神』から離れる。
だが、僅かに遅かった。
「羅刹――――《千手万華》」
回避不可能な千の魔手が勇吾に遅いかかった。
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――ロシア――
一方その頃、勇吾達の居る日本から遠く離れたロシア中央部では取扱要注意の2人組が極寒の大地を舞台に大騒動を繰り広げていた。
「ハッハッハッハ!虚空の巨神の怒りをその身に受けよ!《虚空より降り注ぐ巨神の憤怒》ッ!!!!」
『え~と、めんどいから皆消えろ~!《白銀の怒涛息吹》!』
「残念!それは残像だ!《無限分身総攻撃》!」
『食屍鬼とかキモ~イ!《冥界への入口》!』
「《暴食の小穴》×100♪」
『銀の龍王』銀洸と契約者の丈はやりたい放題に暴れまわっていた。
それはもう、自重という言葉を時空の果てに投げ捨てたと言えるほどに暴れ回っていた。
「くそがああああああああああ!!こんなフザケタ連中の相手なんかやってられるかあああああああ!!チェンジだ!!誰でもいいからバカの相手を俺と代われええええええええええええええええ!!」
天変地異と見紛う戦地の中心で、白衣を着た壮年の男は満身創痍になりながらも止む事の無い白銀の猛攻に耐え続けていた。
既に言葉遣いも普段の丁寧なものからかけ離れており、誰でもいいから自分の立場を丸投げしたいという思いで一杯になっていた。
彼がこの地で復活させた邪神や魔物の類はとっくに2人によって葬られており、バカ2人は残っている唯一の“敵”に対して容赦ない総攻撃を仕掛けていた。
「死ねえええええええええ!!世界の敵ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
『酷~い!僕らは~地球を守るヒ~ロ~だよ~?』
「むしろ敵はYOUじゃん♪」
最早どっちが悪役なのか分からなくなっていた。
余談ではあるが、近隣住民達は現場に駆け付けた軍や警察の皆さんと一緒に呆然と立ち尽くしながら、自分の中の常識と良識が発破解体されていくのを感じていた。
「くたばれええええ!!《時に見捨てられた世界》ァァァァァァ!!」
「Oh!アレってヤバくね?」
『じゃあ、いただきます♪』
「は?」
男の渾身の一撃は銀洸に呆気なく喰われて無効化された。
正確には相手が一瞬で魔法を構築――無詠唱による複数の魔法を分解・融合・最適化――している間にハッキング同然に介入して解析、コンピューターウィルスの如く別の術式をコッソリ仕込んで口で捕食する形で吸収できるように細工していたのだが、銀洸のフザケタ態度に気を取られ過ぎているせいで男が気付く事は最後までなかった。
「んじゃ、尺の都合によりそろそろトドメさすな!《絶対拘束絶対脱出不可》!」
「ぐっ!」
「フフフフフフフフフフフフフフフフフフフ!破れるものなら破ってみるがいい、悪の使徒よ!!」
「このクソガキィィィィィィィィィィィ――――――!!」
元から逃げ場のない敵の男を丈が容赦なく拘束する。
そして敵を煽る事も忘れない。
『いっくよー!《この世の理不尽にて終了》!』
「そんなふざけた技でえええええええええ―――――――」
銀洸の周囲から特大のビームによる集中砲火が男に襲い掛かる。
その技名の恥じる事無く(?)、男は為す術も無く戦場から消滅していったのだった。
現地のロシア人一同が揃って敵である男に同情したのは余談である。
後日、大統領もドン引きしたのは言うまでもない。
「さ~て!この辺の掃除は終わったし、日本に戻ろうぜ~♪」
『皆のお手伝いに行こう~♪』
ちなみに勇吾達は終わったら日本に戻れとは一言も言っていないし、むしろ来るなと言っている。
だが、そんな指示などこのバカ2人が素直に聞く訳が無かった。
こうして彼らはロシアでの用事を終え、頼んでも居ないのに仲間の下へと飛んでいくのだった。
途中、『創世の蛇』の増援部隊にちょっかいを出しながら…………




