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黒龍の契約者―Contractor Of BlackDragon―  作者: 爪牙
第16章 創世の蛇編
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第412話 天嵐の飛龍王

――太平洋上空――

 海獣(ケートス)を倒した『天嵐の飛龍王』ヴェントルは太平洋を縦断しながら飛翔する。

 音速を遥かに超える速度で“赤い空”を切り裂く様に飛び、彼ら通過した後には小さな雲一つない蒼穹が広がっており、陸地から流れ込んできた煤煙で汚れかけていた大気も浄化されていった。


(――――肩慣らしは終わった。後は敵を根こそぎ潰すのみ)


 ヴェントルは更に加速する。

 ケートスに対して圧倒的な力を見せたヴェントルだったが、アレは彼の本来の実力の半分にも満たないものだった。

 『楽園の蛇』の「神毒」をその身に受けて以降、大きな戦闘を行う事無く数十年の時を過ごしてきた彼からすれば、先程の戦闘は数十年分のブランクを埋める為の、若干鈍っていた戦いの勘を取り戻す為の準備運動(リハビリ)に過ぎなかった。

 無論、それでもギリシャ神話の海獣を児戯の様に倒せるのだが、今の彼には僅かな鈍りさえも許されなかった。


(待っていろ。息子(瑛介)よ!)


 人間の女性との間に生まれた己の息子を取り戻す為、そして嘗ての仇敵にケジメを付けさせるために彼は十二分の状態を出すべく次の戦いへと身を投じていく。

 敵は全て倒す。

 そこに一切の迷いはない。

 生半可な覚悟は己の大事な物を不幸にすると知っているから。


(――――次はアレか!)


 ヴェントルの視線の先、まだ数百㎞離れた場所にある南海に浮かぶ島々で暴れる“敵”が居た。

 観光業で栄えていると思われるその島の中心部の街を醜悪な巨人が破壊しながら侵攻し、時折地上で逃げ惑っている人間を捕まえてそのまま口に放り込んでいた。

 200mを超える巨体でありながらその動きは速く、バイクで逃げている者さえも呆気なく捕まり巨人に食われていった。


(――――ムルアヅル・ンヘヤンガルか。奴ら、性質の悪いものばかり復活させたか!)


 それはパラオ諸島に伝わる人喰いの神だった。

 夜になると火の灯りを頼りに獲物となる人間を見つけては捕まえ食べていく。

 伝承の最後では、ある兄弟に焼け石を体の中に放り込まれて死んだとされ、それ即ち「神殺し」が生まれた事で締め括られている。

 嘗ての「神殺し」も寿命で死んで長い月日が過ぎた今、天敵の居ない悪神は再び欲望の赴くままに人間を喰い続けていた。


『……』


 ヴェントルは更に加速する。

 数百kmの距離を一瞬でゼロにする速度、亜光速にまで加速して南海の島へと降臨した(・・・・)



『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』



 そして咆哮する。

 魔力を込めて放たれたヴェントルの咆哮は聞くもの全てを弛緩させ、それは悪神ムルアヅル・ンヘヤンガルも例外ではなかった。


『オ……オ……?』


 突然目の前に現れたヴェントルの咆哮で身動きを封じられたムルアヅル・ンヘヤンガルは弛緩した体を動かそうと抗おうとするが、それよりも遥かに早くヴェントルが動いた。



『《神絶風(カミタチノカゼ)》』



 ヴェントルの片翼から放たれる風の刃、《神龍術》の中でも高位技法の1つを彼が独自に改良した攻撃術が人喰いの悪神を蹂躙していく。

 赤く染めあがった南海の空を切り裂きながら標的へ襲い掛かり、一切の逃げる隙も与える事なく全身を切り刻んでいった。


『―――――』


 ムルアヅル・ンヘヤンガルが“それ”を認識することは無かった。

 次の瞬間、山ほどの高さがあったムルアヅル・ンヘヤンガルは100を超える肉塊へと化し、それらの肉塊は地上に落ちる過程で灰となって崩壊、その際、喰われたばかりで運良く死んでいなかった一部の人間達は全身を風の結界に護られながらゆっくりと地上へと降ろされていった。

 かくして、現代に復活した人喰いの悪神は討滅されたのだった。

 だが、滅ぼした張本人であるヴェントルの戦意はまだ微塵も緩んではいなかった。


『……』


 龍王(ヴェントル)は敵を見逃さない。

 如何に上手に隠れていようとも彼の風が届く場所(・・・・・・)に居る限り決して彼から逃げ切る事は不可能なのだ。

 嵐の空さえ制する龍王の牙に狙われた時点で、その者の運命は決まっているのである。


『……無駄だ』


 ヴェントルが一言呟いた直後、島や海の至る所から数多の植物が噴火した(・・・・)

 自然界には存在しないサイズの大樹や蔦、海藻等が島と海ごとヴェントルを飲み込まんとする勢いで急成長していき、彼の全身に絡み付きながら空の果てまで伸び続けようとする。その光景はまるで植物製のバベルの塔が出来上がっていく様だった。

 そして皮肉にも、その表現を肯定するがごとく裁きが下る。



『無駄だと言っている。――――《黄昏の風》』



 それは刹那の出来事だった。

 南海の島々を一迅の風が走り抜け、最後は雲上にまで伸びた植物の塔を螺旋階段のようにかけ上っていった。

 そして、植物の塔は呆気なく崩壊した。

 植物の塔は根の先まえ枯れ果て、自らの重量に耐えきれずに自壊した。

 直後に島を飲み込む旋風が発生し、巨大な枯れ木の残骸は一瞬にして風化し空の果てへと消えていったのだった。

 そして残ったのは――――


「が……はっ………!」

『勝てるとでも思っていたのか?仮にも《真なる眷族(オリジン)》直属の配下でありながら、相手との実力差も測れないのか。それとも、貴様らも人材不足なのか?』

「ぐはっ……!」


 島の上空に留まるヴェントルの眼前には白衣の老人(・・)が浮かんでいた。

 全身が枯れ枝のように痩せ細った老人は今にも命が尽きそうなほど弱っており、更にそこへヴェントルの威圧が加わることで誰が見ても風前の灯火の状態となっていたが、ヴェントルは一切の容赦無く老人を威圧し続けていた。


(こんな……こんな筈では……!)


 一方の老人は、あまりに想定外の事態の連続に混乱していた。

 この老人、先程討滅された悪神を復活させた張本人であり、『創世の蛇』の大幹部『鬼神』の配下である白衣の術者集団の一人だった。

 彼はムルアヅル・ンヘヤングルを復活させた後、近隣の島で大勢の人間を捕食させて力を蓄えさせてから近隣の国々で破壊活動をさせて社会を混乱させていく計画で動いていた。その計画には他に復活させた神や神獣、妖怪なども加わる筈だった。

 だがその計画は突如として崩れてしまった。

 遥か北の方で海獣ケートスが突然消えたのを察知して間もなく現れたヴェントルの姿に彼は心臓が飛び跳ねそうになるほど驚愕した。

 数十年前に『蛇』に大打撃を与えた怪物の片割れが現れ、自分が復活させ使役下においたムルアヅル・ンヘヤングルを瞬殺、更には隠形していた自分も見つけられただけでなく同胞達との連絡手段も封じられてしまい、後が無くなった彼は冷静さを欠いて普段なら犯さない愚行に出てしまう。

 彼は自身が最も得意とする植物支配の術に加え、地球世界とは異なる世界の神を殺すことで得た権能も出し惜しみ無く行使したが結果はこの通りである。

 独自に創りあげた龍族を殺す植物は瞬時に雲上まで成長しながらヴェントルを拘束したにもかかわらず一迅の風で呆気なく塵と化し、その風を彼自信も回避できず全身に浴びてしまい、あっという間に死にかけの老人に成り果ててしまった。

 ヴェントルの風は彼の魔力と生命力を一瞬で枯渇させ、元々見た目の何倍もの月日を生きていた彼は急速に老化して(常人並に)年相応の姿にしたのだ。

 本来なら既に老衰死してもおかしく無いが、皮肉にも彼は《不死》だった為に楽に死ぬことが出来なかったのだ。


『生憎と、今は貴様の相手にかまけている暇はない。だが、共犯者の貴様を放置する気も更々無い。止めは全てが片付いてからだ。それまでの間――――消えていろ』

(な!やめ………………)


 白衣の老人を小さな旋風が飲み込み、老人の姿はヴェントルの前から消え去った。

 殺したのではない。

 全ての問題が片付くまでの間、一時的に別の場所に監禁したのだ。


『……』


 ヴェントルは口を閉ざしたまま空に佇む。

 地上では度重なる変事に人々が再び混乱の声を上げ始め、現時点で一番の返事であるヴェントルの方を指さしながら見上げる者が続出していた。

 中には写真や動画を撮影する者も居たが、今更隠蔽する必要は無いのでヴェントルも気にも留めなかった。

 幸いにも目撃者たちの中にヴェントルを拒絶的な感情を抱く者は――彼自身の放つ王の風格や畏怖の影響もあって――居らず、むしろ幻想世界(ファンタジー)の定番である龍族(ドラゴン)の存在に大興奮する者が続出し始めている。主に若い世代から。

 ヴェントルに向かって祈り始めている者もいたが本人は一切気にも留めなかった。


(……雑兵でも「神殺し」ばかり連れてきたか。だが既に5人片付けた(・・・・・・・)。仲間に連絡を取らせる前にやったが、いい加減、そろそろ向こうも気付いて対処し出すだろう。まあ、そんな事はさせないが)


 ヴェントルは世界中を移動している“分身”らと意識を共有する。

 この時点で既に5人の『蛇』の術者、《真なる眷属(オリジン)》の配下を彼は葬り、奴らが使役していた神や魔獣などもほぼ瞬殺していた。

 元々幾千幾万の戦いを契約者であるシドと共に繰り広げてきたヴェントルにとって、敵味方入り乱れた乱戦ならまだしも、個々で動いている敵を始末する事など余裕であり、分身達も相手に増援を呼ばせる好きすら与えず瞬殺している。

 だが、流石にここから先は敵もヴェントルという特大の脅威(イレギュラー)が現れた事に気付き各々対処するだろうが、彼はそんな事をさせるつもりは微塵も無かった。

 その様な些事など今は興味は無く、彼はジッとそれを待った。



『――――来たか』



 西北西の方角を見つめながら呟く。

 直後、遥か遠方の大陸の空に“時空の門”が開いた。

 そして其処から次々と飛び出してくる者達の存在をしっかりと、見た。


『此処からが本番だ』


 南海の空を突風が走る。

 ヴェントルの姿は南海から消えていた。







---------------------------


――ベトナム――


『ギエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!』


 赤き空に照らされる熱帯雨林に怪鳥の絶叫が響き渡る。

 電光を放ちながら樹海を縦断してゆき、必死に逃げ惑う怪鳥達を1羽たりとも逃さずに飲み込み死滅させていく。

 竜巻は1つではなく至る所で発生し、樹海の外にある人里近くでも地元住人達を喰おうとする怪鳥の群れに対して一方的に蹂躙していた。


「――――く!こうも早く出てくるとは!」


 竜巻を回避しながら白衣の青年は空に向かって吐き捨てた。

 青年は『鬼神』の配下の中でも新参ではあったが魔物や幻獣等を複数同時に使役できる才と技術に長けていた事で直属の上司である『鬼神』から今回の作戦に抜擢され、与えられた役割を全うするべくこの地で過去に葬られた闇の魔物を全て復活させて人口密集地を襲撃しようとしていた。

 使役した魔物の1種である怪鳥の主食は生物の死骸だが、同種以外を視認しただけで死に至らしめる種族固有の能力を持っていたので、群を人口密集地に送り込めばそれだけで大量の死骸(エサ)を生み出し怪鳥の腹を満たす事が出来るので、青年にとっては好都合な魔物だった。

 だが、その目論見は大都市を目前にして頓挫することになる。

 小さな村々を壊滅させながら侵攻していると、突然付近で“時空の門”が発生し、“門”の奥から夥しい数の「敵」が来襲してきたのだ。


「龍族が……!それも群れた飛龍どもが此処に来るとは!!」


 青年にとっては不運としか言い様が無かった。

 “時空の門”から現れたのは龍族、それも異世界の列強国『凱龍王国』を中心拠点とするワイバーンやリンドヴルムで構成された飛龍氏族の大軍(・・)だった。

 その数は100や1000では済まず、下手をしたら1万を超えるかと思えた。

 “門”から出てきた飛龍の大半は四方八方に飛び去って行ったが、残る100近い飛龍はこの場に留まって青年と怪鳥の群れを蹂躙していったのだ。

 捕捉すると飛龍達は狙ってこの場所に“時空の門”を開いた訳でなく、大軍が通過できる“門”を開きやすい場所を半ばランダムに近い形で選んで開き、其処に偶々白衣の青年が怪鳥と共に侵攻していただけであった。

 だが、飛龍達にとっては“門”の先で早速“敵”に遭遇できた事は逆に幸運だった。

 高ぶった闘争心をぶつける相手(仇敵)を探す手間が省けたのだから。


『我等に仇名す『蛇』の使徒よ!断罪の旋風に飲まれ滅びよ!!』


 怪鳥を蹂躙する竜巻の真上で1体の黒い飛龍(ワイバーン)が青年を威圧しながら叫ぶ。

 その声には青年というより『蛇』に対する並々ならぬ怒りが込められており、両翼からは鋭い雷光が休む間もなく放たれ続けてきた。


「あれは……王弟ムート!!」


 青年は自分に敵意を向ける黒い飛龍が王族であると気付き戦慄する。

 飛龍氏族の当代の龍王の末弟ムート、その姿を目にしたものは『蛇』の中でも決して多くは無かったが、運良く生き延びた(・・・・・・・・)者達の証言により、その強さは末端の構成員にまで伝わっている。

 その物騒な二つ名と共に。


「『覇嵐の蹂躙龍』……!」

『――――死鳥諸共、我等の逆鱗に触れた事を悔いながら滅びろ!』

「おのれ!」


 気圧されそうになるのを堪えながら白衣の青年は持っている杖を振るう。

 一瞬にして青年の周囲に100近い魔方陣が出現し、そこから大小無数の魔物らが出てくる。

 単眼巨人(サイクロプス)合成獣(キマイラ)多頭蛇(ヒュドラ)、地球世界の神話にも登場する数多の魔物が召喚され飛龍達に牙を剥く。

 同時に青年は召喚した全ての魔物に《付与魔法》を幾つも重ね掛けして能力を限界まで引き上げさせた。

 更には“権能”も解放し、赤い空に瞬時に分厚い暗雲を生み出し雷鳴を轟かせていく。


「空を制する者は貴様らだけではない!地に落ちよ飛龍共よ!!」

『……』


 危機感から出し惜しみをする事を避けた青年は、魔物の大軍を率いながら自身の全力を解放した。

 それをムートは表情を崩す事無く見下ろす。

 青年の常人とはかけ離れた魔力により周囲の気流の流れが乱れ始め、ムート以外の飛龍達の動きにも乱れが出始め、竜巻の勢いも急速に弱まり始めた。

 空そのものの支配権を奪い取ろうとしているのだ。

 風と雲を司る神を倒して手に入れた権能によって。


「――――征け!」

『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』』』


 青年の合図と共に魔物達が一斉に動き出す。

 だが、それでもムート達は微塵も動じない。


「龍族の優位は御伽噺の中だけと知れ!」


 それが青年の最大限の虚勢であると見抜いていたからだ。

 青年自身が、自分の方が格下であると、勝機が殆ど無いと既に認めているのだと。

 勝負は当に決していた。

 故に、怒りと敵意を滾らせながらもこれ以上の戦いは無用であると冷静に判断し、ムート達はこの戦いに終止符を打つ。



――――《飛龍神の鉄槌》



 1000の飛龍の力を融合させた、彼らの神の力の模倣(・・)が熱帯の大地に墜ちた(・・・)


「な――――――――」


 視界の全てが蒼で埋め尽くされる。

 それを最後に青年の意識は消える。

 白衣の青年は、自らが召喚した数百の魔物の大軍と共に蹂躙しようとした大地の底へと沈み、跡には直径2kmほどの巨大なクレーターだけが残った。


『征くぞ。復活為された兄上に後れを取るにはいかない。兄上に、王に、我等の強くなった姿をお見せするぞ!』

『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』』』


 飛龍達の雄叫びが一斉に轟く。

 既に彼らの意識には青年の事など無く、残る敵勢に溜まりに溜まった鬱憤を晴らしつつ、自分達の雄姿を見せながら王を出迎える事を考えていた。

 そして一通り叫び終えた彼らは残敵を全滅させるべく各地へと飛び去って行ったのだった。


 龍族による蹂躙は此処から始まった。








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