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黒龍の契約者―Contractor Of BlackDragon―  作者: 爪牙
第16章 創世の蛇編
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第409話 大妖

――日本 某所――

 噴煙の如く地上から吹き上げる瘴気が空を覆い尽くし、地上の町は日の光りを遮られ夜のように暗く閉ざされていた。

 瘴気の一部は風下にある町の方へも流れ、人口1万人弱の町は雲海の様に瘴気に飲み込まれいき、それが危険である事すら気付けなかった住人達は1人残らず瘴気を吸って意識を失ってしまった。

 そして瘴気の出元である町外れの山岳地帯の一角、町にに流れる温泉の源泉があり、同時に古くから小さな連山の1つとして地元周辺の地域で信仰の対象とされているその場所には濃厚な瘴気の渦が立ち上がっており、その中心には悪鬼の如き形相を浮かべた、十二単に似た装束を着た女性が立っていた。



『オノレェェェェェェ……忌々シイ陰陽師ニ坊主メェェェェェェ!コノ積年ノ恨ミ晴ラシテクレル!!』



 背後から金色の毛で覆われた9本の尾を鞭の様に振り回しながら女は山向こうにまで届くかのような、怨念の籠った声を吐き散らせていた。

 その怨念は果てしなく深く、地獄の業火にも引けを取らないほど激しく、彼女が怒声を上げる度に瘴気はより濃くなって冬空を飲み込んでいった。

 途中、運悪く逃げ遅れた鳥や動物達は濃厚な瘴気に為す術無く飲み込まれ、まるで強酸の浴びた様に全身の肉や骨を熔かされて死んでいった。



――――チリン……



 そんな中、場違いなほど澄んだ鈴の音色が辺りに木霊する。

 すると九尾の女性の周囲に充満していた瘴気の流れがピタリと止まり、次には人1人が通れる大きさのトンネルを作る様に流れを変えていった。



「目覚めたばかりだというのに、既に万全までに回復しているようですね、玉藻前(たまものまえ)殿。それとも妲己(だっき)華陽(かよう)夫人と呼ぶべきでしょうか?もっとも、どの貴方(・・・・)今の貴方(・・・・)なのかは知りませんが」

『娘……何奴!?』



 トンネルから現れたのは白衣の女だった。

 白衣の中から白磁色の美しい肌を覗かせ、幾つもの鈴が付いた杖で地面を付きながら近付いてくる女に、九尾の女性は最大限の警戒の態度を見せ、尾の1本を女の心臓目掛けて突き動かした。

 だが、尾は白衣の女の一歩手前で静止しそれ以上は微動だにしなかった。


『!?』

「無駄ですよ。『白面金毛(はくめんこんもう)九尾の狐』、堕ちた天狐(てんこ)の成れの果て如きには私に傷1つ付けることは出来ません。この国の者達は随分と貴殿を高く買っているようですが、私からすれば只の古狐です」

『貴様……!定命の者の分際で私を見下すか!』


 九尾の女改め九尾の狐は殺意に満ちた両目で白衣の女を睨むと残った尾全てを使って串刺しにしようと襲い掛かる。

 だが、やはりどの尾も途中で静止してしまい白衣の女に傷一つ付ける事は叶わなかった。


「無駄だと分かりませんか?」

『馬鹿メ!』


 余裕の笑みを浮かべる白衣の女を一笑する九尾の狐。

 直後、九尾の狐の姿は煙の様に消失し、次の瞬間には白衣の女の周囲を無数の青白い狐火が包囲、一斉に彼女目掛けて降り注いだ。

 まるで迫撃砲による集中砲火の様な爆撃が白煙の女を襲う。



――――チリン……



 しかし、再び鈴の音が鳴ると同時に降り注いでいた狐火は一瞬で消え、其処には無傷の白衣の女だけが残された。


『なっ―――――!』


 辺りに九尾の狐が唖然とする声が響き渡る。


「だから、無駄だと言いましたよ。その程度の妖術では私には――――『神殺し(・・・)』には傷一つ付けることは出来ませんよ、老いぼれ狐さん?」

『……っ!神殺し!?』

「これ以上のやり取りは時間の無駄です。《縛》」

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 瘴気の渦の中に稲妻が走った。

 そして苦悶の声を上げる九尾の狐の姿が現れ、全身を何処からともなく現れた白い鎖が拘束して彼女を地上に叩きつける。


「――――インド、中国、ベトナム、朝鮮、そして日本。アジアの各国で伝説を残した大妖怪も《盟主》の御加護の前では赤子同然ですね。その妖力、並の下級神よりは上ですがこの国の主神には遠く及びません。ましてや貴方が全盛を誇ったのは遥か昔、現代では貴方がバカにした人間の小娘にも劣る矮小な存在ですね」

『クッ……!言ッテクレル小娘……が!』


 地に縫い付けられた状態の九尾の狐の顔は怒りと屈辱に染まっていた。

 嘗ては日本三大妖怪にも数えられたにも拘らず、まるで赤子の首を捻る様に呆気なく負かされた現状はとてもではないが受け入れ難い事実だった。

 だが、九尾の狐の心情などお構いなしに白衣の女は淡々と話を進めていく。


「――――今では過去の遺物な貴方に至高の力の一端を授けましょう。返答は無用です。貴方の意志に関係なく我々は貴方を利用させてもらいます。――――全ては《盟主》の御意志のままに」


 白衣の女は懐に手を入れると、そこからビー玉サイズの宝珠を数個取り出し、それを九尾の狐に向けて投げた。

 そしてもう一方の手に握られた杖を振る。


――――チリン……


 投げられた宝珠が閃光を放った。

 極光色の閃光を放ちながら宝珠は九尾の狐の中へと溶けるように吸収されていく。


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』

「中国に居た頃に分散した“力の欠片”も全て戻しました。これで少しは我等の役にも立つでしょう。さあ、真の姿を見せて下さい」


――――チリン……


『オ……オノレ…!人間……如キ…ニ……!』

「そのセリフ、現代では三下の常套句ですよ?」


 九尾の狐の意識は閃光の中に沈んでいく。

 そして周囲に拡散した瘴気さえも光が飲み込んでいき、それらは瞬く間もなく九尾の狐の中へと吸収されていき、全てが吸収されると同時に光は止む。

 光が止むと、そこには九本の尾を持った巨大な大狐の姿があった。


『クォォォォォォォォォォォォォォォォォォオン!!』

「予想以上に美しい容姿ですね。流石はアジア各地で為政者を魅了してきた大妖。力も想定通りに増幅しました。では、御自慢の妖術を使ってこの地の住人達を使役して貰いましょう。より多く、より目立つようにやりなさい」



――――チリン……



 鈴の音が皮肉が籠っているかのように美しく鳴り響く。

 九尾の狐は白衣の女の意に従い動きだし、全身から妖しい色をした靄を人里に向かって放出させていく。

 それは嘗て九尾の狐が数多の権力者を惑わし魅了させた妖力そのもの、抵抗力を持たない者が一度浴びれば言いようのない恍惚感に襲われ思考を放棄し、九尾の狐の意のままに動いてしまう事となるが、現状では九尾の狐自身を使役している白衣の女の意のままである。


「……この国の大妖怪も所詮はこの程度ですね。ですが、目的を達するには十分なレベルです。精々、この世界を掻き乱すのに役立ちなさい」


 杖の鈴を鳴らしながら、白衣の女は九尾の狐を放置してその場を立ち去ろうとする。

 既に九尾の狐の存在など彼女にはどうでもよく、精々より大きな騒動を起こしてくれれば設けものだな程度にしか考えていなかった。

 彼女の目的はこの世界の混乱、世界各地でこの手の騒動を起こし、より多くの一般人を巻き込んで恐慌状態に陥れること。

 特にこの日はクリスマス・イブ、世界中が1年でも最も賑わう日に起こす事でより大きな衝撃を与えることが出来る。

 幸福な気分が一転、恐怖と絶望に突き落とす。

 それが彼女達の“本命《主》”にとって最も好ましい陽動なのだ。


「では、次の場所に――――」


 そして白衣の女は次の目的地へと移動を開始する。

 より多くの混乱をこの世界に生み出す為に。




「《黒光神龍波斬(ナイトダークストローク)》ッ!!」




 しかし、それを漆黒の一閃が阻んだ。

 直後に瘴気の晴れた空から無数の流星が彼女らに向かって降り注ぐ。



――――《崩天(ホシアメ)



 黒炎を纏った流星が自身に襲い掛かるとを見て、白衣の女は目を強張らせる。


「―――――来ましたか」


 九尾の狐と対峙した時とは明らかに違う雰囲気を見せる白衣の女は素早く杖を振って周囲に障壁(バリア)を展開、流星の猛攻を防ぐ。

 同時に視線を一瞬だけ山を下っていた九尾の狐の方へと向け、目にした光景に悪態をつきそうになった。

 其処には1人の少年が九尾の狐を2本の大剣で切刻む姿があった。


『クオォォォォォォォォォォォン!?』


 一瞬にして尾を4本も斬り落とされた九尾の狐は苦悶の声を上げる。


「全く間の悪い処に……」

『だからこそ此処を選んだ』

「!」


 黒い鉄槌が勢い良く落とされた。

 白衣の女を守る障壁ごと龍王の拳が彼女を大地に沈めた。


『―――――最も被害を防げるルートが此処だった。そして予想通り、移動直前の術者(おまえ)が其処にいた。それだけの事だ』


 極当たり前の事を呟く様に、『黒の龍王』黒王(ヘイウォン)は白衣の女に向けて言葉を紡いだ。


まだ(・・)だろう?下手な三文芝居は止めろ』

「……今のは流石に聞きました。古き血脈を継し龍の王よ」


 周囲の大地が爆散した。

 そして黒王の拳を杖1本で受け止める女が姿を現す。

 黒王の鉄槌により全身を隠すように纏っていた白衣は殆どが弾け飛び、美術品と見紛うほど美しかった白磁の肌を鮮血が流れ落ちる。


今の一撃(・・・・)に耐えるとは――――軍神……いや、守りに特化した門神(もんしん)の権能か』

「御慧眼です。この国では余り知られていない隣国の神の1柱を、機会あって討伐し得た権能です。あらゆる災いを退ける守護の権能、如何に龍王と云えど容易く破ることはかないませんよ?」


 余裕を見せる様に女は微笑みを漏らす。

 彼女の掲げる杖からは漏れ出す“神気”は両者の間に障壁を張り続け、黒王の拳を彼女に近付けないよう遮り続けていた。

 先程の九尾の狐の攻撃を防いでいたのもこの権能であり、彼女の余裕の表情からも生半可の力では破ることは不可能であるかに見えた。

 だが、その不可能を可能にする存在が今此処に居た。


「どうしました?私の権能の前に言葉も出ません――――」

『時間の無駄だ』



――――《万象砕破(ばんしょうさいは)



 刹那、神の権能により張り巡らされた障壁が破砕する。

 それと同時に黒王の拳が大地ごと白衣の女を撃ち抜き、彼女は何が起きたのか理解する間も与えられず、全身の肉と骨を木端微塵に消し飛ぶ。

 大地は大海原のように揺れ、山だったその場所は黒王の鉄槌により真っ二つに割れたのだった。



『――――生憎と、雑兵に構っている時間は俺達には無い』







 出オチの日本三大妖怪w

 九尾の狐は日本だけでなくインドや東南アジアの伝承にも登場する大妖怪ですが、大体は正体がバレて退治されたり、体をバラバラにされたりしています。日本でも殺生石になった後にバラバラに砕かれて全国に飛び散ったという話があるようです。



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