第406話 龍の出征
――『峻厳なる世界』――
『――――何だと?』
世界の空気が変わった。
『天嵐の飛龍王』ヴェントルは『白の龍皇』アルビオンの口から事のあらましを知り、嘗て無いほどの怒りを露にし、その怒りは1つの世界の空気を一変させたのだった。
不吉な予感はしていた。
もしかしたら家族に危険が及んでいるのはと、自身にとっての最悪の事態も想像した。
そして古き同胞の口からその答えを聞かされた。
一瞬にして彼の怒りは沸点に達した。
『やってくれたな――――ッッ!!!!』
まるで火山が噴火したかのような怒声が響き渡る。
己の逆鱗に触れられた龍王は、文字通り天地を震わせる怒気を容赦無く放ち、それは螺旋となって霧と雲を貫き、次の瞬間にはその全てが遥か彼方へと吹き飛んでいった。
怒声ひとつで天候さえ変える。
その事実を間近で目にしていた者の多くは愕然とし言葉を失う。
「わ!青空♪」
『蒼~穹~♪』
中には微塵も飲まれていない者もいたが。
『――――抑えろ、ヴェントル。此処で吠えたところで状況は変わらん。その怒りは、報いを受けるべき敵にぶつけろ。その為に我等は此処に来た』
『……お前の言うとおりだ。アルビオン。そして感謝する。忌まわしき蛇の軛より解放してくれたこと、倅の危機を報せてくれたこと、そして――――この煮え滾る怒りを晴らし、捕らわれた倅をこの手で救う機会を与えてくれたことに』
アルビオンの言葉で冷静さを取り戻したヴェントルは足元から見上げている良則や丈らに謝辞を述べると同時に、その瞳に太陽の如き戦意と闘志の炎を燃え上がらせ、他社を圧倒させる覇気を全身に纏う。
ほんの数分前まで隠遁を貫いてきたとは思えないほどの覇気、いや、『天嵐の飛龍王』の威光に良則達は息を飲んだ。
彼は間違いなく強者の中の更なる強者だった。
『――――アルビオン、此度の件、“白”はどう動く?』
一通りの謝辞を終えると、シドはアルビオンに対して問いかけた。
『白の龍皇』として、お前はどう動くのかと。
『元来ならば静観に徹する処だが、敵は既に我等の領域にも足を踏み入れている。まして、最早そのような事を言っていられる状況ですらない。未契約の者も含め、此度は“白”の精鋭を可能な限り全て投じよう』
「「「!!」」」
「アルビオン!それは……!」
アルビオンの言葉に良則はギョッとなる。
龍族は基本的にはどの世界でも(種族全体として)歴史の表側に出てくる事は無く、例外として契約者の居る者が時折一部の一般人達に目撃される程度である。
地球の歴史においても各地の民話や古い神話に単体で登場する事はあれど、集団で登場した話はかなり稀である。
それは各氏族の『王』が氏族全体を統率し、ほぼ全ての世界に表立って騒動を起こさないようにしている故であった。
一部の氏族を除いては。
だからこそ、良則はアルビオンの言葉に驚きを隠せないのだ。
『良則、お前達は我等の事を抜いた上で“戦力不足”と判断したのだろう。しかし、事は既に人間だけで問題ではなくなっている。事の元凶は人間ではなく古の神々。その中には我等龍族とも因縁のある者も含まれている。人の世での人同士の問題ならば今まで通り静観してきたが、最早そのような域では無くなっている。懸念の1つであった当代の飛龍王も無事に解放することが出来た以上、我は龍皇の名の下、全ての同胞に向け狼煙を上げよう。我ら“白”は『蛇』ども侵攻に対し撃って出る!』
宣戦布告に等しい龍皇の言葉に良則達は息を飲む。
これまで幾度となく『創世の蛇』と対峙しても同族を率いる事が無かった彼が、此処に来て“白”の氏族全体を率いて全面戦争を起こそうとしている。
その選択の先に、どのような未来が待ち受けているのかさえも覚悟の上で。
その気迫に十数年しか生きていない彼らが為す術も無く飲まれるのは無理も無い事だった。
そして白の龍皇の言葉に同意すると肯き返すもう1人の龍王、『天嵐の飛龍王』は両翼を大きく広げると同時に空の彼方に向かって叫んだ。
『ならば、我もまた古き戒めの楔より同胞を解き放とう!天を汚し、土足で荒らす外法の者共を駆逐し、大地に立つ全ての者に龍の威光を焼き付けよう!』
数十年の時を経て天空を轟かせる龍王の咆哮。
空は王の帰還に歓喜するように青々と輝き、雲は踊る様に回転していく。
『天嵐の飛龍王』、それは彼の龍王が一度飛翔すれば空の全てを嵐で飲み込み、敵の全てを蹂躙し尽くす事への畏怖から付けられた彼の称号である。
「神毒」をその身に受けて以降はなりを潜めていたその名が再び時空を隔てた全ての天空に再臨しようとしていた。
そして、その流れに引き込まれるように、此処に居るもう1人の龍王もまた後に続くべく雄叫びを上げようとしていた。
『じゃあ、僕らも―――――』
『お前は呼ばなくていい』
『“銀”は要らん』
が、即行で他の龍王に「余計なことすんな!」とツッコまれてしまった。
銀洸の氏族からの応援は他の龍王からの断固とした反対意見により強制却下となった。
ある意味当然の選択である。
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――????――
それは唐突に目を覚ました。
数百年もの間を静謐な空間で石像のように微動だにせず眠り続けてきた古き存在は、誰かが訪れた訳でも無いにも関わらず両の瞳を開き、その重々とした巨体を起こしながら遥か遠くを見つめ続けた。
――――皇よ、今が“その時”なのですね。
古き存在であるそれは僅かに瞳を閉て黙考した後、数百年使っていなかった四肢を動かしながら寝所の外へと歩み始める。
、重低音が鳴り響き、外界から寝所を隔てる扉がゆっくりと開き始め、扉の向こう側から入ってくる陽の光が巨体を覆う純白の龍鱗を照らしていく。
宝石よりも美しいと言っても過言ではないその存在は、数百年ぶりに浴びる陽の光に僅かな懐かしさと心地よさを感じながら外へ出ると、その巨体に相応しい1対の巨翼を広げ天を仰ぐ。
――――集え、白き同胞達よ!我等の皇は戦笛をお吹きになった!
その意思は咆哮となって世界に広がっていく。
神代以降、世界の裏側に潜んでいた者たちは旧き同胞の合図に呼応し、誇り高き血を燃えたぎらせながら1つの世界へと集結すべく動き始めた。
――――嘗ての無念、今こそ晴らさせてもらおう。
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――凱龍王国 飛龍の都――
その時、都中の全ての龍族は刮目した。
時空を超えて空を轟かせる覇者の咆哮。
それは数十年行方知れずとなっていた彼らの王の無事を知らせる証、王が戦場へと征く事を告げる狼煙、そして全ての同胞の戦意と闘志を解放させる鍵であった。
『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』』』
都中の至る所から龍族の――より正確には飛龍氏族――の歓喜の咆哮が生まれ、飛龍の都は嘗て無いほどの熱気に包まれていった。
王の無事を喜ぶ者。
王の意志にに呼応する者。
純粋に闘争を望む者。
幼子を除く飛龍氏族の者達、その大半が雄叫びを上げると同時に空へと飛翔し己の王の下へと向かうべく都の外へと飛び立っていく。
『行くぞ!今こそ仇討ちの時!』
『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!』』』
先頭を行く漆黒の飛龍が指揮を執りながら飛龍の戦士達は天空を斬り裂くように飛行し、時空の境界を越えて戦地へと向かう。
途中、他の世界から来た同胞達とも合流しながら彼らは地球世界へと進む。
数千数万の飛龍の軍勢は天空を越え、世界を越え、一路王の待つ戦地を目指す。
神代以降見られる事の無かった龍族の大進軍。
それはまさしく、歴史が変わる瞬間の景色だった。
だが、それはこれから起こる歴史の転換点のほんの序章の一幕に過ぎなかった。




