第390話 ご飯ですよ~♪
サブタイトルに深い意味はありません。
――天雲家――
「ご飯ですよ~♪」
午前7時丁度、家中にバカの声が響き渡る。
今朝のバカは割烹着に三角巾、あと杓文字という昭和のお母さんのコスプレ姿だった。
「……朝早くから何してるのよ?」
「古き良き日本のオカンごっこ!」
「……」
リサは無言で丈に近付き、パシン!と平手で頭を叩いて床に沈める。
バカは動かなくなり、動かなくした張本人は特に気にする事も無くテーブルの席に座って他の同居人達が揃うのを読みかけの本を読みながら静かに待った。
そして5分後にはほぼ全員が揃い、床で静かになっていたバカもそれ以上は芸を披露する事無く大人しく席に着いたのだった。
「朝粥か。丈の割には気の利いたメニューだな」
今朝のメニューはあっさり京風朝粥定食だった。
今朝はちょっと胃腸の調子の悪い勇吾にとっては非常に有り難いメニューであり、普段はワザと空気を読まない料理ばかりを作るバカにしては珍しく空気を読んだ朝食だった。
何時もなら朝からビーフステーキやカツどん、濃厚とんこつラーメンを作るのに。
「てへ♪京都の善い人達に沢山お土産を貰っちゃったから、その在庫処理……」
「感心した俺がバカだった!」
「勇吾!バカに付ける薬は無いんだぞ!大丈夫か!?」
「「「お前が言うな!!」」」
バカはやっぱりバカだった。
「善い人達」とは、十中八九、勇吾の父方の祖父の実家の九条家の人達の事だろう。
京都での一件以降、九条家の中は隠し子が見つかったり、嬰児交換が発覚したり、実は~の息子が勇吾達の仲間の中から発見されたりと阿鼻叫喚の渦になり、今は日本には居ない中も巻き込んだプチ騒動が発生したりとしたがようやく一段落していた。
おそらく、バカは無遠慮に九条家に訪ねては勇吾の曾祖母から沢山のお土産を――勇吾の近況情報を対価に差し出したりして――貰っていたのだろう。
勇吾達にはそれが容易に頭に浮かんだ。
「これって、詐欺?」
「性質の悪いタイプ……のな。色々と小細工をしてるだろうから、告発は不可能、証拠品も俺達の胃袋の中だ」
更に性質の悪いことに、バカの作った朝食は美味かった。
能力を使っていない、純粋な技術とセンスのみで調理された料理は悔しいが箸がよく進み、食欲が低めだった勇吾もモリモリと食べられてしまう。
「お残しは許しまへんで~♪」
「もう無視して食べようぜ?」
「「「……」」」
(今更だが、幼馴染は大変だな)
トレンツに言われ微妙な空気の中朝食を摂る勇吾達を、彼の隣の席に座っていた黒王は物凄く同情しながら味噌汁を啜るのだった。
「――――で、昨日は遅くに帰ってきたけど、“例の物”は出来たのか?」
出された料理を半分ほど食べた処でトレンツが勇吾に訊ねてきた。
「ああ、体感時間で約71時間。殆ど仮眠も無しでの作業だったけど、確実に上手くいくものが出来た。念には念をと、保険の分も幾つか用意して貰ったから、これでようやく一山を越えた処だな」
「おお!流石はチートアルケミスト!!」
「体は子供、頭脳は大人をガチで体現してるからね~♪」
「バカは黙ってナスを食ってろ。それで、次は肝心の2人を見つけて接触するんだけど、全くっていいほど情報が入ってこないんだよ」
「うぅ……相方がいないと俺の扱いが雑過ぎるぜ!」
半分無視されつつある丈は泣いた。
ちなみに今朝は相棒の龍王銀洸は同席していない。
日頃の行いのせいで親戚の龍王の逆鱗に触れてしまい、昨夜から実家に強制連行されているのだ。
自業自得である。
「ロトくんのお父さんに、瑛介のお父さんね。どっちも呪いのせいで同族との接触を避けているから、行動の痕跡も念入りに消しているみたいね。他の龍王も知らないんでしょ?」
「少なくとも俺とアルビオンの網には一切かかっていない。知っているらしき者は居るが、“契約”の関係上訊き出すのはほぼ不可能だろう」
「よし!此処はチート読心術を――――」
ミレーナの問いに黒王が答え、バカは沈黙させられた。
それは置いといて、勇吾達は今、大きな壁と向き合っていた。
現在の勇吾達の最優先目標である、『創世の蛇』の《盟主》サマエルの“呪い”を受けた1人の人間――勇吾の義弟ロトの実父、シド=アカツキ――と1人の龍王――小嶋瑛介の実父、『天嵐の飛龍王』ヴェントル――の発見と救出があと少しという処で座礁しかけていた。
サマエルの“呪い”を解呪する術は既に完成してある。
横浜に居る転生者・諸星蒼空の協力の元、彼の作った異空間の中でほぼ三日三晩を通して完成させ、保険の分もしっかりと用意した。
残るは肝心の呪われた張本人達の発見と保護なのだが、彼ら2人はそれぞれ別行動している上に、念入りに痕跡を消しているので未だ発見の目途すら立っていなかった。
同族という事もあって、黒王やアルビオンを通して龍族側からも捜索に協力、特にヴェントルの実家である飛龍氏族の者達は血眼になって行方を捜してくれてはいるか、結果は芳しくは無かった。
手掛かりを持っていそうな者達には心当たりはあったが、その者達はシドと契約を結んでおり、相手に不都合な情報を話せない状態にある為期待は出来なかった。
「……時空を司る「銀の氏族」でも見つけられないとなると厄介だな。少なくとも正攻法では足取りを追う事は、実質不可能という事だ」
「世界間を移動する際も、通常のルートではなく、天使達が使うような独自のルートか、又は特殊な抜け道を利用しているのだろう。シド=アカツキが『神殺し』なら、“時空”や“道”を司る神の権能を併用すれば十分に可能だ」
流石は年の功と言うべきだろう。
勇吾よりも遥かに長い時を生きている黒の龍王と白の龍皇は冷静に現時点で集まっている情報を整理し、捜索対象がとっているであろう行動内容を次々に上げていく。
ちなみに2人の御膳は既に綺麗になっている。
「――――相手は見つかれば即座に逃亡する。なら、理想は相手側に一切気付かれる事無く捕捉。同様に気付かれる事無く逃走ルートを全て封じ、気付かれる事無く身柄を確保する。そして説得しながら即座に解呪を開始、といったところだろう」
「それはそうだけど……」
「私、ギルドや情報屋の方でも過去のシドさん達の功績を調べたけど、下手をしたら準・大魔王級かもしれないわよ!」
「うわあ!『大魔王』の息子クラスかよ~」
「それ、なんて無理ゲー♪」
「無理でも何でも、やるんだ!絶対に!」
自分達のしようとしている事の困難さを改めて突きつけられる勇吾だが、その瞳には一切の迷いは無かった。
「ならば、今日は知恵を振り絞る事に専念するべきだろう。無論、修業棟の方で、だ。どうも最近はどこもかしこもキナ臭い。」
「アルビオン、それって……」
アルビオンの言葉にバカ以外の全員の表情が強張る。
バカはデザートを笑顔で食べている。
「この前の天使の件も含め、高天原を含めた『神界』も慌ただしくなっている。その証拠に、今朝は天神が来ていない」
「あ!」
「そういえば!」
「何時もは朝食を食べに来るのに、今朝は来てないわ!バカが変なコスプレしていたせいで気付かなかった!」
天神雷鳥のライ。
勇吾の契約した地球世界の神であり、呼んでもいないのにほぼ毎日朝食を食べにやってくる、有り難さが半減しそうな神なのだが、今朝はその姿を見せていない。
過去にも来ない事はあったが、それらの大半は普段の悪行が上司にバレて謹慎処分を受けている時ぐらいだったが、最近はそのような話を勇吾達は聞いていない。
「――――黒!」
「……ライの上にいる、“あの神”が動き出したのだろう。“奴”は《盟主》の1柱と切っても切れない関係下にある。それはつまり――――」
「封印が……殆ど解けている……!」
戦慄が走る。
ライの背後関係は契約者である勇吾は勿論のこと、この場の全員がある程度把握している。
この世界の、この日本という国の中でも知名度がそれほど高くない部類の神であるライだが、彼が祀られている神社にはこの国の宗教の中でも高位の神格を持つ神々が複数祀られている。
芸能を司る女神、天鈿女命。
その夫で道の神、猿田彦大神。
一寸法師の起源とされる医薬と常世の神、少彦名命。
国造りの神にして健康と円満の神、大己貴命こと大国主命。
そして世界の根源を司る萬物創造神、国之常立神。
「――――国之常立神は別天津神の1柱と対をなす神だ。そして奴は《盟主》の1柱として世界に牙を剥き封印されている。いや、されていただな。俺も天津神にそこまで詳しい訳ではないが、奴が完全に復活を遂げたとすれば、この国の神々は上も下も阿鼻叫喚の渦だろう」
「天之常立神……主神である三貴子を超える神格を持つ《盟主》か……」
リビングを静寂が包み込む。
滞在している国に縁のある、いや因縁の深い《盟主》が復活し、この国に顕現する予兆が出ている。
既に勇吾達は別の《盟主》に敵対しており、このままでは本来の目的を果たすよりも先に《盟主》2柱と接敵する事になる。
ほぼ全員に冷や汗が流れ落ちる。
時間はそんなに残されてはいない。
だが、暫しの沈黙の後に勇吾が顔を上げると、彼はニッと余裕の笑みを浮かべた。
「全員を集めて、直ぐに始めるぞ!」
「おっしゃ!早速連絡を入れて来るぜ!」
「足りない物があったらすぐに補充するわ!」
「僕も色々と集めてくるよ!」
「ちょっと長くなるかもしれないから、《ガーデン》の人達にも連絡しておくね」
と同時に他の面々も喜色満面で立ち上がり、それぞれの行動に移りだしていった。
そんな彼らの姿を見て、ほうじ茶を飲んでいた黒王とアルビオンは互いに視線を送りながら笑みを浮かべる。
「もう、心配は無用のようだな?」
「ああ。どうやら完全に乗り越えられたようだ。『幻魔師』や『神話狩り』が何をしようとも、もう囚われたりはしないだろう。貴殿にも本当に感謝している」
「気にするな。此方としても“希望”を再確認できて助かった」
何処か意味有り気な言葉を交わす2人の龍王(龍皇)。
近い未来、自分達が『天嵐の飛龍王』と爪牙を交えるであろうと予感する2人もまた、勇吾達と共に備えを固めるべく立ち上がった。
策を練るのも当然だが、彼らにはもう1つ優先すべき役割があるのだ。
「あり?俺は何をすればいいのでしょうか?」
「「「後片付け!」」」
1人コントをしていたバカは全員からツッコみを入れられたのだった。
それに半分満足したバカは、鼻歌を口ずさみながら朝食の後始末をしていくのだった。




