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黒龍の契約者―Contractor Of BlackDragon―  作者: 爪牙
第16章 創世の蛇編
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第389話 プロローグ~解き放たれる災厄~

のんびり更新していきます。

――日本 東京――


 日本の中枢都市東京、1000万人を優に超える人間(・・)が暮らす大都市、だが同時に犯罪発生数も国内最多となるこの国の闇が最も濃い魔都の1つでもある。

 年が経つごとに増えていく超高層ビル群、その間を靄の様に漂う排気ガス、地上を忙しなく歩く人々の喧騒、この地球上でも最も栄えた大都市の1つでもあるにも関わらず、何処か虚ろな雰囲気を纏い、繁栄の大小に何かを喪失した魔都のようだった。

 地上を行き交う夥しい数の人々、明るい活気に満ちた瞳を持つ者も決して少なくはないが、その多くからは疲れ果てた様な影や不満や憤りといった負の影を宿していた。

 まるで生きながら死霊の如き闇を漂わせる人々が暮らす大都市東京。

 人々はその歪さに気付きながらも目を背き続け、塵が積もり山となる様に歪みは人々から漏れ出す負の気と共に膨れ上がり、火山の真下で煮え滾るマグマの如く煮え滾っていた。


『……マズい流れだ』


 とある超高層ビルの屋上から都市全体を見渡していたその()は、そのあまりにも危うい流れに危機感を抱いていた。


『世界の自己修復能力を超えている。このままでは人の世にも目に見える形で影響が起きるだろう。やはり、昨今の連続した異変の影響か……』


 この国で最も古い神の1柱である男神の表情が険しくなる。

 その瞳に映るのはこの世界を流動する膨大な“力”、世界の血脈である龍脈、又は霊脈そのものの姿だった。

 それは雄大な大河の様に世界を流れ、視える者には黄金の河のように映る筈だった。

 だが、男神の瞳に映る今の東京の龍脈は酷く澱んでいた。

 それは大豪雨で土砂が流れ込み泥水の様に濁ったものではなく、街から汚水を垂らし流され続けた河の水の様に汚された、濁った輝きを放っていた。

 原因はその地に暮らす人々から漏れ出す“負”の気――――社会に対する不満、他者に対する嫉妬、身の程を超えた欲望、生きる事に対する虚無感、絶望、快楽を貪る様にバラ撒かれる悪意……その全ての思念が負のエネルギーとなり、汚水となって龍脈に流れ込んで汚していく。

 それは文明が発展する際には避けようのない事象ではあり、ある程度は世界自身の修復能力により浄化されていく。

 だが、最近はその修復能力を超えて龍脈の汚染が加速している。

 汚れ過ぎた河川が公害病を生み出すように、龍脈が穢れ過ぎれば現世に悪影響が起きる。

 それは時に文明を滅ぼし、最悪、世界そのものを死へと誘う事さえある。

 故に、男神は現状に対して危機感を抱いていた。


『天界の権力闘争……『幻魔師』による暗躍……邪神・悪神の擬似復活(・・・・)……神孫の強制的な先祖返り……神々の暴走……封印の破壊……爵位級悪魔の大量流出……堕天使…………』


 汚染の加速の原因には心当たりが有り過ぎた(・・・・・)

 この1年の間に起きた世界各地で発生した異変の数々、最初は虚飾的な怪異だったものが世界中を巻き込んだ異常事件に発展し、ついには現世の住人達によって此方側(・・・)の存在をハッキリと認識されてしまう事態にまで発展した。

 それらが異変の当事者ではない人々にまで影響を及ぼし、加速的に負の感情を増幅させ、龍脈の澱みを増加させ続けていた。


『特に我が国で起きた『大罪獣』や、アメリカで起きた天使達の事件の影響が濃いか。この半世紀でこの世界の情報技術は目まぐるしく発展し続けてきた弊害……誰もが縁も縁も余所の地で起きた異変を早く知ることが出来るようになってしまった』


 皮肉な事に、男神が護る現世の人々が文明を発展させてきたせいで今回の件が順調に(・・・)悪化し続けてしまった。

 その事を責める気は男神には無いが、こうも上手く進められている現状には幾ら忍耐が強くても苛立ちを抱かずにはいられない。

 そして何より、現状の先にある“未来”を思うと自由に動けない自身にもどかしさを感じてしまう。


『既に封印のほぼ全てが壊されてしまった。“奴”がこの葦原国(あしはらのくに)に来るのは最早避けられまい。“奴”の恨みは未だこの国と、この国に住まう人間達に向けられている』


 男神は己の手を見つめる。

 神代から変わる事の無い己の手、変われない己自身がこの世の定めそのものを象徴する様に見えていた。


『……まだ、恨み続けるのか。この葦原国を。己を殺した(・・・・・)者達の末裔を。己の存在を拒絶し抹消した記紀を。対の存在(・・・・)でありながら己よりも奉られ続け名を残し続けているこの身()を。全てを奪ったこの現世そのものを……』


 其処には居ない1柱の神に対して男神は問い続ける。

 嘗てはこの男神と同様、この国で最も旧く、最も強大な力を誇り、神々の世界である『高天原』を創造した最も偉大な神の1柱だった。

 だが、ある時よりその存在は記録と共に世の中から抹消され、ついには数合わせの為に古代の人々が想像した架空の神(まがいもの)と扱われるまでにその信仰は衰退の一途を辿り、その神を奉る社もこの国では片手で数える程度になってしまった。


『お前の怒りはよく分かる。欺瞞に満ち溢れた今の世を嫌う気持ちも、大事なものを失い続けている人間への失望も理解はしている。だが、それでも私はお前が選んだ道を肯定することは出来ないのだ。お前は滑稽だと、まやかしだと吐き捨てるだろうが、私にはこの子らの全てに絶望を抱く事は出来ない。今でも希望を見ずにはいられないのだ』


 男神は空を見上げる。

 古の空と比べると酷く澱んで見える青空、文明の代償として今も破壊され続けている空を見つめるその瞳は慈愛と悲嘆の両方を宿していた。



『次に逢う時、お前は私をどの様に嗤うのだろうな――――天之常立神(アメノトコタチ)



 男神――――この国の記紀神話において天地開闢の直後に現れたとされる、世界の根源を司る神・国之常立神(クニノトコタチ)は届く筈の無い己の半身に向け思いを呟いた。


















-------------------------


――????――


 どの世界にも属さず、全ての世界から隔絶された狭間の最奥に存在する異界の牢獄。

 遥か昔、神々が現代よりも人に近い場所に居た時代において、世界に牙を剥き、全ての世界を滅ぼそうとした7柱の神々――――現代では《盟主》と呼称される結社『創世の蛇』の頂点に君臨する神々が封印されている絶対不可侵の空間にガシャンと何かが壊れる金属音が響き渡る。

 金属音は一度だけではなく、ガシャン、ガシャンと何度も繰り返し鳴響き、最後にゴゴン!と重い音が空間を震わせながら鳴響き、僅かな静寂が訪れる。


『―――――』


 光り無き闇の中で、静寂の時間が不気味なほど続く。

 もし、この場に何も知らない普通の人間が訪れていたならば、そのあまりにに不気味過ぎる静寂の前に1秒と掛からず発狂し、5秒と持たずに精神が死んでいただろう。

 例え心身を鍛えられた戦士だったとしても、静寂の奥を直視することは出来ず、数秒で精神の均衡を崩して必死にその場から逃げようとして、その途中で同じく精神の死を迎えていただろう。

 静寂の中でも漏れ続ける敵意と憎悪の籠った神気の前では、常人の精神は塵芥に等しいのだ。


『――――』


 闇の中からそれは前に歩き出す。

 静寂が保たれたまま、その1柱の神は全身から底知れぬ憎悪を漂わせながら牢獄の外へと歩きだし、如何なる者にも邪魔される事無く深淵の外へと解き放たれようとしていた。


『――――貴様が信ずる希望など遥か昔に潰えている』


 神は誰に聞かせる訳でもなく独り言を呟く。

 その声の重みに周囲の空間は軋み、神から放たれる憎悪は一層深く大きく膨らんでいった。


『――――――――待テ』


 其処へ、高くもなく低くもない中性的な声が木霊し神の歩みを止めようとする。

 だが、神はその声に構う事無く歩みを進めていき、ついに牢獄の出口へと辿り着く。

 その視線の先に映るのは数多の世界が漂う時空の大海、そして己が眷属達が築いた『聖地』の街並みの姿だった。

 もっとも、街並みとは言ってもそれは老若男女が生き生きと闊歩する都市ではなく、様々な世界から集まった――そのほぼ全てが何処か深い闇を秘めている――者達が各々の目的を果たす為に創られた『創世の蛇』の組織としての本拠地であった。


『……』


 その姿を神は無言で見下ろす。


『待タヌカ――――アメノトコタチ(・・・・・・・)


 その背後に赤い影がゆるりと近付く。

 「アメノトコタチ」と呼ばれた神はその声に気付いているのか、放ち続けていた憎悪を僅かに弱め、意識の一部を背後へと向ける。


『未ダ時ハ満チテハイナイ。ハデスノ最後ノ棘、バロールノ新シイ神体(カラダ)、ソレガ終ワルマデハ征カセハシナイ。『盟約』ダ』

『……分かっている。我等の『盟約』を違えるつもりは無い。だが、眷属達は動かす。幾つかの世界で度し難い輩が群れ始めているようだ。“時”が来る前に、眷属達に消させる。“Ⅰ”から“Ⅲ”の者達を動かせ。我等に仇名す膿を始末させろ。サマエル(・・・・)

『良イダロウ。ダガ、ヒトツハバロールノ獲物ダ。奴ハ自分ノ獲物ヲ我等ニ譲ルツモリハ無イ。残ル他ノ世界ヘ駒ヲ動カソウ』

『構わん』


 ニィと、ねっとりとした声で語る赤い影はその姿を闇の中より現す。

 それは毒々しい赤い鱗に覆われた盲目の大蛇だった。

 大蛇(サマエル)は地を這いながら神の隣に並び、数多の世界が星の様に時空の海を漂う光景を見上げ、ニィと不敵な笑みを浮かべる。



『デハ、始メルトシヨウ。旧ク汚レシ世界ノ終焉――――ソノ序曲ヲ』






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