第385話 オフ会①
――黎明の王国 某所――
闘技場の外は観戦を終えた人々の活気で溢れ返っていた。
誰もがあの7試合の話題で盛り上がり、勝者も敗者も関係なく戦った者達を褒め称え、小さな子供達は特撮ヒーローのように――実際にヒーローでもあるが――将来はあんな風になりたい、強くなりたいと夢と希望を膨らませており、その光景を歩きながら眺めていた勇吾は此処にはいない義弟を子供達に重ねながら笑みをこぼしていた。
それを横から見ていたジルニトラは、
「ブラコンね☆」
「うっさい!」
ブラコンである事は否定しないのだろうか?
そんな事もあったが、彼らは城下町の裏通りにある一件の(見た目は)小さな居酒屋に辿り着き、躊躇う事無くドアベルを鳴らしながら中へと入った。
するとそこは――――
「――――で勇吾はこう言った。「何時でも会いに行くよ。愛しのリディ」って……」
「青春~~~~♪」
「死ねエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
勇吾のダイナミックダイブインパクト!
丈と銀洸は盛大に地の底に沈んだ。
「デマ吹いてるんじゃねえよ!!このダブルバカが!!」
「「あぶぶ……!」」
赤面な勇吾はしっかりとバカ2人の頭を地面に減り込ませ黙らせる。
同時にシンと店の中も静寂に包まれた。
その後、居酒屋の店主が怒りのオーラを発しながら静寂を破り、しっかりとお説教を受けたのは言うまでもない。
「YU~GO~器物損壊イケないんだ~!」
「ギルティ~☆」
それを横から茶化すバカ2人(復活)も直後に店主にお説教を受けた。
ちなみに店主は女性(43歳・A型・既婚者・子供4人)である。
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「――――で、今更だが国の重鎮が火の高い内から酒場に勢揃いしているのってどうなんだ?」
俺は大ジョッキに注がれた林檎酒を飲みながら――色々無視され気付いたら飲まされていた――同じ宅で混成酒を飲んでいるこの国の国家君主に訊ねた。
重鎮どころか国家君主が火が昇っている……正確にはもう沈み始めている時間だが、そんな時間に酒を飲んでいて大丈夫なのかと若干不安になる。
若干と思ってしまうのは、祖国の一部王族が真昼間からビールを一気飲みしている光景に慣れてしまっているせいだろう。
一般常識が知らず知らずの内に毒されているとは……世界の恥め!
「心配は無用。本日分の政務は早朝の内に済ませてある。余程の緊急事態でも発生しない限りは、今日はもう終業、他の6人も同じくだ」
「……朝の数時間だけで政務終わるって、それはそれで大丈夫か?」
「知っての通り、この国が存在する世界は他世界からは極めて発見し辛い上に誰もが自由に出入りすることは出来ない。神でさえ、余程の神格があり、同時に契約者が此処に居ない限りは干渉する事はできない。それ故に《盟主》も手出しすることは出来ない」
「それは、他世界の国家と外交を結ぶこともほぼない。鎖国に近い状態、ということか」
「ある意味ではその表現が近いな。外界から閉ざされているが、国交が皆無という訳じゃない。それはお前が知るべき事ではないがな」
「客人ではあるが、あくまで余所者だから」
「そういうことだ」
ニヤリと笑みを見せながら国王はグラスを空にする。
つい数時間前に死闘を繰り広げていた2人は同じ卓を挟んで寛いで(?)いた。
俺の方は負けたことをまだ引き摺っている事もあり、どこか余所余所しさがあった。
「――――本気で勝つ気だったようだな?」
「!」
そして俺の態度をエリオットが見逃す筈も無かった。
「最初に聞いた話では、若者にしては慎重な男だったが、実際に戦場で対峙してみれば凱龍王の末裔に相応しい熱き血潮に溢れているじゃないか。相棒と同様、久方ぶりに本気で楽しませてもらった。感謝する」
(楽しかった、か……。あの状況でも楽しむだけの余裕があったということか。いや、仮にあれが追い詰められていたとしても平常心を保っていられたということだ。完敗だな。力でも、心でも…………今回は)
「……」
「何だ?」
何時の間にか追加の酒を飲み始めていたエリオットはニヤニヤしながら俺を見つめてきた。
何だ、何がそんなにおかしい?
「成程。抗い様も無くモテる訳だ」
「はあああ!?」
あまりにも意味不明な言葉に、俺は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
モテる?
俺が?
顔やスタイルは普通よりは上(*凱龍王国基準)だとは自覚しているが、俺の周りには天然ハーレム製造野郎がこれでもかという程いる。
当然、その中には目の前で酒を飲んでる王様も含まれる。
言っておくがモテだったら俺は精々人並みレベルだ。
「此処に来て鈍感ときたか。以前の慎重さの仮面を付けていた頃のお前なら自覚していただろうが、今のお前には無理か?」
「だから何が言いたい!?」
「側近の調べによれば、お前の日本の親戚は自分達の娘を婚約させたいらしいぞ。お前と」
「はあああ!?」
何だそれは!?
初耳だぞ!!
「親の方はお前の非常識なコネや財産が目当てらしい。お前の亡父が残した個人遺産は、地球世界の価値に換算すれば世界を騒然とさせる物ばかりだと知ったが故にな」
「……何で連中が父さんの遺産の事を知っている?」
あの連中は俺や俺の家族を煙たがっていたから母さんも姉ちゃん達も父さんの……天雲家の財産については完全黙秘している。
父さんの遺産にはあっちの世界でそうではないが、日本だと確実にマスコミやら文科省やら大学やら宮内庁やらが騒ぎ出す代物のオンパレードだ。
知ったら欲しがる輩が湧いて出てくる。
ましてやあの親戚連中なら――曾祖母さんは除くが――名声やら財やらに目が眩むのは目に見えている。
だから俺も隠しているんだが、何で知られているんだ?
「あそこで3Dツイ〇ターゲームをしている2人組が漏らしたようだな。対価として京都丹波の松茸やA5ランクの近江牛と松坂牛を要求したようだが。ああ、あとは鱧やクエもか」
エリオットが指差した先、そこには床だけじゃなく空中にも並べられた四色の〇印に手足を伸ばしているバカ共がいた。
銀色の方のバカは尻尾も伸ばしてプレイしている。
無駄に器用なバカ共だ。
「……ちょっと待ってろ」
俺は席を立ち、腰を捻らせているバカ共の下へと足を運ぶ。
そして迷わずその腐った頭を2個同時に鷲掴みにした。
「「What!?」」
「……ちょっと表に出ろや」
「「Ah~~~~~~!!」」
俺は周囲の視線など微塵も気にすることなく、バカ共と一緒に店外へと出ていき、御近所に迷惑を掛けないよう結界を施したうえで“処刑”を決行した。
不思議と、だけど当然と納得してしまうが如く野次馬が歓声を上げたのは余談だ。
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宴会は普通に夜まで続いた。
日没を過ぎた辺りから店内の卓には子羊の丸焼きやらマグロっぽい初めて見る魚の活造りなど豪勢な料理が出始め、底なしの胃袋を持っているんじゃないかと思われる連中――誰の事かはご想像に任せる――は酒と一緒に豪快に食べていった。
あいつ等、そろそろ食べた料理の量が自分の体積を超えようとしているのにまだ食うのか。
「フゥ……」
「満腹か?」
「……何でまだ俺の前に座ってるんだ。お前は」
国王は相も変わらず俺と同じ卓の前に座っていた。
周りでは冬弥が「マンガ肉だー!」と叫びながら骨付き肉を頬張り、リサやミレーナはルビーと一緒にデザートを堪能、ウリエルは天使の威厳を完全放棄した痴態を晒していた。
トレンツは……酔い潰れてるな。
調子の乗って度数の高いのを飲んだのか?
で、目の前の国家君主は何で俺にばかり構ってくるんだ?
「それは愛――――」
卓の下から銀洸が顔を出してきた。
俺とエリオットはほぼ同時に手を伸ばしてバカの頭を握りつぶそうとした。
「子供は風呂に入って寝る時間だ」
「あ~」
が、それよりも早く黒が奴の首根っこを掴んで店外へと連れ出していった。
バカは《転移》で逃亡を図ろうとしようとするが悉く封じられているらしく、見た目相応の子供のようにジタバタと手足を振りながら俺達の視界から消えていった。
黒、グッジョブ……?
「……良い相棒だな?」
「何で疑問符が付くんだ?」
「……」
何故か生暖かい目で見られた。
何だ、その若干の同情が混じった眼差しは!
「店主、何時ものを」
俺の説明を求める視線を柳のように受け流し、何時の間にかバーテンダーに変身していた店主に注文を出し、店主は見事な手さばきでシェーカーに酒を注いでカクテルを作り始めていく。
この男も随分と飲んでいる筈なのに……ワクめ。
「大分、元気になってきたようだな?」
「?」
「俺達に完敗して、随分と落ち込んでいたようだからな。一国の王ではなく、一人の年長者としてヤケ酒の相手をしてやろうと思ってな。この数時間で随分と気持ちが落ち着いただろ?」
「……お前、結構イイ性格をしているな?」
「大抵の為政者はイイ性格をしているか腐った性格をしているかの2種類に分かれているものだ。それは、お前の国なら誰でも理解できてるだろ?」
イイ笑顔を向けてきやがった。
自分が負かした相手のヤケ酒に自主的に付き合おうとか、正確悪過ぎだろう……って、俺は一度もヤケ酒をしてるなんて言ってないだろうが!!
俺は視線で反論するがまたもやスルーされ、丁度そこへカクテルが届き、エリオットは上品にグラスを持ちながら最初の一口を飲む。
その仕草が一々優雅というか、カリスマを無駄に放っているというか、別の卓から黄色い声を上げさせていてイラッと来る。
そして一口飲み終えた直後、奴が纏っていた空気が微かに変わった。
「――――さて、そろそろ闘技場でやりそびれた“敢闘賞”の授与を始めようか」




