第384話 試合後
――闘技場 観客席――
闘技場全体が歓声に沸いた。
ついに決着がついた大将戦、その勝者が自国の王ということもあって観客の国民達は盛大に自分達の王の勝利を称えた。
しかし、観客達の誰も敗者の勇吾達を嘲る事は無かった。
むしろ称えていると言っても良い。
歓声の中には「よくやった!」「その歳で強過ぎだろ!?」「恋人になって~♡」といった声も普通に混ざっている。
それがこの国の長所なのかもしれない。
正々堂々と全力を尽くして戦った者には心から称賛を贈れる。
この国の住人達の誰もが彼を、彼らを認めているのだ。
『全試合終~了~!!最終試合を制したのは『黎明の王』エリオットォォ~!!これにより、この決闘の勝者は3勝2敗2引き分けにより、勝者チーム『黎明の王国』~~~!!』
マイクを片手に大声を上げるのはテンションがマッハの丈だった。
『俺達に賭けた人は御愁傷様~♪』
そう言って賭券をフリフリさせる丈。
直後、一部の観客が暴走し始めたが本編には関係が無いので割愛。
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――闘技場 メディカルルーム――
試合終了後、重傷を負った勇吾はそのまま城内のメディカルルームへと運ばれ、直ぐに精鋭ドクター達によって治療されていった。
重傷を負わせた張本人が本当にギリギリのところで即死しないように加減した事もさることながら、勇吾自身のずば抜けた生命力により――ドクター達の医療チートも活躍した――直ぐに容体は安定したのだった。
そして数時間が過ぎた。
「……ん…………」
まるで100年も深い眠りについていたような、そんな感覚を感じながら勇吾はゆっくりと両目を開いていった。
「此処は…………ああ……俺は、負けたのか…………クソ!」
まだ十分に回復していない――といっても普通に立って歩いたり走ったりは出来る。全力ではまだ戦えないが――体を無理矢理動かして拳をベッドに叩きつける。
勇吾の心に一気に雪崩れ込んでくるのは敗北に対する悔しさと自分の力不足に対する苛立ち、そして決闘そのものでも敗北し当初の目的を達成する事の出来なかった事への途方もない後悔だった。
最初から勝ち目が薄かったと言えばそこまでだが、可能性がゼロではなかった以上は何が何でも勝つと誓っていた。
観客席で見守ってくれていた仲間と、自分自身と、そして、此処にはいない1人の仲間と義弟に。
「瑛介、ロト……すまねぇ……」
右目から一筋の涙が零れ落ちる。
今回の事で道が全て閉ざされたわけではない。
それを理解してはいてもこの感情を抑えることが出来なかった。
「かっこわりぃ……」
「その辺りはまだまだ子供なのね。そこが可愛くて好きなんだけど♡」
「っ!ジルニトラ……」
不意に聞こえてきた美声。
振り返ればそこには1人の妙齢の女性が椅子に座りながら微笑んでいた。
勇吾は目を見張った。
その女性は勇吾が契約している神の1柱、女神ジルニトラだった。
「何でお前がここに居るんだ?」
「あら?私が泣き虫な男の子を慰めに来るのは変な事かしら?」
「誰が泣き虫だ」
「涙を拭いてから反論しなさい」
「……」
顔を真っ赤にし、勇吾は袖で顔を拭く。
「――――黒王に呼ばれたのよ。こういうのには私の方が適材適所だから、って」
「黒が、か……」
「さあ、慈愛の女神に泣きつきなさい♪」
「お前は魔法の女神だろが。しかも肉食け……」
「何?」
「何でも無い」
一瞬、女神の殺意というものを感じた勇吾は本能的に誤魔化した。
ジルニトラは自称慈愛系女神――実際は肉食系やや加虐な女神だが――なのだ。
「素直な子は好きよ♪」
良い子良い子と勇吾の頭を撫でるジルニトラ。
贔屓目に見ても美女なジルニトラに撫でられ赤面してしまう勇吾は、取り敢えずこの変な空気をどうにかしようと話題を変える。
「それで、あの後はどうなったんだ?」
「私も“上”から観て……私が来てからの事でいいなら話すわ」
「おい……」
勇吾は眉間に皺を寄せる。
この女神、実は今回の顛末を一部始終高見の見物していたらしい。
「ゴホン!知っての通り、決闘は貴方達の負けに終わったわ。貴方は重体のまま此処に運ばれてこの国で最高の治療を受けて無事に回復、1時間半前までは黒王だけじゃなく皆が来ていたんだけど心配が無いと分かるとさっさとオフ会に行ったわ。主に銀色のおバカさん達が先導して」
「あのバカ……オフ会ってネトゲか!」
「黒王も今回は何気に彼らを押してたわね。きっと起きたばかりの貴方の心情を察して皆を遠ざけたのでしょうね。良いわね。男同士の友情って」
ジルニトラは楽しそうに微笑む。
理由さえ除けばこの微笑みはまさに慈愛の女神のそれだった。
「それでどうするの?私もお酒を飲みに行きたいんだけど」
「……少しはオブラートに包めよ」
「神は欲望に忠実なのよ。ハッキリ言うし、あっさり切り捨てもするのよ」
「ドヤ顔やめろ」
「まあ、行き過ぎると討滅されるのだけどね。此処の王様や、最近話題の“神殺し”や“勇者”くんとかにね」
「……」
「此処の王様」と聞き勇吾は沈黙する。
先程の感情が再び湧き上がってきたのだ。
その様子を見て、ジルニトラは「フフフ」と面白そうに微笑む。
今度は駄女神の微笑みだ。
「悔しいと思えるのは善い傾向よ。これを原動力にして先へ進む事が出来るもの。勇吾、貴方は今回の敗北で“目的”を諦めるのかしら?」
「んなわけねえだろ!」
「なら、もう心配はないわね?」
「!?」
突然、勇吾を柔らかい感触が襲う。
それは不意打ちだった。
気付いて時には勇吾の顔はジルニトラの胸の中に埋まっていたのだ。
「大事な契約者くんを綺麗な女神様が元気付けてあげるわ。好きなだけパフパフしなさい♡」
(そのネタ、何処で覚えた?そしてちょっと古い)
勇吾は口に出してしまいそうになるのをどうにか抑える。
この女神、何気に美貌なら大地母神や美神にも引けを取らないと考えている上に、禁句を言ったりすると直ぐに沸点を超えてしまう――丈や銀洸などがよく沸騰させている――ので安易なツッコみは避けたのだ。
大抵の女神は下手に怒らせると碌な事にならない、という理由もあるが。
「……その辺にしろ!」
「その辺までは良かったのかしら?」
(この女神……)
「それよりも、動けるなら皆の所に行きましょう。ブランデーが飲みたいわ」
「酒神のとこにでも行けよ」
「嫌よ。彼、最近はカメカメって独り言を呟いていてキモイのよ。似た理由でソーマもパスね。私は若い子と飲みたいわ」
「……」
この女神はアル中なのか?と思いたくなる勇吾だったが、やはりそれも心の引き出しの中に封印しておくことにした。
「……分かった。クヨクヨしていても仕方ねえし、ヤケ酒でも飲んでくるか!」
「フフフ、その調子よ。幸い、この国だと(人間種は)飲酒は15歳以上からOKみたいよ。ただし、発達途中の人体への害を除く術式の装着が前提条件だけど」
「人間辞めてる輩が多いとあまり意味が無い法律だな」
「それと、酒屋が潰さない為に神格持ちは“ワク”から“ザル”に強制レベルダウンされるそうよ。私はそれでもいいけどね」
「だろうな。酒神が降臨した日には、国中の酒が消えてしまう。物理的に」
「龍族も99.99%“ワク”だけど、何故か規制されてないのよね」
「黒達は自重出来るからな。銀の氏族でもない限りは規制する必要はないだろ」
そのような雑談をしつつ、勇吾とジルニトラはメディカルルームを出ていく。
既に観客は闘技場を全員去ったのか、移動中は職員以外との王国民とすれ違う事も無く2人はオフ会の会場へと向かって行った。
・女神ジルニトラ、マイペースな神様です。




