第36話 馬鹿は普通に他人の家を改造していく
・ちょっと久しぶりに琥太郎達の話です。
――2011年7月17日 桜ヶ丘市 桜ヶ丘中央総合病院――
桜ヶ丘に悪魔アンドラスが来てから5日経ち、今日は入院していた琥太郎達の退院日だった。この日は休日だったので、病院に来る人は急患と琥太郎達のような退院する人の家族位だった。
「―――――じゃあ、会計を済ませてくるわね?」
「うん、僕はここで待ってるから。」
母親が会計を済ませに行くのを確認し、琥太郎は待合の椅子に座っている友達の元へと向かった。
休日の今日、待合にいるのは琥太郎と同じ日に入院した同級生だけだった。彼らの多くはあの戦いで記憶の欠落などの後遺症を抱えており、今も何故自分が入院する事になったのか分からずにいる者がいた。
その中で、琥太郎と同様に記憶の欠落もなく退院する者がいた。彼は家族の同伴もなく、自分の隣に大してない荷物を置いて椅子に座っていた。
「――――――琥太郎?」
「晴翔、やっぱり家の人は――――――――」
「来る訳ねえよ。無理矢理追い出した息子の退院よりも、まだまだ入院が続いている親父や兄貴の方が大事だろうからな。」
「でも、妹さんはお見舞いに来てくれたよ?」
「――――1回だけだけどな。大方、母さんにでも止められたんだろうな。」
ハア、と溜息まじりに話す晴翔に対し、琥太郎は何も言えなかった。
あの日以降、勇吾達以外で2人の病室に見舞いに来たのは琥太郎の家族と晴翔の妹、そして高校の担任だけだった。晴翔の家族はアンドラスの起こした事件に巻き込まれ、父親は火事で重傷、兄は暴行に遭って入院した。母親も交通事故を起こしてしまい、その後は無事だった妹とホテルで暮らしている。その妹も晴翔の言うとおり、見舞いに行った事を母親に咎められ、それ以降は姿を見せていなかった。
退院の付き添いがいないのは晴翔だけではなかった。元々晴翔のように家庭に問題を抱えた者だった事と、晴翔の家族のようにアンドラスの起こした事件によって家族そのものが被害に遭ってた事が重なったことで彼らの多くは1人で退院するようである。
アンドラスの起こした事件の爪痕は未だ深く残っており、被害は増えてはいないものの、桜ヶ丘の住民にはいまだ恐怖から逃れられない物も多い。警察も未だ犯人の捜索を続けてはいるが、犯人が悪魔ですでに討滅させられているので何れ迷宮入りとなって人々の記憶からも消えていく事になる。最初の惨殺事件の被害者遺族などを除いては――――――――。
「―――――あ!勇吾達だ!」
「ん――――――!?」
外の方を見ると、そこには退院祝いを持った勇吾達の姿があった。
--------------------------
その後、病院の待合で合流した5人は琥太郎の母親に適当に挨拶をし、退院パーティを行うために晴翔の家へ向かった。パーティ自体は琥太郎の家でもやれたが、家族のいる場所では話せない内容の話もするので1人暮らしの晴翔の家で行う事となった。
途中、慎哉が勇吾の幼馴染達が来てからの騒動を一部始終話していたら2人はドン引きした。
「――――――世界創った!?」
「数時間で町も――――無茶苦茶だ。」
2人の想像力の埒外にいるチートの話に、2人とも引き攣った顔になる。
「黒、これが普通の反応だよな?」
「―――そうだな。少なくとも普通の日本人の反応ではあるだろうな。」
「え、俺って普通じゃねえの?」
「「――――――微妙だな。」」
勇吾と黒王は悩む様に言った。
そんな雑談が続き、5人は晴翔が暮らしているマンションに辿り着いた。そこは、まだ築5年経っているかどうかといった具合の新しい高層マンションだった。
「スゴッ!こんなとこに1人暮らしって――――――!」
「――――僕も知らなかった。」
「そんなにイイとこじゃないぜ?俺が言うのもなんだが、中に住んでる奴らには胡散臭そうな連中もいるしよう?」
「――――――確かに、陰湿な気が見えるな。」
「マジで!どこ!?」
慎哉はマンションを見渡すが、見えるのはこの辺りを流れている自然魔力だけだった。
「無駄だ、それは黒だから見えるだけだ。」
「それに見えない方いいモノだ。耐性のない人間が見れば、精神を病んでしまう事もあるからな。」
「俺の住んでるとこにそんなもんが――――――。」
「安心しろ。今のお前には害はない。」
それは以前は害があったと言う意味でもあった。だが、その事には勇吾以外は気づいてはおらず、勇吾も黒王と同様にあえて言うつもりはなかった。
「で、何階なんだ?」
「3階だ。」
5人はエレベーターに乗って3階まで昇り、「神宮」と書かれた表札のあるドアの前に来た。
「言っとくけど、何もないから期待すんなよ?」
晴翔は鍵を開け、ドアを半分ほど開いた。
「ほら、中・・・・・・・!?」
「どうしたの?」
ドアを開けて中に入ろうとしたところで晴翔の動きが止まる。どうしたのかと、4人は半分まで開いたドアの向こうを覗いた。
そこにはプラカードを持った馬鹿が立っていた。馬鹿は「おいでませ!」と書かれたプラカードを掲げ、満面の笑みで5人を歓迎した。
「ウェ~ルカ~ム!」
直後、勇吾は唖然としている晴翔の頭上を飛び越え、そのまま馬鹿の顔面を蹴り飛ばした。
「ブゴォ――――――――!!」
「丈―――――!!何してんだテメーはあ!?」
「ゆ、勇吾!?」
馬鹿よりも勇吾の行動と言動の変わりように驚く琥太郎。その後ろで黒王は溜息を吐き、慣れ始めている慎哉は「あ~あ!」と口から零した。
唖然としていた晴翔はようやく正気を取り戻し、前の壁にめり込んでいる馬鹿に気を取られつつも、久しぶりに帰ってきた家の以上に気付く。
「お、おい!どうなってんだ!?ここ、俺の家だよな!?」
晴翔はドアの向こうを見渡す。そこは何度も出入りしている玄関の光景ではなく、別の家の玄関だった。入ってすぐ左と、馬鹿がめり込んでいる壁の横にそれぞれドアがあり、後者のドアは今自分が開けたドアと同じデザインのドアだった。
馬鹿は勇吾に壁から引っこ抜かれ、そのまま胸倉を掴まれていた。
「テメエ、何でここにいる!?何で今初対面したばかりの相手の家がこんな事になっている!?さっさと答えろ馬鹿!!」
「ウッ・・グオ――――!!」
「勇吾、そのままだと馬鹿でも窒息するぞ。」
あくまで冷静な黒王に言われ、胸倉を掴んでいた手を放す。
「ゲホッ!何すんだよ勇吾!俺が何か悪い事したか!?」
「今しただろ――――――――!!!」
「落ち着け。」
もう一度蹴りこもうとするが、その前に黒王に両腕を押さえられてしまう。猛獣のように唸る勇吾をどうにか宥め、黒王が変わりに馬鹿に問い詰める。
「――――丈、取りあえず晴翔の家をどう改造したのか説明してくれるな?」
「オ~ケ~~!やっぱ黒は話が分かるな~~~~!そうだな、まずはここのドアをOPEN!!」
そう言って、馬鹿はさっき自分がめり込んだ壁の横にある方のドアを開けた。
「―――――――あ、俺の家!!」
開いたドアの向こうにあったのは晴翔の家だった。
「あ、あった・・・・・・!」
晴翔は開けられたドアの向こうに走って飛び込み、そこが入院前まで自分が住んでいた家だったのを確認し、安心してその場に座り込んだ。住み始めてから数か月、帰って来ない日もありいい思い出もなかったが、消えてなかったと分かった途端、何故か安堵の声が出たのだった。
その姿を見た勇吾は、改めて馬鹿の方に睨みを飛ばす。先程よりは落ち着いてきたのが伝わったのか、黒王も勇吾を解放した。
「―――――で、どうしてこんな事をしたんだ馬鹿?」
「人前で馬鹿って酷くね?」
「いいから答えろ!」
怒りを必死に抑えながら問い詰める。
それに対して馬鹿はこう答える。
「――――――――ノリ?」
ゴン!ゴン!
勇吾と黒王が一緒に拳骨を落とした。
「――――――でさ、昨日町造ったじゃん?だったら後は住民を集めるだけと思ったら、何か新キャラ登場っぽい話聞いたから先回りしてたって訳だ!」
馬鹿は親指を立て、ニッと笑う。
「あ、でも万が一家族とか来たらバレるんじゃね?」
慎哉は当然の疑問を言う。晴翔は両親から見放されたと言っても兄弟は違う。特に妹は晴翔が入院している時に唯一見舞いに来た肉親であり、ここに来る可能性は十分に考えられた。
だが、そんな心配はすぐに解消された。
「チッチッ!ノープロブレムだぜ!ドアにはちゃんと仕掛けを作っといたからよ。関係者以外が向こうから開けてもこっちには来れないようになってるぜ!」
馬鹿の話によると、現実側のドアには魔力で相手を識別する魔法を仕掛けてあり、例え家族でも一般人が開けようとしても異空間側にはつながらず、普通にマンションの部屋に入るようになっているらしい。
「スゲェな!」
「だろ?」
慎哉は素直に驚くが、勇吾や勝手に家を改造された晴翔は複雑な顔をしていた。
「あ、それとそこのサムライの兄ちゃん?」
「え、僕?」
不意に声をかけられた琥太郎は思わず自分を指さし、馬鹿も琥太郎をビシッと指さした。
「そうそう!兄ちゃん、琥太郎ていったっけ?隣の家、兄ちゃんの部屋と繋げといたぜ!」
「ええ!?」
直後、馬鹿にまた拳骨が落ちた。
「っ痛え!おい勇吾、さっきから何すんだよ!?反抗期かよ?」
「おい馬鹿、お前どこまで勝手な・・・・・!」
「――――勇吾、話が進まないから黙っていろ。」
ある意味理不尽だったが、勇吾は黙って後ろに下がった。
--------------------------
その後、もう一つのドアからガーデンの町に出ると、その光景に琥太郎と晴翔は言葉を失った。
「こ、これ全部1人で造ったの!?」
「おうよ!」
「マジかよ!?チートにも程があるだろ!!てか、人間業じゃねえだろ!?」
「それが人間業なんだぜ?」
有り得ねえだろ、という声があがるが馬鹿はそれ以上は無視して進めていった。
仮称「新・神宮家」は外観はヨーロッパ式の1階建ての家だった。広さは一世帯どころか2世帯が暮らせるんじゃないかと思えるほどあり、壁などは煉瓦でできている。屋根には煙突もあり、お伽噺にも出てきそうな感じの家だった。
その隣には仮称「新・立花家」の木造家屋が建っていた。広さは隣よりも狭いが、こちらは2階建てで様式は日本でも見かけるデザインだった。隣のレンガの家とも違和感なく共存している。それぞれの家にはアルファベットで書かれた表札も掛けられていた。
「「・・・・・・・・・・。」」
日本の高校生が持つには豪華すぎる家に琥太郎も晴翔も呆然と立ち尽くすしかなかった。
そこに空気を読まない馬鹿が「ドッキリ大成功!」と書かれたプラカードを掲げてきた。
「よし!サプライズ成功~~~~~~!」
「なあ、俺のもねえの?」
「心配するな、俺は差別はしねえからよ!ほら、あそこだ!」
馬鹿が指した方向には琥太郎の家とほぼ同じデザインの家があり、しっかり「KITAMORI」と書かれた表札もあった。
「そして言い忘れたが、3件とも中に勇吾の家と直通するドアがオプションとして付いている!!」
「――――おい!」
「しかも、エコエネルギーを採用しているので光熱費は一生タダ!!」
「マジで!?ラッキー!」
「さらに、家の中には冷蔵庫やテレビ、パソコンや空調も完備!テレビは地上波だけじゃなく、BSやCSの全チャンネルが視聴可能だ!!」
「至れり尽くせりだな・・・・・。」
次々に明かされる内容に、最早勇吾以外はツッコむ気にすらなっていない。慎哉に至ってはテンションが上がりっぱなしだ。
「そしてこれは男性限定のオプション!」
「まだあるのか!?」
「何と!今なら女露天風呂の覗き窓つ―――――――――――」
馬鹿の馬鹿な発表は最後まで続かなかった。
ズド―――――ン!!!!
空からモアイが飛んできて馬鹿に直撃した。
「「「えええええええええええええ!!!???」」」
振動と共に、目の前に立っているのが馬鹿から一瞬でモアイに換わった。慎哉、琥太郎、晴翔の3人は突然の出来事に、声をハモらせながら驚いた。
「―――――殺人事件!!??」
「いや、死んではいない。」
「死んだだろ!!どう見ても即死だろ!?」
「何でモアイが!?」
地面を見ると、モアイの周りが真っ赤に染まっている。
3人は何度もモアイの周りを確認する。
すると、モアイの影から馬鹿がニュっと出て来た。
「うおおお!?何じゃこりゃぁ―――――!?」
「って、無傷かよ!?」
「―――――こいつは殺しても基本死なない。」
ワザとらしくリアクションを取る馬鹿。よくみると、地面を赤く染めているのはトマトジュースだった。
そこへ、モアイを投げてきた犯人がやってくる。
「チッ!やっぱり無傷ね!!」
「――――リサか・・・・。」
「聞いたわよ!お約束って言うか、やっぱりそんな事企んでたわね!!」
怒りの形相で現れたリサ。
さっきの会話をどこからか聞いていたリサは即座にモアイをいつもみたいに馬鹿目がけて投げたいた。だが、馬鹿はそれを同じくいつものように回避していたので直接殴り飛ばしに来たのだ。
「わ~~~~~!ヘルプミ~~~~~~~~!!」
「逃がすか!!」
馬鹿は森の方へ向かって逃亡し、その後をリサが加速しながら追いかけていく。凱龍王国にいた頃は日常茶飯事な光景を前に、勇吾と黒王は溜息を吐き、それ以外は呆然と見ているしかなかった。
「――――とりあえず、パーティやるか?」
しばらくして、勇吾は馬鹿の事はリサに一任する事を決めて本来の予定に思考を戻した。
「そ、そうだね。」
「――――――――だな!」
「なあ、このモアイどうすんだ?}
「――――――放っておけ。」
その後、森の方向から爆音が響き渡るが気にする者は誰もなく、勇吾達は予定より少し遅れて琥太郎と晴翔の退院パーティを行うのだった。
--------------------------
後日、イースター島でモアイが1体行方不明になったとのニュースが世界中で報道され、その翌日になぜかトマトの匂い付きで戻ってきたと報道された。世間は宇宙人の仕業だの、地元住民の悪戯だの様々な推測を並べるが真実に至る者はごく一部だけだった。
――リサの能力――
【投擲(Lv4)】
・手で掴んだ物を標的に向かって投げる。距離・威力は投擲物に込める魔力に比例する。
・普通に魔力を込めて投げるよりも細かい制御が利く。
・オリンピック?ギネス?そんなものじゃ測りきれないぜ!地球の裏側だろうと、月の裏側だろうと狙った獲物は逃さない!俺もカミさんから逃げられない!!HELP!!!!
・ガーデンには馬鹿が世界中から勝手に持ち込んだものが散乱しています。モアイはそのうちのひとつです。




