第370話 慎哉VSファラフ④
――山岳ステージ(という名の何も無い空間)――
東部に生えた耳、背後に伸びる尻尾、口からはみ出た犬歯、まるで獣人とも見える姿を前に、ファラフは確信を持って一言呟いた。
『…………半神半人』
彼の全身から放たれ続けている“神気”を見つめながら、ファラフは以前から気になっていた可能性が現実になったことに対し、困惑でも驚愕でもない満足や安堵に近い感情を抱いていた。
『彼らの出自を考えれば当然の事象。一度死を体験したことにより覚醒した冬弥と同様に、慎哉の方にも肉体的変化が発生する可能性は十分に有り得た。『白狼』は人の世でも生を全うできるよう、念入りに小細工を仕掛けたようだが、少々甘かったようだな。もっとも、試合の最中に起こさせてしまった私に嗤う資格は皆無であるが』
儘ならないものだなと、こうなる前に勝負を付けるつもりだったファラフは独り言を呟いた。
『半神半人――――神と人間の間に生まれた存在、または神に至らない下級神や神格と神性を得て進化した生物を指す言葉である。
前者の場合、主にギリシャ神話に登場する英雄ヘラクレスとペルセウス、ケルト神話のクー・フーリン、キリスト教のイエス・キリストもこの中に含まれ、後者ではインド神話の阿修羅や夜叉が有名である。
そして慎哉と冬弥の場合、人間の両親の間にアイヌ神話の狼神である『白狼』ホロケウカムイの力が加わって生まれた存在、広義の意味では神話に登場する半神半人達と同類にあたるのだが、ホロケウカムイは彼らが人間の中で生きられるように手を加えた為、最近までは2人とも生物学的には普通の人間と変わらない存在だった。
だが、それも2人が再会したのと同時期に発生した事件で冬弥が1度死んだことで彼は人間から聖獣へと覚醒した。
この件を知っていたファラフは、同様の現象が兄である慎哉にも起きる可能性があると推測し、過去の例を元に検証した結果、その現象が最も発生しやすいのは生命の危機や圧倒的強者との戦闘状態であると結論付け、今回の試合でも確実に勝利するには現象が発生するよりも早く倒そうとしていた。
それこそ、星1つを道連れにするほどの高火力の攻撃を連発したのだが、結局はファラフのもくろみ通りには運ばず、慎哉もまた弟は異なる覚醒を遂げたのだった。
更には……
『……聖獣武装化。退場させたと思ったが無事だったか』
目の前の白髪の少年、それが慎哉なのには間違いない。
だが、それだけで“あの姿”はそうそう有り得ない。
今の慎哉の姿は、聖獣である弟の冬弥を武装化させて身に纏った事により生まれたものだった。
それはつまり、ファラフが殺すつもりで放った鉄槌の直撃を受けながらも、冬弥はしぶとく生き延びていたということである。
天使も戦慄させるほどの生命力である。
『だが、やるべき事は変わらない』
ファラフの両目が僅かに鋭さを増す。
同時に、ファラフの背後にある太陽が光を増した。
『《白き星風》』
太陽から光が弾け、無数の光の礫が暴風雨となって慎哉に襲い掛かる。
それに対し、慎哉は体を前に屈ませると、直後に宙を蹴って前に突っ込んでいった。
『『―――――裂けろ!!』』
両目を獰猛に光らせ、両手に装着された白銀の爪で光の暴風を切り裂いた。
『万象を切り裂く白銀の神爪……』
白い冷気を漏らしながら自分の攻撃を切り裂いていく慎哉の爪を見て、ファラフは瞬時にその力を見抜き、攻撃の手を変えた。
『《白雷の眷属》《天焔の眷属》』
火花と共に大小無数の獣達が現れ、群れを成して一斉に慎哉へと襲い掛かる。
常に放電し続けながら走る獣、鋼も瞬時に熔かす高熱を放ちながら飛ぶ鳥獣、その速度は最低でも亜光速の域に達しており、その全てを回避するのは慎哉には不可能に見えた。
だが、慎哉は捕食者の目に獣達を睨むと、足を止めず口を大きく開いて咆哮した。
『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――ッッ!!!!』』
世界を震え上がらせるかのような咆哮が獣達に襲い掛かり、咆哮が止んだ時には1匹も残らず凍り付き、宙に漂う氷像と化した。
『『ガッ――――――!!』』
そして加速しながら物言わぬ氷像を食い千切り、そのまま飲み込んでいく。
物言わぬ氷像を食う毎に慎哉の力は増してゆき、ファラフの眼前に迫った頃には全身から溢れ出た力が巨大な狼の姿を模してファラフを睨みつけていた。
『万象を凍結させる咆哮……万象を喰らう牙……』
『『ウオオオオオオ!!《神狼斬》!!』』
ファラフは何重もの障壁を展開し、そこに慎哉の爪が激突、一瞬で100枚以上の障壁を破壊した。
ファラフは更に500枚の障壁を展開し、同時に背後の太陽から紅炎を噴出させ、弧を描かせながら慎哉に対して正面以外の全方向から襲わせる。
『『突撃ィィィ―――――――!!』』
『!』
慎哉が叫ぶと同時に、突如としてファラフの周りに大小無数の狼達が出現し、出現と同時にファラフに向かって突撃を開始した。
狼達の何匹かがファラフの放った紅炎に突っ込んで相殺し、残った多くはファラフの迎撃にを受けながらも特攻を続けていく。
『これは私の力を食らい、得た……ム!』
全方位に向けて爆撃を連発するファラフだが、数が一向に減らない事に気付き、第2波が迫っているのに気付いた。
その数、万を通り越して億に達しようとしていた。
『……やはり、何時の時代も半神半人は曲者揃いか』
『『――――――ウオオオオ!!』』
『グッ!!』
ファラフの腹部が裂けた。
それは一瞬の出来事だった。
慎哉は確実にファラフの反応速度を圧倒し、正面の障壁から横に跳び、更に宙を蹴ってファラフの懐に入りその腹を爪で切り裂いた。
裂けた腹からは鮮血の代わりに光が噴き出し、ファラフはこの試合で初めて苦悶の表情を浮かべた。
『『《氷風乱舞》!!』』
慎哉の分身がファラフを囲み、狼達よ、混ざりながらファラフに襲い掛かる、
速度を生かしてファラフを攪乱させヒット&アウェイを繰り返しながらダメージを蓄積させ、気付けばファラフの周囲には真冬の寒冷地よりも激しい吹雪が吹き荒れる世界と化していた。
『――――《轟く白焔》』
『『無駄だ――――――!!』』
相手の属性融合を用いた攻撃を凍結させ、羽の1枚を食い千切る。
膨大な力が凝縮された羽に咽そうになるが、そこは気合で飲み込み体内に吸収させた。
『………ッ!!』
ファラフの表情が乱れた。
喰われたのは12枚ある羽の内の1枚だが、天使にとって羽は力と存在の象徴、それを1枚でも失うということは力の存在の低下を意味する。
逆に羽を食べた慎哉は、2柱の天使の力の12分の1を手に入れたことになる。
その証拠に、慎哉が纏う神気はその質と量を格段に上昇させていた。
『『まだまだ―――――――!!』』
『――――――グゥゥ!!』
羽を1枚失った事で生じたファラフの隙に、慎哉は自分達の攻撃力の全てを両手の爪に注ぎ込んでファラフにぶつける、同時に数千数万の狼達がファラフに殺到する。
僅かに反応の遅れた障壁が慎哉の爪を阻もうとするが、2人の全てを注ぎ込まれた力を止めることが出来ず、彼らの渾身の一撃はファラフの胸を貫いた。
『!!!!』
『『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』』
そして風穴を穿とうと、声を上げながら前へと動こうとする。
ファラフの体は爪の刺さった箇所から凍ってゆき、狼達の群もファラフを障壁諸共氷漬けにしようと特攻を続けてくる。
足の先が凍り、羽の数枚が凍り、ファラフの全身は絶対零度の魔力と神気に飲み込まれようとしていた。
『『イケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!』』
既に慎哉達の頭には試合の勝敗の事など無かった。
あるのは自分達の全てを相手にぶつけること、それのみだった。
そして彼らの真意は、正面から受け止めていたファラフにも伝わっていた。
(――――――見事だ。認めよう。お前達は、本物だ!)
直後、ファラフの目の色が変わった。
『―――――奮えよ。《天地無双の神腕》』
ファラフが慎哉達の耳にも届くように言葉を発した刹那、慎哉は一瞬で後方50億㎞以上まで殴り飛ばされていた。
『『~~~~~ッッ!!』』
全身の肉と骨が悲鳴を上げていた。
生きているどころか、原型を保っているのが奇跡に近い程の重傷だった。
もし、彼が聖獣武装化をしていなかったら、覚醒など起きず人間のままでいたのなら、今頃は命は愚か肉片の1つも残らずこの世から消滅していたのかもしれない。
それほどの強烈過ぎる一撃を彼らは全身に受けていた。
『―――――初見で耐えるとは、呆れるほどの堅強さだな?』
『『ファラ……フ……!?』』
何時からそこに居たのか、慎哉の視線の先には人間サイズまで縮まったファラフが立っていた。
羽は11枚のままだったが全身を覆っていた氷は既に無く、その両腕の拳は先程まで背後に背負っていた太陽の様に輝き燃えていた。
その纏っている空気も一変し、まるで天使の姿を借りた格闘家のようだった。
『先程までの姿は広域殲滅や高火力に長けた『神の知識』の形態。今のこの姿は近接戦闘と物理攻撃に特化した『神の腕』の形態。この姿の時は攻撃範囲は圧倒的に狭まるが、その分、圧倒的腕力で敵を粉砕することができる』
ファラフの説明を聞き、慎哉はファラフの正体について思い出す。
ファラフは2柱の天使、『神の知識』と『神の腕』が1人の人間(?)に転生した存在であり、その力も2柱両方のものを持っている。
慎哉が今まで戦っていたのはファラフの持つ2つの姿の1つであり、彼には戦闘スタイルの異なるもう1つの姿があったのだ。
『立て。次は互いの“全て”をぶつけ、決着をつくよう』
『『―――!おう!!』』
ファラフの闘志の籠った言葉に火が点いたのか、回復途中である慎哉は激痛に耐えながらも立ち上がり、最後の力を振り絞ってファラフと対峙した。
状況から考えて慎哉に出来る攻撃は次で最後、対するファラフには未だ余力が十分に残っており、既に勝敗は決しているようなものだった。
だが、今の慎哉達にはそんな考えは無く、ファラフの言葉通りに互いの“全て”をぶつけて決着をつける事しか考えていなかった。
『『――――行くぜ!!』』
『――――――覚悟』
両者は同時に動く。
一方は爪で敵を切り裂く為、もう一方は拳で敵を粉砕する為に各々の武器を揮う。
―――――――――――――!!!
慎哉達の左爪がファラフの頭を掠めた。
それに遅れること0.002秒、神速の拳の連打が慎哉達を猛襲し、彼らの意識はそこで消えた。
『…………私の勝利だ』
ファラフは1人だけとなった空間の中で誰に聞かせるつもりも無く己の勝利を告げた。
グチャグチャ……?




