第367話 慎哉VSファラフ①
――山岳ステージ――
闘技場から転移され、慎哉は周囲が山々に囲まれた場所に立っていた。
空気が薄く、そして寒い。
今立っている場所が地上からかなり高く離れているのだと気付いた彼は、直ぐに全身の五感を研ぎ澄まさせて対戦相手の場所を探っていった。
両手には鉤手甲を装着し、何時でも叩けるように構える。
「……」
「――――サンフランシスコの件以来だな?」
「うわお!?」
全く何の気配も感じさせず、対戦相手であるファラフは慎哉の眼前に立っていた。
不意を突かれた慎哉は思わず後退りかけたがすぐに立て直す。
「……」
(攻撃してこない?)
既に試合は開始されているのだから、直ぐに攻撃すると思っていた慎哉だったが、ファラフは慎哉をジッと見つめているだけで何もしてくる様子は無かった。
だが、それで隙を見せるほど慎哉も愚かではない。
タイミングを計り、何時でも召喚で冬弥を呼べるように構えていた。
「………成程」
そして1分が経ち、ファラフは1人だけ納得したような顔をしながら呟いた。
一体、何に対して「成程」と呟いたのかは慎哉にはわからない、
ただ、今此処で訊ねても答えてはくれないだろうとは予感していた。
「待たせてすまなかった。では、戦いを始めるとしようか。先に言っておくが、此方は最初から本気で行かせてもらう」
「――――ッ!」
ファラフから天使の力が噴き出し、奔流となって慎哉に襲い掛かる。
慎哉はそれに耐えながらファラフに飛び掛かろうとするが、それよりも早くファラフの手が慎哉の頭を鷲掴みにし、そのまま今立っている山と面している別の山へと投擲した。
「――――反応が遅すぎる」
投擲した後、ファラフは慎哉を酷評するように呟いた。
その視線の先には山頂部分が無惨に消し飛んだ山の姿があり、その奥には山頂部分が消えた事で見えるようになった、同じく山頂部分が消し飛んだ幾つもの山々が見えていた。
「――――だが、直後の対応と耐久力の高さは及第点だ。そうでなければ、この試合は次の一手で終わっていた」
そして幾つもの山の山頂が消し飛んでいる中、半分だけ消し飛んでいる山の頂に2頭の白い狼が呻り声を上げながら、遠く離れた場所に居るファラフを睨みつけていた。
慎哉と冬弥である。
ファラフに投擲され幾つもの山を破壊しながら飛ばされていた慎哉だったが、それに耐えながらこの機を逃すまいと冬弥を召喚させ、自身も《白狼化》で変身したのだった。
「揃ったか。なら、此方も相応の姿で攻めさせてもらう」
2人の姿を確認したファラフは、目を僅かに細めながら己の全ての力を解放させる。
「――――醒めよ」
その一言が鍵となり、ファラフから今も続く奔流を圧倒する程の夥しい力が解放され、ファラフの全身は太陽の如く閃光と熱波を放ち始めた。
ファラフの全身が光と熱へと変わり、その大きさも成人男性から巨人、ついには周囲の山の標高を超すほどにまで巨大化していった。
その背中からは光の羽が何対も生えてゆき、その数はサンフランシスコで見せた4対8枚をも超えて6対12枚にまで至った。
そして頭上に天輪が、背後には小さな太陽にも見える巨大な炎球が出現した。
『――――見せてみろ。お前達の限界の先を。《白陽滅火》』
ファラフが右手を振った直後、山岳地帯は一瞬で炎上した。
ファラフが立っている山も、その隣に立っている山も、遠く離れた山も、この世界にある全ての山々が誤差なく同時に炎上した。
氷点下だった気温も一瞬で1000度近くまで上昇し、山の表面を覆っていた氷雪も昇華して消え、表土も炎の熱で融解を始めている。
最早此処は山岳地帯ではなく灼熱地獄、天使に歯向かう罪人を魂の一片も残さず焼き尽くす白炎の世界だった。
『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』』
その中を、慎哉と冬弥は吹雪の鎧を身に纏いながら疾駆する。
まるで灼熱の世界を切り裂くように走る2人は、一直線にファラフの下へと走っていった。
『やはり、神狼には神聖系は効果がやや弱いようだな。だが――――《天墜縛陣》』
『『!!』』
あと1つ山を越えればというところで、慎哉と冬弥は真上から降ってきた“それ”に押し潰され、灼熱の地面に沈められていった。
彼らを地面に押し潰しているのは天界の文字が刻まれた光の魔方陣、彼らを守る鎧も魔方陣に力を奪われ、護るものが無くなった彼らの全身を灼熱の白炎が焼いていく。
『うあああああああああああああああ―――――ッ!!』
『クソッ!!こんなもの……!!』
冬弥はアザエルと戦った時の様に喰らおうと、魔法陣と炎に噛み付こうとする。
だが、同じ場所で見ていたファラフがそれを見落とす筈が無かった。
『――――《白炎大豪雨》』
『『おおお―――――――――――――ッッ!!』』
豪雨と呼ぶのも生温い、最早熱線や光線に近い白炎の大豪雨が慎哉と冬弥に降り注いだ。
あまりの炎の量と圧力に開いていた冬弥の口は強制的に閉ざされる。
2人は全く身動きを取ることができず、全身を焼かれる激痛と呼吸もできない苦しみに襲われていった。
『――――ここまでか?いや、未だ存命である以上、油断はできないな。あの双子は『特異存在』、何が起きるかは私にも予測がつかない』
独り言を呟きながら、ファラフは攻撃の手を更に強め、その範囲も山岳地帯全域に広がっていった。
空から降り注ぐ炎の大豪雨、その圧倒的な熱量に周囲の山々はアイスクリームの様に溶け出し、慎哉と冬弥が沈んでいる山もその例外に漏れず熔解して赤いマグマと化し、その中に2人は全身を焼かれながらマグマの中に沈んでいった。
通常なら既に死んでいてもおかしくない状況、だが、慎哉も冬弥も苦しんでこそあれ、意識を失う事も無く未だ生きていた。
『……』
訝しみながらその様子を見るファラフ。
不老不死でもないのに生きているどころか、全身をマグマや炎で焼かれ続ける激痛を前に、意識を手放すことなく耐え続けている2人の姿に、初めて会った時から感じていたのと同じ違和感を感じていた。
『……拷問の趣味は無いのだが、このままでは埒が明かないか。未だ反撃はしてこないが、待つ必要も無い。気にはなるが……終わらせよう』
12枚の羽の周りに優に1万はある光の剣が出現する。
ファラフによりその全てに「結界透過」、「絶対命中」、「対象貫通」を付与された剣を慎哉と冬弥に向けて一斉に放つ。
白い軌跡を残しながら、1万を超える剣は軌道を変えることなく2人に降り注いでいった。
声にならない悲鳴が一瞬聞こえたが、それもすぐに消えた。
『……念には念を。《終焉天光》』
灼熱の世界を白い光が飲み込んでいく。
直後、灼熱の世界は跡形も無く消滅した。
残されたのは、星1つ無い虚無の空間だった。




