第366話 5人目は
――闘技場 観客席(選手用)――
第5試合の『黎明の王国』側の出場者がファラフだと分かると、勇吾達は次は誰が出るのか相談し始める。
尚、丈の銀洸の2人は、また琥太郎の時みたいに誰かを拉致してくる危険性を封じる為に全力で拘束中である。
あと10分弱は大丈夫だろう。
「……残り3試合、相手側で残っているのは何れも曲者だけだな。今までのも曲者だったが」
「問題は、誰が出るかってことよね?残っているメンバーで強いのは勇吾と……丈、ね。最低でもあと一勝しないと厳しいし……ここで丈を出す?」
「「「……」」」
リサが丈を指差しながら訊ねると、勇吾達は互いに視線を交わし合うが、その表情はかなり複雑だ。
当然だろう。
彼が出場した場合、きっとまともな試合にはならなくなる。
だが、それでも実力は本物なので、どの道残る試合の何れかには出さなければならない事は勇吾達も重々承知していた。
「……4戦2勝1敗1引分、負けない為には最低でもあと1勝、理想は2連勝だな。次のファラフ戦と、第6試合のジュード戦で勝てば俺達の勝ちだが――――」
「じゃあ、やっぱり、次は丈を……」
「あ、俺、出ていい?」
不意に慎哉が手を挙げた。
「ん?」
「次の試合、俺が出ていい?」
「……慎哉、次の相手が解っていて言ってるのか?」
「勿論!アメリカでバッチリと片鱗を見せられたからな!」
「ちょっと!慎哉が出るなら私が代わりに出るわよ!」
「おい、リサ!」
「落ち着いてよ、リサ!」
試合に出る気満々の慎哉にリサは猛反発し、勇吾と良則がどうにか宥める。
だが、リサは慎哉の出場に反対し続けた。
「慎哉!あなた、相手の強さがどれだけののか、本当に解ってるの!?ハッキリ言って私達より格上、残る3人も勝てそうなのは勇吾と…そこのバカだけよ!残っている私達が出ても勝ち目は無いのよ!」
「ム…!なら、お前が出ても同じだろ?」
「私の方がまだ勝機があるって話!確かにあなたはこの短い間に異常な速度で強くなってきたけど、それでも、あいつらには全然届いていないのよ!特にあの王様、かなりヤバいわ。見ただけでも良則のお兄さん達より強いんじゃないかって思ったし」
「え、ヨッシーの兄さんよりも?つまり、超絶チートキャラ?」
「チート通り越してバグキャラかもね……最悪、『大魔王』と同じ……じゃなくて!あなたは別に戦わなくてもいいのよ!」
「絶対負けるからか?」
「それは……」
「リサ」
「!」
慎哉の出場を止めようとするリサを勇吾が制止する。
「リサ、今までの試合で焦っているなら、お前は試合に出るな。次は慎哉達を出す」
「勇吾!!」
「……リサ、幼馴染が戦っているのを見て自分もと思うのは分かるが、見栄を張りたいだけなら止めておけ。自分が傷付くだけだ」
「ち、違うわよ!私は………」
反論するリサだったが、その顔には勇吾が言われた事が図星であると書いてあった。
彼女は焦っていた。
この決闘が始まって以降、最初は良則がアベルに勝ち、次にトレンツもディオンに苦戦しながらも勝ち、ミレーナもルビーと引き分けた。
自分の幼馴染達が次々に善戦する中、この後には勇吾と丈が間違いなく戦う事になる。
幼馴染全員が強敵と戦う中、自分だけが此処で見ているだけでいるのに焦燥し、無意識の内に自分も戦わないといけないと思い込んでいた。
自分が戦わなければならないと思っていた。
「リサ、この決闘は確かに大事だが、それに参加する事に義務も責任もお前には無い。あるとすれば、それはお前じゃなくて俺だ。そもそも、参加すると決めたのも俺で、皆はそれに協力してくれているだけなんだよ。お前だってそうだっただろ?」
「それは……」
「幼馴染ながら戦わなければならないと思っているならハッキリ言って迷惑だ。他の皆は義務や見栄とかで戦っていたんじゃなく、自分自身に戦う理由があるからあったんだよ。前の試合で戦った琥太郎だってそうだ。最初はバカに拉致られて仕方なくってところもあったんだろうが、最終的には「強い奴と戦いたい」、「今の自分を試したい」という理由があったから戦ったんだ。リサ、お前はどうなんだ?」
「……」
リサは俯く。
彼女には、敵と戦う動機を持ち合わせていなかった。
その事を漸く自覚するとリサの頭はスッと冷めていった。
先程まで慎哉や勇吾に熱く反論していたのがまるで嘘のように。
「…………ゴメンなさい。私には皆の様に戦う理由が無いわ」
椅子に腰を落とし、がっくりと落ち込む。
思えば此処に来る前から彼女は“理由”を失っていたのかもしれない。
もしかしたらそれ以前から……
(……思えば、夏が終わった頃から私には此処に居る理由を失くしていたのかもしれないわね)
リサは地球世界に来てからのことを振り返る。
勇吾の事が心配で、父親の仇である『創世の蛇』との戦いで傷付き、殺されてしまうかもしれないと思い、他の幼馴染達と一緒に地球世界にやってきた。
あの危なげな幼馴染を自分が守らなければならないと、守りたいと思っていた。
彼女自身、その気持ちが恋心であるということはそれとなく自覚していたが、その淡い片思いは地球世界に来て崩れることとなった。
リディ=グライリッヒ――――勇吾に夢を通して助けを求め、無事に『創世の蛇』の施設から保護された彼女の存在がリサの恋心に終わりを告げる事となった。
リディと一緒に居る時の勇吾を見たリサは、彼がリディのことを好きなのだと、少なくとも惹かれているのだと気付いてしまい、リサの初恋は一度も告白する事も無く終わらせたのだった。
(後は京都の事件ね)
次に思い浮かんだのは秋に京都で起きた『創世の蛇』との戦い。
その事件で勇吾は、父親の仇と遭遇した。
あの時は物凄く嫌な予感がしたリサだったが、その不安は杞憂に終わり、勇吾は生まれ変わったかのように明るくなり、仇の1人であるシャルロネーアを倒したのだった。
もう、自分が守る必要は無いと悟ると同時に、リサは寂しさと空しさを抱くようになった。
初恋も自分で終わらせ、勇吾を守るという理由を失った彼女は、自分でも気付かない内に「幼馴染だから」という理由に縋るように彼らと一緒に居るようになった。
だが、それは彼女の本心を誤魔化す言い訳でしかないことに、今の今まで自分でも気付く事無く過ごしてきた。
(あ~あ、バッカみたい!これじゃあ、未練がましい女みたいじゃないよね。どっかのバカに知られたら、絶対に面白がられるわね)
そして今、勇吾に窘められ、冷静に自分のことを振り返る事で漸く「自分の本心」に気付く事が出来たリサは、その内容に苦笑しながら今は黙って此処に座っていようと決めるのだった。
「戦う理由が無い」と引き下がった直後に生まれた自分だけの「戦う理由」に皮肉さを感じながら、リサは戦場へと赴く慎哉の姿を見届けていった。
(そういえば、もうすぐクリスマスよね?良い機会だし、またさっきみたいに見っとも無い醜態を晒さないように、思いっきってやってみようかな♪)
再起動した自分の心に向き合いながら、リサはもうすぐ訪れる地球世界のイベントを楽しみにするのだった。
例え駄目だったとしても、今度は中途半端に完結させるのはもう止めようと誓いながら。
一度だけ勇吾を一瞥したリサは、すぐにその視線を間もなく始まる戦いへと戻すのだった。




