第362話 琥太郎VSジャン③
――城塞都市ステージ(地下)――
『神を見る者』――――能天使の指揮官であり、数多くいる天使の中でも極めて攻撃的な性格を持つ、嘗ては七大天使の1人に数えられていた。
また、『生命の樹』を守護する天使の1人でもあり、第5の天球『峻厳』を守っているとされている。
一説によれば、元々はケルトに古い伝承に登場する戦の神の1柱とされている。
キリスト教やケルトにおいても、カマエルとは戦闘に特化した超常の存在である事だけは確かなのである。
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「―――――――『神を見る者』!!」
重く大きな声でジャンが叫ぶと、緑で統一されていた彼の装備は一瞬にして全て赤色へと変化し、背中から4対8枚の光の羽が出現する。
最後に兜の上に光輪が現れ、彼の全身からは彼の魔力や闘気と共に天使の力が怒涛の如く溢れ出していた。
「――――天使ッ!」
「幼少の頃、幸か不幸か天使と関わる機会に恵まれ契約したのがこの天使、神を見る者。神に逆らう者を葬る戦の天使だ」
「――――ッ!」
一瞬、琥太郎の眼にはジャンの姿が別の何かと重なっているように映った。
「ここから先は刹那の隙も見せぬ事だ。でなければ――――――すぐに終わる」
(――――速いっ!)
琥太郎の思考は反射的に超加速する。
言葉を言い終えると同時に、槍の神器を前に突き出しながら突撃し、その異常な突撃速度の前に周囲の大気は一瞬で発火して槍と共に琥太郎に襲い掛かるが、琥太郎はそれを防ごうとはせずに受け流す様に上に飛んで避けながら刀をジャンに向かって振るう。
この1秒にも満たない攻防、しかしこの一瞬と言っていい攻防の衝撃は凄まじく、その衝撃は地下から城塞都市の半分近くを火山の噴火の如く噴き飛ばしたのだった。
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――観客席(選手用)――
「おい、そこのバカ天使!」
「せめて名前で呼べよ。で、何だ?」
勇吾はドーナッツを食べながら観戦しているウリエルに、ジャンが召喚し自身に融合させた天使について訊ねる。
「あ~、カマエルの奴な~。彼奴、普段は天界に居るから契約者がいるなんて気付かなかったぜ~」
「本当だろうな?会話を内容を信じるなら、奴らは500年前から契約している事になるんだが、本当に知らなかったのか?」
「500年前か~。あの頃は天界がちょっとパニクる事件が連発していたからな~。俺もミカエルやメタトロン達に尻を蹴られてハードワークしていたから、カマエルが何をしてたかまでは見てないんだよ。知ってるとしたら、俺よりもラファエルとかだろうな」
「……」
ウリエルは懐かしそうに語るが、勇吾の彼を見る目は疑念100%だった。
「けど、あのジャンって騎士は相当なタマだな。あのドS天使と契約しておいて平然としてられるんだからな!」
「どういうことだ?」
「温厚な俺とは違って、彼奴は生粋の過激系というか、武闘派というか……とにかく、そんな性格だから過去にうっかり契約した坊主達は短期間で性格が激変したりとか、信仰と現実の大きな差違に耐えきれず壊れるのがほとんどだったんだよ。ああ、中には中二病を発症して問題を起こした奴もいたっけ?」
「まさか、奴が一部で堕天使扱いされているのって……」
「単に煙たがれているだけだろうな。まあ、逆恨みも多いが、人間にとっては都合の悪い天使は堕天使や悪魔扱いなのさ♪」
ウリエルは暢気に笑っているが、勇吾は頭の中で中二病を発症した聖職者の姿を想像してしまい顔を引き攣らせてしまう。
折角天使と契約したのに、その殆どがカルチャーショックを受けたて発狂したり、中二病を発症したりし続けていれば煙たがれもするだろう。
しかも好戦的な性格もあるから、天使を神聖視する人間にとってはカマエルは邪道、堕天使認定されるのも無理のない話だと勇吾は思った。
「――――話は戻すが、そんな訳もあって俺らの間でも彼奴とまともに契約できる人間はいないだろうって思われていたんだ。それに彼奴は階級こそ能天使だが、戦闘に特化している分、戦闘系の能力だけは熾天使にも負けていないから契約が可能な人間自体も少ないんだよ」
「けど、奴は契約している」
「だから俺も素直に驚いてるんだ。一体、500年前に……っと、これ以上余所見なんかしていたらおいしい処を見逃しちまうな!もっと知りたいなら試合後にでも本人に訊くんだな♪」
これ以上は話すのが面倒なのか、それとも身内の情報を漏らす気が無いのか、ウリエルはそれ以上は語る気が無いと言わんばかりに会話を打ち切り視線を試合の方へと戻した。
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――城塞都市ステージ――
加速する。
音速から超音速、超音速から極超音速へ。
琥太郎とジャンは紅蓮の軌跡を残しながら城塞都市の上空で戦い続けていた。
常人が知覚できない世界に突入した2人の戦いは琥太郎の防戦一方かと思われていたが、2人が加速して40秒が過ぎた辺りからジャンの鎧に幾つもの疵が付くようになっていた。
(――――これ程までとはな)
ジャンは琥太郎の刃が自分に届いているという事実に、僅かな驚愕と戦慄を、そして久しく忘れていた「挑まれる者の悦び」を全身で感じ取っていた。
戦いが始まった当初は決して越えられる筈の無い壁で隔たれていた2人の差は今は無く、戦況こそ未だジャンの方が優勢ではあるが、琥太郎も決して遅れをとることなく剣技を揮っている。
(決して諦めず、折れず、万に一つ、億に一つ有るか無いかの小さな勝利の道を見つけ、手繰り寄せる為に常に模索し、試し、己の全てを相手にぶつける。これもまた己の師に――――否、この者自身が数多の困難と挫折の末に編み出した戦い方か)
そういえば彼の師も似たような男だったと、ジャンは琥太郎の師匠の事を、過去に一度も面識のない極東の『剣聖』のことを一瞬だけ思い浮かべていた。
世界に4人存在する剣士の頂点『剣聖』、その1人であり地球世界の極東の島国に居る『剣聖』ナオキ=ハートウッドは今の琥太郎と同様、元は先祖代々此方側とは無縁の一般人であり、常に自分よりも格上の相手とばかり戦い続け、義兄大和ダンを始めとする仲間達と共に『創世の蛇』を半壊近くまで追い込んだ伝説の英雄の1人だ。
彼は義兄から剣術や魔法を習い、永い旅路で何度も敗北を繰り返しながらも、当時も今もこちら側では誰もが知る伝説の猛者達――当時の(『大魔王』を含めた)『剣聖』や『闘将』、『焔月輪』、『大賢者』、『覇王』など――と戦い続け、名のある神も殺してきた。
理不尽の権化と呼ばれる者達に対し、彼は常に勝利の道を模索して戦い続けたその姿は今の琥太郎にも似ていた。
(弟子は師に似る………か!!)
琥太郎の突きがジャンの兜を狙ってくる。
それを楯の神器で受け止め閃光が弾ける。
鋭い突きではあるが、楯の防御を超える事は無かった。
〈へえ、『不敗の王楯』と『聖王槍』を前にここまで粘れるとはな?〉
刀と楯が衝突する最中、ジャンの精神に語りかける者がいた。
(……カマエル、口を挟むな)
〈なあに、500年もクールを貫いているお前と違って、俺は燃えやすい性質なんだ。此処まで熱くさせるのは、お前の“王”を含めても久方ぶり――――俺達の全力をぶつけるのに相手だ。このまま俺が手を出さずにいても十分に楽しめるが、どうせなら十二分に楽しもうじゃないか。何かを守る為に戦うのが俺達の本質、そうだろう?〉
(……)
〈で、どうする?〉
今にも暴れ出しそうな攻撃性に満ちた声で囁くカマエル。
放っておけばジャンの体を乗っ取ってでも戦おうとしそうな雰囲気でもあったが、それはジャンとカマエルの関係上不可能、ジャンはカマエルを完全に御しきっており、カマエルの方からジャンに直接干渉する事は緊急時を除いては絶対不可能なのである。
故でに言葉で誘導するしかないのだが、それもジャンの性格上はまず不可能であり、今の会話も結果的には意味がない。
つまり、カマエルの言葉は途中からスルーされていた。
いや、正確には無視される以前にジャンは最初から自分達の全力をぶつけるつもりだった。
『――――プリトウェン!』
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
『――――ロンゴミニアド!《第二封印解放》!《熾天使騎士形態》!』
「―――――ッ!?」
そして、ジャンは己の全てを解放する。




