第361話 琥太郎VSジャン②
――城塞都市ステージ――
「うわ――――ッ!!」
ロンゴミニアドの一撃に圧倒され、建物の壁を破壊しながら琥太郎の体は50m後方まで飛ばされてしまった。
防具と全身を覆っていた闘気のお蔭でダメージは最小限で済んだが、それは一瞬の気休めにしかならなかった。
「――――!」
「……遅い」
琥太郎に体勢を直させる暇を与えないかのようにジャンの次の攻撃が彼を襲う。
ロンゴミニアドの先端が右肩を突き激しい痛みが琥太郎の全身を駆け巡るが、彼はそれに臆することなく動いた。
「――――《地斬》!」
「!」
刀を地面に突き刺す。
すると幾つもの亀裂が走っていき、次の瞬間には地面が崩壊し、その際に右肩に刺さっていたロンゴミニアドは抜け琥太郎はジャンと距離を開けながら地下へと下りていった。
「……」
それを見たジャンは慌てることなく瓦礫と共に地下へと落ちていき、彼らの姿は地下の奥深い闇の中へと消えていった。
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――観客席(選手用)――
「劣勢だな」
「ああ。以前よりも段違いに強くなっているが、それでも相手の方が圧倒的に上だ。普通に戦っていては勝ち目は万に1つも無いだろう」
選手用観客席では勇吾と黒王が厳しい目付きで琥太郎の試合を見ていた。
丈と銀洸が強引に連れてきて試合に出ることになった琥太郎は確かに強くなっていた。
『剣聖』の下で修業した剣技は勿論のこと、魔力や闘気の制御、相手の強さを見抜く事の出来る洞察力、危機的状況での冷静な判断力などはまるで別人を思わせるほどまでに磨き上げられており、最早並の冒険者や地球の軍人程度では相手にならないほどの腕であると勇吾も黒王は見抜いていた。
バカコンビが助っ人として連れて来たのも納得のできる実力だが、如何せん、今回は相手が悪過ぎた。
「……最初に奴に出会った時も思ったけどよ、奴の戦闘力は剣聖クラスじゃないか?得物は槍だけど」
「まだ本気を出してないようだが、武術面や力の制御能力のみで言うなら間違いなくそうだろう。俺もそこそこの年月を生きているが、あれだけの能力を持ちながらよく今まで噂にもならずにいたものだ。ステータスは大分偽装しているようだが……少なくとも500年以上は生きている本物の猛者である事は間違いない。おそらくは、長い間何らかの事情で表舞台からは徹底的に退いていたのだろうが……」
「ジャン=ヴァレットか……」
「まだ確証は無いが、十中八九お前が思い浮かべている人物と同一人物だろうな」
2人の脳内には地球世界のとある歴史上の人物の名前が思い浮かんでいた。
11世紀――――中世ヨーロッパに起源を持ち、現在も正式名称や組織としての意味合いは変わっているものの活動を続けている騎士団の嘗ての総長。
世界史に深く刻まれた戦において、圧倒的戦力を持つ大国を相手に僅か数千人の兵力で見事撃退してみせた、規則を重んじ自分自身だけでなく家族や騎士団にも厳しかったとされる男。
「聖ヨハネ騎士団………マルタ騎士団総長、ジャン=パリゾ・=ド=ヴァレットか……」
勇吾の呟きは周囲の歓声の中に消されていった。
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――城塞都市ステージ(地下)――
そこに灯りと呼べるものは何処にもなかった。
湿気ののある空気とカビの臭いが充満し、遥か真上にある落ちてきた穴から刺す光も地下の底までは届かず、琥太郎は視覚を殆ど封じられた広大な地下空間の中で気配を殺して闇に溶け込んでいた。
(……大丈夫、この程度の闇なら何の問題も無い。戦える!)
精神をより高く研ぎ澄まし、自分を追って地下に下りてきたジャンの現在位置を探る。
だが、向こうも気配を消しているらしくそう簡単に位置を見つけることは出来なかった。
(空気の流れに乱れはない。けど、自然や空間とと同化するタイプの能力を持っているのなら今も移動している。少なくとも、大気と同化するタイプの可能性はまずない。だとすれば一番可能性が高いのは………)
風属性である琥太郎には周囲の大気の流れは勿論のこと、異物の混入や大気自体の微かな変質や違和感も全身の感覚で感じ取ることができ、例え相手が《感知無効化》のような能力を使用していたとしても違和感として感じ取ることができるのだ。
その感覚通りならジャンは大気とは同化してはおらず、同時にこの場所の大気と同じ空間には存在せず、また、まだ攻撃してこない所から彼の性格の位置を把握していない可能性があると推測を立てることが出来る。
だが、向こうも試合のルールを守っている以上はすぐ近くに居るのもまた事実であり、これらの事実を元に冷静に思考を巡らせる琥太郎はジャンの現在位置にある予測を立てた。
(――――そこだ!)
決して音を立てる事の無い静かな一振りが円を描くように振るわれ、琥太郎はその一振りに確かな手応えを感じた。
「――――見事」
そして簡潔な勝算の言葉と共に、視界の利かない闇の中にジャンの気配が現れた。
(やっぱり、空間系の能力!)
そこには存在しない、だが近くに入る。
その事から、琥太郎はジャンが空間系の能力で自分達が居るこのフィールドとは少しずれた空間に隠れていると予測し、空間を斬って元の同じ空間に引きずり出したのだ。
「―――――ッ!」
位置を掴んだ琥太郎は気配を殺したままその場所を切刻む。
音も無く大気を切り裂くその斬撃の猛襲は確かに標的に当たっている手応えがあり、琥太郎はそのまま攻撃を続けていった。
「――――だが、やはりまだ若い」
突然、琥太郎の背後からジャンの声が聞こえてきた。
そして殺気も何も感じさせない超速の突きが琥太郎の背中を貫こうとした。
「はぁっ!!」
「!!」
それを琥太郎は振り返ることなく避け、前を向いたまま自分の背後を斬った。
「……よく、気付いたな?」
「闇の中で分身と入れ替わるのは、結構定番ですから!似たような手を使う人達とは何度も戦っているんです!」
「成程、確かに対人戦における定石の1つではあるな。だが、それを含めても先程のは見事な一太刀であった。僅かな波風も立てる事も無い《凪の太刀》、直接目にするのは初めてだが実に良い技だ。もっとも、未だ完成形では無い様だがな」
「ハハハ……。流石に師匠のと比べたらまだ稚拙ですよ」
「フッ――――」
素顔の見えない兜の奥でジャンは珍しく笑みを浮かべていた。
実際のところ、ダメージこそ皆無ではあったが、先程の琥太郎の一太刀は常に冷静沈着なジャンの精神を、ほんの僅かではあるものの動揺させるほどのものであり、本人は自重してはいるが“稚拙”と呼ぶほど悪いものではないと、少なくともジャンの目にはそう見えていた。
そして、最早この少年を相手に手加減と容赦は無礼と傲慢であると判断し、ジャンは今まで抑え続けていた自分の力の全てを解放する。
「―――《封印解除》」
「――――ッッ!?」
ジャンが何かを呟いた直後、彼の全身から閃光と共に夥しい魔力の奔流が発生し、闇に包まれた地下空間をジャンの魔力の光が激しく照らしながら大気を震え上がらせていく。
反射的に後ろに下がりそうになる琥太郎だったがここは耐え、どんな攻撃にも対応できるようにと全身を覆う闘気と魔力の密度を上げていった。
そして奔流が発生して5秒が過ぎた時、ジャンは重い声でその名を叫んだ。
「―――――――『神を見る者』!!」
直後、ジャンの全身鎧と2つの神器は炎の如き赤に染まった。




