第357話 ミレーナVSルビー④
――『密林ステージ』――
その瞬間、火の鳥達は溺れてもがき苦しんでいた。
空を飛んでいた筈が、気付けば水中の中に居たのだ。
(――――これは!)
ルビーは自分とフェニックス達の周囲に結界を張る。
空気のある結界の中に守られフェニックス達は苦痛から解放されるが、全身の炎は若干勢いを失っていた。
「海?」
ルビーの視界に映ったのは紺碧の海だった。
何処までも続く水だけの空間だが、それは不思議と“海”と印象付けさせられる光景だった。
(……これは“海”の属性を持った結界のようね。この中では“海”に属する者は強くなり、そうでない者は弱体化する。あの海龍の固有能力、といったとこかしら?けど――――)
片手を結界の外に出し、ルビーは自分の固有能力を発動させる。
「《万象炎上》」
物質だけでなくあらゆる事象を燃やし尽くす炎を放つ。
だが、何秒経っても周囲に変化は無かった。
『“何でも燃やす炎”と“どんな炎でも消す水”じゃ、後者の方が勝つみたいだな?』
「!」
『ま、正確には“どんな炎でも消す水”じゃねえんだけどな!《紺碧よ敵を噛み砕け》!』
レアンデル声が聞こえた直後、大きく開いた龍の咢がルビー達に襲い掛かる。
ルビーは羽扇を振りながら避けるが、フェニックスの何体かが咢に結界ごと噛み砕かれ消滅し、龍の咢もその直後に海の中に消えていった。
『まだまだ行くぜ!』
そして今度は全方位から大小無数の咢がルビーとフェニックス達に向かって襲い掛かってきた。
その数は10、20、30と増えてゆき、身動きのとりづらいこの状況では全てを避けきるには数が多過ぎた。
「……仕方ないわね」
ルビーは小さく呟く。
すると、彼女の持っていた羽扇が緋色い光を放ち始めた。
「――――《緋色の暴虐》!」
羽扇が勢いよく振るわれ、紺碧の海を緋色の柱が貫く。
それはルビーの緋色の魔力が重力エネルギーとなり、周囲の水を弾きながら天に向かって伸びる柱となってレアンデルが創りだした紺碧の海に直径1㎞の縦穴を作り上げた。
同時に襲ってきた咢らも圧倒的なパワーで弾き飛ばして消滅させルビーは残っているフェニックス達と共に海面の上へと飛んでいき、そこで半身を海水に浸らせているレアンデルの姿を見つける。
『お~お~!見た目によらず派手な手段を使うんだな?てっきりビームで狙撃して来るかと思ったぜ?』
「フフフ、この海の中では光の屈折や反射も貴方の思い通りなのではないかしら?この海の中、いえ、この海そのものは貴方が絶対優位になる空間であると同時に、海龍である貴方の武器でもある。違うかしら?」
『さあ?どうだろうな?』
惚けたフリをするレアンデルだが、内心ではこの短時間で自分の固有能力の1つ《紺碧に埋め尽くされた戦場》の効果を見抜いた事に感心していた。
空中に浮かぶ広大な紺碧の海はレアンデルの絶対支配領域、例えどんな能力でもこの海を浸蝕することも消滅させる事を許さず、また、この海の水はレアンとの相性が抜群で手足のように扱えるので彼の武器にもなる。
先程のルビーの《万象炎上》にも「どんな能力でも消滅させる事が出来ない」という効果と属性上の相性もあって今回は燃やされずに済んだのだ。
『それにしても、“火”や“光”だけじゃなく、“土”の力も緋色とはビックリだな!』
「フフフ、綺麗でしょう?」
『まあな。大方、お前は常に能力を使う際に、通常の属性とは別に“緋色の力”を練り込んで使っているんだろ?それで普通に使うよりも能力や魔法を強化してるんじゃないか?』
「フフフ、さあ、それはどうかしら?」
ルビーは無意味と分かりながらも微笑みながら話をはぐらかす。
レアンデルの言うとおり、ルビーは常に魔法や能力を使用する際には自身の固有能力《緋之理》の効果も混ぜ込んでおり、これにより魔力の色が常に緋色になる他、魔力の質も上昇して魔法と能力も通常よりも強くなる。
例えば同じ火属性同士で戦った場合も、通常なら「火=火」で対等なのが、《緋之理》を付与すると「火+緋>火」となり、同じ属性相手でも大きな効果を発揮させる事ができ、苦手な属性が相手でも不利になり難いのである。
つまり、ルビーにとっては通常の属性の相性関係などは端から意味がないのだ。
「さあ、お話しはここまでよ。そろそろ決着をつけさせてもらうわよ。《緋色の暴虐》」
ルビーは羽扇を振るい、緋色の重力波の嵐をレアンデルにぶつけ、同時にフェニックス達は緋色の炎を矢の雨のように放つ。
レアンデルは海水で何層もの防壁を張るが、すぐに殆どの防壁が破られ、最後の3枚の防壁で相手の攻撃に耐え続けていく。
「――――貴方の契約者はあちらの方かしら?」
『!』
ルビーはレアンデルに注意を向けながらも、その視線を別の方角へと向ける。
おそらくはここから離れた場所でルビーの能力を解析しつつ、また新しい魔法を編んでいるであろう対戦相手を。
彼女は羽扇は数回振り、数千もの緋色の閃光が水平線に向かって走らせる。
1秒後、水平線の向こうで大爆発が発生した。
「……?」
何かに命中した。
そう確信しながらも、ルビーは怪訝な表情を浮かべながら違和感を感じた。
(残念、それはハズレだよ♪)
「こっちかしら?」
未だ攻撃に耐え続けているレアンデルは内心で笑みを受けべていると、ルビーは殺気とは異なる方向に向けてまた閃光を放っていく。
その後もまた同じ事を繰り返すが一向に手応えを感じる事は無く、4度目を終えた時点で彼女はようやくそれが罠であることに気付いた。
「貴方――――」
『もう遅いぜ!』
「あ!」
直後、レアンデルに攻撃を続けていた全てのフェニックスの胴体を紺碧の槍が貫いた。
フェニックス達は反撃に備えて攻撃の間もずっと障壁を張り続けていたが、まるで意味が無いかのようにあっさりと海面から伸びた槍に貫かれていた。
『戦闘中の油断は命取りだって知ってるか?』
「――――ッ!集え!」
『お!』
胴体を貫かれ全身が崩壊し始めたフェニックス達をルビーはその身に吸収していく。
だが、それを最後まで見ているほどレアンデルは甘くは無い。
『《紺碧の咆哮》!!』
直径500mはある特大のブレスがルビーに迫る。
それと同時に、精霊を吸収しているルビーは複数の術を同時に発動させるべく動く。
「――――!《緋色の混沌》《緋光扇舞》《精霊同化》!」
そして紺碧の閃光が異空間全体を飲み込んでいった。
ブレスの中に込められていた高密度の魔力が巨大な爆発を飲み込み、その余波は大気圏を超えて宇宙空間にまで広がり、地上は無惨に抉られ、砕かれ、原型を失っていった。
(――――やっぱりな)
世界が紺碧に埋め尽くされる中、レアンデルはルビーがまだ健在であるのを気配で確認しながら彼女に着いてある確信を得ていた。
(あの女も、ミレーナと同じ後衛型の術士だな。それも基本は攻撃型じゃなく支援型、奴らの中では一番攻撃力が低い。でなけりゃ、前の2戦みたいにとっくに宇宙戦闘に突入して惑星が幾つも消し飛んでいないとおかしいからな。十中八九、あの女の本来の役割は戦闘じゃなく別にある)
レアンデルは戦いながらもルビーついて観察していた。
その結果、彼女は『六星守護臣』の中で最も戦闘力が低いと確信し、同時に彼女の『黎明の王国』における本来の役割は戦闘以外にあり、そしてそれは『王国』にとって重要なものではないかという仮説を立てていた。
『お!動いたか?』
ルビーの気配が動いたのに気付き、レアンデルは追撃を開始する。
数万もの紺碧の矢を撃ち続けながら、間に水刃も混ぜてゆき、更に分身を放って攪乱させるように色んな方向から攻撃を繰り返していく。
相手も障壁を張りながら高速で移動し迎撃もしており、次第に収まりつつある紺碧の光の中に緋色の閃光も花火のように弾けているのが見える。
『さて……』
閃光の向こうにいるルビーを捉えながら、レアンデルは先程の爆発で一部が吹き飛んでいるもののまだ原形を保っている海、《紺碧に埋め尽くされた戦場》を自身に吸収し始める。
それと共にレアンデルの鱗の色はライム色から次第に紺碧色へと変化していった。
(準備はいいか?)
〈ええ!レアンが時間を枷でくれたお蔭で何時でも大丈夫よ!〉
声に出さず心で呼びかけるとミレーナから《念話》での返事が届く。
(じゃあ、行くぞ!)
レアンデルは笑みを浮かべると、攻撃を分身に任せ、勝負に決着をつける為にルビーに向かって飛んでいく。
彼の瞳はルビーの動きや変化をずっと捉えており、彼女が“奥の手”を使おうとしている事もしっかりと見抜いていた。
(――――“アレ”の力はヤバいが、強大な力を使う以上は必ず動きに隙が生まれる。その瞬間が最大の好機!)
閃光が止んだ。
それと同時にレアンデルの視界にルビーの姿がハッキリと映った。
(大したものだな)
その姿を間近で見て、レアンデルは素直に感心すしていた。
今のルビーの姿は巨大な1羽の火の鳥、緋色の羽毛に覆われた神々しい程に美しいフェニックスだった。
自ら生み出した精霊と同化する事で自身を一時的に人間から高位精霊へと転身させているのだ。
『――――!』
ルビーとレアンデルの視線が合う。
ルビーはレアンデルの本体がすぐそこまで接近している事に気付くと、まだ続いている攻撃の嵐を何重にも張った障壁で耐えながら自身の“奥の手”を使うべく動き、レアンデルも決着をつけるべく加速し彼女に急接近する。
『――――《神威召喚》!』
『《神龍覚醒》!!』




