第345話 良則VSアベル3
――王立闘技場 観客席(選手用)――
「なあ、このステージって、「大海ステージ」なんだよな?」
「………ああ」
出場者専用用の観客席で、目の前の光景に唖然となりながら隣に座っている勇吾に問いかけた。
それに対し、勇吾はどう答えるべきか迷った末、ただ一言だけ返した。
「これ、もう宇宙ステージじゃね?」
「……」
「本気のヨッシー、1人で太陽系を滅ぼせるんじゃね?」
「…………」
勇吾は視線をそらした。
それは肯定と同義の返答だった。
勇吾自身、その通りだろうと思っている。
実際、良則は過去にとある異世界で小惑星群を消滅させたことがあり、その余波で無人の惑星を蜂の巣にしかけた事があった。
ちなみ、その時の勇吾は布都御魂剣で月を輪切りにしてたりする。
(まあ、神を殺せる時点でそれくらいの事は……って話でもあるけどな)
などと思いつつ、勇吾は先程まで大海ステージだった場所に目を向ける、
そこには海は無かった。
良則とアベルの手加減無しの戦いにより、海どころか星ごと破壊されたその場所には水の惑星だった物の残骸が散らばる宇宙空間が広がっていた。
(にしても、よくっまあ手の込んだステージを創ったよな。……仮初とはいえ、これだけの代物を片手間で創造出来るという事は、奴は創造神か時空神を殺して、その権能を手に入れているのかもしれないな。そうでなくても、奴らは全員『神殺し』だが……)
勇吾は自分達と反対側の観客席にいる決闘の相手達を一瞥する。
この闘技場のステージを創ったであろう少年は楽しそうに笑みを浮かべながらステージの方を見下ろしている。
「…………」
勇吾は微かに戦慄を覚えながらも、視線を戦闘ステージへと戻した。
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――大海ステージ(だった場所)――
良則はアルビオンと共にアベルと対峙していた。
白光を放つ龍鱗、力強く広がる両翼、そして何よりも雄々しく圧倒的な存在感を持つ王者の瞳が敵の姿を捉える。
『白の龍皇』アルビオン――――古くはイギリスのウェールズ地方の伝承に登場する龍族の王の1柱、現在では最も古い王の1人が、契約者である少年の背後に立ち、倒すべき敵に向かって威嚇する。
「――――――」
並の人間なら即気絶するか、恐怖のあまりショック死してしまうほどの威圧に曝されながらもアベルは平然としていた。
まるで、これ以上の威圧を何度も経験しているかのような顔だった。
「アルビオン………」
『――――来るぞ』
先に動いたのはアベルだった。
だが、良則もアルビオンもすぐには動かなかった。
「――――イェグディエル」
青い閃光が弾ける。
9対18枚の羽を広げ、アベルは熾天使の姿へと自身を変えた。
自身が契約している『七大天使』の1柱、《救恤》のイェグディエルを召喚すると同時に自身と融合させた姿だ。
『行きましょう!イェグディエル!』
「――――ッ!アルビオン!!」
『ああ!』
良則達は瞬時に《神龍武装化》を済ませ、迫ってくるアベルを迎え撃つ。
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そこからは、まさに神話の世界の戦いだった。
空間が捻じれたり切り裂かれる。
この世に現存する全ての色が宙を走る。
白き龍の咆哮が星々を素粒子に変え、熾天使の羽が星々の残骸を光に換えて吸収していく。
光が鞭となり、世界を縛るかのように変幻自在の動きを見せていく。
(―――《幾千も降り注ぐ龍皇閃拳》!!)
破壊神を討滅させた猛攻が以前よりも遥かに威力と速度を増してアベルに襲い掛かる。
アベルは防ごうとはせず、体を光の粒子に変えて攻撃の隙間を縫うように飛び抜けてゆき、今や光の龍と化した良則に迫っていく。
(――――《事象分解》!)
(《この拳は全てを殴る》!!)
2人が衝突し、互いの事象に強制干渉する力が矛盾を発生させて周囲の空間を歪曲させていく。
相手の事象に絶対に干渉する力と相手の力を絶対に干渉させない力、矛盾する力の衝突が齎す影響は空間歪曲だけでは済まされず、互いの存在さえも歪みだした。
元来、「事象に直接干渉する力」は人間の身には大きすぎる力、神の領域を侵す力である。
だが、良則もアベルも数多くの神格を相手に戦い、討滅、契約を繰り返す事でその“器”を大きく育て上げ、良則に至っては“裏技”みたいな行為によって、人の身でありながら神に匹敵するほどの力を手に入れていた。
その力は創造神級が持つ“天地創造の力”にはまだ及ばないものの、現世で起きている事象ならば、如何様にも干渉する事が出来る。
自然災害や病魔も「無かった事」にでき、破損した物も「壊れなかった事」にしたり出来るということだ。
ただし、あくまで人間の身で行う以上、これらの行為には相応の代償を伴い、特に「完全な死者を蘇らせる」という行為を行った場合、確実に世界の調和を崩してしまう――これは人間に限らず、神や天使でも同様である――ので、倫理や道徳に関係なく禁忌とされている。
良則とアベルもその点は十分に理解している為、例え問題無い規模でも力の効果範囲を精密に制御し、可能な時は現実空間から隔離された異空間内でのみ使う様にしている。
そう言う意味では、今回の決闘のステージ空間は(力を)心置きなく使える環境にあると言える。
外界とは完全に隔離されており、使用目的もあくまで“決闘レベルの範囲”なので世界そのものに悪影響を及ぼすリスクはほぼ皆無だった。
当人達を除いては。
『これは……マズイ、ですね……!』
試合が開始されてから初めて、アベルは冷や汗を浮かべていた。
矛盾し合う力の衝突は、使用者であるアベルの“存在”を危うい状態にさせていた。
それは良則の方も同じで、力そのものは拮抗しているが、使用者達が力に耐え切れなくなり始めていた。
流石のアベルも少しだけ焦る。
(――――《相克強制解除》)
力の拮抗が強制的に消された。
その反動で2人は後方に吹き飛ばされる。
『――――ッ!相変わらず、コレは反動がきついですね。ですが!』
予め反動への対策をしていたアベルは瞬時に体勢を直し、すぐに次の攻撃を行う為に100以上の魔法を同時展開しようとする。
標的である良則は体勢を直すのに僅かに遅れをとる。
その僅かな遅れは、アベルが良則を捉えるのに十分過ぎる時間だった。
(これでチェック。そして次の2手でチェックメイトです)
アベルは良則に、自身の最強魔法を放った。
(極大神滅魔法―――《百二十五重式神速蒼星青嵐撃覇》)
……放たれようとした。
だが、その魔法は良則を傷つける事はなかった。
『―――――――――ッッッ!!』
神を滅ぼす大魔法は良則に対して発動せず、発動する寸前で暴発した。
良則に向けられるはずだった膨大な力は制御不能になり、一転してアベルに牙を剥いて暴れ、周囲の空間を飲み込んで大爆発を起こした。
アベルが融合させている七大天使の力も合わせて練った魔力の大爆発、それは巨大な恒星が重力崩壊によって生じるとされる極超新星――超新星爆発の数十倍の大爆発――に匹敵する、神どころか世界をも滅ぼす大破壊だった。
『―――――――――――――――ッ!?』
必死に防御するアベルだが、大魔法の暴発はアベルの残る全魔力をも巻き込んでいき、その防御はすぐに維持できずに消滅、アベルは自身の力の暴発に飲み込まれていった。
その最中、アベルは視界が爆発の閃光で埋め尽くされる中で、確かにそれを見た。
大爆発に飲み込まれたにもかかわらず、その影響を一切受け付けずにアベルの方へ視線を向けている良則の姿を。
(――――!そうか、この暴発は――――!!)
アベルは理解した。
自身に起きた大魔法の暴発、それが良則の手によって引き起こされたということを。
(先に王手だったのは、彼の方だった!!)
そして思い出す。
良則が過去に討滅し、権能の一部を奪ったであろう“神”の名を。
その権能を。
(――――破壊神の権能!!)
アベルの中で、破壊の雷が弾けた。




