第342話 闘技場
――黎明の王国 光輝王城――
一夜が明けた。
白亜の王城の一室で一夜を過ごした勇吾は、窓から朝日が差すよりも早く目を覚ました。
「朝か……」
ベランダから外に出た勇吾は、冬の冷たい風も気に留めずに朝霧に包まれた『黎明の王国』の景色を見下ろし、その幻想的な光景に心を奪われていた。
「これを、あいつ等は自力で造ったのか」
目の前に広がるのは東西を大森林に囲まれ、南には大海原が広がる城下町。
「基本はイギリス様式……が、凱龍王国のも混じってるな」
数多の世界の文化が融合した都市、それが勇吾から見た城下町の印象だった。
一見すればイギリス様式の建築様式が多いが、所々に勇吾の故郷の様式も見受けられた。
地球世界だけでなく、様々な世界の文化を調和させた生まれて間もない黎明期を迎えたばかりの王国、『黎明の王国』だった。
「まさに、その名の通りということか」
この国の名前の意味を納得する勇吾は部屋の中へ戻る。
その後、着替えを済ませた勇吾は昨夜の内に移動と利用を許可されている中庭に行き、朝食の時間までの間を日課の早朝鍛練をして過ごしていった。
それから3時間後、勇吾は仲間と共に王城敷地内にある『王立闘技場』へと向かった。
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――黎明の王国 王立闘技場――
光輝王城――――『黎明の王国』の中枢であり、その役目は『黎明の王』の住まいや政治や国防の中枢、異世界への出入口、国民達が利用する役所等数多くあり、敷地内への入場も厳重な警備はあるものの、中枢とは空間的にも隔離されている「一般者利用可能区画」へは国民以外の者でも入場可能になっている。
勇吾達が今いる『王立闘技場』もまた、王城敷地内に作られた拡張空間内に建造された施設の1つである。
建設当初は訓練場の1つとして使われる予定だったが、『六星守護臣』の1人の提案がきっかけで闘技場として使われるようになった。
ささやかながら賭事も行われ、国民達は武人達の激闘に日々燃え上がっており、偶に気まぐれで王達が参戦した日には(主にファンやギャンブラーの)何色もの声が闘技場を埋め尽くしていた。
そこに今日、勇吾達と『黎明の王』エリオットと『六星守護臣』が闘技場の舞台に集結していた。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
「陛下ァ~~~!!」
「こっち向いて~~~♡」
「アベル様~~~!!」
「はぁはぁ、ルビーた~~~ん!!」
「ヴァレット元帥~!!男を見せてくれ~~~!!」
「キャ~~~~!!ジュード様可愛い~~~♡♡♡」
「ファラフ先生頑張って~~!!」
「ディオンさ~ん!今日こそ仮面の下を見せて~~~!!」
「バカ!あの仮面の下を見ていいのは陛下とディオン様のコレだけなのよ♡」
「アベ×ジュー(*アベル×ジュード)最高~!」
「何言ってるの!アベル様のCP相手は陛下よ!」
闘技場は盛り上がっていた。
一部、危険な声援も混ざっていたが、観客席には数万人の国民達がこれから始まるイベントに大興奮していた。
「なあ、俺の同士が一杯いるぜ?」
「ああそうだな。一緒にこの世から抹殺されてこいよ。世界が喜ぶ」
「おいおい、そんなことしたらお前ら泣くだろ?」
「「「………」」」
その確信は何処から湧くと、勇吾達はツッコみたかった。
彼らは知らない。
このバカは、実は1年以上も前からこの王国の一部の人達とネットを通じて独自の交流をしているという事に。
しかもその事実を、『黎明の王』すら気付いていないということに。
「おお~!そこにいるのは我らが同士、エンペラー!」
「我らの業界の伝導の皇帝!」
「聖典「解明!ルビーたまの生おっぱい」、読んだど~!」
「次回作はまだ~?」
「今、たってます!」
今、パレた。
「………………………ほう?」
空気が一瞬で凍り付いた。
否、空気どころか時間も空間も凍り付いた。
『黎明の王』が、王としての“力”の一端を解放したのだ。
バカどもを黙らせる為だけに。
そして被害者のルビーは、直立したまま真っ白な雪像になっていた。
「他人の趣味をとやかく言う気は無いが、物事には限度はあるよな?」
「ノンノン!俺達の情熱に!限界はナッシング!」
「「「エンペラー!!」」」
だが、バカどもは折れてなかった。
だが直後、バカは背後からの一撃で地面に沈められた。
「このバカは無視していいから、進めてくれ」
「……いいだろう」
この時、勇吾とエリオットの間に絆が生まれた。
そして凍り付いた時が動きだし、『王』は闘技場中に聞こえる声で開幕を宣言した。
「では、これより決闘を始める」
場内は再び歓声で埋め尽くされた。
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時は昨日の謁見にまで遡る。
「――――その代わり、決闘をしないか?」
「決闘、だと?」
勇吾が神器の譲渡要求を拒否した直後、エリオットは代案を出してきた。
それは、勇吾達とエリオット率いる『黎明の王国』の精鋭達との決闘だった。
「この城の敷地内に闘技場がある。そこで明日、7対7の決闘を執り行いたいのだが、どうだ?」
「………」
「何、個人的にお前達の実力を直に見てみたいと思っただけだ。お前達を始末したいなどとは微塵も考えてはいない」
笑いながら話すエリオットだが、勇吾はエリオットの目が言っている事と別の事を語っているように見えていた。
そしてその中には、「分かるな?」という問い掛けも含まれていた。
「……決闘なら、互いに賭ける物が必要だな?言っておくが、『神器』を賭ける気は無いからな」
「それは分かっている。あそこまで言い切られた以上、今はもうもうお前達の『神器』を狙う気は無い。この決闘の賭け金は―――」
「――――互いの使用済み下着だ!」
時間が凍り付いた。
気付けば、丈がエリオットの隣に移動して、彼の声を完璧に模写して勝手に喋っていた。
「「「…………」」」
「俺は男女問わず、お前達の使用済み下着を賭けることを要求する!俺は両刀ーー」
「死にたいか?」
刹那の出来事だった。
丈の首元に、鋭い剣先が付き付けられていた。
そしてその剣を見て、勇吾は戦慄する。
(――――『魔剣グラム』!!)
丈に突き付けられた剣、それは『神器』の中でも龍殺しの力を持つ『滅龍神器』の1つ、『魔剣グラム』だった。
「俺の下の剣はこれよりデカいぜ!」
「斬ってよし!」
「あ~~~!」
丈は斬り捨てられた。
見た目だけだが。
「「「………」」」
何とも言い難い沈黙が数秒間続いた。
「……こちらのチップは2つ、1つ目は「どんな願いでも1つ叶える権利」、そして――――」
そして、エリオットは空いた手を前に出すと、その開いた掌の上に白く光る宝玉を2個出現させた。
その宝玉こそがエリオットの、『黎明の王国』が今回の為に予め用意しておいた賭け金、勇吾達が決闘を受けざるを得なくさせる強力な手札だった。
「―――――「サマエルの呪いの解呪」だ」




