第336話 軌跡
お久しぶりです。
彼ら5人が出会ったのは必然だったのかもしれない。
泉希が『蛹屋』―――シェムハザに拾われてから約半年、2人は日本を離れて大陸を旅していた。
この時点で泉希はシェムハザの能力により聖獣に完全覚醒をしており、人間であったことに何の未練も感じていなかった。
この頃は自分の力の制御を含めた修行の日々が続いていたので未練を感じる余裕がなかった、というのもあるが。
それはともかく、この頃の2人は大陸を特に当てもなく移動する日々が続き、その日もとある地方都市を訪れていた。
「結構大きいのに荒れてるんだな?」
「国土は広くても農業に適した土地はそれほど広くない国だ。それに加え、無茶な工業化で環境破壊が進んで様々な問題が増加している。街が荒れるのは当然のことだ」
日本とは異なる町の光景を珍しそうに見る泉希だったが、シェムハザに「不用意に視線を泳がすな」と窘められる。
暫く街を歩いていると屋台が並ぶ通りに着き、そこで軽く食事をとった2人はすぐに出発しようとするが、そこで小さなトラブルに巻き込まれる。
「――――無駄だ」
「――――ッ!」
シェムハザは横を走り抜けようとした少年の手を掴んで呟いた。
少年は目を丸くして驚いたが、すぐに抵抗して逃げようとする。
だが、その辺の子供がシェムハザの力に抗えるわけがなかった。
「……師匠?」
「お前も気を付けろ。この国には子供のスリがかなり多い」
「スリ!?」
「は、放せよ……!」
子猫のように持ち上げられた少年。泉希よりも少し小さい少年は街の浮浪児だった。
親に捨てられ、行く当てもなく路地裏などでその日暮らしをしている少年、まともな名前すらないと知った時は泉希は大いに驚いた。
親に名前も与えられない子供がいるとは今まで想像もしていなかった。
だが、シェムハザは特に眉一つ動かさず淡々と泉希に説明していった。
「この国では珍しい事じゃない。20年以上前に施行された愚かが政策によって、この国には億を超える数の無国籍孤児が存在する。表向きには存在しない扱いにされ、裏社会で生きるか、ただ生かされるだけの奴隷として使い潰されるかの2択しか選べないのが今の現状だ。この子共は前者だろうな。背後にいるマフィアに扱き使われ、今もスリで金を稼がされているといったところだろう」
「………」
「―――慣れろは言わないが、この程度の腐敗などまだ軽い方だ。俺と一緒に来るのなら――――覚悟を決めておけ」
「……分かった」
「お前も、行け」
「フっ……フン!」
シェムハザは少年に何もせず逃がした。
だが少年の姿が路地裏に消えた後、無言のままその後を追いかけていった。
その後、2人はとあるビルに辿り着いた。
そこは、マフィアのアジトだった。
「何だ、テメ……ブホ!?」
「ここを何処だ……ぶべらぼ!?」
マフィアは数秒と掛からず壊滅した。
「――――無事だな?」
「はぁ……はぁ……あ…んたは……?」
シェムハザはマフィア達に暴行された少年を見下ろしながら魔法で治療をする。
治療を終えると、シェムハザは少年の下から離れてビルの中にある金庫を調べだし、金庫の中から古書を数冊取り出した。
「師匠、それは?」
「――――『原典』の写本だ」
それは東洋魔術に関する『原典』の写本だった。
写本を回収すると、シェムハザは再び少年の下へと近付いた。
そして少年の瞳をジッと凝視すると、ただ一言だけ訊ねた。
「――――来るか?」
「…………」
それが只の気まぐれなのか、それとも打算があったのかは分からない。
だが、少年は塒にしていたマフィアが壊滅するのを目にした事もあって、首を前に振って答えた。
「師匠、何でアイツを拾ったんだ?」
「………。泉希、この子供の面倒を見てやれ」
「え!ちょっと待ってくれよ!ていうか、コイツは何て呼べばいいんだよ!?」
泉希の問いにシェムハザは一切答えなかった。
その後、シェムハザは名も無い少年に両親の“潘”の姓と、シェムハザ自身が考えた“北星”の名を付け、「潘北星」という名前を与えた。
そして新たに1人が加わり、シェムハザ達の旅は続くのだった。
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シェムハザは同じ世界に半年と留まらない男だった。
旅の同行者――――弟子を加えて約2年半、一行は数度の異世界転移を繰り返し、この頃はとある発展途上の世界の辺境地域を旅していた。
近くに開拓村は幾つかある大森林地帯へ入り、森の中にある古代遺跡へと向かっていた。
『キキィ――――!!』
「この猿、ウゼエ!!」
「おい、北星!俺ごと凍らせる気かよ!」
「分かってるよ!」
泉希と北星は随分と仲良くなっていた。
まるで実の兄弟のようにみえるその光景を、2人の後から見ていたシェムハザは微かに笑みを浮かべていた。
遠い過去を思い出していたのか、その笑みは悲しみも帯びていた。
「――――ッ!また何か来る!」
人間を超える五感で、また森の魔獣が接近しているのを感じ取った泉希は先制攻撃を撃とうとする。
だが、その攻撃の手をシェムハザは止めた。
「師匠?」
「よく気配を探ってみろ。魔獣以外の気配も混ざっているだろ」
「あ!ホントだ!」
接近する気配に人間らしきものが混じっているに気付く。
そして十数秒後、草むらの奥から数体の大神と一緒にその少年が姿を現した。
『『『グルルルルルルルルルルル……!!』』』
「グルルルルルルルル……!!」
「「……人間?」」
「いや、半覚醒状態の……まだ一応は人間のようだ。半獣、といったところか」
狼の魔獣の群と共に現れたのは、臀部から尻尾を生やし、頭に狼と同じ耳を生やした少年だった。
その少年は泉希と同じ先祖返りでありながら、その血が中途半端に肉体に現れたせいで獣人のような姿になっていた。
後に分かる事だが、この少年は幼少期に半覚醒状態になって今のような姿になり、家族を含めた周囲の人間から気味悪がられて森に捨てられていた。
そして森に住む狼の魔獣に育てられ、人間として暮らしていた頃の意識も薄れて、性格も野獣のように変わり果てていた。
「ガルアァァァァァァァァ!!」
「………」
「ぎゃぅ!?」
そしてシェムハザに飛び掛かる少年を、シェムハザは無言のまま大人しくさせた。
その後、少年と狼達がシェムハザ達が向かっている古代遺跡を縄張りにしている事を知り、道案内役として連れていくことにする。
そして、古代遺跡の中で幾つもの障害を乗り越えていく内に少年は聖獣に完全覚醒を果たし、更に様々なイベントを経験しながら遺跡の最下層の更に奥に眠る『神器』を回収する。
だがその道中で少年の育ての親である狼魔獣が死亡し、その子供の狼達も遺跡に封印されていた魔人の手に掛かり大半が殺されてしまった。
「お前はこれからどうする?森の中で獣として生きるか、それとも村に戻って親の下に戻るか、それとも――――」
泉希達も手伝って埋葬された“家族”の墓の前で俯いている少年に、シェムハザは少年に訊ねた。
少年は何も選ばなかった。
「……人、嫌い。けど、俺、1人……」
「おい、待てよ!」
「――――よせ」
少年は森に奥に姿を消した。
止めようとする泉希をシェムハザは窘め、3人は大森林を後にした。
そして3ヶ月後、シェムハザを狙って異世界からやってきた刺客達との戦闘の際、少年は再び3人の前に姿を現した。
「―――――恩じは、返す」
家族を埋葬してくれた礼だと言って、少年は泉希達に加勢した。
その後、泉希と北星の説得により少年も旅の同行者に加わった。
だが、そこでちょっとした問題が発生した。
「そういえば、お前の名前って何て言うんだ?」
「知らない。忘れた」
幼少期に捨てられたせいか、少年は自分の名前を忘れていた。
しかし、そこはシェムハザが少年の記憶を奥深くまで探り、「レイト」という名前を見つけて教えた。
ついでに姓も付けた。
「今日からお前は―――大森林のレイト」
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更に数年が経ち、一行はまた別の世界を旅していた。
その世界は『勇者』の文化がある世界だった。
その世界最大の帝国で行われる儀式により、異世界から勇者を召喚して『魔王』を倒すという行為を1000年以上も前から繰り返していた、『勇者』により支えられた危うい世界だった。
「え!召喚されるのは日本人!?」
「そうだ。“龍脈”の影響もあるが、現代の日本は異世界からの“召喚の力”の影響を極端に受け易い傾向にある。そのせいで、この世界で召喚される『勇者』の9割以上は、20世紀後半以降の時代の日本人となっている」
「迷惑な話だな。それ、余所の国から拉致した人間を国益に利用しているだけだろ?」
「その通りだ。最初は『勇者』に国を発展させてもらったのが、今では国を発展させるために『勇者』を召喚している状況にあるのだろう。どの世界でも、人間の企む事は似たようなものだ」
冷めた口調で説明しつつ、シェムハザはココからそれほど離れていない場所にある帝城に視線を向ける。
魔法を駆使し、この帝都の全てを誰にも気付かれる事無く見通していた。
シェムハザの予想通り、この世界はまた『勇者』達を召喚し、魔王の国との戦争に利用しようと陰謀を巡らせているようだ。
「……くだらない」
「ん?何か言った?」
「……いや」
シェムハザはこの世界の内情に呆れながら、その日は図書館の禁書庫から数冊の『原典』を回収し、宿で一夜を過ごした。
それから半月ほど帝国を中心にこの世界を回った後、この世界の魔王を屈服させて欲しい物を全て手に入れた一行はこの世界を去ろうとした。
「これより、異端者達の公開処刑を執り行う!」
それは帝都の中央広場で行われていた。
異世界から召喚された『勇者』達に巻き込まれただけの一般人、その1人が帝国や本物の『勇者』に害を為した大罪人として処刑されようとしていた。
その人物は、日本人の少年だった。
「なあ、あれって泉希と同じ……」
「ああ、日本人みたいだな?」
久しぶりに見た日本人に、泉希は処刑台に視線が釘付けになった。
そして、その少年から漏れ出ている“力”に気付いた。
「あいつ、俺達と同じ聖獣だよな?」
「だよな?」
処刑されようとしている少年は人の姿をしているが人間ではなく、聖獣だった。
異世界からの召喚、その過程で発生する変異により少年は人間ではなくなっていたのだ。
ちなみに、『勇者』は人間のままそこそこ強い力を得ていた。
「この者、皇帝陛下と『勇者』に対し暴行を働き、某貴族が所有する奴隷を略奪、更には忌まわしき獣の力を身に宿した異端の存在である!皇帝陛下と聖皇陛下の名の下、この異端者の大罪を命を持って浄化させる!」
その騎士は、あたかも少年が邪悪な存在であるかのように罪状を読み上げる。
民衆も騎士の言葉を微塵も疑わず、処刑台に立たされている少年に敵意を向け、中には石やゴミを投げつけていた。
そして処刑を観覧している者の中には、この国の皇帝一族や貴族、そして『勇者』達も混ざっていた。
「あいつら、同郷の奴らが殺されるってのに、何で平然としてるんだよ!?いや、魂の波動が変質……洗脳されてるのか?」
「洗脳と言うよりは暗示……思考誘導だろうな。召喚した人間を都合のいい道具にする為に手を加えた訳だ。よくある事だ」
「……腐ってやがる」
泉希は嫌悪した。
そして処刑が始まろうとした時、泉希は感情のままに動き出し、それを見ていたシェムハザは止めなかった。
そして泉希は、その姿を黒馬へと変えて大暴れした。
処刑台を破壊し、処刑執行者を皇帝ごと蹴りとばした。
「ゲホッ!何が起きた……?」
そして十数分後、破壊され尽くした広場の上で、処刑されかけた少年、桜庭武蔵は訳が分からないまま辺りを見渡し、目の前に静かに立つシェムハザの存在に気付く。
「あんたが、助けてくれたのか?」
「いや、助けたのはあっちだ」
武蔵の問いに、シェムハザは利き手の親指を立ててまだ暴れている泉希を指す。
その後、またいつもの成り行きで武蔵も旅の同行者兼シェムハザの弟子となった。
武蔵を処刑しようとした帝国は、この数カ月後に魔王軍に攻め込まれて崩壊した。
『勇者』がどうなったかは不明である。
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最後の1人と出会ったのは泉希の復習の現場だった。
長年憎んでいた父親に対し復讐を果たそうとした時、突然現れて泉希の父親を殺した(※306話参照)少年、春沢潤。
異常な殺意に飲まれた潤は『創世の蛇』により心身をいじられ、出会った当初はまともな会話が出来る状態ではなかった。
そして半月後、シェムハザの魔法治療と裏技によって回復した潤は、自分が殺した男のことを忌々しげにこう呼んだ。
「あの屑は……俺の親父だ!」
「なっ!!」
「やはり、泉希の異母弟だったか」
心底驚愕する泉希と違い、シェムハザは平然としたまま納得していた。
あの時かなり興奮していた泉希と違い、シェムハザは潤を一目見た時点でその身体的類似点や魔力の波長から泉希の近親者である事に気付いていた。
泉希の父親は昔から多くの女性に手を出しては問題を起こす人物で、泉の母親と結婚した後も複数の女性を妊娠させ、子供の父親である事を盾に女性達に付き纏っては金を毟り取り、ストレスの発散に暴行を働いていた。
潤の母親もまた泉の母親と同様に父親が原因で亡くなっていた。
「あの親父、やっぱりクズだな……」
「え!じゃあ、俺の弟……?」
「は?兄……だと?」
「おそらく、他にもいるだろうがな」
その後、(現実時間で)一週間以上続く兄弟喧嘩が勃発するトラブルを経て、泉希と潤の異母兄弟は打ち解けあうのだった。
そして地球時間で数ヶ月後、彼ら5人は死であり父であるシェムハザの正体を知ることになる。
現状としまして、新章を書き溜めている最中です。
今月中にでも交信できればいいのですが……。
もう暫く、お待ちください。




