第335話 天使編エピローグ 後編
――サンフランシスコ――
地下施設から外に出ると、サンフランシスコの街は未だに混乱が続いていた。
街中からサイレンの音が鳴り響き、人々の喧騒が止む事無く聞こえてきた。
「……“門”は開いたままか」
勇吾は空を見上げながら呟く。
天使達が出てきた天界の“門”は未だに開いたままになっていた。
冥界の“門”もまた、同じだった。
「おいバカ、今日は食ってばかりだったんだから閉じて来い!」
「「え~~~」」
「「え~」じゃねえだろが!!」
頬を膨らませながら不満を漏らすバカを勇吾が叱る中、シェムハザ達は一足先に立ち去ろうとしていた。
「――――俺が閉じていく」
それだけ言うと、シェムハザ達の姿は勇吾達の前から消えた。
気付けば、何時の間にかサリエルやウリエルの姿も無い。
勇吾達はまだ気付いていないが、5秒ほど前にサリエルはウリエルの口を塞ぎ、素早く上空の“門”に向かって飛翔したのである。
元とはいえ、サリエルも嘗ての七大天使。
一瞬の隙を突いてウリエルを拘束して天界へ帰還する事は可能なのだ。
もっとも、契約者であるバカが呼べばすぐにでも戻ってくるのだが、そのバカは勇吾に叱られているのでしばらくはその問題は無かった。
「あ、閉じた!」
リサが空を指差しながら声を上げる。
バカの胸倉を掴んでいた勇吾は空を見上げ、今まで開いていた天界の“門”がゆっくりと閉じていくのが見えた。
同時に、“門”の影響による時空の歪みも丁寧に修復されていき、サンフランシスコの空は“門”が開く前の様相を取り戻していった。
「あれ~?もしかしなくても、僕の仕事なし~?」
「自分で嫌がっておいて何言ってる!」
「痛い!」
その後間もなくして冥界の“門”も閉じられた。
これにより、サンフランシスコを襲った天災は終息していくが、最初の大地震による爪痕は大きく、多数の死傷者を出すことになった。
……ように見えた。
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――サンフランシスコ某所――
同時刻、市内の某大学の敷地内でシェムハザは冥界の“門”を閉ざし、その痕跡も含め周囲の歪みを修復していた。
「何度見てもスゲエな。親父の《時空調律神技》は?」
「当然だろ?俺らに憑りついた魔王のを片手間に殺しちまう師匠は作った固有能力だぜ?」
「いや、その辺の神だって超えてるだろ?実際、殺したところ見てるしよ」
「そういえば……」
「……にしても、ここにいた連中は一体何やってたんだ?なんか、生臭い臭いしねえか?」
跡形も無く全壊した建物の前で、泉希達は父親兼師匠の技巧に目を輝かせながら、“門”があった場所に散らかっている物体の数々に首を傾げていた。
建物自体は“門”を抜け出た堕天使達により破壊され、周囲には建物内部にあった物品の多くが散らばっており、中にはあからさまに倫理規定に引っ掛かる代物も混じっていた。
ここで一体何が行われていたのか?
想像はつくが、泉希達はそれ以上は考えないことにした。
「――――これで“門”は閉じた。残るは……」
「親父!!」
「お前達、少し離れろ」
そこにシェムハザが戻ってくるが、シェムハザは既に次の能力を発動させようとしていた。
その魔力は“門”を閉じた時と負けず劣らずの量で、泉希達も離れていなければその圧に飲まれそうなほどの密度まで圧縮されていた。
「――――《生死調律理技》」
シェムハザの手の上で圧縮された魔力が弾ける。
一般人には視認できない神秘的な波動が亜光速でサンフランシスコ中に広がり、全てではないが街に充満していた絶望を和らげていった。
「親父、今のって……!」
「死んでいない死者、その全員の蘇生を行った。これで、死者の数は最小限に抑えられるだろう」
「「「スゲエな!!」」」
泉希達の額に冷や汗が流れた。
シェムハザの言う「死んでいない死者」とは、肉体が生命活動を停止しているが、肉体の損壊が少なく、魂が現世に留まっている者を指す。
人間と天使(堕天使)では“死”の定義が異なるのである。
そしてシェムハザは、今回の一件で被害を受けた者の中から自身の定義では死んでいない死者全員の命を救ったのだ。
直接ではないにしろ、自分の部下である堕天使達の愚行により起きた惨事に責任を感じているのだ。
「――――行くぞ」
シェムハザを中心に、泉希達も入る大きさの魔方陣が広がる。
ここでの最後の作業を終えたシェムハザは、この場を後にしようとしていた。
「……何処に?」
泉希が問う。
その声は以前よりも何処か和らげで、何かが吹っ切れたすがすがしさがあった。
その理由を知っている武蔵達も似たような顔でシェムハザを見る。
「腹が減っただろう。久しぶりにステーキでも食べに行くか?」
「うっし!!」
「マジ!?」
「和牛サーロイン1㎏な!」
「勿論松坂牛だよな?」
「……お前ら自重しろよ。俺は神戸牛で♪」
泉希達は歓声に近い声を上げる。
そして彼らはシェムハザの転移魔法陣によりサンフランシスコから姿を消した。
多少のすれ違いがあったものの、彼らはようやく先へと進むのだった。
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――サンフランシスコ市街――
先程まで街中に充満していた阿鼻叫喚の渦は急速に静まって行き、それに代わって歓喜の声が街中から響き渡ってきた。
「シェムハザ、やはり魔法系の技巧に関しては天使総長以上の才を持っている。まさか、あれだけの数の人間を、“理”に反せず一度に蘇生させるとは……」
ファラフはシェムハザの気配がした方角を見つめながら独り言を呟く。
おそらくは自分にはできないであろう芸当を軽々と行うシェムハザに対し、ファラフは胸の内で感嘆していた。
「うお~!今のって、ザオ〇クか?それともレイ〇デッド?」
「カド〇ト~?」
「ア〇イズじゃね?」
「ア〇ラスじゃね?」
「お前らはとにかく黙ってろ!!」
勇吾達は勇吾達で盛り上がっていた。
ちなみに彼らがいっているネタについては追及しないでほしい。
「――――では、私もここで失礼するとしよう。今日は実に有意義だった。感謝する」
「あ、ああ……」
表情には出さないが、何処か満足気な雰囲気のファラフは勇吾達の方を向いて別れの挨拶を告げた。
「近日、改めて招待状を送る。次に貴方方と出会うのは我々の国になるだろう。楽しみに待っている」
「そうか。俺も、お前達の『王』に幾つか訊きたい事がある。今度はちゃんとした招待状が来るのを待ってる」
「ええ、次は手抜かりの無い内容で送ります。とはいえ、書くのはおそらく陛下でしょうが」
(――――『黎明の王』か)
その後も幾つか話をした後、ファラフは人込みに紛れながら勇吾達の前から去って行った。
そして残された勇吾達も、町の様子に気を取られながらも帰途へと向かう。
そこへ、すっかり忘れ去られていた男が戻ってきた。
「お~い!」
「あ、ライ!」
「「「――――あ!」」」
能天気この上ない声を耳にし、勇吾達はライの事が頭から抜けていた事を思い出した。
もっともこの後、勇吾達は自分達が忘れていた事など口には出さず、逆に忘れ去られるまで単独行動をとっていたライに説教をするのだが、それは余談である。
かくして、勇吾達の長い1日はようやく終わりへと向かって行く。
だが、彼らの胸の内には大きな不安が残された。
――――『楽園の蛇』サマエル
伝承の種類により、時に悪魔の王であるサタンや大悪魔ベリアルとも同一視される『創世の蛇』の《盟主》の1柱。
己の妻達を犠牲にしてまで打ったこの一手が、この後、どのような結果を生み出すのかはまだ分からない。
今言えるのは、勇吾達とサマエルとの戦いは最早避けられない域にまで来ているという事だけだった。
決戦の時は近い。
・これにて天使編は簡潔です。
・次回は「黎明の王国編」になりますが、しばらく更新を休みますので暫くお待ち下さい。




