第328話 VSナアマ②
――良則サイド――
僕はナアマの方を向きながら、何も無い場所に向かって拳を振るった。
するとガラスが割れるような音が響き、同時に異空間全体に浸透しつつあったナアマの《魔声》がその効果諸共消滅した。
この世のあらゆる事象に対し拳を通して干渉する僕の能力《この拳は全てを殴る》。
ここ最近は滅多に会わなくなった日本人の友人、大羽士郎くんの固有能力――同時連載中の『ボーナス屋、勇者になる』参照――により入手したこの新能力は魔王ナアマの《魔声》にさえも直接干渉、そして一瞬で消滅させる事に成功した。
この能力は神や天使、悪魔といった超常の存在にさえも干渉できる強力な能力だけど、それ相応のリスクも存在する。
まず、干渉する対象の“存在の大きさ”に比例して消費する魔力量も莫大になっていく。
これは魔法を始めとして殆どの能力にもおいて言えることだけど、起こす現象が大きいほど必要とする魔力も多くなる。
その点から言えば、士郎の能力はその常識をかなり無視しているんだけど……。何で?
『ああ………私の愛が…!消えていく……!』
ナアマの動揺した声が聞こえてくる。
今も《神眼》でナアマを視ているけど、やっぱりナアマは戦闘向きじゃないようだ。
魔王といっても七大魔王と比べればその差はあまりに大きく、多分魔王の中でも末席の方なんだろう。
けど、それでもナアマの能力が脅威である事は間違いない。
僕がナアマに対して優勢なのは、ひとえに仲間に恵まれているからだ。
だからこそ、この幸運を無駄にはしない。
「行け!」
ナアマに閃拳の嵐をお見舞いする。
ハニエルにしたのと同じ様に、一発ごとにナアマに干渉して力を削いでいくようにしてある。
その数はすぐに一万を超えてナアマに一斉に襲いかかる。
『――《痛みを飲み込む深淵》――』
ナアマの周囲に波紋が立つ水面のような壁が現れ、僕の閃拳を次々に吸い込んでいく。
同時にナアマは無数の魔法陣を出現させて大量の悪魔を召喚し始めた。
だけどそれは想定内だ。
〈アルバス!瑛介!〉
〈おうよ!〉
〈ああ!〉
アルバスは絶対零度の嵐、瑛介は天候支配で無数の雷を魔法陣に向かって放つ。
トレンツ達はナアムの他の攻撃を防ぎつつ、アルバス達が撃ち漏らした悪魔を狩っていく。
もっとも、撃ち漏らした悪魔の殆どは僕の閃拳の餌食になっているけど。
『フフフ、貴方達に私は傷ひとつ付けられないわ』
未だ続く僕の攻撃の嵐を余裕の笑みを浮かべながら不正でいるナアマの顔にはもうさっきまでの動揺は無い。
これも想定内。
それどころか、ナアマが余裕で僅かに隙を見せたのは僕にとって絶好のチャンスだった。
僕は閃拳を撃ち続けながら戦いを一気に決める行動に入った。
「火の精霊にして善なる神たる勇敢なる者、契約の下、我が意志に従い顕現せよ。邪を祓いし焔の神よ」
意識を澄まし、僕はアルビオン以外の契約している者の1人を呼ぶ言霊を唱えていく。
それはゾロアスター教で信仰されていた火の神。
災厄を起こす悪魔や『悪神』が生み出した邪龍との激しい戦いに勝利した英雄。
「――――『焔神』アータル!」
空が炎に包まれた。
それは邪悪を滅ぼす聖なる焔、火の神が生み出す神焔だった。
『まさかっ――――――!!』
ナアマは再び動揺する。
今度は《魔声》を破られた時よりも遥かに。
そして、空一面を覆う炎の中から“彼”が僕の下に現れた。
『―――契約したこの世界で呼ばれるのは初めてか』
「そうだね、アータル」
全身を炎に包まれた長身の青年、彼が僕が契約している神の1柱『焔神』アータルだ。
元はゾロアスター教が生まれる以前から信仰されていた精霊で、火を神聖視するゾロアスター教では最高神の息子として扱われている。
「早速だけど、ナアマを倒すから力を貸して」
『ナアマか…!承った』
「行くよ!」
アータルの体は炎になって僕を包み込む。
それを僕は《神話を纏いし者》で全身に纏わせる。
紅蓮の炎は装備に変わり、僕の姿はファンタジーRPGに出てくるような軽戦士風の変わった。
アルビオンを纏っている時とは違う、心の底が熱くなるような力が湧き上がってきた。
『――――アータル!!』
ナアマが顔を見難く歪ませながら僕達を睨んでいる。
アータルは世界を邪悪から救う神、神話の中でも悪魔や邪龍と戦い対峙した勇猛果敢な善なる神、ナアムのような邪悪な存在にとってはまさに天敵だ。
天敵の姿を見て完全に余裕を失くしたナアマは魔力を爆発させ、僕に向かって攻撃を撃とうとした。
『――《光蝕む無限の暗闇》――』
漆黒の大瀑布が襲い掛かってくる。
それに対し、僕は拳に力を集中させてふるった。
「《焔神の閃拳》!!」
ナアマの闇の大瀑布と、僕の焔の閃拳が激突する。
重い。
ナアムも全力を出しているらしく、その桁違いの重さが全身に伝わってくる。
「イケェ!ヨッシー!!」
「やっちゃえ!!」
皆の声が聞こえてくる。
同時に、リサが僕に《補助魔法》を使うのが感じた。
力が更に漲ってくる。
もう、ナアマに負ける要素なんか微塵も無かった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!《邪を祓う神龍の息吹》!!」
『何!?《神龍術》……!!』
僕の両手に装着された《龍王の聖籠手》から聖ないる光の大瀑布が流れ出す。
《龍王の聖籠手》は、装着者に《神龍術》の行使を可能にさせる。
僕は籠手から発射された光を閃拳と融合させ、ナアマの闇を一気に押していく。
『そんな……!!私が押されるなんて……!!』
「まだだ!!」
『何!?』
「《聖光焔》!!」
僕は更に、《聖火》の上位能力である《聖火焔》を融合させた。
アータルから流れ込んでくる力も十分に使い、僕は一気に勝負に出た。
「《神龍之聖光火焔無限閃拳》!!」
闇が、光と焔の大瀑布に飲み込まれた。
僕の拳から放たれ、強大な闇を飲み込み消し去った光と焔はナアムを逃げる隙を与えず飲み込んでいった。
『アァ…………アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
ナアマの絶叫が響く。
僕の光も、《聖火焔》も、《神龍術》も、アータルの力も全て邪悪を滅ぼす事に特化している。
それを1つに融合させた力に、みんなのサポートで加われば、例え魔王の1柱であるナアマもただでは済まされない。
ナアマの全身は光と焔に焼かれていき、背中から生えていた羽もあっという間に消え、その原型が崩れるまで数秒と掛からなかった。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………コノ、小僧ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「―――!」
あと1秒で完全に消滅すると思われた直後、ナアマはその姿を蛇に変え、光と焔の大瀑布を力技で脱出して僕に襲い掛かってきた。
だけど、その毒牙が僕に届く事は無かった。
『ア………ドウ……シテ……?』
僕の数m手前で、ナアマは止まった。
同時に、蛇に変えたその体は砂のように崩れ始めた。
『―――彼にばかり気を取られましたね。貴方の相手は彼だけでなく、私達も含まれているのですよ?』
状況が理解できないナアマに、リサを乗せたゼフィーラが答える。
『貴方から平常心が失われた直後、私はあの場に居た全員を《夢幻聖天結界》に閉じ込めました。ここは空間そのものが浄化の力を持った擬似的に再現された聖域、貴方やリリスのような存在は、ここにいるだけで常に浄化され消滅されるのです』
そう、今僕達がいる場所は丈達が創った異空間じゃなく、ゼフィーラの能力で作られた別の異空間の場所なんだ。
この中に存在する物は半永久的に浄化を受け続ける。
ナアマのような邪悪な存在にとっては毒沼に等しい場所というわけだ。
『私だけの力では貴方をココに閉じ込めることは出来ませんでした。仮にできたとしてもすぐに脱出され、二度と同じ手は通じなかったでしょう。ですが、良則が召喚した焔神を目にして余裕を失い、良則と彼の放った攻撃に意識を奪われた貴方を閉じ込めることは容易でした。そして今の貴方には、ココから脱出することも、存在を維持する事も出来ません。終わりです。悪魔の母よ』
『ソン……ナ………』
「お前は僕とアータルにばかり気を取られ過ぎた。それがお前の敗因なんだ」
『嫌ダ………私…ハ……アノ方ノ………ヲ………!アァァァ……アアアアアアアアア!!』
ナアマは最後の悪足掻きを、僕達に呪いを掛けようとした。
「《聖火焔》!!」
『ァ―――――――』
けど、その呪いは誰にも届く事は無く、ナアマ諸共炎に焼かれて消滅した。
嘗ては数多の天使を堕天させ、世界を滅亡の危機に陥れた『悪魔の母』の最期だった。
「あとは、勇吾だけだ」
そして戦いは、終わりへと向かって行く。
『アータル』……ゾロアスター教における火の神で、最高神アフラ・マズダーの息子ともされているが、元々は火の精霊だったとも言われている。ゾロアスター教では中級の神「アザタ」の1柱として扱われている。稲妻になったという伝説もある。




