第326話 VSリリス①
『最初の女』にとっての最大の敗因は、アルビオンを始めとする自分の敵の強さを見誤った事だろう。
本来、ナアマと同様に《魔眼》の上位能力を持つリリスは、その効果により相手の全能力を見破る事が出来、それどころか相手の弱点や行動の先読みも出来ていた。
例え正体や存在を隠す《隠形術》の適正レベル5を使ったとしても看破することができた。
それが龍王だとしてもだ。
『な……に………?』
リリスは自らの身に起きている事をすぐには理解できなかった。
アルビオンと敵意に満ちた会話(?)をした後、周りへの被害など微塵も気にしないままリリスは全ての力を解放し、それを巧みに使いこなして最初の攻撃を放った。
精神系の攻撃ではなく、黒い大蛇を模した攻撃である。
直撃すれば破棄力は軽く見積もっても核弾頭100発分、敵味方関係なくこの異空間そのものを破壊し尽くす威力があった。
リリスは過去にもアルビオンと戦った事があり、精神系の攻撃は一切効かないことを理解していた。
元々、光属性を持つ者は洗脳や混乱等の精神系の攻撃に対する耐性が高く、アルビオンと良則はその代表格である。
故に、効果がまず見込めない精神攻撃は避けて闇属性の攻撃を選んだ。
それは龍族の強靭な体さえも一瞬で浸食し、同時に精神や魂も猛毒に侵されるかのごとく破壊し、最後には骨も肉片も残さず殺す。
神代から深淵の中で生き続けてきた悪魔であり、闇の女神に相応しい力、どんな光も漆黒に沈める邪悪な力そのものだった。
その力は闇と対極にある光を司る龍王であるアルビオンに確実に致命傷を与えられるものであり、リリスは己の勝利を疑っていなかった。
光と闇――――対極に存在する属性であり、互いが互いの弱点でもありるこれらが衝突する際に勝敗を決めるのは純粋な力の大小の差、より強い光か闇を持つ方が勝つので世の常であった。
だからこそリリスは疑わなかった。
自分は妖怪や悪魔と恐れられているが、同時に大地母神であり、夜を司る闇の女神でもある。
対するアルビオンは龍王、他の龍王とは一線を画す圧倒的な力を持つ神龍でもあるがあくまで龍王の域に留まっている存在であり、圧倒的な神格を持つ自分よりも格下。
リリスはそう確信していた。
例え《神殺し》であったとしても自分は殺せない。
自分は今この世で最も(人間には悪い意味で)崇高な存在である7柱の神の1柱の正妻であり、同時に堕天使の王の妻である悪魔達の女王なのだから。
不意打ちを受けたが、アルビオン如きに負ける等有り得ない。
まして、不意打ちで魔力の大半を失った奴に蒔ける道理など存在しない。
リリスは己の勝利を確信していた。
アルビオンの腕に体を貫かれる瞬間までは。
『何……故………!?』
『――――ルシフェルの《傲慢》がお前にもうつったようだな。驕り過ぎだ』
地球の重力よりも遥かに重いアルビオンの言葉がリリスの頭に響く。
勝負は一瞬だった。
漆黒の大蛇―――リリスの攻撃はアルビオンをハッキリと捉え、その巨大な咢を開いてアルビオンの巨体に食らいつこうとした。
だが、闇の毒牙が閉じようとした刹那、アルビオンの姿はリリスの視界から消失し、同時に大蛇の体が真っ二つに裂け直後に消滅、気付いた時にはアルビオンの右腕がリリスの体を貫いていた。
『そん…な……龍…王、如きに……!!』
『お前はそこから間違っている。今の俺は、『龍神』だ。差し詰め、『白の龍皇』改め、『白の龍神』と言ったところだろう』
『有り得……ないわ!お前は確かに………まで龍王だった…わ!それが短期間で『神』に昇格するなんて……有り得ない……理不尽……よ!』
『……愚かだな。理不尽を生み続けたお前がその言葉を口にするとはな。淫欲に溺れ、周りが見えなくなっていたか?今この世にはお前の言う「有り得ない理不尽」を現実にする者が複数存在する。お前が今いるこの大陸、そして―――――』
『バカに……するなあああああああああああああああああああああああああああ!!』
『!』
アルビオンの言葉を遮り、リリスは理性を爆発させて半ば暴走を始めた。
悪魔と女神の両方の力は荒れ狂い、この異空間を超えて現実世界をも破壊しようとしていた。
だが、それをアルビオンが許すはずが無かった。
『《白キ龍神ノ聖剣爪斬》』
リリスを貫いていた右腕が光の剣と化し、リリスを一刀両断にした。
そして両断したのはリリスの体だけではない。
リリスの持つ全ての神格―――大地母神の神格、夜の女神としての神格、それ以外のあらゆる神格が今の一撃で消失したのだ。
それは本来ならアルビオンが持たない力だが、今はここには居ない自分と良則達の共通の知人であり、アルビオンの旧知の仲である『龍神』を救ってくれた恩人から授かった『剣』と様々な能力が齎した力だった。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
リリスの絶叫が世界に木霊する。
神格の全てが失われ、リリスの力は急激に失われていく。
初めは人間の数倍の大きさだった体も、人間の成人女性と大差ない大きさにまで縮んでいった。
『――――これはお前の慢心が生んだ結果だ。もうこの世から消えろ。《龍神之終焉白閃光》』
『止め―――――』
空一面が白一色に染まった。
そして光が消えると、そこにリリスの姿は無かった。
リリスを知る者が見ればあまりにも呆気なさすぎる結末、アルビオンの一方的過ぎる勝利だった。
だが、敵を倒したにも拘らず、アルビオンの顔は少しも晴れなかった。
『…………』
アルビオンは暫し沈黙を続けた。
確かにリリスは倒した。
だが、それでもまだ終わりではないと気付くのには1秒と掛からなかった。
(――――《多重存在》。あの女、悪知恵だけは錆びていなかったか)
アルビオンはリリスのしぶとさに半ば呆れていた。
アルビオンは確かにリリスを倒した。
分身などのまやかしではない“本体”を。
だが、それは複数存在する“本体”の1つでしかなかった。
1つの存在が同じ次元に同時に複数存在させる能力《多重存在》。
分身とは異なり、その全てが“本体”であり、1体が死んでも他の“本体”が存在する限り決して滅びる事の出来ない神の御業、『幻魔師』の《世界に広がり続ける幻影》よりも厄介な力だった。
もっとも、使いこなせていればの話だが。
(本来は、神が世界の複数ヶ所に同時に顕現するのに用いるもので戦闘用に使うにはそれなりに練度を上げなければならない。あの淫欲に溺れ、慢心していたあの女には宝の持ち腐れだったようだな。残っているのは1体のみ)
反則に聞こえる《多重存在》だが、リスクが存在する。
全てが“本体”である為、常に全てが繋がっている。
記憶や近くは勿論、能力や成長も共有しており、1体が成長すると他の全ても同時に成長する事が出来る。
だが同時に痛みや苦痛も共有する為、使い慣れたものなら一部の感覚の共有等を遮断するなどして巻き添えを受けないように対処するのだが、リリスはその辺がお粗末だった。
それは自身の力に慢心が生んだ隙、負ける等微塵も思っていなかったリリスは痛覚の共有は遮断していても、それ以外は繋がったままにしていたのだ。
つまり、アルビオンによって1体が斬られた事により、全てのリリスが神格を失ってしまったのだ。
もっとも、アルビオンが今持つ能力なら、例え遮断していたとしてもそれすら無視してリリスと言う存在の全ての神格を斬っていたのだが。
しかしそれでも予防措置を行っていれば被害は最小限に抑えることは出来、1体を残して他の全ての“本体”が消滅するという事態だけは避けられていた。
何より、慢心せずに自身の持つ『眼』でアルビオン達の強さをしっかりと把握していれば、こうも一方的に敗北する事は無く、夫の下へ逃げることは出来ていた。
慢心して敵の力を見誤る、リリスの最大の敗因だった。
『………必要ない』
アルビオンは既にリリスに興味を失くしていた。
別のリリスは地上にいる。
だが、態々自分が潰しに行く必要はないと判断した。
何より、自分以外にもリリスとの因縁にケリを付けようとしている者があそこに入る。
最後は彼に譲ろうと考え、自身は契約者の下へと向かうのだった。
【名前】『白い龍』アルビオン
【年齢】75,021,189 【種族】龍族(白の氏族)
【職業】龍神(Lv211) 軍神(Lv202) 光神(Lv209) 【クラス】白の龍神
【属性】光 風 火 水 土 雷 氷 木 空 時
【魔力】7,632,000/9,380,000
【状態】正常
【能力】龍神之神魔法(Lv5) 龍神之武芸術(Lv5) 龍神術(Lv5) 軍神之御力(Lv5) 光神之御力(Lv5) 守護神之御力(Lv5) 龍神眼 神之息吹 白之波動 人化 光輝絶対障壁 天地斬煌龍神剣 光明之流星龍 進化の秘法 断罪執行領域 眷属創造 希望の鱗光 etc
【加護・補正】物理耐性(Lv5) 魔法耐性(Lv5) 精神耐性(Lv5) 光属性無効化 他全属性耐性(Lv5) 全状態異常無効化 全能力異常無効化 完全詠唱破棄 超速再生 超速回復 不老長寿 龍の王 神代の龍 悠久の龍 契約した龍 悠久の記憶 神の威光 始祖龍の血 神ハンター 悪魔ハンター 天使ハンター 天魔ハンター 超次元ハンター 生命を繋ぐ者 絶対捕捉者 龍神 軍神 光神 守護神
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――???――
神格の全てを失い、《多重存在》も維持できなくなったリリスは姿を変えて地を這っていた。
(私が…この私が……!!)
今まで感じた事の無い程の嫉妬と屈辱と憎悪で心を埋め尽くされたリリスはアルビオン達に見つからないように姿を擬態し、神格を失った反動で弱体化した体を回復させる為に隠れようとしていた。
神格を失った今のリリスは神ではなく悪魔、または妖怪と呼ぶべき存在であった。
嘗ては最初の男の最初の妻であり、多くの悪魔を生み、この世界では忌むべき存在である1柱の神の妻であるリリスにとって、今の自分の状況は最悪の極みだった。
(この屈辱は絶対に許さない……!あの白トカゲも、それ以外も、魂が腐り果てるまで堕としてくれる
わ!)
どす黒い意志を膨らませながらリリスは移動を続ける。
(………あら?)
その途中、リリスは随分と懐かしい“魂”を見つけた。
その“魂”はずっとこの異空間に居たのだが、リリスは今の今まで気付かなかった。
取るに足らない存在と見ていたからかもしれないが、何より近くにいる強大な力を持った3柱の存在感が強過ぎた為に見逃していたのだ。
(これは……。フフフ、利用できそうね)
あの様子ではあの3柱はこの事に気付いてはいない。
リリスの持つ『眼』だからこそ、その因縁に気付く事が出来たのかもしれない。
(ああ……彼らがどんな絶望を見せるのか楽しみだわ)
リリスは蛇の姿のまま、邪悪な笑みを浮かべるのだった。




