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黒龍の契約者―Contractor Of BlackDragon―  作者: 爪牙
第14章 天使編
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間話

――天界 ???――


 時はまだラジエルが現世に下りるより少し前までに遡る。


 ラジエルは天界の中でも奥の奥、並の天使は入るどころか存在すら知らされない場所で己の役目に徹し続けていた。


 そこは俗に『生命の樹(セフィロト)』と呼ばれる世界のシステムが鎮座する場所。


 そこの一角、第2の天球(セフィラ)知恵(コクマー)』でラジエルは古から続く守護の任に就いていた。


 それは今は亡き“主”より与えられた栄誉ある使命、七大天使から降格した以降もラジエルはその任から外される事は無く、現在まで使命を果たし続けていた。



「ラジエル様、我等一同はラジエル様を……」


「諄い。下がれ」


「しかし……」


「下がれ」


「……失礼します」



 ラジエルの側近の1人は頭を下げるとその場から消えた。


 最初に説明した通り、ここへ入れる者は限られている。


 今消えた天使は座天使の1人であり、ラジエルが最も信頼する側近である為にラジエルの許可さえあれば自由に出入りできた。


 だが、最近はそれが裏目に出てほぼ毎日訪れてはラジエルの説得を試みていた。



(我を主の後継にしようとする輩が増えてきているか)



 ラジエルは最近の天界内の不和に頭を悩ませていた。


 今の天界は神の後継者を廻って静かな抗争が広まりつつあった。


 天球(セフィラ)の守護天使であり、同時に座天使の長でもあるラジエルを後継候補にと支持する者も決して少なくは無い。


 だが、今も亡き神を心酔していたにも関わらず、ラジエルは後継になろうとは微塵も考えてはいなかった。


 自分には神より与えられた使命があり、仮に神になればその使命を果たすことができなくなる。


 周囲からは真面目で堅物と思われてはいるが、ラジエルは一途な天使なのだ。


 そんなある日、定例の会議の為に久しぶりに『天球』を離れたラジエルは、そこで天使達のある立ち話を聞いた。



――――現世でラジエル様の『本』が見つかった。


――――『大魔王』の一族がいる国にあった。


――――亡き“主”の遺産が見つかった。



 それは永い間行方知れずになっていた『ラジエルの書』が見つかったという内容だった。


 その事にラジエルは目を大きく見開いた。


 かつて地上の人間に託し、ある時を境にその行方が分からなくなった天界の秘宝でありラジエルの半身とも言える『本』。


 ラジエルにとって、あの『本』はただの道具ではなく、亡き主の遺産の1つでもあった。



――――彼の大陸から『大魔王』がいなくなった。


――――なら、『本』を手に入れる好機。


――――亡き“主”の叡智があれば、我等が……



 ラジエルは戦慄した。


 “主”より授かりし『本』が悪用されようとしている。


 それはラジエルにとって決して許せる事ではなかった。


 ラジエルはこの場にて愚かな考えを抱いた者達を糾弾しようとした。


 だがその時、背後から声を掛ける者がいた。



「――――『赤い蛇』が()の書を狙っているそうですわ」


「何!?」


「神の遺産の1つ、それを魔より守るのは貴方様に与えられた使命且つ責務ではないのですか?」


「!!」



 その声は天界では滅多に聞く事の無い様な不思議な声だった。


 妖艶ささえ感じる声にラジエルは一瞬警戒するが、その妖しい声が紡ぐ言葉に心を大きく揺らされた。



(あの忌むべき『赤い蛇』が、だと!!)



 それは亡き“主”と天界を裏切り、“主”を亡き者にたらしめた元凶の1つだった。


 嘗てはラジエル同様に七大天使の一角を担いながらも世界を裏切り、現世だけでなく世界そのものを滅ぼそうとする天界最大の汚点の1つ、それが『赤い蛇』だった。


 そしてその『赤い蛇』が“主”の遺産である『ラジエルの書』を狙っている。


 あれにはこの世の全ての知識が、亡き“主”の持つ叡智が秘蔵され、それを手に入れる事はこの世の叡智を手に入れる事と同義であった。


 だが、それを使いこなすには読み手に相応の“器”が求められる。


 故に、歴代の人間の読み手達はある一線より先の知識には吹き込む事は出来ず、“主”が亡き今、その叡智全てを読む事のできる者はラジエルを含め、一定以上の神性と神格を持つほんの一握りの存在に限られる。


 その中には、忌むべき『赤い蛇』も含まれ、更にはその配下に甘んじている他の裏切り者達も読み手としてはラジエルと同等以上の“器”を持っている。



「このままでは、あの裏切り者達によって彼の書が、我らが“主”汚されてしまいますわ。それだけは決して避けなければなりません」


「―――当然だ」


「では、どうなされるのですか?」



 その声はラジエルの心に巧妙に染み込んでいく。


 それは聖の存在である筈のラジエルに何の抵抗も無く溶け込んでいく甘美な毒のようでもあった。


 ラジエルは既に平静さを失い、その声以外の声は微塵も聞こえなくなっていた。


 毒はラジエルの心の小さな隙を確実に広げ、1分後にはその妖しい声に対して何の疑いも持たなくさせていた。



「―――彼の書は、貴方の手であるべき場所へと戻すべきではないですか?」


「―――――」



 ラジエルは無言で頷き、その場から動く。


 その足が歩む先にあるのは天界と現世を結ぶ『門』、ラジエルは『ラジエルの書』を自らの手で回収する為、現世へと出立するのだった。


 その姿を、何者かの意志によって誘導されていくラジエルの姿に気付く者は誰もいなかった。


 ただ1人の除いては。



(ラジエル、お前、まさか……)



 熾天使サリエルは、急に様子が変わったラジエルの姿を見ていた。


 そしてその時のラジエルの姿が、数千年前の嘗ての同胞と似ている事にすぐに気付く。



「どうした、サリエル?」



 そこへ、鳥の姿をした天使、アラエルがやって来る。



「……アラエル、過去の過ちが再び繰り替えされるやもしれない」


「何?」


 

ラジエルが無断で現世に下りた事が発覚するのは、このすぐ後のことだった。








--------------------------


――サンフランシスコ 某教会――


 ラジエルは霊体状態でサンフランシスコ市内の教会の中に隠れていた。


 聖書と神への信仰が集まる教会の中は天使が隠れるにはうってつけの場所だった。



(あの場所を守っていた結界は天界の術式を元に生み出されたもの。だが我の死なぬ式。ならばそれは天界の者ではなく冥界の者…堕天使が編み出した術式……)



 昨夜、ラジエルは現世に下りてすぐに『ラジエルの書』の回収を行おうとした。


 だが、向かった場所は既にシェムハザによって結界が張られており、未契約状態のラジエルでは容易に突破する事が出来なかった。


 そして夜が明け、ラジエルは仕方なく市内の教会へと隠れることにした。


 その間、ラジエルは只隠れている訳じゃなく、己の能力を生かして情報収集を行っていた。


 天使の中でも最高の情報収集能力をもつラジエルは『ラジエルの書』以外の神の遺産である天界の書物が同じ場所にある事を知り、それらもあるべき場所へと運ぶのが自分の使命だと信じて疑わなかった。


 そして間もなくして天界と冥界の『門』が開く。



(――――天界と冥界の軍勢!狙いは同じか!)



 さらにその直後に巨大な結界が発動する。


 ラジエルは自身の存在を隠しながら結界の中に侵入した。


 そして結界内の状況を見届けていると、天界で聞いたあの声が再びラジエルの耳元で囁いた。



「――――これは少々想定外の事態ですわね?」


『――――!』


『あの少年少女達の介入は想定内でしたが、シェムハザとケルビエルの介入は想定外ですわ』


『ええ、『黎明の王国(キングダム)』はイェグディエルが動くかと思ってましたのにね?』


『その声は――――!』



 その声は、最初は天界で聞いたのと同じ声だったが、次の瞬間には全く声質の異なる2種類の声に分かれた(・・・・)


 それは天界で聞いた声とは比べ物にならないほど妖艶であり、同時に邪悪でもあった。


 そしてその邪悪な声をラジエルは知っていた。



『『フフフフフフ………♪』』



 嘗て、その美貌で多くの天使や悪魔、人間達を魅了したその声をラジエルは忘れる筈が無かった。


 両者ともに多くの男を魅了し堕落させ、片やアダムの最初の妻、片や七大魔王の1人の母であり、同時に2人は『生命の樹(セフィロト)』と対を成す『邪悪の樹(クリフォト)』を司り守護する存在でもあった。



『さあ、貴方にもそろそろ役立ってもらいますわ。ラジエル』


『お前達は――――――』



 ラジエルの意識はそこで闇に飲み込まれた。


 座天使長であるラジエルさえも抗う事の出来ない闇の奔流に飲み込まれる刹那、ラジエルは闇の奥で微笑む2人の女の顔を確かに見た。



(――――リリス!ナアマ!)



 そして、次に1羽の頭を1つ(・・・・)失った鴉を見たのを最後にラジエルの意識は深淵へと沈んでいった。














『堕ちましたわ』


『ええ、堕ちたわ。何時になっても楽しいわね。真面目な天使達を堕天させるのは』


『全くですわね』


『『フフフフフフフフフ』』



 深い闇の中で、2人の女は本当に楽しそうに笑っていた。









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