第320話 VSガドレエル①
久しぶりです。
――サンフランシスコ郊外上空(異空間)――
瑛介は堕天使の軍勢のリーダー、ガドレエルと戦っていた。
本来なら相性的な面から良則が相手をするのが無難だが、その良則は天使側と戦っており、残るトレンツとリサはその他大勢と戦っている為、必然的に瑛介がガドレエルと戦うことになった。
良則達と比べれば実戦経験も修羅場をくぐった数も圧倒的に少ない瑛介だが、現状は善戦していた。
『たかが飛龍ごときが!!』
『当たるかよ!』
ガドレエルの放つ無数の光線だが、音速を越えて飛行する瑛介には一発も当たらない。
仮に命中すれば龍族の強靱な肉体すら抉ることのできる攻撃も、標的に当たらなければ威力が無いのと同じ。
瑛介はガドレエルの攻撃よりも遙かに速い速度を持ち、全ての攻撃を避けていた。
龍族の中でも飛龍氏族は近接戦闘での能力は高いとは言えないが、空中での高速戦闘では龍族全体で見てもトップクラスを誇る。
ましてや瑛介にはその王族の血が、歴代の龍王の血が流れておりその強さは発展途上、未だ底の見えない潜在能力を秘めている。
特にスピードに関しては既に龍王クラス、この夏に異世界で龍王の一角にその翼で勝っている。
並大抵の攻撃は決して当たらない。
それが今の瑛介の強さの一つだ。
『チッ!』
『今度は俺のターンだ!』
ガドレエルの攻撃が止むと、直後に今度は瑛介の攻撃が始まった。
もっとも、音速を超えて飛行している瑛介は常に衝撃波を放っているので、正確には最初から攻撃は始まっているのだが。
『《疾き風刃の息吹》!!』
瑛介の口から音速を超えるブレスが放たれる。
そして反射で動いたガドレエルの羽の半分を、真下にある地上を一瞬で切り裂いた。
(直撃はしなかったか)
『羽の付いた蜥蜴が図に乗るな!!』
先程まで見下していた相手から攻撃をくらい、ガドレエルは怒りが心頭に達していた。
特に羽を何枚も切られた事は彼の自尊心を大いに傷つけた。
天使と堕天使にとって羽は自身の強さと存在の“格”を象徴するものであり、一部の者にとっては力の根元でもある。
例外もあるが、基本的に天使や(堕天前の)堕天使は羽の数が多いほど階級が高い。
上位天使の中でも更に上位の者なら5対10枚以上持つのは普通である。
イェグディエル、ルシフェル、シェムハザはいい例だろう。
ファラフの場合は彼(彼女?)の特殊な事情によりこの法則には当てはまらないが。
話は戻ってガドレエルね羽はギリギリ5対10枚、それは彼の力が堕天使の中でも上位である証であり、彼自身もその事を誇っていた。
そしてその羽が半分近く切られ、ガドレエルの怒りは限界に達しようとした。
『――――良いだろう。貴様のその不遜、魂諸共この世から消し去ってやろう』
だが、ガドレエルの怒りはある一点に達すると逆に一気に冷静になった。
仮にも堕天前は上位天使、自身の感情を制御する芸当は身に付けていたようである。
そして、今の今まで荒れていたガドレエルの魔力は一瞬で凪のように落ち着き、次の瞬間には静かに、それでいて濃密に膨れ上がった。
『―――――ッ!』
その変化を危険と感じた瑛介はガドレエルから距離を取り、そこから魔力弾を連射する。
『《冥界之剛盾》』
ガドレエルの手に黒い楯が現れ、その楯から出た波動が壁のように広がって瑛介の放った魔力弾の全てを防いだ。
『!』
『囲え!《地に堕ちし英霊の化身》!』
『な!?』
何かが音速を超えて移動する瑛介よりも早く2人の周囲を囲む様に動いた。
それは10や100、1000、1万を遥かに超える数の剣や槍、斧といった武器、いや凶器の群だった。
それらはどれも例外なく禍々しさと血生ぐさを共に帯び、どこか血に飢えた狂人の意志にも似たものが感じられた。
『動きが速いのなら先に囲めばいいだけだ。この限られた空間では、貴様の速度も発揮出来ない』
『―――!』
『自慢の速さを封じてしまえば、貴様を消す事など容易い。精々後悔しろ。高々蜥蜴風情が俺達堕天使に牙を剥いた事を!』
『くっ!』
ガドレエルの全身から重い殺気が溢れ出す。
地上から1000m以上離れた上空で、瑛介はガドレエルと共に10億近い武器、凶器に四方八方を囲まれてしまった。
武器同士の間には瑛介の巨体が通れる隙間は1つも無く、そこは球体状の閉鎖空間、瑛介のスピードを十分に生かせない場所と化したのだ。
『焼け死ね!《魂を焼き尽くす嵐》!』
ガドレエルは蒼黒い炎の竜巻を両手から放つ。
瑛介はすぐに避けようとするが、猛りながら瑛介の跡を追尾していく。
加速して振り切ろうにも、閉鎖された空間では下手に加速し過ぎると武器の壁に衝突してしまう。
かと言って今出せる限界速度では振り切れない。
瑛介は一気に劣勢に立たされてしまった。
『クッソォ!!』
『―――良い顔だ。踊れ、魔剣に宿りし亡者ども!』
『剣が!?』
『只の檻だと思ってたか?』
ガドレエルの声とともに、檻のように囲んでいた無数の剣や斧の一部が一斉に襲い始めた。
それも単純に飛んでくるのではなく、まるで見えない担い手によって使われているような、意志ある誰かに使われているかのような動きで迫ってきた。
後方と前方からは炎、それ以外の方向からは無数の武器が逃げ場を完全に封じて襲い掛かる。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
瑛介は咆哮と共に魔力を爆発させ、迫ってくる武器を全て弾き返し、炎の竜巻も自身の魔力で相殺しようとする。
だが、それは誤った選択だった。
次の瞬間、瑛介の眼前にガドレエルが立っていた。
『隙だらけだ。ガキ!!』
『しまっ……』
『《獄炎之龍殺鉄槌剣撃》!!』
『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
ガドレエルの手から黒い炎を纏った、瑛介の全長よりも長い大剣が出現し、そのまま勢いよく瑛介の巨体に突き刺さった。
強靭な龍族の肉体を容易に突き刺す剣、それはガドレエルが自身の能力で生みだした『滅龍神器』の特性を疑似的に再現させたものだった。
「武器の創造と支配」、それこそがガドレエルの代表すべき能力だった。
堕天使は堕天する前、人間の女性に魅了されて天界の知識を、各々が持つ知識を人間に与えた。
シェムハザの場合は魔法、そしてガドレエルは武器を人間達に与え、人間は戦う術を得たのだ。
武器こそガドレエルの象徴、そして力そのものなのだ。
『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
『ハハハハ!どうだ、龍族を確実に屠る事の出来るこの剣の切れ味と、あらゆる魂を焼き尽くす地獄の炎の熱さは?』
ガドレエルは傷口が広がるように突き刺した剣を縦に横にと動かしていく。
今、瑛介は人生で間違いなく最大級の激痛に襲われている。
「龍殺し」の効果を持つ攻撃は、当たれば龍族の体を確実に破壊して行き、その際に受ける激痛は人間どころか並みの龍族ならショック死してもおかしくないものだ。
それに加え、地獄に堕ちた魂を焼き尽くす黒い炎は瑛介の精神と魂を容赦なく焼き、このままでは自我を失うのも時間の問題だった。
即死しなかったのは瑛介が龍王の血を引いている事と、半分だけ流れている人間の母親の血が「龍殺し」の効果を何割か阻害していたからであった。
『クハハハハハハ!!さあ、何時までコレに耐えれるか見届けさせてもらうか?貴様はそこで死など甘いと思えるほどの苦痛の奔流に飲まれながら俺に牙を剥いた事を後悔するがいい!!』
ガドレエルは自分の勝利は揺るがないと確信し、瑛介が苦しむ姿を見下ろしながら笑い声を上げていた。
すぐには殺さず、徹底的に苦しめながらそれを楽しむ、堕天して以降のガドレエルの歪んだ趣味の1つだった。
(こ……このままじゃ………!)
死に等しい激痛の中、瑛介はどうにか正気を保ち、痛みに耐えながら状況を打開する策を考えていた。
そして思い浮かんだのは父方の祖父の教えと、少し前に会った友人の言葉だった。
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――回想1――
『――――『滅龍神器』は相手の強さに関係なく全ての龍族に致命傷を当てることのできる武器だ。今では紛い物とまでは言わないが、劣化品も数多く存在する。龍族が世界最強とされる時代は最早過去のものとなったのだ』
『それって混血の俺にとっても脅威なのか?』
『当然。お前は既に“人”ではなく“龍”の方を選んでいる。“人”を選んだ者よりも受ける傷は遥かに大きいだろう。今のままでは即死も有り得る』
『対策とかは無いのか?』
『…ある。龍族とて、『滅龍神器』に怯えながら過ごしていた訳ではないからな。今では対抗策も複数編み出している。一人前の龍族なら、各々に合った対抗策を幾つか身に付けているものだ。そうだな、お前の場合は―――――』
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夏休み以降、週に何度も異世界から来日していた瑛介の祖父こと、元・龍王ヴォルゲルは時間があれば瑛介に龍族としての嗜み、または戦闘訓練を付けていた。
その際、龍族にとって最大の弱点である『滅龍神器』への対抗策も幾つか伝授していった。
そしてそれとは別に、瑛介はある友人から新しい“力”を授かっていた。
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――回想2――
「……何だコレは?」
「知ってるだろ?俺の能力で交換したボーナスだよ!」
「いや、これは幾らなんでも非常識じゃないのか?何でたった数日でこんなに……」
「……常識なんて、何時かは理不尽に木端微塵にされるんだぜ?そう、俺の時みたいに……」
「す、すまん……」
「…でさ!取り敢えずお前から聞いた希望通りの固有能力とかも加えておいたし、暇な時にでも試しておけよ!京都で結構レベリングしたから沢山貯まってたから、一気に全部使っておいたぜ!」
「お前、何時か人間辞めるんじゃないか?」
「……辞めない!」
「自身無さ気な答えだな?」
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今は遠い異世界にいる同じ名古屋出身の友人が自身の能力を使って俺に与えてくれた「新しい力」。
最初は属性や補正の追加程度だったのが、京都での事件直後には冗談では済まないほど追加されていた。
だが、最近は特に大きな事件も無く、普段は何時も通りにバイト三昧の生活をしていたので対して使う事も無く次第に埃を被っていた「力」を瑛介は思い出した。
そしてすぐに動いた。
『ああああああああああああああああ!!!』
『クハハハハハ!!そろそろ自我も無くなってきたところか?』
『あああああああああああああああ………フン!』
『ん?最後の強がり……何!?』
今の今まで笑っていたガドレエルの顔は一瞬で驚愕に変わった。
苦痛で絶叫する中、一瞬鼻で笑ったような顔をした直後、瑛介の巨体はガドレエルの眼前から消滅した。
そしてその直後、ガドレエルは背後から魔力弾の集中砲火を受けた。
『グアアア!!な、バカな……!?』
振り返り、ガドレエルは信じられない物を見た。
「また形勢が逆転したな?」
そこには、先程まで致命傷を受けて絶叫を上げていた筈の瑛介が人間の姿で宙に立ちながらガドレエルを見下ろしていた。
そしてその周りには、龍の姿をした複数の瑛介が同じようにガドレエルを見下ろしていた。
『な、何をした!?』
すぐには理解できない状況に、ガドレエルの叫び声が戦場に響いた。




