第319話 VSハニエル
――良則サイド――
「――――アルビオン!!」
『―――――散れ』
勇吾と二手に分かれ、僕達は地上にいる天使と堕天使達と掃討をしている。
僕はすぐにアルビオンを召喚し、敵に反撃の隙を与えない猛攻をしていった。
「《森羅之閃拳》!!」
背中から極光の翼、《森羅万象の翼》を広げて戦場を舞いながら敵に攻撃をしていく。
一発一発が異なる属性を持つ閃拳は敵を翻弄し、その数を着々と減らしていった。
「グレイシャスキック!!」
『グアアアアア!!』
『《白氷の聖架》!!』
『『――――ッ!』』
トレンツとアルバスも相手が下位クラスの天使とはいえ、一方的に敵を片付けている。
少し離れた場所で戦っているリサ達も堕天使達を相手に圧倒している。
みんな、この数カ月で以前とは比べものにならないとまではいかないまでも、確実に強くなっている。
魔力が伸びたり、新しい能力を手に入れただけじゃなく、内面の方もかなり良い感じになってきたと思う。
京都の事件とかがキッカケになったんだろうな。
あの一件を境に勇吾が昔みたいに明るくなった事がみんなにも良い影響を与えている気がする。
『《黄金の流星群》!』
「!」
『《天之守護槍》!』
「《閃月》!!」
空から降り注ぐ光の雨を避けた直後、光の槍を構えた女の天使が襲いかかってきた。
重い。
光を纏わせた籠手で受け止めた槍は、他の天使のどの攻撃よりも重く鋭かった。
この一撃だけで、相手の実力が十分に理解できる。
つまり―――
「元・七大天使、神の優美!」
『その呼び方は美しくないですわ』
下で勇吾が戦っている神の命令を除けば、彼女が天使達を率いているリーダー!
「―――『生命の樹』の守護天使の1人が、どうして現世を乱すような行為をするんだ!」
『その呼び方はまあまあ美しいですね。褒美としてその問いに答えてあげましょう。それは、私が新たな天界の“主”なる為です!』
「………!」
『主が御亡くなりになって以降、天は次第に不和に覆われて緩やかな衰退の一途を辿っています。天界が乱れれば現世も乱れる。両方の世界には、新たな主たる神が必要なのです。つまり、美しい私が新たな主にならなければならないのですわ!』
“美しい”は付ける必要があるのかな?
話には聞いてたけど、本当に今の天界は荒れ始めているみたいだ。
だけど、僕の直感はハニエルの動機に不自然さがあると知らせてくる。
今の展開が政権抗争に陥っているのまでは理解できるけど、世界の要である『生命の樹』の守護天使であり、他にも数々の役目があるハニエルがその重大な職務の全てを放棄してまで神の座を欲し、半ば禁忌を犯してまで現世に来るとはすぐには信じられない。
「…目的は、この世の全てが記された『ラジエルの書』?」
『ええ、神はこの世の全てを、叡智を兼ね備えていなければなりませんから。謂わば、あの“本”は新たな神を生み出すピースなのよ。フフフ、天界では今、この話題で持ちきりよ?』
「……それは、誰が最初に言ったんだ?」
『さあ?そういえば誰だったのかしら?パラシエルは知っているのかしら?』
『―――いえ、自分は何も』
出所不明の情報――――
ますます怪しい。
何者かが天界に『ラジエルの書』の情報を流し、神の座を狙う天使が現世に下りてくるように仕組んだ者がいる可能性がある。
おそらく、堕天使の方も似たようなものだろう。
『フフフ、貴方も私の顔をよく眺めなさい。新たな主になるこの私の美しい顔を』
『ハニエル様、そろそろ急ぎませんと、ケルビエル様が…』
『…そうね。少し長話をしてしまいましたわ。貴方、私には遙かに劣るけど、人間にしては美しいから、黙って消えるのなら見逃してあげますわよ?』
「それは無理だよ。逆に、このまま天界に帰ってくれるなら、僕は君達を見逃してもいい。だけど、帰らずこっちで暴れるなら、討滅する!」
『それは、美しくない話ですわ』
分かってはいたけど、話し合いでの解決は無理だった。
ハニエルと彼女の従者のパラシエルは僕に対して静かな敵意を向け始めた。
未契約で堕天使達みたいに“器”があるわけでもないのに凄い威圧感が伝わってくる。
元だけど、かつての七大天使の力の強大さが伝わってくる。
「―――――けど!」
『邪魔す者は消えなさい!《白く美しき鉄槌》!』
「!」
ハニエルが天に掲げた槍から、世界を一瞬で飲み込むような閃光が放たれる。
これは物質だけじゃなく、精神も破壊する攻撃だ。
「イケ!ヨッシー!」
閃光が放たれるのに遅れて背後から幼馴染みの声援が聞こえてきたけど、ちょっと軽いなあ。
なんて思いながら、僕は宙を蹴ってハニエルのお腹をに拳を叩き込んだ。
「粉砕(ブレイク!」
『カハッ―――!?』
『ハニエル様!!』
完全に意識の隙を突いた一撃は見事に決まった。
僕もただ会話をしていたわけじゃない。
会話している間に、相手に気付かれないように魔力を隠蔽しながら《強化魔法》で僕自身を最大限まで強化し、《錯覚魔法》をハニエル達に使って僕達の実力を僅かに誤魔化して意識に隙を生むように仕込んでおいたんだ。
ハニエルクラスの天使を相手に長期戦はリスクがある。
人間と違って肉体疲労が存在しないし、魔力の回復も段違い、実戦経験も十数年しか生きてない僕なんかとは比べ物にならない。
それにイェグディエルみたいに特殊な固有能力を複数持っている場合が殆どだから、どんなに皆からチートと呼ばれている僕でも絶対に勝てるとは言えない相手だ。
だから、隙を突いて一気に勝負をつける!
『まさ……天使のか…を……』
『貴様っ―――!!』
「螺旋!!」
『ああああああああああああああああああああああああああああ!!』
『ぐあああああああああああああああああああああああああああ!!』
《龍皇の聖籠手》を嵌めた拳から放たれるのは光の螺旋。
右拳から放たれた螺旋はハニエルを、左拳から放たれた螺旋はパラシエルをそれぞれ違う方向へと吹っ飛ばした。
手加減なしの渾身の一撃、いや二撃かな?
一瞬で隕石になったハニエルとパラシエルは地上に激突し、そこに巨大クレーターが出来上がった。
だけど2人はまだ消えていない。
体勢を直される前に、戦いに適応される前に僕は動く。
「《双身》!!」
背中の翼が集めた力も使い、僕は分身してそれぞれクレーターに向かって飛び、更に渾身の一撃を加える。
「《無限の森羅閃拳》!!」
数千、数万、数十万の閃拳を撃ち続ける。
途中、能力低下や魔法反射、魔力崩壊などの沢山の抵抗もあったけど、そこは《神龍術》を使ったりして無理矢理押さえつけながら攻撃し続けていった。
ハニエル達が沈黙したのは、クレーターが出来上がってから約30秒後だった。
「ハァ……43万発も耐えるなんて予想外だったなぁ。これが元・七大天使で『生命の樹』の守護天使か……」
「イヤイヤ、それオーバーキルだってヨッシー!」
「え?」
振り向くと、トレンツとアルバスが苦笑しながらクレーターの方を指差していた。
え?
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――天使サイド――
(そんな……この私が…どうして……?)
ハニエルはどうして敗北したのか理解できなかった。
契約者も“器”も無い状態で天界に居る時のように全力を出せないとはいえ、それでも並の下級神や中級神を超える神格を持つ自分が、どうしてこうも一方的にやられてしまっているのか全く理解できなかった。
(……もう力が殆ど出せない。まさか…神格が…私の権能が……!)
だが、さすがに永い時を過ごしてきただけはあり、自身の中の違和感にはすぐに気づいた。
気付けた故、彼女の思考は平常に戻り、自身が一方的に受け続けた攻撃の正体にもすぐに気づいた。
(―――まさか!この私の…いいえ!天使の“神格”や“権能”そのものを……攻撃対象にした“事象”そのものを破壊する能力!?そんな!!有り得ないわ!!それは……そのような行為は…神の領域…!!)
それはまさに神の御業とも言うべき所業だった。
他者の能力を“封印”する事は人間にも可能だが、能力そのものやその者の性質、存在そのものを“無かった事にする”事はまず不可能、それはこの世のあらゆる事象に干渉する“神”、または“神以上の領域に至る者”にしかできない行為だった。
だが、その行為を良則は実際にハニエル達に対して行った。
「自身の拳を介して対象となる事象に干渉する」、それこそが良則がこの数ヶ月の間に手に入れた新たな固有能力《この拳は全てを殴る》だった。
この能力を使い、良則はハニエル達の存在そのものに干渉し、「神格及び権能の喪失」、「各能力・補正の消滅」、「現世への干渉の不可能化」、「既に受けている干渉の無効化」等を閃拳の一発一発を当てるごとに行ったのだ。
そして現在、ハニエル達は事実上、天使ではなくなった。
〈――――ハニエル様!!〉
〈パラシエル………え!?〉
部下からの“声”を聞き、すぐに視線を向けようとした直後、ハニエルは今の自分の姿に気付き、彼女の精神(魂)は木っ端微塵を通り越す大崩壊を起こした。
良則の攻撃を受けすぎたハニエル達は、受けすぎた故に原型を綺麗に失っていた。
種族も「天使」ではなくなり、良則が無意識の想像の中にあった“架空の種族”へと変わり果てていたのだった。
それは良則がこの世界に来てから、主にバカや慎哉達と遊んでいたこの世界の子供に大人気なゲームに登場するキャラの一つだった。
その姿を認識してしまったハニエルは、自尊心さえ跡形もなく失って再起不能になったのだ。
「ホラな?色々オーバーキル!」
『あれはないだろ…』
「…うん」
良則の申し訳なさそうな声は、ハニエルに届く事は無かったのだった。
ハニエル達は一体どんな姿に……?
ちなみに、ハニエルは元・七大天使の中では最弱の方です。
あくまで戦闘面に関してはですが。




