第314話 シェムハザ
――――『名に背く者』
ファラフが口にしたその名を、その場にいた全員がハッキリと聞いていた。
そして瞬時にそれが『蛹屋』の真名であると理解した。
「シェムハザ、だと……!?」
「………」
勇吾は驚愕しながら『蛹屋』とファラフを交互に見た。
黒王は一瞬僅かに目を丸くするも、すぐにいつもの顔に戻って黙考を始めた。
黒王は気付いていた。
彼が先程《龍眼》を使って視た北星の記憶の中で『蛹屋』が無意識に使っていた言語、同族か一部の存在にしか認識されないあの言語は天使の言葉だったのだから。
だがまさか、『蛹屋』の正体があのシェムハザだとは思ってもいなかった。
「シェムハザって……嘘でしょ!?」
「リサ、落ち着いて!今は冷静にならないと!」
リサは驚愕のあまり前に出そうになるが、良則がそれを制止する。
「………(ゴクゴク)」
「………(モグモグ)」
ダブルバカはまだ飲食中だった。
「おいおい、シェムハザってあのシェムハザか!?」
「つーか、慎哉達と一緒にいる奴誰だよ?なんか天使臭くないか?」
トレンツは神話でしかその名を聞かない存在にテンションが上がり、アルバスの方はファラフが天使であると見抜きかけていた。
「シェムハザ…?それって、堕天使の大ボスの名前じゃなくね?」
「だよな?アザゼルと並んで堕天使のツートップだっていうアレだろ?セッ〇スして堕天使になったっていう?」
「何処で仕入れたんだ、その知識?」
双子は漫画やゲームでもよく登場する名前に気付き互いに確認し合う。
そんな双子を瑛介は呆れながら見ていた。
「……は?」
「師匠が、堕天使……?」
「………」
「おい、知ってたか泉希?」
「どういう事だよ!!クソ親父!!」
泉希達は自分達さえ今まで知らなかった師であり義父である男の本名に激しく動揺していた。
特に5人の中で一番彼と一緒にいた泉希が受けたショックは相当のものだった。
そして彼らの声がようやく届いたのか、『蛹屋』ことシェムハザは彼らの方を視線を向けた。
「――――聞いての通りだ。シェムハザ、それが我が真名だ」
「「「―――――!!」」」
偽りはここまでと、シェムハザは次の瞬間、数百年に渡って己に欠けていた“嘘”の全てを破棄した。
その直後、シェムハザの前身から光と闇の2つの“天使の力”が解放され、その背中から左右で純白と漆黒に分かれた6対12枚の羽が生えた。
それは圧倒的な力の奔流、意志の弱い者、力無き者は為す術も無く意識を落とさせるか平伏させてしまうほど濃密な力だった。
『――――幾久しいという訳ではなさそうだな。智天使長ケルビエル、いやゼルエル?』
「――――今の名は、ファラフだ」
シェムハザに声を掛けられたファラフもまた、己に欠けていた力の封を一部解放させる。
頭上には稲妻の金輪、背中からは光り輝く4対8枚の羽、その姿はまさしく天使だった。
『そうか、お前達は魂が……まさか、こんな形で再び逢うことになるとはな』
『それは此方も同じこと。このところ、噂の1つも聞こえていないと思っていたら、まさかそのような形をとっていたとは…』
『そもそも、天使の実体化及び受肉を提案し実用化させたのはわ…俺だ。この形をとっていても不思議ではないだろう』
『…確かに』
ファラフ(ケルビエル+ゼルエル)とシェムハザ、智天使の長と堕天使の長は互いに敵意を向けこそしないが友好的とは程遠い険悪な雰囲気を纏っていた。
天使と堕天使、神代から敵対関係にあるのだから険悪になるのは当然だった。
(『蛹屋』が堕天使シェムハザで、慎哉達といるのが智天使ケルビエル……一体、どうなっている……)
そんな中、勇吾は現状について考えを巡らせていた。
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――勇吾サイド――
『名に背く者』――――
嘗ては聖書の神の命により世界を見張る役目を与えられた天使の集団『見張る者』の首領であり、同時に天使の中でも最高階級である熾天使でもあった。
だが、『見張る者』の天使達は人間を監視する内に人間の女性の美しさに心を奪われてしまい、最終的にはシェムハザを始めとする200の天使が人間の女性と関係を持ち、人間達に様々な知識を与えていき堕天使となった。
この逸話におけるシェムハザの立場には諸説あり、エノク書等ではシェムハザが部下達を先導して人間の女性と交わったと謂れ、また別の説ではシェムハザは最初は他の天使達の行動に反対していたが次第に女性の魅惑に惹かれてしまい最後は自分も交わったとされる。
シェムハザは魔法の知識に長け、堕天した際は人間達に魔法の力を与えた事から、魔法使いの生みの親ともされている。
人間と堕天使が交わって生まれたのは身の丈1000mを超える天から落ちて来た者達と呼ばれる巨人だった。
巨人は地上のありとあらゆる物を食べ尽くし、最後は共食いをして地上を荒していき、看過できなくなった神は大洪水を起こし、ノアの一族以外の人類は滅んだとされている。
一説によると、この事を知ったシェムハザは酷く後悔して罰を受け続けたとも、他の堕天使共々当時の七大天使に捕まり、第三天『シェハキム』に投獄されたとも言われている。
〈――――以上がシェムハザに関する大体の情報だ。〉
〈マジでエッチして堕天使になったのかよ!!天界ってエロ全面禁止なのか!?〉
〈うんうん!童貞を貫くと魔法使い通り越して天使になるって話だぜ♪〉
〈黙ってろ歩くR指定!!〉
俺達はお互いの持つ情報、シェムハザ、そしてファラフに関する情報を共有し合った。
慎哉の奴、よくここまでスムーズに来れたと思ったら、アベルの仲間に助けてもらってたのか。
しかし、『黎明の王国』の幹部が都合よく来ている筈がない。
これは……
〈また『黎明の王国』か……アベルだな〉
〈アイツだな〉
〈きっとアイツが寄越したに決まってるわ!〉
〈ギルティ~!〉
〈あの青の兄ちゃんか~!また会いたいよな~♪〉
あの野郎、今回は傍観するとか俺達に任せるとか言っておいてちゃっかり仲間を送り込んでいやがった。
まあ、今回は助かったようだけど。
それにしても天使の転生者か…前例がない訳じゃないが、ファラフのようなケースは正直初耳だ。
まさか、複数の天使が1人に転生するなんてな。
現代のこの世界ではケルビエルとゼルエルは同一視される傾向があるが、それと関係があるかもしれない。
だが、今はそれを考えている時じゃない。
俺達の目の前にいる『蛹屋』ことシェムハザはここに『光明の書』を狙っている。
あの原典は誰かが持っていていい物じゃない。
例えそれが天使だとしてもだ。
『―――時間が無い。ファラフ、そこを退け』
『断る。この先にある物には興味は無いが、シェムハザ、貴方に渡す事はできない。勿論、此方へ向かって来ている軍勢にもだ』
『――――なら、どうする?』
シェムハザとファラフの空気が変わった。
シェムハザは力ずくでもこの先へ進むつもりのようだ。
まずいな。
シェムハザは堕天する以前は熾天使、天使階級の頂点の階級にいた上位天使だ。
対するファラフことケルビエルとゼルエル、元はシェムハザよりも階級が下の智天使だったとはいえ、今はゼルエルと融合しているから今の力は計り知れない。
そんな奴らがここで戦ったら………!!
「丈!銀洸!」
俺はダブルバカに結界を張るように伝える。
現状から考えて、俺よりもあの2人の結界の方が外への被害を抑える事が出来る筈だ。
それは2人も既に分かっているようで、俺の言葉が終わるのとほぼ同時に俺達を中心としたこの辺り一帯が結界に包まれていった。
「なあなあ、俺って仕事速くね?」
「はいはい、後でアメあげるから大人しくしてなさい」
「僕はキャラメルの方がいいな~。あ、お客さんだ~!」
緊張感の無い声が聞こえる中、俺達の真上から光と闇の2種類の魔力の波動が降り注いできた。
シェムハザとファラフの魔力が強すぎて感知し辛くなってたが、やはり奴らもここに集まってきたか。
黒が俺の前に立った。
「―――ラジエルはあの中にはいないようだ。勇吾、今回も相手が相手だ。全力で敵を一掃するぞ」
「ああ、分かってる!」
俺は黒に笑みで相槌を打ち、布都御魂剣と神度剣を取り出す。
左右を見ると(バカを除いて)俺以外も戦闘準備を整えていた。
一方で、泉希達はシェムハザとファラフの会話の間に入って色々怒鳴っている。
完全に信用している訳ではないが、少なくとも今のファラフは味方と思って問題無い筈だ。
良則も直感で「大丈夫」と言っているしな。
シェムハザの事はファラフに任せる事にしよう。
俺達は―――
「俺達は、上の連中を一掃するぞ!1体も残すなよ!」
「「おう!!」」
「全員、経験値に変えてやるぜ!」
「何度も言うけど、バカな無茶はしないでよね!最近の勇吾、昔みたいに戻ってかなり危なっかしいんだから!」
「分かってるよ!無茶はしない!」
そして俺達はこっちに向かって降下してくる天使と堕天使に向かって攻撃を開始した。




