第312話 開門
――サンフランシスコ 某国立大学――
その大学は地元で最も歴史のある名門校だった。
敷地面積も国内でも上位、敷地内には大学の歴史とも言える古い学舎を含め、多くの建築物が点在しており、その中の幾つかは一部の学生の管理下に置かれていた。
本来は学生の自主性を育む為の教育の一巻として始まったシステムで、実際に多くの結果も出しており学生からも好評のあるシステムなのだが、一部では悪用されるケースが隠れていた。
それは今は殆ど利用されず職員も滅多に出入りしない建物で開催される違法ギャンブルだったり、セッ〇スパーティーだったり、オークションだったりする。(一時はドラッグパーティーもあったが、すぐに大魔王の鉄槌を受けて終わった)
そして今年、そこは一部のオカルトに嵌り過ぎてしまった学生達に占拠されていた。
「んん~~~!!んんんん…ん~~~~!!」
「アン♡ア…ッハ~ン♡」
そこでは全裸で拘束された男子学生が魔方陣の上で魔女に逆レイプされていた。
ちなみに、この2人はコレが初めてである。
そして魔方陣を黒マントの集団が囲み、その中のリーダー格の魔女が怪しい本を開いて呪文を唱えていた。
「―――――を捧げる。堕落せし翼の王よ、我が声に応え、冥界の門より姿を現したまえ……」
それは若い男女を生け贄とした儀式だった。
使用されている道具の多くは“本物”で、魔法陣も基礎部分は完璧に描かれている。
そのどれもが民俗学や中世ヨーロッパ史を専攻している学生達が用意したもので、魔道書も人の皮で作られた本物、使っている学生は気付いてはいないが禍々しい魔力を放っていた。
そして儀式は順調に進み、幸か不幸か最悪のタイミングで儀式は完成した。
「―――冥界の王よ、我らの血肉を糧……」
―――――人間風情ガ、我等ニ命令ナド片腹痛イ………
声は彼女達の頭の中に直接響いてきた。
その濃密な悪意の籠った声が聞こえた直後、床に描かれた魔方陣が禍々しい光を放ち始め、冥界と現世を繋ぐ“門”が大地を揺るがしながら開いた。
--------------------------
――サンフランシスコ 某教会――
その教会は何の変哲もないごく普通の小さな教会だった。
歴史もそれほど古くなく、20世紀初頭に建てられた近隣住民達の交流の場にもなっている教会だった。
その日もまた、地元の学校に通う母親達が集まって定期礼拝が行われていた。
「――――皆さん、我等の主なる神へ祈りを捧げましょう」
今年で50を迎える神父の声とともに、今日教会に集まった主婦達は一斉に天に祈りを捧げていった。
彼女達は家族全員が敬謙なカトリック信者達、彼女達にとって聖書の神こそがこの世で唯一無二の神であり自分達の声を聞いてくれる慈愛に満ちた母でもあった。
そして今日もまた、彼女達は自分達の神へ祈りを捧げる。
(神様、夫を重役に出世させてください)
(ダイエットが成功しますように…)
(異教徒が死滅しますように…)
(あの女に天罰を……)
敬虔な信者の祈りは真っ黒なのが多かった。
そんな中、1人の主婦の祈りが奇跡を起こした。
(神様、天使様、どうか――――――)
その純粋な祈りは教会を通して天へと届き、これから現世に下りようとしていた一部の天使達の耳に入ったのだった。
――――その無垢なる祈り、聞き届けた……
その声は教会の中にいた全ての人間に届き、その直後、彼女達の視界はどこまでも純白な光に包まれていき彼女達の意識を一方的に飲み込んでいった。
そして、教会の遥か上空に天界と現世を繋ぐ“門”が開かれた。
--------------------------
――サンフランシスコ 市庁舎付近――
2つの“門”は最悪なタイミングで同時に開いた。
冥界の“門”は開いたと同時に闇の波動を大地に放ち、その衝撃は巨大地震となってサンフランシスコに襲い掛かった。
天界の“門”は開いたと同時に光の波動を空に放ち、その衝撃は空を漂う雲を一瞬で雨や雪に変えて地上へと落とし、乱気流となってサンフランシスコの空を荒していった。
闇の光の2つの波動は天と地の間で衝突してより大きな波動を生み出し、その波動は天と地をより激しく震え上がらせて天変地異となって、サンフランシスコを中心に大陸中に襲い掛かった。
「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」
「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」
「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」
大地震は町を一瞬で恐怖のどん底に落とした。
アメリカの中でも特に地震の多い西海岸沿いにあるサンフランシスコの住民達はそれなりに地震には慣れている。
だが、サンフランシスコでは1989年のロマ・プリータ地震以降は20年以上に亘って大地震は発生しておらず、サンフランシスコがあるカリフォルニア州においても1994年にロサンゼルスで発生したノースリッジ地震以降は大地震は発生しておらず、住民達の、特に若い世代の地震に対する危機意識は日本と比べると弱いと言わざるをえない。
そこに不意打ちのように――地震はみんな不意打ちだが――発生した大地震、その揺れは20世紀初頭にサンフランシスコを壊滅寸前にまで追いやったサンフランシスコ地震にも引けを取らないどころか、それ以上のものだった。
そんな大地震に、地元住民は勿論のこと、地震とは無縁の国の出身者達が一瞬でパニックに陥るのは無理もない話だった。
「ヒィィィィィィィィィ!!??」
「た、助けてくれぇぇぇぇぇ!!」
街中に悲鳴が響き渡り、走行中のバイクや車は車線を外れて建物や停車中の車両に激突、中にはパニックで逃げ出す人々をはねたりしている。
建物のガラスは一斉に割れ、その破片は凶器となって地上にいる人々に降り注ぎ、欠陥建築や老朽化した建築物は次々に崩れ始めていった。
そこへ更に追い打ちをかけるように空から暴風雨や暴風雪が地上に襲い掛かり、地震発生から10秒で街は地獄絵図と化そうとしていた。
そんな中、その男は地震など起きていないかのような直立不動の体制でビルの屋上から地上を見下ろしていた。
(……天界と冥界の門が同時に開いたか。これは人間だけの力によるものではないな)
その男、『蛹屋』の目は空に開いた天界の門と、地上に開いた冥界の門の両方を視ていた。
(キッカケはラジエルの出現、それによりこの街にある『本』の存在が天界と冥界の両方に知れ渡ったという事か……)
不味い事になったと、『蛹屋』は顔に焦りを浮かばせながら2つの“門”の奥を凝視する。
冥界の門の周りでは儀式を行った学生達がパニックを起こしており、“門”と化した魔法陣の中心では生贄である男女が泥沼に沈む様に“門”の中に飲み込まれようとしていた。
その数秒後、生贄にされた男子学生の身に異変が起きた。
“門”の奥から出てきた「何か」が学生の中に入っていったのである。
(―――強制的に憑りついたか!)
学生は僅かに悲鳴を上げた後、その姿を一変させ背中からカラスのように黒い翼を6枚生やし、全裸だった姿も貴族風の服装に変わった。
その姿はまさに堕天使だった。
「―――神は我が救い!!」
その堕天使を目にし、『蛹屋』はその名を思わず叫んでいた。
その直後、“門”から霊体状態の堕天使が次々に飛び出し、その場にいた学生達に憑りついていった。
(小さい“門”の割に波動が強すぎるとは思っていたが、『見張る者』の仕業だったか。これは想像以上に不味い……。最早、慎重に事を運んでいる場合ではないな)
『蛹屋』は今にも亀裂が走りそうな足元を蹴り、ここから200mもない距離にある図書館へ向かった。
度重なる想定外の事態、痕跡を残さず慎重に動くことで200年以上もの間、常に外敵に見つかることなく目的達成の目前まで来ていた『蛹屋』にとって、これは間違いなく最初で最後の不測の事態だった。
彼の目的はアメリカ政府が保管しているカバラの『三大原典』の最後の1冊である『光明の書』だった。
見つけるのには大分時間を要したがこれさえあれば彼の永年の目的は達成されたも同然だった。
だが、『光明の書』が保管されている場所には他にも厄介な『本』を保管していた。
そしてその本を狙ってか、彼がアメリカに到着したのと同じ日に天界より元・七大天使のラジエルが現
れたのだ。
ラジエルはその役目上、現世に下りた際は天界より紛失した書物の回収も行っている。
『光明の書』もその1冊、『蛹屋』は急いでサンフランシスコに移動し、図書館にラジエルが侵入しないように魔術を掛け、自分が『光明の書』を回収するまでの時間を稼いだのだ。
だが不測の事態はまだ終わらず、今度は勇吾達や弟子である泉希達が現れ、(慎哉達が)『蛹屋』よりも先に図書館の中に入るという状況に陥った。
そして極め付けは天界の門と冥界の門の出現だった。
(これは――――神の命令)
遥か上空に開いた天界の門から天使が出てくるのを察知する。
最初に出てきたのはラジエルと同じく元・七大天使のサリエルだった。
数秒空いて、続々と他の天使達が“門”を通って現世に出てくる。
(今度は神の優美……やはり狙いはココか)
ガラスの割れた壁から図書館の中に入った『蛹屋』は、外に警戒しながら阿鼻叫喚の渦となっている図書館の中を下へ向かって進んでいった。
幸いにもこの地下にある施設は核攻撃にも耐えられる設計になっており、未だ揺れが続くこの地震でもビクともしていなかった。
『蛹屋』は魔力を隠しながら魔法を巧みに行使し、真下をほぼ一直線に急降下する形でその場所へと向かい、地上から1秒もかけずにその保管庫へと辿り着く。
そこには地震の影響か、私設の職員も警備員の姿も無く『本』の回収には好都合だった。
「―――――ッ!?」
「なっ!!」
「「おお!?」」
だが、そこで『蛹屋』はまたしても想定外の事態に襲われるのだった。
保管庫の前には、既に先客がいたのだった。




