第310話 龍眼
――サンフランシスコ 郊外の某公園(勇吾サイド)――
俺達は『蛹屋』の弟子だという泉希達からより詳しい話を聞く為、場所を近くの公園に移した。
丁度良い野外卓があったからそこに座って色々と話を聞いていった。
5人のリーダーらしい泉希は時折俺の方を睨んでいたが…知らんな。
質問していく中で、他の4人も俺に嵌められたことにようやく気付いて怒鳴ったり胸倉を掴もうとしてきたが、そこは黒やアルバスに軽く制圧された。
言っておくが、俺は別に嘘はついていない。
こいつらが、勝手に俺達の目的が『蛹屋』の捕縛だと勘違いしただけだからな。
閑話休題
泉希達5人は『蛹屋』に拾われた、元は全員人間の孤児だそうだ。
5人中3人はこの世界の出身、残る2人は異世界の出身だった。
1人は加護の種類で一目で分かったが、もう1人の方は意外だった。
おそらく、加護は最近手に入れたものだろう。
詳しい過去は聞けなかったが、その辺りは今は直接は関係なさそうなので追求はしないでおく。
ただ、コイツラのこの世界での公式上の身分や情報の殆どは『蛹屋』による綿密な情報操作、嘘の塊なのは聴きだしておいた。
『蛹屋』は何処かの勇者みたく、相手に力を与えたり転生させたりする能力を持っており、彼ら5人も元は人間だったが『蛹屋』の能力により人間を辞め、その後は弟子として奴の自由気ままな旅路についていったそうだ。
それが今年の夏、『蛹屋』はコイツラを置いて姿を消した。
理由は不明、単純に考えればコイツラの安全か人生を案じて姿を消したとか、邪魔になったから捨てた考えるべきだがコイツラでも確信できる理由は思いつかなかったらしい。
だがその1ヶ月後、あの《大罪獣》の事件で一度再会し、その際に『蛹屋』は普通に生きろと言い残して姿を消した。
納得のできないコイツラはしつこく捜し続け、その結果、とある無名の情報屋から買った情報でサンフランシスコに向かっているという確かな情報を得てさっき来たばかりだという事だ。
尚、天使ラジエルがいる事は知っているらしい。
「その情報屋ってのは、誰だ?信用できる奴なのか?」
「正体不明の奴だが、情報収拾に長けた固有能力で情報を高値で売る、少なくとも取引相手としては信用できる男だ。今何所にいるのかは俺も知らねえ。」
「そうか。」
随分と優秀な情報屋がいたもんだな?
ギルドも長年足取りを掴むことができなかった『蛹屋』の動きを逸早く手に入れられるなんて只者じゃないな?
この事は今回の一件が片付いたらギルドに報告しておこう。
「ああ、そういえば…」
「何だ、北星?」
「師匠の事で思い出した事があるんだ。多分、泉希達は知らないと思うけど……」
「師匠、野宿で俺らが寝ている時、偶に独り言を呟いていたんだよ。それも深刻そうな顔をして」
「何だって?」
「それは……」
ん?
何やら貴重な情報を思い出したようだ。
こっちを警戒しているようだが、思い出したと言ってしまった以上は隠し通すのは不可能だ。
さあ、聞かせてもらおうか?
「…北星、いいから話してくれ」
「…分かった。あれは7カ月くらい前かな。別の異世界で国を1つ潰して5日くらい立った日の夜の事だけど…」
「ああ、あの時か」
「あの夜だな!」
「泉希が鬱陶しい豚貴族どもを料理した日の夜か!」
何をしてたんだお前達は………。
と、ツッコみたいがここは我慢我慢。
「――――『これで残るは1冊…』とか、『苗床が…』とか断片的にしか聞こえなかったな。僕の耳でもハッキリ聞こえないほど小声だったから」
潘北星は氷虎族、夜鋼とは別系統の虎系聖獣だったな。
並の人間とは比較にならないほどの聴覚を誇っている筈だが、その耳をもってしても完全に聞き取れない声という事は、無意識に零れた声だったのかもしれない。
けど気になる言葉が出てきた。
――――これで残るは1冊…
それはつまり、『蛹屋』は何かの『本』を探していたという事だ。
そして奴は今、このサンフランシスコにいる可能性がある。
〈お前の勘、どうやら当たりみたいだな?〉
〈うん、そうみたい。同じ『本』かはまだ断定できないけど、“場所”はきっと同じはずだよ〉
〈だな!〉
泉希達の話を聞きながら、俺は良則達と《念話》で密談をしていく。
どうやら今回の1件、『蛹屋』とも関係がある可能性が出てきたな。
しかし『本』か…。
奴が欲しがる『本』となると……駄目だ、まだ情報不足で予想もできない。
北星がもっと思い出してくれたらいいんだが、それは難しそうだな。
「―――――時間の無駄だ。俺が視る」
「黒?」
俺が悩んでいると、今まで後ろで立っていた黒が横から前に出て北星の目を視た。
「何…!?」
「少し、ジッとしていろ」
「――――ッ!!」
「「北星!!」」
黒と北星の目が合った瞬間、北星の体が凍ったように硬直した。
あれは、《龍眼》を使ったのか。
以前、瑛介が飛龍氏族の…名前は忘れたが不良ドラゴンに使われたのを見たが、あれは対象者にも大なり小なりリスクのある能力だ。
「テメエ!《龍眼》を…!!」
「落ち着け!問題ない!」
泉希はすぐに気付いたようだが心配は無用だ。
「―――終わった。」
「あれ……?」
「北星!!」
「大丈夫か!?」
「う、うん…少しビックリしただけだし、特に何も…」
「そうなのか?」
「――――《龍眼》のリスクを知ってるようだが、その先は知らないみたいだな?」
俺は泉希達に《龍眼》のリスクの詳細を説明した。
《龍眼》は使う対象が生物だった場合、相手の心身に負担を与えるリスクがあり、それは俺も瑛介の件で直に目にしている。
だが、それは「生半可者」が《龍眼》を使った場合だ。
黒のような熟練者、ましてや神龍&龍王クラスの者ならそのリスクをほぼゼロにして《龍眼》を意のままに使いこなすことができる。
実際、北星には瑛介の時のような体調不良は起きていない。
まあ、安全でも黒は進んで《龍眼》を使ったりはしないけどな。
「そ、そうか………」
「ビビッたぁ~」
俺の話を聞いた泉希達は安堵の息を漏らした。
コイツら、なんか兄弟弟子というより本当の兄弟のようにも見えるな。
特に、泉希と潤は種族が同じな上に魔力の質も似通っている。
いや、今はその事は後回しだ。
「―――で、どうだった?」
「…少々、面倒な事になりそうだ」
俺の問いに対し、黒は珍しく顔に焦りに近い表情を浮かばせながら一筋の汗を流した。
「――――『蛹屋』が狙っているのは、カバラの『三大原典』の最後の1冊だ」
「「「――――ッ!!!」」」
俺も良則達も言葉を失った。
カバラの………原典、だと!?
写本や紛い物じゃなく、本物の……!!
「おい!今なんて言った!?カバラだと!!」
俺達より遅れて泉希達の方も驚愕の声を上げた。
無理もない。
“こちら側”でアレの事を知ってるなら、大抵の者は驚かずにはいられない。
何故なら、あの『本』は『ラジエルの書』と同等、いやそれ以上に――――
「あの男が探しているのは――――」
俺達の驚愕に構う事無く、黒は言葉を続けていった。
「――――『光明の書』、『生命の樹』の創造法が記された、天界の神の力が封じられた幻の1冊だ」




