第308話 図書館
――サンフランシスコ 市立図書館前――
時は少し遡り、勇吾が慎哉からの連絡を受けた後のこと。
慎哉、冬弥、瑛介の3人は一足早く天使ラジエルが目撃された図書館の前に来ていた。
尚、とあるコンビはホットドックの大食い対決の最中なので放置されている。
「「おお~!」」
「ここが例の図書館か。かなり大きいな?」
3人の目の前にそびえ立つのは、日本にもそうは無いと思えるほどの大きな図書館だった。
正面の壁はガラス張りになっていて、中の様子が見えるようになっていた。
今日は土曜日だからか、入口には地元の住民だけでなく観光客など、多くの人々が出入りしていた。
「…普通だな?」
「普通、だよな?」
慎哉と冬弥は目を合わせながら現状での率直な感想を呟いた。
あの露天商の女性の証言した天使出現地点はこの辺りの筈だが、周囲にはそれらしい痕跡は見渡らず、天使の魔力の残滓も残ってはいなかった。
まるで最初から何も起きていないかのように。
「本当にココなのか?」
「の筈だぜ?勇吾も、この図書館が怪しいって言っててし!」
「でも、特に怪しそうなところは無いよな?」
「ま、あからさまに怪しいところがあったらあったで怪しいんだけどな。お前の鼻でも何も感じないのか?」
「ああ、全っ然臭わないな。普通の都会の臭いだ。」
「目撃者もいるのに何も無いって、逆に怪し過ぎじゃね?」
微弱な魔力も感知する冬弥の嗅覚でも何も発見できない事に、慎哉は何者かが意図的に痕跡を消し去っているのではと推測した。
天使自身が消した可能性もあるが、慎哉は直感的に別の第三者がいるかもしれないと考えていたのだ。
「―――それに、あのお姉さんの話だと、天使は何かに邪魔されて下に下りられなかったみたいだからな。もしかしたら、先客が来ていて同じ獲物を狙って争奪戦が起きてるかもしれないぜ?」
「それって、かなりヤバくね?」
「ヤバいだろうな~」
「また京都の時みたいな事にならなきゃいいんだけど……」
「それフラグ立ったんじゃね?」
「やめろよ!」
冬弥は慌てて慎哉に軽く怒鳴った。
冬弥はここにいる慎哉と瑛介と違い、天使とはまだほとんど接触した経験が無い。
あるとしても、今はホットドックを食べまくっている丈が契約したウリエルに1度だけ会った事と、慎哉達と出会うキッカケになった事件で『幻魔師』の“端末”と戦った2件だけだった。
ウリエルの時は相手が力を殆ど抑えていてたことや、『幻魔師』と同化している堕天使ルシフェルも所詮は分身による劣化コピーでも最弱の部類だったので最後は呆気なく倒され絶望的な脅威は感じられなかった。(京都ではルシフェルを出さなかったので論外)
故に、今回の天使ラジエルの出現についても2人よりも危機感が小さいのである。
逆に、夏に名古屋でアベル=ガリレイと関わった際に勇吾達とアベル、アベルと同化している七大天使イェグディエルの戦いを見ているし、『幻魔師』の“端末”とも北海道に現れたのよりも遥かに強力な“端末”を目にしているのでどれほど強大かは身をもって知っていた。
「おい!取り敢えず中に入るぞ!」
「あ、待てよ瑛介!」
「置いてくなよ!」
気付けと瑛介は2人を置いて図書館の中に入ろうとしていた。
勇吾達はまだ来そうにない事もあり、慎哉と冬弥も図書館の中へと入っていった。
(―――あれは、あの時の双子か?)
その様子を、ある男は人混みに隠れていたある男が見ていたとは気付かずに。
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――市立図書館――
図書館の中は空調が効いているせいか居心地の良い空気が流れていた。
親子連れや学生、観光客などがそれぞれの求めるブースへ向かっている光景が広がっており、その光景だけでも日本との差異が感じさせられていた。
他の利用者に混じって館内を歩いていた3人は、やはり館内にも怪しい魔力の気配は無いことを確認した。
「…やっぱり、何も無いよな?」
「だよな?けど…」
「調べてみるか。」
何の違和感の無さに逆に違和感を感じたのか、瑛介は図書館全体に《探索魔法》を使用した。
だが、地下から最上階まで探索しても怪しいものは何も発見できなかった。
瑛介の探索結果は、この図書館の中には怪しい魔力を持つものは1つも存在しないと出ていたのだ。
「誰かが、ここに魔法をかけてるな?」
「「え?」」
「勇吾が言ってたんだろ?この図書館の中には政府が世界中から集めた魔導書が何冊もあるって。なのに、館内を探索しても何も引っ掛からないのは誰かが魔法か何かで隠蔽しているってことだろ?」
「「!!」」
「慎哉、お前確かこの前、士郎から探索系の能力を交換してただろ?今度はそれで探索してくれないか?」
「ああ、任せろ!」
「あと、図書館の中で大声出すな。」
リアクションの度に少し大きな声を上げる事を窘められつつ、慎哉は1週間ほど前に新たに手に入れた能力を使用する。
(―――《絶対探査領域》!)
それは、探索系の魔法が苦手な慎哉には打って付けの能力だった。
慎哉を中心に感知不可能な探索の網が半径1㎞に亘って広がっていく。
この球体状の空間では《隠形術》を始めとするあらゆる隠蔽は無意味――効果が消える訳ではない――と化し、空間内に存在する物全てを探索する事が出来る。
それは物の配置や人の数は勿論、魔力を発する物体や罠や抜け道の位置まで正確に調べることができるのだ。
そして探索の結果、慎哉はこの図書館の中の真の姿を正確に把握したのだった。
(地下に不思議な力を発する物が複数ある。これが魔導書か?こっちは…まさか神器?いや!それよりも地上の方に……!誰だ、コイツ!?)
慎哉は地下の極秘の研究施設に存在する魔導書を確認、だがそのすぐ後に地上に注意を向けた。
一般に開放されているブースの一角、世界中の文学を並べた本棚に囲まれた利用者用の読書スペースに謎の人物はいた。
今の今まで気付かなかったが、その謎の人物は物凄く強大な魔力を持っておりそれを隠しながら平然と読書をしていたのである。
「どうなんだ、慎哉?」
「…おいおい、なんかヤバそうな奴がいるぞ!」
「誰かいたのか?」
慎哉の表情の変化から何かを見つけたと気付いた2人は、急ぐように問い詰め、慎哉も焦る気持ちを抑えながら自分が探索した結果を2人に伝えた。
そして3人は一般の利用客を装いながらその場所へと向かっていき、そこで椅子に座りながら海外文学に浸っている人物の下に辿り着いた。
「――――まさか、こんなにも早くとは……」
その人物は、慎哉達3人が背後で足を止めるのと同時に口を開き、今の正直な心情を語った。
彼(彼女?)は今の予想外の展開に驚いていた。
数時間前から気配を完璧に偽装し強大な魔力も奥深くに抑え込んで一般人のフリをし、いずれは彼らが集まるであろうこの図書館で読書をしながら待っていたつもりが一転、彼らは全員集合するまでも無く、彼らの中でも未熟な方の慎哉達が先に館内に入り、自分の偽装をあっさり見破ってやってきた事に素直に驚いていた。
そして読んでいた本に紐の栞を挿して閉じると、1つの魔法を展開して自分達の会話が周囲に漏れないように細工する。
「どうやら、アベルとジュードの言うとおり、貴方達も中々非凡なようだ。動き方はまだ拙いが、のびしろは常人の比ではないのが見て取れる。」
「「は、はあ……」」
「…………」
「それに、聞けば貴方達が覚醒したのはほんの数ヶ月前、加速空間で修業をしていることを考慮した上でも驚異的な成長速度だと言える。それこそ、父親を凌駕するのも現実的に思えるほどに。」
「――――!」
中性的な声による語りかけに、慎哉と冬弥は少し戸惑い、瑛介は黙って聞いていたが、「父親」という単語を聞いた瞬間に目を丸くして驚愕する。
目の前の人物は、慎哉と冬弥の父親の1人である『白狼』と、瑛介の父親である『飛龍王』を知っていたからだ。
一瞬、瑛介は頭の中で「父さんの手がかり!?」と声を上げながら目の前の人物に掴みかかりそうになる。
「………」
だが、瑛介はすぐに冷静になる。
自分の父親の事を目の前の人物が知っているのは、何も驚く事ではないと気付いたからである。
瑛介の父親は龍族の王の1人、飛龍氏族の王でも歴代最強とさえ謳われた『天嵐』の二つ名で呼ばれる著名な龍王なのだ。
目の前の人物が誰であれ、間違いなく“こちら側”の人間、瑛介の父親のことを知っていても全然おかしくないのだ。
問い詰めた所で欲しい情報が得られるとは限らないと自制したのだ。
一度深呼吸をし、しっかりと落ち着いてあら瑛介は口を開いた。
「……俺は小嶋瑛介、あんたは誰なんだ?」
(手掛かりを持ってる可能性がある為)出来る限り相手の気分を害さないよう慎重になりながら。
すると、自分から名乗ってきた瑛介の礼儀に気を良くしたのか、目の前の人物は僅かに口元に笑みを浮かばせながら質問に答えた。
「『黎明の王国』、六星守護臣のファラフ――――」
目の前の人物の名乗りに慎哉達は息を呑む。
だが、彼(彼女?)の名乗りはまだ終わってはいなかった。
「――――またの名を、『神の知識』、そして『神の腕』」
刹那――慎哉達の周りにだけ天使の力が微かに流れた。




