第302話 偶然と必然のもとに動き出す
――東京 北守家 (慎哉サイド)――
「マジ!?今度はアメリカに行くのかよ!!」
その日、学校から真っ直ぐに家に帰ってすぐ、俺は勇吾から今度の土日にアメリカへ行くという話を訊かされてテンションが急上昇していた。
ついにキタ!
ヨーロッパや異世界に入ったことはあるけど、アメリカには一度も行った事が無いんだよな~!!
「ああ、正直行きたくないんだが、バカがとんでもねえサプライズ情報を持ってきたせいでいかざるをえなくなったんだよ。というか、見つけたなら拘束して連れて来いってんだ!!」
「怒ったり嫌がっている割には、顔はノリノリじゃね?」
「そう見えるか?」
「ああ、目がちょっとニヤケてるぞ?」
最初に会った頃と違って、最近の勇吾はハッキリと感情が読めるようになった。
今の勇吾は、俺から見てもアメリカに行く日が待ち遠しいって顔をしていた。
「まあ、ネタ元はともかく、ようやく尋ね人の有力なてがかりが手に入ったからな。今までは目撃者1人見つけるのにも苦労したからな。」
「その、シド=アカツキって、確か瑛介の父さんの契約者なんだよな?じゃあ、瑛介の父さんの手掛かりも手に入るかもしれないのか?」
「確証はないけど、ゼロじゃないな。」
俺や勇吾より1つ年上の瑛介は龍王と人間の混血児だ。
俺達は勿論、瑛介本人もその事を知ったのは夏休みの異世界旅行で勇吾の故郷に行った時で、あれからまだ4カ月弱しか経っていない。
あの時は俺も勇吾も随分と驚いたな。
まさか現代日本に龍王の息子――というか、向こうじゃ既に次期龍王候補になってるらしい――がいるとは思わなかったからな。
だけど、その瑛介の父さんは『創世の蛇』のボスの呪いとか面倒な事情で、死んだふりして家族から離れているそうだ。
勇吾達は、その呪いを解くのに必要なアイテムとかを集めているみたいだけど、最後に必要な滅龍神器がどうしても見つからないらしい。
名前の響きからして伝説の武器だからな。
そう簡単に見つかったりはしないだろう。
そんな時に入ってきたのが、瑛介の父さんの契約者の目撃情報だ。
これを聞いたら、瑛介も黙ってはいないだろう。
「瑛介には話したのか?」
「ああ、今頃黒が伝えてるはずだ。事は龍族全体の問題でもあるからな。同じ龍王の黒から伝えた方がいいだろってことになった」
「黒か~。黒、本当に龍王になったんだな。最近、ようやく実感が沸いてきたぜ」
最初は「へえ、スゲエ!」って感じだったけど、最近はより深い意味で実感できている。
何故かって、黒が龍王になってから、ほぼ毎日のように勇吾と黒のもとには挑戦者が勝負を挑んできている。
名を上げたい奴とか、怖いもの知らずな若い龍族とか、後は酔っぱらった神様や天使とかもいたっけ?
先週は、「悪魔の手先め!」とか叫んでたリアルエクソシストも来たな。
そいつは軽く潰されて、今はバチカンで怒られてるようだけど。
ああ、翆龍も一度だけ挑んできたな?
「『龍王』って、俺が思ってるよりも意味がデカいんだな?」
「ああ、しかも黒は「黒の氏族」の王だからな。肩書きだけなら、「白の氏族」のアルビオンと同格だしな」
「アルビオンの場合、有名過ぎて誰も挑んでこないけどな♪」
龍族はいろんな「氏族」に分かれているらしい。
瑛介やアルバスは「飛龍氏族」、レアンデルは「海龍氏族」、ゼフィーラは「幻龍氏族」という感じだ。
そして数ある氏族の中でも特に古く特殊な氏族がある。
翆龍の「碧の氏族」やアルビオンの「白の氏族」、黒王の「黒の氏族」、そして一番数が少ない銀洸の「銀の氏族」があって、どの氏族にも龍王がいるそうだ。
ちなみに、他にも「赤」や「蒼」、「黄」、「金」、「紫」とかもあるらしい。
まだあったことねえけど。
「その話はいいとして、お前らも行くんだろ?」
「もっちろん!」
行かない訳が無いだろ!!
「大魔王のシマだが、それでもか?」
「………」
訂正、訳ありました。
生命と尊厳の危機に関わるレベルのが。
「目的は、あくまで天使の調査だが、場所が場所だから行ったら天使が大魔王の下僕に降っている、なんてオチの可能性があるんだよ。それもかなり高めで」
「うわあ…。」
「まあ、そういうわけだから、行くなら色々(・・)と覚悟しとけよ?」
「……やめよっかな」
「ああ、バカがギルドにはお前らの名前も入れて依頼を受けたらしいから、拒否権はないぞ?」
「酷!!」
なら訊くなよ!
まあ、タダ同然で渡米できるんだからいっか?
そうだ、お土産は何がいいか家族に訊いてこないと!
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――名古屋市 某居酒屋――
一方、名古屋の方では黒王がバイト中の瑛介に同じ情報を伝えていた。
「父さんの契約者が、アメリカに……」
「―――丈は一見ふざけてはいるが、情報収集力は本物だ。今回も、十分に信用できる。だが、ヴェントルがいる可能性は低いと考えるべきだろう。あの2人は、互いに同じ場所に居合わせないように行動しているようだからな」
「けど、手掛かりは手に入るかもしれないんだろ?」
「否定はしない」
居酒屋のカウンター席に座っりながら出されたお茶を飲む黒王は、あえて瑛介に視線は向けずに問いに答えていく。
瑛介の口調は比較的落ち着いているが、黒王の耳は声の中に隠れた感情の揺れを聞き逃さなかった。
(……事情を理解した上で、自らも動くか。若いな)
父親が、呪いのせいで同属とは一緒に居られないという事情を理解しながらも、自らの手で父親を見つけようとする瑛介の意志を、黒王は若いと思いつつも、決して愚かだとは思わなかった。
「――――(今回の仕事を)お前はどうする?」
「俺も行く!」
「そうか。なら、勇吾には俺から伝えておく。その前に、お茶をもう1杯もらえるか?」
「ああ。店長!『君山銀針』を1杯!」
「あいよ!!」
そして黒王は、お茶のおかわりの飲み干すと店を後にした。
余談だが、瑛介のバイト先の居酒屋は、今月から(かなり高い)中国茶もメニューに加えた。
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――アイスランド 首都レイキャヴィーク――
勇吾と慎哉が会っている頃、日本から遠く離れた北大西洋上にある島国アイスランドの首都、レイキャヴィーク。
国土の一部が北極圏に入っているのにもかかわらず、冬でもそれほど寒さが厳しくない気候のこの国の首都の一角を、『蛹屋』と呼ばれている男は歩いていた。
(……ここもハズレか)
早朝の街を歩く『蛹屋』だったが、その表情は何処か暗かった。
彼はつい先ほど、明け方前で宿直の警備員しかいない大学の図書館に侵入していた。
目的は1つ、彼が個人的に探している「本」があるか探る為であった。
だが、図書館の中には目的の「本」は無かった。
(無名の研究家も含め、これでほとんどの場所は探し終えた。残るは……)
『蛹屋』は南西の方角を見る。
町の建物でも、その先にある山々でもなく、その遥か先の海の向こう側を――――
「――――原典『光明の書』はアメリカか……。」
そして『蛹屋』は次の目的地を決めた。
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――『黎明の王国』――
何処かに存在する『黎明の王国』のとある庭園では、1日の仕事を終えたアベルがベンチに腰を下ろしてくつろいどいた。
そしてその隣には、性別不明の人物が静かに読書をしていた。
「―――今回は君が行ってみますか?ファラフ?」
「……陛下は何と?」
気楽に話しかけるアベルの問いに対し、ファラフは読書を続けながらこたえる。
「陛下は「災厄を持ち込まない程度なら、好きにしていい。」、と。場所が場所ですけど、ファラフも彼らに会ってくればどうですか?」
「……検討しておく」
「面白い土産話を期待して待ってます♪」
アベルは、ファラフの検討の先に出す答えを理解しながら笑みを浮かべた。
こうして、『黎明の王国』のもまた、非公式に動くことになる。
そして、彼らは偶然と必然が絡み合い、同じ日の同じ場所に集結することになる。
今日の雑学:『君山銀針』 今回、黒王が好んで飲んでいたお茶は中国十大銘茶の1つで、年に200kgしか作れない高級茶です。10gで1000円を超える場合もあるとか。




